前のページ 次のページ

第2節 

3 窒素酸化物対策

 窒素酸化物による大気汚染は、都内3か所の国の測定結果によると、昭和40年代初めより急速な汚染の進行が注目されていたが、昭和45年7月の東京立正高校における光化学スモッグ事件以来、炭化水素とともに、光化学スモッグ発生の前駆汚染物質として急速に社会的関心が高まった。
 窒素酸化物は、高温燃焼に伴って必然的に発生する大気汚染物質であり、その発生源としては、工場、事業場、自動車などが主なものではあるが、同時に各家庭の暖房等の群小発生源や自然界のバックグランド濃度も考慮する必要がある。
 窒素酸化物対策としては、自動車の排出ガス対策や固定発生源に対する燃焼方法の改善、脱硝装置の設置等が中心となるが、我が国は、世界に先駆けてこれらの対策に取り組み始めているものであり、その結果生ずる社会的、経済的影響は大きく、かつ、広範なものになる可能性がある。
 窒素酸化物対策は、従来成功を収めてきた硫黄酸化物対策とは異なった問題を抱えているので、今後最適な対策を長期にわたって堅実に実行に移していく必要がある。
(1) 環境基準の設定
 二酸化窒素に係る環境基準は、昭和47年6月までの国内外の知見に基づいて設定されたものである。疫学データについては、硫黄酸化物の場合のように、長年月にわたる著しい汚染と健康影響についての実績が国の内外を通じて十分には蓄積されておらず、利用可能なデータが限られていた。しかし、動物実験データについては、内外に相当の蓄積があった。一方、環境汚染の測定データについては、国の内外を通じて硫黄酸化物の測定に比べ年月が浅く、測定分析方法についても、低濃度領域ではある程度の誤差は避けられないという問題はあった。
 しかしながら、窒素酸化物の大気汚染の状況は、年々漸増傾向を示してきており、人の健康への影響の見地から看過し得ない段階に立ち至っていたので、二酸化窒素に係る環境基準が、昭和48年5月8日、環境庁告示第25号で、「1時間値の1日平均値が0.02ppm以下」と設定され、同告示によって、原則として5年以内(人口過密地域等特別な地域は8年以内)に達成されるよう最善の努力を払うこととされた。
 昨年来環境基準の設定の基礎となった根拠について様々の議論が行われているが、これは、硫黄酸化物の場合に比較して不確定性が高く、しかもその対策に伴って予想される社会的、経済的影響も大きいことに根ざすものである。窒素酸化物の環境基準は、硫黄酸化物の場合のように四日市におけるコンビナート周辺での呼吸器系疾病患者の多発やロンドンスモッグ事件のような重大な被害を数多く経験した後の事後対策とは異なり、将来の重大な被害を十分な安全性を見込んで予防しようという見地からの「人の健康を保護するうえで維持され、達成されることが望ましい」行政の長期の努力目標として定められたものである。
 「公害対策基本法」第9条第3項に、「基準については、常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定がなされなければならない」と規定されているが、二酸化窒素に係る環境基準については、現行の基準をくつがえし、改定するだけの新しい科学的知見は現在のところ得られていない。
 しかしながら、環境庁においては、5か年にわたる「複合大気汚染健康調査」の総合解析や、「国道43号線及び東名高速道沿道の汚染と健康影響調査」の取りまとめを行っており、51年秋にはWHO(世界保健機構)の主催で「二酸化窒素に係る汚染とその影響についての判定条件(クライテリア)に関する専門家会議」が東京で開催される予定であるので、これらを通じて現時点における内外の最良の科学的知見による検証を行うこととしている。一方、社会経済的要因については、51年秋にOECD(経済協力開発機構)による「環境政策レビュー」が日本を対象として東京において行われる予定であるので、その結果もまた今後の対策を進めていく上での参考となろう。
 現在の窒素酸化物防止技術の開発状況から見て、告示にある「原則として5年以内(人口過密地域等特別な地域は8年以内)に達成されるよう努めるものとする」という努力目標を、期間内にすべての地域について達成することは、困難であると考えられるが、当面53年4月まで、技術開発と評価、及びそれに基づく規制基準の段階的な強化、環境基準達成計画の策定のための技術の確立と政策の選択に最善の努力を尽くすという窒素酸化物対策の進め方を昨年末明確にしたところである。
 ところで、我が国の環境基準について、国際比較の観点から論じられることがあるが、環境基準という同じ用語であっても、その法的な性格、運用方式、設定根拠や手続、測定、評価方法等が各国間で相違しているので、国際比較を単純に基準値のみをもって行うことは適切ではない。
 ちなみに、二酸化窒素に係る環境基準は、日本は1時間値の1日平均値が0.02ppm、アメリカは年平均値が0.05ppmと異なっている。この相違については、次の諸点を理解して論ずる必要がある。
 その1は、日本の大気汚染に係る環境基準は、人の健康の保護の観点から設定されているものであり、その際経済との調和ということを考慮に入れていないが、アメリカは大気を資源として扱い、「大気清浄法」(環境基準の根拠法)にも、健康、福祉と並列して、生産的能力の増進を法の目的に明記している。
 その2は、日本は長期達成目標として設定しているが、アメリカは基準達成期間を実施計画策定から3年(場合によっては5年)とし、その期間内に、技術的経済的に達成が可能であるものとして設定しており、WHOの指針勧告に照らしてみると、日本は長期目標値、アメリカは短期的中間目標値と言える。
 その3は、日本は動物実験による肺組織の器質的変化を重視し、長期低濃度曝露による慢性気管支炎等の影響防止を他の汚染物質の共存を前提に十分な安全率を見込んで設定しているが、アメリカはインフルエンザ流行に対する免疫性の低下という亜急性の影響を防止するため、二酸化窒素単独の作用を前提として、安全率を小さくみて設定したものである。
 その4は、測定方法の相違に基づく精度の問題であるが、アメリカで当初採用していたヤコブス・ホッカイザー法は、ザルツマン法よりも数値が高く出るというデータがあり、その後測定法の一つとして用いられているアーセナイト法に比べても多くの場所で2倍近く高く出ると言われている。
 48年5月、二酸化窒素に係る環境基準が告示されたこともあって、自動車排出ガス中の窒素酸化物防止技術は著しく進歩し、0.25g/kmの当初目標値の達成に向けて各メーカーとも精力的な開発を進めているところである。また、固定発生源対策としてはこの環境基準の達成を目指し技術開発が進められ、脱硝技術について見ると、硫黄酸化物を含まず、かつ、ダストを含まないかあるいは極めて少ないクリーン排ガスについては可能となり、硫黄酸化物やダストを含むダーティ排ガスについても1〜2年内にはめどがつく見通しになってきた。これらは、外国にその例を見ない努力の結果であり、健康保護の観点から設定された厳しい環境基準がもたらした技術開発に対するインセンティブ効果といえる。
 窒素酸化物対策はこれらの技術の進歩を踏まえ、着実に前進させていく必要があるが、また対策の実施が持つ社会的経済的影響も考慮に入れて達成計画を実行に移していく必要のあるものも明らかである。
 従来のとかく後手にまわりがちであった公害対策を謙虚に反省し、被害の発生の未然防止の観点に立つ窒素酸化物対策を堅実な軌道に乗せることが、今後残された最も重要な課題と言えよう。
(2) 固定発生源対策
ア 排出規制の強化
 二酸化窒素に係る環境基準を達成することを目標として、「大気汚染防止法」第3条第3項第3号に基づき、48年8月に、ボイラー、金属加熱炉、石油加熱炉及び硝酸製造施設を対象に、初めて窒素酸化物の排出規制を実施したが、その後の窒素酸化物低減技術の進展についてアンケート調査及びヒヤリングを行うとともに、専門分野の学識経験者の指導助言も得て、窒素酸化物排出低減技術の現状や固定発生源に関する窒素酸化物対策のあり方について検討を続けてきた。その結果、50年12月、「大気汚染防止法施行令」及び「大気汚染防止法施行規則」の一部を改正し、窒素酸化物の排出基準の改定強化を行った。
 固定発生源からの窒素酸化物の排出低減対策としては、排煙脱硝、燃焼方法の改善、燃料転換等が挙げられる。排煙脱硝技術については、現時点では、LNG等の燃焼排出ガスのように硫黄酸化物を含まず、ばいじんを含まないか、またはごくわずかしか含まないものに対して実用化しているが、重油燃焼排出ガス等に対するものについては、個別の事例として大型の排煙脱硝装置が設置されているものの、実用化の見通しがつくのは51年末になるものと思われる(参考資料6参照)。また、焼結炉等排出ガスの条件の悪い施設については、研究開発が行われているものの、いまだ十分なデータが得られていない。また、燃料転換については、現在のところ重油から硫黄分を抜き取る重油脱硫のような技術が窒素分についてはいまだ確立されておらず、かつ、窒素分が少ない軽質油の供給には限度があることもあり燃料供給上の制約がある。今回の規制強化は、これらを考慮して、主として燃焼方法の改善と一部燃料転換を前提として行った。このため、大型の重油燃焼ボイラー等の基準値の強化や、焼結炉等に対する規制の実施については、51年末に予定されている第3次規制以降の問題として残されている。
 今回の基準改定の主たる内容は、次の3点に要約することができる。
? 規制対象規模を原則として排出ガス量1万Nm
3
/hまで拡大したこと
? 規制対象の施設の種類にセメント焼成炉及びコークス炉を新たに追加するとともに、金属加熱炉及び石油加熱炉のうち従来適用が除外されていた施設を、原則として除外対象から取り除くこととしたこと(新設の施設のみ規制される)
? 既設の大型施設を除いて排出基準値を強化したこと
 なお、第1次(48年8月)及び第2次排出規制の基準値は、第2-2-10表第2-2-11表に示すとおりである。基準の適用については、新設の施設は50年12月10日から、既設の施設は52年12月1日からであるが、既に規制されている既設の施設については、当分の間、その基準が継続して適用される。
 今回の基準改定により、規制対象施設数は約3,000施設となり、全ばい煙発生施設からの窒素酸化物排出量のおよそ6割が規制対象となる。また、窒素酸化物の削減効果については、第一次規制と併せて、およそ25%程度の削減と推定される。
イ 窒素酸化物の総量規制のための汚染予測手法の検討
 窒素酸化物に関する総量規制については、53年度を目途に実施する予定で調査を進めているが、窒素酸化物は硫黄酸化物に比較して解明すべき問題点が多い。窒素酸化物は燃料中の窒素分が燃焼して発生するだけでなく、燃焼過程で空気中の窒素が酸化され発生するため、その発生源は複雑で多様であり、固定発生源だけでなく移動発生源による環境濃度への寄与率、また、一酸化窒素から二酸化窒素への化学反応を考慮しなければならないなどの問題がある。
 このため、窒素酸化物の総量規制導入の一環として汚染予測手法を確立するため、49年度は姫路地域、50年度は北九州と京都地域において所要の調査等を実施し、窒素酸化物の発生源と環境濃度との関係を明確にする汚染予測手法を作成すべく、総合的に検討を行った。


(3) 自動車排出ガス対策
 本節7自動車排出ガス規制を参照
 なお、硫黄酸化物対策と窒素酸化物対策のこれまでの経過等は、第2-2-12表に示すとおりである。

前のページ 次のページ