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第3節 不況下の環境保全意識

 これまでに見たように、不況による経済活動の縮小は、環境汚染物質発生量を減少させたが、同時に、不況による企業収益の減少は、企業の公害防止費用の負担感を高めている。また、不況の進展とともに、雇用不安、実質賃金の上昇鈍化を通じて景気回復に対する要望が強まっていることも否定できない。
 これまでの公害、自然破壊によって高まった環境保全に対する国民の意識が、今回の不況によってどのような影響を受けたかをいくつかの世論調査やモニター調査によって見よう。
 「産業の発展のためには公害の発生はやむを得ないか」という問いと「公害や自然破壊を防ぐために国民の経済的負担が増えるなら環境保護対策が遅れてもやむを得ないか」という問いに対する世論調査の結果を示したものが第2-11図である。
 環境保全意識の指標として、「産業発展のためといっても公害の発生は絶対に許せない」というものの比率と「適当な補償さえあればある程度はやむを得ない」というものの比率の差をとってみると、昭和41年はマイナス1.9%と環境保全に対する意識が弱いが、46年には35.1%と大幅に多くなっており、50年においても35%という高い水準を保っている。戦後初めてGNPの伸びがマイナスになるという今回の不況下においても、この比率の差が低下していないのは、もはやこれまでのように公害の犠牲者を出してはならないという国民の固い決意を示しているといえよう。
 一方、「環境保護のために国民の経済負担が増えてもやむを得ない」というものの比率と「国民の経済的負担が増えるのならば環境保護対策が遅れてもやむを得ない」というものの比率の差をとってみると47年から48年にかけて、26.3%(47年1月)、31.8%(48年1月)、35.4%(48年10月)と上昇した後、50年には、初めて22%と低下しており、環境保全のための費用を負担しようという国民の意識が不況下において弱まったように見受けられる。しかし、この比率の差はひところからは低下しているものの、その水準はかなり高く、「環境保護のために国民の経済負担が増えてもやむを得ない」というものが35%と、「経済負担が増えるのならば環境保護対策が遅れてもやむを得ない」というものの13%を大きく上回っており、環境保全のための費用を負担しようという国民の意識は、依然として強いことが分かる。
 次に、これまでに見た環境保全のための費用負担意識を、具体的に発電所からの大気汚染防止のための費用、自動車と新幹線の騒音防止対策のための費用、自動車排気ガス防除のための費用について、世論調査やモニター調査によって見よう。
 第1に、「発電所からの大気汚染の防止を強化するための費用を電力料金の上昇として負担するのもやむを得ないか」という問いに対しては、第2-12図に見るように、「負担するのもやむを得ない」という人が、42.2%となっており、そのうち「5%以下負担するのもやむを得ない」というものが25.9%とその過半を占めている。一方、「全く負担しかねる」という人が31.5%となっている。電力のように一般国民の日常生活に直接かかわりを持つサービスにおいても負担の程度には差があるものの、環境保全のために料金が上昇するのもやむを得ないという人が42.2%であり、少々費用がかかっても環境保全を選好するという国民の意識を示している。
 第2に、自動車及び新幹線による騒音の防止対策に要する費用を利用者に負担させるべきであるという考え方に対してのモニター調査の結果は、第2-13図及び第2-14図に見るように、ある程度は「負担すべきである」というものがそれぞれ79%、60%と、「負担すべきでない」というものの11%、32%を大きく上回っている。
 第3に、「自動車による大気汚染防止のための費用を自動車の購入者が負担するのもやむを得ないか」という問いに対しては、第2-15図に見るように、負担金額には差があるが、ある程度は「負担する」と答えたものは、42.4%で、「全く負担しかねる」というものは、18.6%にすぎない。
 以上の調査結果から見ると、環境保全のための費用負担が、直接、利用者あるいは消費者としての国民の負担にかかわるような場合でも、国民の費用負担意識はかなり高いといえる。
 以上見てきたように、環境保全のための国民の費用負担意識はかなり高く、更に、生産及び利用の過程において、汚染者が環境保全のための費用を負担すべきであるということに賛同する国民の比率は、第2-16図に見るように63.7%と高く、負担する必要はないと答えた人は、6.7%にすぎない。以上の結果から見て、汚染者負担の考え方に沿って環境保全政策を充実させていくことが国民に強く期待されているものと考えられる。

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