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第1節 

2 制度の概要

(1) 制度の対象者
 本制度は、大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害としての疾病を対象とするが、個々の被害者について補償給付の支給を行う場合にはその疾病と大気の汚染又は水質の汚濁との因果関係を明らかにすることが前提となるので、補償給付の支給は都道府県知事又は政令市の長に認定された者について行うこととしている。
 この認定の仕組みについては、大気の汚染による慢性気管支炎等の非特異的疾患と、水俣病、イタイイタイ病等の特異的疾患との間には、次のような相異がある。
ア 非特異的疾患に係る認定
 非特異的疾患とは、大気の汚染による慢性気管支炎等のように原因物質と疾病との間に特異的な関係のないものをいい、これらの疾病と大気の汚染との間の因果関係を個々に証明することは、多くの場合不可能に近い。このため、非特異的疾患を本法の対象とするに当たっては、疾病と大気の汚染との間の因果関係を疫学を基礎とした人口集団の現象としてとらえ、大気汚染地域(第1種地域として政令で定める地域)にあって、暴露要件(一定期間以上居住、通勤等をしていること。)を満たしている者が、指定疾病にかかっているときは、その者の疾病と大気の汚染との間に因果関係ありとする制度上の取決めを行っている。
イ 特異的疾患に係る認定
 特異的疾患とは、水俣病、イタイイタイ病のような疾病で原因物質と疾病との間に特異的な関係、すなわち、その汚染物質によって疾病が引き起こされるだけでなく、その物質がなければその疾病にかかることがないものをいう。これらの疾病にあっては、個々の患者について環境汚染との間の因果関係を追及することは困難であるにしても可能であるので、本法では、個々にその疾病が当該地域(第2種地域として政令で定める地域)の大気の汚染又は水質の汚濁によるものかどうかを判断して、これを認定することとしている。
ウ 補償法の指定地域
 指定地域は、上記のように非特異的疾患関係の第1種地域と特異的疾患関係の第2種地域とに分けられているが、従前の救済法の指定地域(第1種地域、第2種地域)のほか、49年11月30日に千葉市等の地域が第一種地域として追加指定され、あるいは拡大されている(第5-1-1表参照)。
 補償法に基づく地域の指定は、49年11月に中央公害対策審議会から答申のあった「地域指定要件等について」に基づいて行うこととしている。
 なお、地域指定要件のうち大気の汚染の程度は当面硫黄酸化物を指標として定められているが、今後は窒素酸化物、浮遊粒子状物質等の大気汚染物質も指標に加えて総合的に大気の汚染の程度を検討する必要がある。


(2) 補償給付
 本制度においては、ア療養の給付及び療養費 イ障害補償費 ウ遺族補償費 エ遺族補償一時金 オ児童補償手当 力療養手当 キ葬祭料 の7種類の補償給付を行うこととしている。
ア 療養の給付及療養費
 認定を受けた者(以下「被認定者」という。)の指定疾病に係る医療は、従来健康保険等で負担していた分も含めて、本制度で支払うこととなっているが、その診療方針及び診療報酬は環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めるところによることとされており、関係告示が49年8月31日付けで出されている。
 被認定者の指定疾病についての医療は、原則として公害医療機関において現物給付(療養の給付)として行われるが、療養の給付を行うことが困難であると認められるとき等一定の場合には、現金給付としての療養費が支給される。
 なお、本制度の診療報酬は、公害医療の特殊性に着目し、公害医療機関における技術、患者指導検査等に重点を置いたもので、健康保険の点数表とは別の体系で組み立てられている。
イ 障害補償費
 障害補償費は、逸失利益相当分のてん補を中心とし、これに慰謝料的要素を加えたものとして支給される。すなわち、障害補償費は、被認定者(15歳末満の児童を除く。)が指定疾病により一定の障害の程度にあるときに、その障害の程度に応じて支給され、その額は、その者の該当する障害補償標準給付基礎月額に障害の程度に応ずる率を乗じて得た額とされている。
 この障害補償標準給付基礎月額は、労働者の性別、年齢階層別平均賃金その他の事情を考慮して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めることとなっているが、具体的には、「賃金構造基本統計調査報告」による労働者の性別及び年齢階層別平均賃金の80%相当のレベルで定められている(第5-1-2表参照)。また、障害の程度については、日常生活の困難度及び労働能力の喪失度に応じて1〜3級に区分されているが、その最も重度のもののうち特に「指定疾病により常時介譲を要する程度の心身の状態にあるもの」については、介護加算(月額1万8千円)を考慮して特級にすることとしており、給付率は、特級及び1級「1.0」、2級「0.5」、3級「0.3」となっている(第5-1-3表参照)。
ウ 遺族補償費
 遺族補償費は、被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合に.被認定者の逸失利益、慰謝料相当分と遺族固有の慰謝料相当分をてん補するものとして、死亡した被認定者によって生計を維持されていた一定の遺族に対し、一定の期間支給することとしている。
 その額は、死亡した被認定者の該当する遺族補償標準給付基礎月額に相当する額とされているが、これについては、労働者の性別・年齢階層別平均賃金を基礎とし、被認定者が死亡しなかったとすれは通常支出すると見込まれる生活費相当分の控除の要素をも勘案して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めることとなっており、具体的には、全労働者の性別・年齢階層別平均賃金の70%レベルに相当する額が定められている(第5-1-4表参照)。
 なお、この支給期間については、遺族の生活が通常回復し安定するまでの期間や支給される遺族補償費の総額と通常民事賠償として支払われる額との均衡等を考慮し、10年を限度として支給されることとなっている。
エ 遺族補償一時金
 遺族補償費を受ける遺族がいない等の場合には一定の者に遺族補償一時金を支給することとしている。一時金の額は、死亡した被認定者の該当する遺族補償標準給付基礎月額に36月を乗じて得た額とされているが、遺族補償費を受けていた遺族が失権した場合には、この額から既に支給された遺族補償費の合計額を控除した額が支給されることとなっている。
オ 児童補償手当
 児童補償手当は、15歳に達しない児童が指定疾病により一定の障害の程度にある場合にその養育者に対し支給されるものである。
 児童については、逸失利益がない等の理由から障害補償費は支給しないが、指定疾病にかかっていることにより成長や学業が後れる等の支障があること、また、養育者はその養育に手間が掛かり働けなくなることがあること、更には慰謝料の要素を考慮する必要があること等から、児童の日常生活の困難度に応じて一定額の児童補償手当を支給することとしている。
 児童補償手当の額は1月につき障害の程度が、特級及び1級の場合2万円、2級の場合1万円、3般の場合6千円と定められている。なお、その障害の程度が特級に該当する場合には、1万8千円の介護加算が行われることとなっている。
カ 療養手当
 療養手当は、入院に要する諸雑費、通院に要する交通費等相当分として、被認定者が指定疾病について療養を受けている場合に、その症状の程度に応じて支給されるものである。
 この手当は、入・通院期間に応じて1月につき次のとおり支給されることとなっている。
 入院日数が15日以上 9千円
 入院日数が8日以上14日以内 7千円
 入院日数が7日以内 6千円
 通院日数が15日(特異的疾患については8日)以上 6千円
 通院日数が4日以上14日以内(特異的疾患について は2日以上7日以内) 5千円
キ 葬祭料
 被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは、葬祭料が支給されることとなっている。
 また、その額については、通常葬祭に要する費用として、20万円と定められている。


(3) 公害保健福祉事業
 本制度では、指定疾病により損なわれた被認定者の健康の回復、保持及び増進を図る等被認定者の福祉を増進し、指定疾病による被害を予防するために必要なリハビリテーションに関する事業、転地療養に関する事業等の公害保健福祉事業を行うこととしている。
 なお、具体的に政令で定められた事業項目は、次のとおりである。
ア リハビリテーションに関する事業
イ 転地療養に関する事業
ウ 家庭における療養に必要な用具(特殊ベッド、空気清浄機等)の支給に関する事業
エ 家庭における療養の指導に関する事業
オ 上記のほか、被認定者の福祉を増進し、又は指定疾病による被害を予防するために必要な事業で環境庁長官の定めるもの
(4) 費用
ア 概説
 本法の実施に必要な費用は、?補償給付費 ?公害保健福祉事業費 ?給付関係事務費 ?公害健康被害補償協会関係事務費の4つに分けられる。
 ?の補償給付費については全額原因者負担としている。このうち慢性気管支炎等の第1種地域に係る補償給付費には、工場等からその汚染物質の排出量に応じて一定の料率によって徴収する汚染負荷量賦課金をもって充てるほか、別に法律で定めるところにより徴収される金員をもって充てることとし、水俣病、イタイイタイ病等の第2種地域に係る補償給付費には、その原因者である工場等から徴収する特定賦課金をもって充てることとしている。
 ?の公害保健福祉事業費は、その2分の1を原因者負担とし、残り2分の1を公費負担としている.原因者負担分の具体的な負担方法は、?の補償給付費と同様であり、また、公費負担分については、その半分(全体の4分の1)をそれぞれ国と公害保健福祉事業を実施する都道府県又は政令市で負担することとしている。
 ?の給付関係事務費については、全額公費負担としており、2分の1を国が、残り2分の1を都道府県又は政令市が負担することとしている。
 ?の公害健康被害補償協会関係事務費については、原因者が負担し、国がこれに補助することとしている。
 なお、汚染負荷量賦課金及び特定賦課金を徴収し、補償給付費及び公害保健福祉事業費に要する費用を県市に納付する業務を行う特殊法人として、公害健康被害補償協会が49年6月に設置されている。
イ 第1種地域に係る費用負担
 第1種地域に係る疾病、すなわち非特異的疾患にあっては、疾病と大気の汚染との間の因果関係が明らかでないばかりでなく、汚染物質の発生源と大気の汚染との間の因果関係についても、個々に明らかにすることは困難であるため、本法では、大気汚染物質の排出量をその被害発生に対する寄与度と見なすという制度上の取決めを行い、大気汚染物質の排出量に応じて事業者等から賦課徴収するという考え方を採ることとしている。
 まず、ばい煙発生施設等の設置者については、それぞれ毎年度大気汚染物質の前年の年間排出量に、物質ごとに定める賦課料率を乗じて得た額を汚染負荷量賦課金として徴収することとしている。この賦課料率は、各年度ごとに補償給付等に要する費用と原因物質の全国の総排出量とを基礎として定めることになっている。この場合、地域によっては汚染の程度が異なり、被害発生の可能性が異なるため、その可能性の大小に応じて、すなわち、大気の汚染の状況に応じて地域別に料率を定めることとしている。また、一定規模以下の施設については、地域の別に応じていわゆる「スソ切り」を行うこととしている。
 また、大気の汚染の原因者としては、自動車による汚染もその寄与度を総合すれば無視し難い存在であるため、これについても、その汚染寄与分に応じた何らかの費用負担の仕組みが必要であり、49年度及び50年度においては前述したように自動車重量税の収入見込額の一部を引き当てることとしたが、汚染負荷量賦課金とこの自動車重量税引当分の配分比率は、当面8対2と定められた。
 汚染負荷量賦課金については、まず、その算定の基礎となる賦課対象物質について、当面硫黄酸化物のみが定められた。
 次いで、賦課料率の格差及び納付義務者の確定に必要ないわゆる「スソ切り」の区分については中央公害対策審議会で検討された結果、補償給付における指定地域とその他の地域との2区分に分けることとされた。これにより、納付義務者の問題については、その設置している工場・事業場の規模が第1種地域内にある場合には1時間当たりの最大排出ガス量が5千Nm
3
以上であること、その他の地域にある場合には1時間当たりの最大排出ガス量が1万Nm
3
以上であることと定められた。
 賦課料率については、指定地域とその他地域の格差を9対1とすることとなり、その結果、49年度における賦課料率は、第1種地域内にある工場・事業場にあっては、硫黄酸化物1Nm
3
当たり15円84銭、その他の地域にあっては1円76銭と定められた。
 なお、49年11月に追加指定された地域内の工場・事業場の設置者に対しては、最大排出ガス量が1万Nm
3
/h以上の場合には1Nm
3
当たり8円4銭を追加的に、5千ないし1万Nm
3
/hの場合には9円5銭を新規に、それぞれ徴収することとされた。
 また、汚染負荷量賦課金の納付については、納付義務者たるばい煙発生施設等設置者は、各年度ごとに、その年度の初日(49年度は9月1日)から45日以内に公害健康被害補償協会に申告納付することとなっている。
 次に、自動車重量税引当分については、法律及び予算に基づいて.政府から、公害健康被害補償協会に対して、所要額を交付することとしている。
ウ 第2種地域に係る費用負担
 水俣病やイタイイタイ病等の特異的疾患に係る費用については、原因となる物質を排出した特定施設等の設置者から、その原因の程度(原因物質の排出量のほか、排出した期間、排出した場所等を勘案して定める。)に応じて徴収することとなっている。
(5) 不服申立て
 認定又は補償給付の支給に関する処分に不服がある者は、その処分をした都道府県知事又は政令市の長に対し異議申立てをすることができ、なお、不服のある者は、公害健康被害補償不服審査会に対して審査請求をすることができる。また、公害健康被害補償協会がした処分について不服のある者は、環境庁長官及び通商産業大臣に対して審査請求を行うことができる。
 なお、公害健康被害補償不服審査会は、環境庁の附属機関として設けられたものであり、49年10月に委員6人の全員が発令されている。

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