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第3節 

2 交通機関による汚染防止の徹底

 固定発生源に対する規制の強化と並んで、交通機関による汚染の防止も極めて重要な問題となっている。
 交通期間は、人の足に代わる文明の利器として古くからその時代及びその地域における経済社会の発展の度合いに応じて種々の形態をとりつつ発達してきた。
 しかし、これら人間の生活を向上させ、豊かな社会の創出に目的を置いた交通機関の発達とその量的拡大が、一方で自然界に悪影響を与えたり、人間生活を脅かしたりする例が生じる状況を産み出してきた。特に、自動車排出ガスによる大気汚染、新幹線・舵空機等の高速輸送機関による騒音等は深刻な公害問題となってきている。
 ここでは、自動車排出ガス問題を中心に交通機関による環境の汚染を積極的に防止するため、総合的な見地から必要な施策を検討していこう。
 自動車による環境汚染問題は、45年5月の東京都牛込柳町の「鉛公害事件」や同年7月杉並区の立正高校における「光化学スモッグ事件」等を契機として大きな問題となり、排出ガス中の有害汚染物質の削減等の対策を求める声が広がった。
 ガソリンの無鉛化については、49年4月に発足したガソリン無鉛化推進協議会において、無鉛ガソリンの供給に当たってのユーザーヘの知識普及や供給体制の確立等が進められ、本年2月から無鉛ガソリンの供給が始められたところである。加鉛ガソリンは、後述の排出ガス規制を満足させる方法として触媒方式を採用した場合、触媒の劣化が早いというような問題があることからも積極的な無鉛化の推進が必要となっている。
 一方、光化学スモッグについては、一般に窒素酸化物と炭化水素の「光化学反応」によって生成されるといわれ、また、工場の少ない米国カリフォルニア州での光化学スモッグの多量発生等の事例から、自動車排出ガスが大きな原因の1つと考えられている。
 自動車排出ガスによる汚染の動向は第2-10図のごとくであり、特に二酸化窒素について汚染の進行が見られるほか、環境庁が47年に東京湾地域を対象として実施した大気汚染物質発生源別排出総量調査によると、45年時点で窒素酸化物の総排出量に占める自動車排出ガスの割合が39%に上り、自動車排出ガスの防止対策の重要性が理解されよう。
 一方、我が国の48年末における自動車の保有台数ほ、40年末に比べ、4.0倍と大きな伸びを見せており、アメリカ1.4倍、西ドイツ1.7倍、フランス1.6倍、イギリス1.5倍といった諸外国の伸び率と比較して急激な増加を見ていることが分かる。また、東京都における自動車1台当たりの道路面積は、48年には40年の約2分の1となり、交通渋滞時間が約3倍に伸びている。大都市地域において、自動車の過密化による交通混雑は今や限界に達しており、渋滞による汚染の増大が指摘されていることもあり、自動車による汚染の防止に当たっては、排出ガスの規制とともに交通の円滑化、交通量の抑制を含め、生産、保有等各段階に応じた総合的な対策の樹立が望まれる。 自動車排出ガスについての対策は、41年9月の新型車についての一酸化炭素規制に始まり、43年に制定された「大気汚染防止法」にこの一酸化炭素規制が引き継がれた。45年2月には一酸化炭素の環境基準が制定され、同年8月には、使用過程事も規制の対象とされることとなった。また、48年4月には窒素酸化物、炭化水素等も含めた排出ガス重量規制が実施され、48年5月には使用過程車に対し排出ガス減少装置の取付け等が義務付けられるなど靖極的な対策が講じられてきた。更に、47年10月には、なお深刻化しつつある自動車による汚染を防止するため抜本的な規制の強化が必要であることにかんがみ、炭化水素及び一酸化炭素は50年度から、窒素酸化物は50年度及び51年度を通じて、それぞれ現行排出量の10分の1に削減するとの目標が示された。


 一方、米国においても1970年大気清浄法改正法(マスキー法)により、1975年ないし1976年までに、一酸化炭素及び炭化水素の排出量については1970年型車の10分の1に、窒素酸化物については1971年型車の10分の1にそれぞれ削減することを決定するなど、内外ともに自動車の公害防止対策が緊急かつ重要な課題として掲げられた。
 しかし、その後米国においては、石油供給削減問題を契機とするエネルギー危機に対応するため、1974年6月、?一酸化炭素、炭化水素の1975年規制を2年延期し、暫定基準値を設定する。?窒素酸化物の1976年規制を2年延期し、暫定基準値を設定することを決定し、1975年3月には、一酸化炭素、炭化水素の1975年当初規制を更に1年延期し、1978年から実施することを決定した。なお、現在これら延期された規制の発動を更に4年(窒素酸化物については、5年)延期されることが検討されており、また連邦より規制が厳しいカリフォルニア州においても、従来、連邦と同様に規制の適用が延期されているなど米国の自動車排出ガス規制ほ大幅な後退を見ることとなった。
 このような米国における動きに対し、我が国においても一部に規制緩和を求める声もあったが、我が国の深刻な汚染状況にかんがみ、50年度規制は当初方針どおり行うこととされ、その自動車排出ガスの許容限度について49年1月に告示が行われ、この結果諸国に比べ、最も厳しい規制が行われることとなった(第2-11表参照)。
 しかし、窒素酸化物を50年度規制よりも更に厳しく低減することとしている51年度規制については、50年度規制に関する防止技術システムの単純延長では当該規制に合致することは不可能であり、更に複雑かつ高度の防止技術システムが要求される等の問題があるとして、当初の目標値の達成が2年間延期されることとなったが、可能な限り窒素酸化物による汚染を防止するため、現在の技術水準から見て最も厳しい規制値として平均排出量で等価慣性重量(車体重量+110kg)1トン以下の車種については、走行距離1km当たり0.6グラム、1トンを超えるものについて0.85グラムが適用されることとなった。
 この結果、自動車からの窒素酸化物の排出について規制のなかった48年3月以前の排出量を100とすると51年4月からの規制は、大型車が27、小型車は20となり、第2-11表のごとく米国に比べて半分以下の水準となる。
 また、自動車による汚染の防止を更に推進するため、中央公害対策審議会の答申の内容を受けて、50年1月に自動車排出ガス対策閣僚協議会が設置され、自動車による環境の汚染を排出ガス規制の面から防止するのみでなく、?排出ガス防止技術の開発の促進、?低公害車の生産及び使用者が不利となることのないような税制上の措置、?自動車交通量の抑制等といった総合的な観点から施策を講じていくこととした。
 こうした自動車排出ガスの規制を巡る動きは、今後の交通機関に関する環境保全施策を推進する上で、いくつかの課題が残されていることを示すものである。
 第1は、技術開発の促進である。特に窒素酸化物について走行距離1km当たり平均0.25グラムの排出量という規制値を実施するためには、還元触媒方式、トーチ点火方式(副室成層燃焼方式)、ロータリー・エンジン方式といった防止技術システムの開発を更に推進し、耐久性、信頼性、安全性などの要件を具備するシステムの早期実現を図ることが必要となっている。
 自動車による汚染を防止するための技術開発については、自動車メーカーにおける自発的な努力が極めて重要であり、排出ガス防止技術の開発に一層の努力を傾ける必要があるが、問題の緊急性、重要性等にかんがみ、国としても基礎的な分野での研究開発を積極的に行い、民間の努力を支援するとともに総合的効率的に技術開発が進められるよう配慮しなければならない。このため、現在、国において実施している自動車無害排気原動機の開発に関する研究、自動車排出ガス防止技術に関する研究、自動車排出ガス清浄装置に関する研究等を推進するとともに、抜本的な無公害化を目指した電気自動車等無公害自動車の開発に関する研究についても積極的な推進が図られる必要がある。 第2は、自動車交通量を抑制することである.
 48年度の全輸送機閑の輸送量のうち自動車の分担する割合は、貨物で42%、旅客で52%と全輸送量の約半分に上り、自動車保有台数も39年度から48年度の10年間において年平均16.0%の伸びを見せている。近年、その伸びは次第に鈍化の傾向を示しているが、48年度においてもなお9.0%の伸びとなっており、自動車に対する需要はなお根強いものがある。
 今後、我が国の経済が安定成長に移行し、自動車保有台数の増加率も過去平均の16.0%というような高い率で増加することはないとしても、自動車に対する輸送需要はなお漸増していくと思われる。
 当初51年度規制として予定していた走行距離1km当たり窒素酸化物平均排出量0.25グラムという基準は、自動車による環境汚染を防止し、地域における環境基準の達成のための重要な規制基準であり、53年度からその実施を予定しているが、今後自動車の交通量が増加し、あるいは、交通混雑が激しくなれば、この排出規制による汚染防止効果は、十分には期待し得ないこととなる。
 したがって、自動車による汚染の防止を推進していくためには、自動車交通量の抑制が極めて重要な施策であり、自動車排出ガス規制の強化のみならず、自動車の輸送需要を他の輸送機関に代替することも含めた広い見地から自動車交通量の抑制のための方策を促進することが必要となっている。
 自動車交通量の抑制策としては、現在、駐車規制、バス専用レーンの拡大等を実施しているが、更に、警察庁では、東京、大阪、名古星等10大都市を対象に自動車交通総量のおおむね10%を削減することを目標として、これらの対策のほか、生活ゾーン規制、物流合理化対策、タクシーの空車抑制対策等総合交通規制を計画的に実施することとしている。
 これら自動車交通量抑制の方向は、また、省資源・省エネルギーという我が国の政策方向に沿ったものでもある。運輸省の調べによると第2-12図のように乗用車のエネルギー消費量は、1人1km当たりで190kcalであり、バス60kcal、通勤電車30kcalに比べて極めて高い消費量であると指摘されている。
 このように自動車交通量の抑制は、今後の自動車公害対策として重要な意味を持っており、積極的な推進が必要であるが、そのためには、他方で電車、地下鉄、バス等公共輸送機関の交通網を総合的に整備していくことやサービス内容を更に充実させていくことにより、旅客輸送を中心として、自動車の持つ輸送機能の相当部分をこれら公共輸送機関に代替させていくことが必要である。また、自動車の持つドアー・ツー・ドアーの機能とルートの任意性、あるいはかなりの貨物量を運搬できるといった便益性を必要とする分野については、共同集配システム等の効率的輸送方法を実施するほか、事業場や、流通市場等物流機能の適正配置を図るため都市計画面からの検討も必要となろう。


 一方、自動車による環境の汚染は、道路の構造や配置によっても変わるものであり、適正な道路網の配置、しゃ断壁、緩衝緑地の設置等、道路建設の段階から環境保全対策を更に促進しなければならない。
 以上、自動車による環境汚染とその対策の方向を見てきたが、このほか、最近では各種の交通機関、とりわけ44年に訴訟の提起された大阪空港夜間離着陸禁止請求事件や49年に訴訟の提起された名古屋における新幹線公害事件等に見られるような高速輸送機関による騒音等の環境問題が深刻なものとなってきている。
 航空機騒音については、48年12月に環境基準が定められ、新幹線騒音についても近く環境基準の設定が予定されているが、今後とも公害防止対策を強力に推進し、高速輸送関による環境問題を積極約に解決していくことが必要である。
 我が国の交通需要を充足させつつ、これら交通機関による環境問題を解決していくため、今後、以上に述べてきた交通体系のあり方を含め、広い観点からの総合的な対策がより積極約に推進されなければならない。

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