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第3節 

1 総量規制の導入と今後の方向

 各種の大気汚染因子のうち、我が国で最も対策の進んでいるのは硫黄酸化物であるが、硫黄酸化物の規制は、当初、濃度規制として始まり、次いで個別の排出源の排出量を抑えるK値規制に移行し、今や汚染の著しい地域について総量規制の導入が図られることとなった。
 総量規制の導入が必要となってきた大きな理由は、工場が密集し、地域全体にわたって高い汚染状況を呈している地域においては、従来の濃度規制やK値規制では希しゃくや高煙突化による多量排出が可能であるため、これらの排出規制のみでは環境基準の確保が困難であり、このため、環境基準を基に算定した地域における排出許容総量の範囲内に工場等からの排出量を抑えることが必要となることにあった。
 このような理由から、総量規制は工場密集地域を有した地方自治体において、まずその導入が始められた。
 三重県四日市においては、昭和34年頃より操業を開始した石油コンビナートからの排煙によって30分間値で2.5ppmという高い二酸化硫黄濃度が出現し、これに伴い慢性気管支炎や気管支ぜん息の患者が多数発見されるようになり、汚染防止対策が極めて緊要な課題となった。
 38年、国は四日市地区大気汚染特別調査会を発足させ、緊急措置として高度突化と使用燃料の低硫黄化を勧告し、これにより環境濃度は低減し、改善の方向を見たが、燃料使用量の増加、工場立地の過密化に伴い、汚染範囲の拡大をもたらし、次第にこれらの対策だけでは対処し得ない状況となってきた(第2-8図参照)。
 そのため、汚染物質の排出総量そのものを一定規模以下に抑えることが必要であるとの認識から47年に総量規制を盛り込んだ条例を設け、排煙拡散シミュレーションにより汚染予測を行い、この結果に基づき総量規制を実施した。その結果、第2-8図に見られるように汚染濃度の高い地域が急速に縮小した。
 また、大阪府においては、48年9月に発表した「大阪府環境管理計画」においてその環境容量を人の健康を維持するために設定された環境基準に置き、当該レベルまで汚染を抑える方式として排煙拡散シミュレーションを用いた地域排出許容総量の設定に基づく総量規制の実施を盛り込んでいる。また、神奈川県においては、地域排出許容総量の厳密な算定は行われてはいないものの、工場等への割当て基準として燃料使用量を用いる方式を全国で初めて導入した。
 一方、国においてもこのような工場密集地域における硫黄酸化物による汚染を改善するためには総量規制が極めて有効であるとの認識に立って、47年に水島地域(岡山県)を、また48年には富士地域(静岡県)、大竹・岩国地域(広島・山口県)をそれぞれモデル地域として総量規制の前提となる地域排出許容総量の算定方法のあり方を検討するためのケーススタディを行う等総量規制の早期尋入を目指した調査研究を推進してきた。
 こうして、49年6月には、「大気汚染防止法」が改正され、11月には地方自治体における成果や国の調査研究の結果を踏まえ、硫黄酸化物について国の統一的な制度に基づく総量規制が諸外国に先がけて実施されることとなった。
 総量規制の実施方法は第2-9図に示すように、まず、総量規制方式の適用される地域が指定され、次いでその地域ごとに総量削減計画が策定される。各地域の排出許容総量は気象条件や各煙源の排出状況等を基に、拡散モデルにより将来の汚染状況の予測を行い、それが当該地域の環境目標値に適合するよう算定し、これを基に削減計画において、必要削減量や達成期間等が定められる。更にこの計画に基づき、個別事業場ごとの排出許容限度(一定規模以下の事業場については燃料使用基準)が示され、これに基づき規制が実施される。


 現在、総量規制の適用地域は、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県、愛知県、三重県、大阪府、兵庫県、岡山県、福岡県の10都府県のそれぞれ一部の地域となっている。
 このように総量規制は、従来の規制方式では不十分であった点を補うことを目的としてその導入が図られてきたが、総量規制の意義は、それにとどまるものではない。総量規制の導入によって、地域における環境基準を確保するために必要な許容排出総量に基づいた厳しい規制が行われることから、事業者はこれを遵守するため、従来にも増して低硫黄燃料の確保、燃料の転換、排煙脱硫装置の設置及び技術開発等の努力が要請されるとともに、総量規制が適用される地域においては、工場等の新増設の場合に既存工場等より厳しい規制値を適用することができるとされており、過密地帯における新規の工場立地を抑制する効果を持とう。
 このような意義を有する総量規制は、深刻な我が国の環境汚染を改善するとともに将来の汚染の進行を防ぐために大きく貢献するものと考えられる。しかしながら、総量規制方式の強化、拡充に当たっては種々の問題もあり、今後総量規制を環境管理の推進の上で有効に活用していくために解決すべき点について検討してみよう。
 まず第1は、監視測定体制の拡充である。総量規制の実施に当たっては、大気汚染状況及び各発生源からの排出状況の常時監視を行うことがこれまで以上に重要であり、測定機器の開発を進めつつ設置の促進を図る必要がある。また、地方公共団体におけるテレメーターシステムの導入を今後とも促進しなければならない。
 第2は、制度運営の改善である。総量規制は、導入されて以来日も浅いが、今後における運用の実態等を見ながら、科学技術の進歩に応じ、長期的な観点から改善を図っていくことが必要である。
 例えば、総量の算定は、気象や煙源に関するデータに基づき、拡散シミュレーションにより行われるが、現在のところ諸現象を明らかにし得る手法が十分に開発されているとは必ずしもいえないので、前述の測定体制の充実と併せ拡散予測手法の改善のための研究の推進が必要である。
 また、今後とも特に環境基準を満足できない大都市や工業地域を中心に総量規制の適用地域を拡大していく必要があるが、一方、汚染があまり進行していない地域については、総量規制の考え方の基礎である環境の合理的な管理の実現を図るため、環境影響評価を実施していく必要があろう。
 このように硫黄酸化物に係る総量規制については、環境保全を推進する上でなお改善すべき大きな課題が残されているが、総量規制は硫黄酸化物に対してのみ当てはまるものでなく、他の大気汚染因子あるいは水質汚濁因子による汚染の防止に当たっても極めて有力な手段となるものであり、窒素酸化物や水質汚濁因子についての総量規制の導入が重要な課題となっている。
 窒素酸化物は、それ自体が有害であるのみならず、光化学オキシダントの要因物質でもあるが、全国の主要都市における測定結果によれは、硫黄酸化物による汚染が改善を示しているのに対し、窒素酸化物による汚染は横ばいないし悪化の傾向にあり、環境基準を満足する都市は極めて少ない。一方、窒素酸化物は固定発生源からの排出のみでなく、自動車等移動発生源からの排出のウェイトも少なくないので、総量規制の導入に当たっては、不特定多数の移動発生源からの排出が環境汚染に寄与する度合いの算定や大気中における窒素酸化物の化学的変化のは握に当たっての予測方法の開発等解決すべき技術的問題が多い。しかし、窒素酸化物による汚染の進行に対処するためには排出規制の強化を図りつつ積極的に総量規制を導入することが極めて重要であることから、現在、窒素酸化物許容総量方式設定調査により汚染予測手法の開発を推進しており、また、測定体制の整備、測定法の適正化等に努めているところであるが、早期に導入する方向で更にこれらの施策を促進する必要がある。また、自動車にその適用を図るに当たっては、排出ガスの規制と併せ、交通量の効果的な抑制策についても検討を進める必要があろう。
 水質汚濁因子への総量規制の導入については、特に停滞性、閉鎖性水域を中心にその必要性が叫ばれている。
 現行の濃度規制では、希しゃくすれば汚濁物質の多量排出が可能であるだけでなく、停滞性、閉鎖性水域においては、これら汚濁因子の拡散がほとんど期待できないこともあり、望ましい環境基準の維持、達成を図るためには、水域全体にわたって汚濁物質の排出総量そのものを抑えていく総量規制の実施が必要となる。
 49年2月には、「頼戸内海環境保全臨時措置法」に基づき瀬戸内海の産業排水に係るCOD(化学的酸素要求量)を51年10月までに47年当時の2分の1程度まで削減するため、蹄海府県にCOD排出量を割り当てたが、この割当量による削減計画は、総量規制の考え方に立つものといえよう。
 水質汚濁因子について総量規制を導入するに当たっては、その発生源が、単に工場のみでなく、一般家庭排水や畜産排水等多方面にわたっているなど許容排出負荷量の算定等において技術的問題が多いが、停滞性、閉鎖性水域を中心とした総量規制導入の緊要性にかんがみ、現在、瀬戸内海等における環境容量のは握調査等を推進しているところである。また、総量規制の実施に当たっては、排水中の汚濁物質の量を的確には握するための測定体制の整備が極めて重要であるが、その測定技術の現状は必ずしも十分でなく、このような面での技術的研究の推進も併せて必要である。
 総量規制の拡充強化は環境管理を推進する上で極めて有効なものと思われ、種々の問題についての検討を進め、環境保全のための重要な手段として積極的な活用が図られる必要があろう。

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