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第2節 

2 自然環境の現状

 次に、自然環境の現状について見ると、公害問題の激化と同様に我が国の自然環境も急激に変化を来している。
 東京都における樹林地、草地、田畑等の緑地を例にとってみると都市における緑の減少が顕著に見られる。東京都区内の都市公園面積は昭和7年を100とすると45年には476に増加しているが、反面、田畑等の生産緑地面積は7年の100から45年には39に減少し、自然の緑地面積は同じく7年の100から45年にはわずか6へと著しく減少している。これら3種の緑地のうち、都市公園の占める割合は少なく、その増加にもかかわらず、都市の外延的拡大により、生産緑地や自然の緑地等の減少により、都市における緑は絶対的に減少しつつある。これに伴いトンボ、ホタル等の小動物が年々都心部から郊外へと退行していくこともよく知られた現象である。
 また、自然海岸線等も埋立て等により大きく変化してきており、環境庁が47年に実施した瀬戸内海自然環境保全調査によれは、広島、岡山、香川の3県の海岸線(島しょ部を除く。)は、30年には、純白然海岸汀線、半自然海岸汀線、人工海岸汀線がそれぞれ、34.5%、33.1%、32.4%とほぼ3等分していたのに対し、45年には、20.3%、21.1%、58.6%と自然海岸汀線が減少し、人工海岸汀線が半分を超えるに至っている。
 50年1月には、第1回の自然環境保全調査の結果が発表されたが、これは、我が国の自然環境に関して、初めて全国的に調査が行われたものであり、これによって、国土の自然環境の概況をは握することが可能となった。この調査は、自然環境保全のための基本法である「自然環境保全法」に基づき、今後5年ごとに実施されることから「緑の国勢調査」と呼ばれている。
 今回調査された内容は、? 自然度調査、? 環境寄与度調査 ? 優れた自然の調査から成っているが、日本列島の自然が現在いかなる状況に置かれているかを自然度調査のうちの植生自然度と海岸線の自然度によって概観してみよう。
 植生自然度は、土地がどの程度の自然性を残しているかを樹木、草原等の植生の生育状況によって区分したものであり、逆に言えば、人間の開発によって当該土地の有する自然が物理的にどの程度改変され、影響を受けているかを植生の状況によって分類し、客観的に国土の自然の現況をは握したものである。植生自然度を分類するに当たっては、人為の加わっていない原生林や自然草原などを自然度?又は?とし、他方、住宅地、工場用地等によって市街化され.植生のほとんど存在しない地域を自然度?とし、その間を第1-10図に示すように、自然性の高い順に、2次林、植林地、農地に分類し、全体を10段階に区分している.
(1)原始的自然
 全国土においてどの程度自然が保たれているかを見ると、第1ー10図のとおり、自然度?及び?にランクされ、自然度が最も高く、いわば原始的自然及びこれに近い自然を残す地域は22.8%であり、残り80%近くは何らかの形で人為が加えられている状況にある。
 また、都道府県別に見ると、自然度?及び?の地域が多く残されているのは北海道で61.7%の地域がこれに該当する。これに次いで富山県の30.9%が高く、そのほか、青森、沖縄、山形、石川、新潟、鹿児島各県等が20%を超えており、他方、近畿地方や中国、北九州地方には極めて原始的自然が少ない状況である(第1-11図参照)。


(2)2次的自然
 原始的自然と自然度?の市街地等の地域を除いた面積は全国土の約75%を占めるが、これらの地域は既に何らかの人為が加わっている地域であり、いわば2次的自然が存在している地域といえよう。
 第1-12表は、国土の自然度を主な地域別に見たものであるが、自然が多く残されている東北地方においても大半が農地と植林地及び2次林より成り立っていることが分る。


 また、自然が比較的良好に保全されている国立公園においても、例えば、大山隠岐国立公園の大山地区のように森林のうち約80%は植林地、2次林より構成されており、原始的自然は意外に少ない。
 2次的自然の存在する地域は、食糧、建築材等人間活動の基礎となる資源の生産が最も活発に行われる地域であると同時に、環境の保全上重要な機能を有する地域である。
 しかしながら、近年、これらの地域が、都市の膨張に伴い住宅地として、あるいは工業生産の場として、また、自然への影響の大きいゴルフ場等のレクリエーショのための用地として失われていくことは、それらの地域が有する農林業の生産機能の喪失とあいまって自然環境の破壊につながる面が少なくない。
 農地については、43年から47年までの間に、住宅用地、工場用地等他の用地へ転用されたものが約22万haとなっているが(許可又は届出を要するもの)、その半数は三大都市圏において行われ、そのうち48.7%は都市の人口集中に伴う住宅用地へ転用されている.
 特に、これらの転用が、地価が高く、利用規制の厳しい都市計画区域を避け、安価な土地を求め、規制の緩い地域において行われることは、秩序ある土地利用を妨げられるとともに、下水道、道路等の施設整備の立ち後れにより、生活環境の悪化を招き、あるいは水質汚濁、悪臭、騒音等の公害を発生させるおそれが強い。
(3) 都市における自然
 第1-10図に見るとおり、国土の3.1%は緑のほとんど存在しない地域であり、これらの地域は主として市街地、造成地に該当する。 しかし、都市のなかでも大都市とその他の都市とではその様相を異にしている。
 第1-13図は、都市別の自然を見たものであるが、仙台においては自然度?以上の森林等が28.1%を占め、また、歴史的環境の豊かな奈良においては54.4%もあるのに対し、東京23区は1.3%、大阪、尼崎は森林と呼べるものは全くない状況である。逆に緑のほとんどない自然度?の地域は、大阪市90.8%、東京23区で87.2%に達し、大都会がいかに緑の少ない地域であるかを物語っている。


 また、第1-14表は、仙台・塩釜、金沢、横浜の3都市の市街化区域内における1人当たりの緑地の量を示したものであるが、これからも分かるように、大都市の市民は、緑に恵まれた地方都市の半分以下の緑しか享受していない結果を示している。


(4) 海岸線の自然
 我が国の海岸線は地形の複雑さにより世界有数の長さを誇っており、漁業生産の場として、また、港湾等交通の基地として大きな役割を果たすとともに、自然探勝や海水浴等のレクリエーションの場として利用されてきた。
 しかしながら、戦後、工業用地等として臨海部が開発され、更に交通の便や消費地に近いこともあって大都市近郊の海岸線はほとんど工場用地等のための埋立てが行われ、自然の海岸線は次第に姿を消していった。
 今回の緑の国勢調査によると、海岸の汀線とそれに接する海域が堤防、護岸等人工によって改変されず、自然の状態を保持している純白然海岸は59.6%であり、他は何らかの形で人工的に改変された海岸となっている。また、海岸線から1km以内の後背地の樹林地、砂浜等が人工による著しい改変を受けず、自然の状態を保有している地域は54.7%、農業的な土地利用が行われている地域は21.2%、市街地、工業用地等の都市的な土地利用が行われている地域は24.1%である。地域別に見ると市街地としての利用状況の高い海域としては、東京湾87.2%、大阪湾86.1%などとなっており、工業生産額の高いこれら2地域が海岸線の土地利用に大きく依存していることが分かる。
 なお、全国の主要17海域を水質等理化学的性状(透明度、COD)と海岸の利用改変状況(海岸線利用状況、海岸陸域土地利用状況)に照らしてみると、自然の状態が比較的保たれているものとしては、陸中海岸、鳥取海岸、鹿児島湾、石狩後志海岸、宇和海の5海域しか該当しなかったことは、我が国の海岸線がいかに人工化し、自然浄化能力以上の汚濁が進行しているかを物語っている。
 これまで見てきたように、昭和33年の浦安事件を契機とする「公共用水域の水質の保全に関する法律」の制定以来、我が国の公害行政は、加速度的に悪化、進行する環境汚染とそれによる悲惨な健康影響に早急に対処すべく、規制の実施・強化、環境保全関連社会資本の整備、公害健康被害者の救済等に全力を挙げて取り組んできた。この結果、我が国の公害行政は、「公害対策基本法」を頂点とし各種規制法の整備、環境基準の設定、環境保全関連社会資本整備の長期計画の策定、公害健康被害補償制度の樹立等、ようやく制度面における基本的な整備を終えたところといえよう。
 また、公害行政と並んで環境行政のもう一本の柱である自然環境保全行政は、従来、その重点が自然公園の管理等に置かれていたが、環境庁の設置以来、より幅の広いものに変化してきた。「自然環境保全法」の制定とそれに基づく自然環境保全基本方針の閣議決定が行われ、また、自然環境保全調査が実施され、それらによって自然環境保全行政も、一応その基礎固めを終えたところである。
 しかしながら、反面、我が国の環境問題は年々、多様化、複雑化しつつあり、今後の環境行政は国民の欲求にこたえ、環境汚染を未然に防止し、自然環境の保全を含めたより高い環境水準の達成を図っていくことが必要となっている。そのためには、エネルギー問題、物価問題等の諸問題もあるものの、国民の理解と協力の下に、あらゆる政策手段を活用して環境管理の強化を図るとともに、今後ますます増大が予想される環境保全のための費用の適正な負担が図られなければならない。
 このような観点から、第2章、第3章においては、環境管理のための諸方策と環境保全のための費用負担のあり方について検討を加えることとする。

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