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第2節 

1 公害の現状

(1) 大気汚染
 代表的な大気汚染物質である硫黄酸化物は、その大部分が化石燃料の燃焼によって発生する。硫黄酸化物による汚染は、高度経済成長下における燃料としての重油消費量の急増に伴い、昭和42年頃まで急速に進行した。しかし、硫黄酸化物に係る環境基準の設定や排出規制の強化による輸入原油の低硫黄化、重油脱硫・排煙脱硫など汚染防止対策の進展により、硫黄酸化物による大気汚染は重油消費量の増大にもかかわらず、42年頃を境に漸減の傾向にある(第1-5図及び第1-6図参照)。すなわち、我が国の代表的な大気汚染地域に設置され、時系列的に比較可能な16測定局の測定結果によると、二酸化硫黄の年平均濃度は、42年度の0.06ppmをピークに年々減少し、48年度には0.03ppmにまで低下した。また、641測定局における48年度の測定結果によれは、二酸化硫黄の濃度が前年度に比べ増加した測定局の割合は10%であるのに対し、減少したのは23%を占めている。
 このように硫黄酸化物による大気汚染は、逐次改善されてきてはいるが、48年5月に改定強化された環境基準に適合している都市は、48年度において、326都市のうち46%と、半数にも満たない状況にある。したがって、49年11月に導入された総量規制を柱に、今後とも一層硫黄酸化物対策を推進する必要がある。
 硫黄酸化物とともに重大な大気汚染物質である窒素酸化物は、物の燃焼や加熱の過程で排出され、その発生源は火力発電所や製鉄所などの固定発生源と自動車を主とする移動発生源とに分けられる。窒素酸化物による大気汚染は、従来の急速な工業生産の拡大に伴う燃料消費量等の増大に加え、モータリゼーションの急激な進行によって増加の傾向にある。硫黄酸化物による汚染が近年滅少傾向にあるのに対し、窒素酸化物による汚染が増加の傾向にあるのは、窒素酸化物の排出防止対策の遅れを示すものといえよう。
 窒素酸化物による大気汚染の経年的な傾向は、測定技術、測定体制が硫黄酸化物に比べ未整備であったため、十分には握することが困難であるが、ちなみに7測定局における二酸化窒素の年平均濃度で見ると、測定を始めた43年度の0.023ppmから毎年漸増し、48年度には0.029ppmとなっており、また、66都市97測定局における48年度の二酸化窒素の年平均濃度では、濃度が前年に比べ減少している測定局の割合が11%であるのに対し、増加している局が29%を占めている。更に、48年5月に設定された二酸化窒素の環境基準を達成している測定局は、全国228局のうち4局にすぎない。窒素酸化物はそれ自体が人の健康に悪影響を与えるだけでなく、有害性の強い光化学オキシダントの生成要因でもあり、固定発生源、移動発生源を問わず、その排出規制が強く要請されている。窒素酸化物による汚染に大きなかかわりを持つ自動車については、排出ガスの50年度規制(50年4月から実施)及び51年度規制(51年4月から実施)を中心に、排出規制の強化が相次いで行われることになった。このほか排出ガス防止技術の開発促進、自動車交通量抑制、低公害車の開発・普及を促進するための税制措置等について検討が行われている。
 一酸化炭素は不完全燃焼によって生成する大気汚染物質であり、その発生源は主として自動車の排気ガスである。したがって、一酸化炭素による汚染は、まず、自動車の交通量の激しい道路近辺で発生し、次いで、道路後背地に及ぶことになる。道路際の一酸化炭素による汚染状況を東京都内の3測定点について見ると、44年までは悪化の傾向にあったが、45年からは漸減している。また、道路以外の一般生活環境における測定結果でも近年改善の傾向にある。更に、48年度において一酸化炭素の環境基準を達成していないのは全国47都市のうち1都市にすぎない。一酸化炭素による汚染の減少は、主として自動車排出ガス規制の強化によるものと思われる。炭化水素は窒素酸化物とともに光化学オキシダントの要因物質であるが、炭化水素による汚染は43年以降ほぼ横ばいを続けている。
 オキシダントは大気の1次汚染物質である二酸化窒素や炭化水素から光化学反応によって生成する2次汚染物質であるが、その濃度は年平均で見ると45年以降ほぼ横ばいないしわずかな上昇を示している。また、オキシダント注意報の発令回数は、48年まで増加の一途をたどるとともに、大都市だけでなく地方都市にも波及する傾向にあったが、49年には288回と前年に比べ減少し、被害届出人数も49年には1万5千人と前年に比べほぼ半減した。しかし、これは、気象条件によるところが大きいものと思われ、地方都市への拡大は依然として続いていること等から、今後ともその対策を推進していく必要がある。


(2) 水質汚濁及び土壌汚染
 水質汚濁の状況は、相次ぐ排出規制の強化等を反映して、全国的に見ると、汚濁の進行程度は鈍化し、一部の水域では改善されつつある(第1-7図参照)。すなわち、全国の主要公共用水域97か所における平均水質について見ると、44年から49年までの5年間、悪化の傾向にあるものが3割弱であるのに対し、改善傾向ないし横ばい状態を示しているものが7割強を占めている。また、水質汚濁に係る環境基準の適合状況を見ると、健康項目に関しては有害物質の濃度が環境基準を超える割合は、46年度0.6%、47年度0.3%、48年度0.23%と逐年減少している。ただし、生活環境項目に関する水質については、48年度においても環境基準値を超えるものの割合が河川24.5%(47年度23.8%)、湖沼38.5%(同45.3%)、海域16.2%(同15.8%)と大きく、河川と海域では前年度に比べわずかながら悪化した。
 このように我が国の水質汚濁は、全般的に見れは、明らかに改善の方向にあるといえるが、しかし、大都市内の中小河川の汚濁はなお著しく、更に湖沼あるいは内海等の閉鎖性水域では、有機物による汚濁のほかに、窒素、リン等の栄養塩類の流入による富栄養化が進行している。例えば、霞ケ蒲(湖心)における全窒素の濃度は、44年0.54ppm、46年0.80ppm、48年1.40ppmと年々上昇しており、また、瀬戸内海の赤潮発生については、漁業被害を伴うものは、46年39件、47年23件、48年18件、49年17件と減少しているが、全体の発生件数は46年136件、47年164件、48年210件、49年には298件と増加の傾向にある。水域中に放出される窒素、リン等の栄養塩類の量は、合成洗剤の使用量の増加、排水中の窒素、リンの処理技術の立ち後れ等により今後も増大すると予想され、閉鎖性水域における富栄養化の問題は、早急に解決すべき大きな課題の一つである。
 一方、大都市やその近郊を貫流する大河川の水質については、流域人口の増大にもかかわらず、一部の水域を除き、改善の傾向が見られ、地方の大河川でも比較的良好な水質を維持している。しかし、これらの大河川でも、水銀、PCB、砒素、カドミウム等蓄積性有害物質により底質がかなり汚染されている水域が少なくない(第1-8図参照)。
 更に、49年には、タンカーの事故やコンビナートの石油タンクの破損等を原因とする油による大規模な海洋汚染の発生が大きな問題となった。49年12月の水島コンビナートの石油タンク事故により流出した大量の重油は、瀬戸内海が閉鎖的、停滞的な海域であるだけに、漁業等に直接重大な被害を与えただけでなく、瀬戸内海の生態系に長期にわたって深刻な影響を及ばすのではないかと懸念され、環境影響総合調査が実施された。このような油による大規模な海洋汚染の発生を防止するため、その対策の確立が緊急の課題となつている。なお、50年1月にマラッカ海峡で発生した我が国のタンカーの座礁による油の大量流出事故は、油による海洋汚染が国内に限らず国際的にも重大な問題であることを改めて示した。
 水質汚濁の基礎的な要因は、急速な経済成長に伴う工業排水の増大及び人口の都市化と生活水準の向上による生活排水の増加等にあるといえよう。これらの水質汚濁要因は、第1-9図にもうかがえるように、顕著に拡大してきたが、一方では、環境基準及び排出基準の設定・強化、下水道の整備、河川等の汚でいのしゅんせつ等各種の対策が講じられ、我が国の水質汚濁は、まだ多くの問題を残してはいるが、改善の兆候が見られるようになった。今後も、多様な水質汚濁因子の増大に対処し、より良好な水質を確保するため、施策の強化と拡充が必要であり、特に、閉鎖性水域等における汚濁因子の排出に対する総量規制の導入が重要な政策課題となろう。
 ー方、近年、各地で顕在化している農用地の土壌汚染について見ると、これは公共用水域の底質汚染と同様に化学工場や鉱山等の排水中等に含まれるカドミウム、銅等の有害物質が蓄積してもたらされたものであるが、これによって単に農作物等の生育が阻害されるだけでなく、人の健康を損なうおそれがある農産物が生産される原因ともなる。農用地の土壌汚染の原因物質で ある特定有害物質として、カドミウム及びその化合物並びに銅及びその化合物が指定され、これら有害物質の濃度が一定の指定要件を超える地域は農用地土壌汚染対策地域に指定されている。46〜48年度の調査により対策地域に指定された総農用地面積は、50年1月現在、水田約1、956ha、畑約20haである。これら対策地域のうち、7つの地域において農用地土壌汚染対策計画が策定され、排土、客土、水源転換等の事業が行われている。なお、50年4月には砒素についても、特定有害物質に指定され、その農用地土壌汚染対策地域の指定要件が定められた。


(3) 騒音、振動等による公害
 騒音は各種公害のなかでも日常生活に極めて密接な関係にあり、公害に対する苦情のうちでも騒音に関するものが例年最も多い。騒音に関する苦情は毎年増加しているが、その伸びは鈍化してきており、48年度には47年度とほぼ同水準の2万4千件であった。これを発生源別に見ると工場に起因するものが62%、建設工事によるものが14%、深夜騒音5%、交通騒音4%などとなっている。交通騒音については、幹線道路や新幹線の沿線、空港周辺の住居密集地域では、近年、大きな問題となっており、地域的な住民運動が各地で起こっている。例えば、48年に実施された自動車騒音調査によると、655測定点のうち環境基準に適合しているのは、13%強にすぎない。また、44年の 大阪国際空港訴訟事件(現在大阪高等裁判所で係争中)に続き、49年には新幹線沿線についても民事訴訟が起こされた。更に最近では、いわゆる近隣騒音による公害が問題化している。
 振動も騒音と同じく住民の日常生活と関連の深い公害であり、その住民に及ぼす影響は心理的、感覚的な生活妨害が中心となっている。振動に対する苦情も年々増加しているが、48年度についてその発生源別に見ると、騒音の場合と同様、工場に起因するものが57%と最も多く、次いで、建設振動29%、交通振動10%となっている。
 悪臭による公害は、工場や事業場等から排出されるアンモニア、硫化水素等の悪臭物質により発生するものであり、これに対する住民の苦情も年々増加していたが、48年度には約2万件にとどまり前年度より減少した。しかし、48年度においても5年前に比ベ3.5倍の苦情件数があり、住民の生活環境に及ぽす影響は依然大きい。
 今後、国民の静かで落ち着いた生活環境を選好する度合は一層高まっていくことが予想され、騒音、振動及び悪臭による公害を防除することがこれまで以上に重要な課題となるであろう。
 最後に、地盤沈下について見ると、大阪市、尼崎市等のように、地下水の採取規制の強化により、かつて著しかった沈下がほぼ停止した地域も一部では見られるが、首都圏南部をはじめ多数の地域では沈下が現在も進行しており、更に最近では地方都市においても沈下が多く発生しているのが目立つ。地盤沈下の激しい地域では、建造物、港湾施設、農地等にかなりの被害が発生しているだけでなく、高潮等による災害の危険性も増大している。地盤沈下の防止のため、その主たる原因である地下水採取の規制をはじめ、各種の措置が講じられている。

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