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第1節 

3 自然破壊問題の背景

 以上述べてきた国民の自然保護に関する意識の高まりの背景における「緑の喪失」なり「自然破壊問題」とは一体何が問題であるのか。以下、若干省察してみることとする。
(1) 都市における自然環境保全の要請
ア 大都市周辺における森林などの緑地の喪失
 昭和40、45年の国勢調査から人口の増加状況をみてみると、特に増加の著しいのは埼玉県(28.2%)、千葉県(24.6%)、神奈川県(23.5%)、大阪府(14.5%)、奈良県(12.0%)、愛知県(12.2%)と大都市周辺部の諸府県であるが、大都市自体の増加率は鈍っており、中でも東京都区部、大阪市、北九州市の3市は前回(35〜40年)の増加から今回は減少に転じており、その他名古屋市、京都市、神戸市、広島市は前回の増加率を下まわっている。他方、大都市周辺の市町村の増加状況をみると、増加率が50%を越える68市町村の分布をみると、埼玉県17市町村、東京都7、千葉県5、神奈川県5、愛知県9、京都府5、大阪府10、広島県4となっており、大都市周辺の人口増加が著しいことを示している。
 このような著しい人口増加により大都市周辺での宅地造成は急速に進み、昭和40年と45年の宅地の状況をみると神奈川県が30.6%、埼玉県が27.9%、千葉県が26.3%、東京都が11.5%の増と急激に宅地造成が進んでいることを示している。これら大都市周辺部における人口の急増、経済諸活動の進展、さらには近時の観光、ゴルフ場その他のレジャー施設の活発な建設等は、従来から全国的にみられた森林の農用地等への転用に加え、最近の森林の他用途への転用を促進させる大きな特徴となっており、とくに大都市周辺地域の森林は近年急速に減少している。
 昭和40年〜45年の5年間の私有林の転用状況をみてみると全国的な総面積はあまり減少していないが(公団や地方公共団体等による分収造林を除いた伐採による林地転用による減少は0.3%)、神奈川県の14%減をはじめ、栃木県6%、奈良県5%、千葉県・大阪府で3%と大都市周辺地区において著しい減少がみられる。
 また、科学技術庁資源調査会が47年5月に発表した報告によれば、1956〜70年の15年間における農地を宅地や産業用に転換した面積を首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)について5年毎の伸び率をみると、1950〜60年を基準とすると、1961〜65年が3.1倍、66〜70年が3.7倍と急激な伸びを示している。そして、これらの大都市周辺における開発行為は今日もなおとどまるところを知らず進んでおり、科学技術庁が発表した資源衛生データー解析結果の中間報告によれば、首都圏において開発進行中と思われる土地は、100km圏内では482km
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、50km圏内では314km
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であり、この圏内面積の4.4%にものぼっている。そして30km〜50km圏の間にその80%が集中している。
 ところで森林などの緑地はさまざまな効用を有しているが、都市においてこれらの都市生活者に与える効用を考えてみれば次のようなものがある。すなわち、大気汚染物質の浄化の効用、遮音、防音等の騒音に対する効用、あるいは災害等の折の避難地帯として多大な効用を有しているし、また、保健休養的効用や心理的効用は、都市生活者にとっては非常に大きいものといえる。
 しかしながら、先にみたように都市周辺における住民を取り巻く自然環境は森林緑地の大幅な減少に端的に示されるように急速に悪化しており、もはや、それは単に珍らしい動植物や美しい風景地の減少という心情的な感慨の域にとどまらず生物の存在自体についても大きな影響を与えている。たとえば前記の科学技術庁資源調査会の報告によれば、将来の環境の質予測の一例として、東京、目黒の自然教育園における樹木の生存率の減衰が報告されているが、これによると過去21年間(1950〜71年)に1950年を基準とすると、1965年と1971年の調査の結果からアカマツ、クロマツ、スギなど特に針葉樹を主とする樹種は20〜40%に減少しているのである。
イ 都市における自然環境の推移と地方公共団体の努力
 都市における森林などの緑地の効用は、前述したとおり多大なものがあるので、その土地利用にあたっては土壌、植物、動物が生態系の一部としての不可欠な要素であるという認識のもとに適正な土地利用計画が推進される必要がある。
 しかし、民間企業による各種の開発は、ややもすれば、土地を短期的な経済的利益追求の対象とし、森林などの緑地の恒久的な価値から「管理されるべき資源」として扱う配慮に欠け、スプロール化を招いているといえよう。特に近時における都市生活者の自然との接触を求める風潮を反映し、観光、レジャー開発が活発になり大都市周辺における森林などの緑地はますます蚕食されている。この10年間に林業経営以外の目的で森林を所有しているとみられる者の増加を「1960年世界農林業センサス」と「1970年世界農林業センサス」からみると、山林を保有する会社数は3.6倍に急増しており、その保有山林面積は1.4倍の増加であり、これは個別経営が経営形態を会社形態に変えた影響もあるが、山林を林業経営以外の目的で保有する企業が多くなつたためである。特に関東、東海、近畿の大都市周辺部で激増しているのが目立ち、この三圏で増加会社数の87%、増加保有山林面積の68%をしめている(第6-1-1表)。
 とりわけ近時の異常なまでのゴルフ場造成ラツシユは、平坦地に候補地が少なくなつたことと、大型機械の導入等により、山にはい上り森林を伐採し、山をけずり谷を埋め立てるため、単に自然破壊というばかりでなく、土砂崩壊等の災害の原因にもなつてきている状況にいたり、各地でゴルフ場締め出しの動きがみられている。
 以上のような自然環境の悪化の中で、国民の自然環境の保全に対する認識も急速に高まり、地方公共団体においても地域の実情に応じた各種の施策の実施、検討が進められており、自然環境保護条例の制定ないしは自然保護を主管とする行政機構の整備がなされている。
 特に大都市周辺の市にあつては、自然環境の保全あるいは土地利用規制に関する条例を制定する動きが活発となつている(47年度末において、首都圏にあつては東京6市、千葉4市、神奈川4市、埼玉2市)が、これらはむしろ緑化の推進に重点が置かれているのが目立つ。また条例ではなく行政指導により緑化に努めているところも多くみられ、例えば横浜市の三保市民の森は50haの山林を所有者の協力のもとに一般市民に提供し、28kmの散策歩道は野鳥が生息するスギ、ヒノキ、カシ林等を縫つていき、小川にはメダカ、ドジヨウ、ザリガニ等も生息し、市民の憩の場として親しまれている。このように市民の自然保護に対する認識の高揚を背景として、各種の緑地の保全、緑化の推進が図られている。
 一方、宅地造成やゴルフ場造成等の大規模開発を抑制するため、既に半数以上の都道府県において大規模開発事業指導要綱やゴルフ場等造成事業要綱等に基づいて各種の行政指導を駆使し、県土の自然環境の保全に努めている。


(2) 風景地の汚染および景観の破壊の問題
 わが国には、26の国立公園、46の国定公園、286の都道府県立自然公園が指定されており、面積はあわせて約500万ヘクタール、国土面積の約13.5パーセントにも及び、すぐれた自然環境として、また国民のレクリエーシヨンの場として重要な役割を果している。この自然公園のような風景地における自然破壊問題として、過剰利用におけるごみの散乱、大量利用に対応するための道路などの施設による景観の破壊、他の産業利用に伴う景観の破壊が指摘され、さらに新しいものとして、別荘地造成あるいはゴルフ場造成など大面積にわたる現状の変更などがあげられている。次にこれらの問題についてその実態をいくつか挙げてみよう。
ア 過剰利用による破壊
 国立公園等において夏季あるいは観光シーズンには、利用者が著しく殺到し、年々都会地の盛り場の雑踏を移し替えた様相の度が強まつてきているが、夏などの利用シーズンにおける過剰利用として指摘されている地域の具体例のいくつかをみてみよう。
○ 立山(中部山岳国立公園)
 一昨年の立山―黒部アルペンルートの全線開通により、利用者数は室堂において、45年の18万人から46年には61万人に一気に増大し、昨年は80〜100万人と推定されている。静寂な環境は失われ、かつては登山者の目にとまつたライ鳥も、人々の目前から姿を消しつつある。登山者によつてもたらされるごみは最盛期には連日トラツク2台分にものぼり、ヘリコプター空輸で下におろして処理している。
○ 上高地(同上)
 年間利用者は約80万人で横ばいになつているが、マイカーの量は増大し、最盛期の休日には、1,500台から2,000台の車が押し寄せる。しかしながら、上高地にある駐車場は臨時のものを合せてもせいぜい800台しか収用できず、15キロ下流の沢渡において交通規制を行なうことが通例となつている。
○ 知床(知床国立公園)
 秘境ブームにのつて、羅臼温泉では45年8万人にすぎなかつた利用者が、46年には52万人と異常な増大を記録した。これまで森林の保全管理および木材搬出のためにのみ使われていた林道が観光道路と化し、高山植物盗伐などの被害が続出するようになつた。
○ 戦場ヶ原(日光国立公園)
 戦場ヶ原を訪れる利用者は年間700万人にのぼるといわれ、戦場ヶ原湿原は立入り禁止としているが、それを無視する利用者のために踏圧を受け、湿地状から草原状に姿をかえている場所もある。
○ 富士山(富士箱根伊豆国立公園)
 年間利用者は280万人にのぼり、シーズンが短いため、夏の最盛期には、登山者が2万5,000人にのぼり、このため5合目から頂上まで人の列が続くこともある。富士山中腹の富士スバルライン五合目や表富士周遊道路五合目の駐車場もマイカーがひしめきあふれる。その結果もたらされるごみの量も膨大で吉田口においては夏期だけで100トンにのぼるといわれている。
 さらに国立公園、国定公園の利用者をみると、46年度においては、国立公園3億360万人、国定公園2億3,380万人となつている。また、国民の観光レクレエーシヨンの状況を、総理府が実施した「全国旅行動態実態調査」によりみてみると、46年10月から47年9月にかけて、1泊以上の観光レクリエーシヨンを行なつた者が国民の39%、1人当り0.71回、平均旅行日数3.13日となつている。また、旅行方法については、鉄道利用によるものが、45年300億4,000万人、46年313億3,300万人と4.3%伸びたのに対し、自家用自動車によるものが、45年79億3,200万人、46年94億3,500万人と18.9%の伸びを示しており、マイカーによる旅行形態が着実に増加している。
 このような、過剰利用によりもたらされるものは利用者によつて持ち込まれる弁当、清涼飲料そその他の食料品類などの大量の廃棄物である。塵芥は場合によつてはそのまま自然の浄化作用によつて大地に還元さされることもあり得るが、その他プラスチツク、空カン、空ビンの類はそのまま腐敗せずに蓄積し、見苦しいごみの山を作りだす。また、食料品の持込みは、野生動物の生態等の均衡を破ることもある。
 また、湿原あるいは高山のお花畑のような影響を受けやすい場所が利用者の踏圧をうけて裸地化したり、他の踏み跡に強い植物が侵入してたりして本来の植生状態を変化させる状況も発生している。
 このほか、これらの利用者による高山植物、あるいは盆栽植物の盗取という問題があり、とくに自家用車によつて到達性が容易になつたこと等から近時、増加の傾向にあり、利用者のモラルが問われている。
イ 利用施設による破壊
 これまで自然公園などの風景地においては利用者の増大に対応してこれを積極的に受け入れられるような方向で道路その他の関連施設の整備が進められてきた。道路、駐車場、宿舎などの利用の基幹施設は次々に改良、拡大され、これに伴つて付随するさまざまな利用施設が整備されることになる。このような利用関連諸施設の整備はさらにそれを上まわる多くの利用者を誘引し、これがまた、道路、宿舎その他の利用施設の建設を促進させ自然破壊につながつていく例も少くなかつたといえよう。特に自動車利用を前提とした観光道路開発は、利用者を誘引する上に絶大な効果を発揮するため、地域経済の振興という効果を期待して自然公園内でも次々と建設されてきた。
 今後は、地域のもつ特性、適正な利用および管理の方法など全体としてつりあいのとれた地域毎の利用のパターンを考えて許容される施設規模の限界を定め、それに従つて利用施設を整備することが必要である。さらに、今後の方向としては国立公園等の質の高い風景地の利用の集中を避けむしろ比較的地域レベルの利用に供される自然公園など、都市近郊に残された自然地を積極的に活用し、利用の分散を図つていく必要があろう。
ウ 他の産業開発による破壊
 他方、自然公園のような風景地は、都市公園と異つて、公園利用の専用地域でなく、ダム建設、鉱業開発の各種開発も行なわれており、これと景観保護との調整は深刻な問題であるといえよう。
 ダム建設、鉱業開発等の各種開発行為については、自然保護上重要な地域における開発を極力さけるほか、やむをえず、自然公園の区域内において行なう場合には、景観の破壊を最小限にとどめるよう最大限の配慮を行なうことが必要となる。
(3) 大規模開発における自然環境保全の要請
ア 近時、工業開発の一形態として大規模な港湾、広大な用地等の立地条件を備えた地域における大規模開発が検討され、自然公園の区域や比較的自然性が豊かな地域がその検討の対象とされたことから、大規模開発における自然環境保全の要請がクローズ・アップされた。これは、これまでの各地域における工業開発に当たって、失なわれる自然の価値について必ずしも十分検討されておらず、そのことが、ひいては公害の悪化すらもたらしているとする考え方から、今後の工業開発を論ずる場合には、失なわれる自然そのものの価値を含めて検討すべきであるとの認識が急速に高まってきたことによるものであるといえる。
イ この大規模開発の候補地のうち、志布志湾地域は、志布志海岸を含む日南海岸一帯が、美しい海岸地形と海中景観、亜熱帯植物等を保護対象として、昭和30年6月指定された国定公園で、その面積は、4,643ヘクタールあり、ゆるやかなカーブを描いて延びる白浜が17キロメートルに及び、波打ち際と並行して走るクロマツ林は最高幅2キロメートルを有し、黒潮が回流する湾内は、亜熱帯植物群落を有する等、同国定公園の南域部分における主要地域を構成している部分である。
 また、むつ小川原地域一帯は、太平洋にのぞむ長大な砂丘や点在する大小の湖沼に恵まれ、野鳥も生息する等その自然状態は良好といえる地域であり、いずれの地域においても、開発計画案が発表されると、地域社会が大幅に変貌するため地域住民の反対運動がおきているが、その反対理由として、公害発生のおそれと並んで、自然環境の悪化のおそれが掲げられていることが注目される。
ウ このような大規模開発に当っては、地域の自然環境への影響について科学的な検討を進める必要があるが、第一に、国立公園や国定公園のような、わが国の自然を代表するような地域は、いわば、わが国に残されたかけがえのない自然であり、このような地域において大規模な開発が進められることについては、相当慎重な検討が必要であり、第二に、このような開発計画に対しては地域住民の意思を十分尊重して行なうことが必要である。

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