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第1節 

4 自然環境保全施策の展開

 すぐれた自然が急速に失われている状況に対して、かけがえのない自然を保護しなければならないという考えは、今や、国民の各界各層に切実な問題として認識されており、自然保護行政に寄せられている国民の要請はますます強くなつている。
 このような国民的要請に応えるべく、政府は、昭和46年、環境庁を発足させ、自然保護行政を一体的、重点的に推進することとし、国民の注目を集めた。
 環境庁発足第1年の昭和46年度においては、尾瀬の道路問題、干潟の埋立問題に始まる自然保護の要請を契機として、各地域における各様の「自然破壊問題」が一斉に提起された年であった。
 昭和47年度は、環境庁発足2年目の年として、基本的な自然保護法制としての「自然環境保全法」の制定、絶滅のおそれのある鳥類の保存の重要性にかんがみての「特殊鳥類の譲渡等の規制に関する法律」の制定等、今後のわが国における自然環境の適正な保全を推進していくための新しい制度の具体化が行なわれるとともに、地方公共団体においても、自然保護対策を推進するための自然保護条例が47年度新たに20都府県において制定され、24の都府県において自然保護行政を主管する自然保護課の設置等行政機構の整備が進められた(昭和47年度末現在において自然保護条例を制定している都道府県は41、自然保護を主管する課等を設置しているもの32となっている。)。
 しかしながら、これらの自然保護行政の展開は、現実に引き起こされている自然破壊に対して臨床的な措置を講ずる努力を払いながらも全体としては、今後の施策を推進するための法制度の整備あるいは、行政体制の確立等いわば基礎的な体制の整備に重点が置かれてきており、今後は整備されたこれらの体制の上にたつて、体系的、具体的な施策を推進していく必要がある。
 ただし、この場合においてとくに留意すべき基本的なことは、国民および行政の双方が「自然環境」というものの持つ意味あるいはその機能、役割を正しく理解しなければならないということである。
 従来、「自然保護」あるいは「自然環境の保全」ということが各方面で論議されてきたが、これに対するアプローチの仕方もまた多岐に及び、施策の推進に対しても評価が分かれるようなケースが見うけられた。
 このような反省にたつて今後自然環境の保全を総合的に推進し、十分な成果をあげるためには「自然環境」のもつ意味を原点にかえつて考察する必要があり、これについての正しい認識を持つことがまさしく今後の自然環境保全行政の課題であり、この課題をのりこえるところに自然環境保全行政の展望が開けるものといえるであろう。
 このような考えからこれまで述べてきたところを再度考察すると次のように整理することができよう。
 まず、森林などに関連して自然環境の有する機能について従来から述べられたものをみてみると、その一つは国土保全の機能である。例えば森林は水源のかん養、なだれの防止、海岸等における飛砂、潮害、風害の防止等の機能も有する。このように森林の保全は、国土の保全に欠くことができない。特に森林についていうならば大面積にわたつて皆伐されることによつて降雨時に雨水が直接地表に流下し、その結果山崩れや、洪水を引き起したり、逆に樹木による保水機能を失う結果、河川が枯渇したりすることは、よく知られているところである。
 その2は、資源の供給源である。森林は木材の供給源であり、農地は農作物生産の場であり、河川、湖沼、海は水産業の場となつている。農林漁業は自然を利用しつつ、人間生活の基本である衣・食・住の原料を供給する。
 つぎに近時の都市およびその周辺からの森林などの緑地の後退、風景地の汚染や景観の破壊等、古来、世界的にみてもすぐれているといわれているわが国独特の繊細優美な自然が大幅に改変されており、それに対する国民の意識として自然保護の要請が急速に高まるに伴い、次に述べる機能ないし効用について今後十分認識を高めることの必要性が指摘されている。
 第1に、人間性の培養ないしは保健休養の場としての効用である。前述のアンケートの結果にも出ていたように、自然は人間の心にうるおいを与える。また、自然の山野、河川、海岸などは野外レクリエーションの舞台である。
 第2に、環境の浄化の機能である。植物が、炭酸同化作用によって炭酸ガスを吸収し酸素をはきだすという大気浄化機能を有し、人間が密集する都市の中心部にこそ緑が必要であるということはよくいわれていることであるが、その他、一団の樹林のもつ騒音の減殺作用であるとか、煤塵などの吸着作用などの機能についても注目されている。
 第3に、学術研究の場としての効用である。人間生存の母胎である自然の複雑なしくみについては、未だ解明されていないことがあまりにも多い。
 今後さらに人間が安定した発展を続けていくためには、自然のしくみを科学的に解明する中から学びとつていくという態度を欠くことができない。さらに自然保護のもつ多様な種の保存(ジーン・プール)―未知なる要素の維持、保全という役割は、単に学術研究という目的を超えて、次代の人類にとつて測り知れない意味をもつものであると考えられる。
 また、これまで、自然環境保全の観点から必ずしも注目されていなかつた分野についても、自然環境の保全にとつて評価すべき役割を果している分野があることも忘れてはならない。たとえば、農業あるいは林業については、循環資源としての森林、農地等を継続的、反復的に利用して食糧等の生産を行なう一方、農作物や森林が本来持つている酸素供給機能等の自然環境保全機能をも併せ有するものであり、これが適正に営なまれ、農地としてあるいは森林として十分な管理が行なわれている場合には、その自然環境保全上の機能を正しく評価する必要があろう。
 以上のように、人間は自然環境を保全することにより、そこから様々の恩恵をうけることになるわけであり、これら自然の有する機能を人間生活とうまく連結させていくことにより、さらに豊かな環境を作り上げることができるのである。
 以上述べてきたことからも明らかなように、今後、自然環境保全の施策を総合的に推進していくに当たつては、
1. 自然の状態を科学的に把握し、最大の収穫が得られるよう自然の系をコントロールしていくこと。
2. 学術的価値をもつ自然物、稀少あるいは貴重な自然物、脆弱な自然物等を含む自然環境を、あらゆる人為を排して保存すること。
3. すでに失われたり、破壊されたりした自然環境を修復し、創造し、機能を回復させること。
 等の点に十分配慮し、自然のもつさまざまな価値と機能を正しく認識し、無秩序、無制約な開発を行なわないよう、保存と利用との調整を図りながらこれを適正に管理していくことが必要であり、このような基本的認識のもとに着実かつ積極的な施策の展開が要請されているものとえよう。

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