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第1節 

2 環境行政の課題

 以上みてきたように、わが国の環境行政は、環境規制の強化を中心として各方面にわたって推進されてきている。しかし、わが国の環境汚染を防止し、人の健康や生活環境を保全していくためには、今後においても環境行政が取り組み、解決していかなければならない課題は多い。
 環境行政に与えられた課題の第1は、環境保全計画の策定である。
 望ましい環境水準の達成のためには、長期的視点に立った総合的、計画的な環境保全行政の推進が必要となる。そのためには、まず、わが国全体の環境保全目標を設定し、その目標に対する環境政策上の課題を明らかにし、かつ、政策課題を達成するための政策手段を整合的に掲げる環境保全計画の策定が前提となる。すでに、47年12月の中央公害対策審議会企画部会の中間報告により、環境保全長期ビジョンの一応の方向が明らかにされ、また、48年2月閣議決定をみた経済社会基本計画においても、環境保全長期計画の策定が謳われ、60年までに達成すべき環境水準の目標が掲げられた。
 また、国土の均衡ある発展を図るために今後も地域開発は行なわれていくであろうが、環境保全の範囲内で開発を進めていくためには、開発計画の中に環境保全上の見地が十分に織り込まれていなければならず、開発計画策定の際には、のちに述べるように開発が環境に与える影響について調査評価するいわゆる環境アセスメントを実施することが肝要である。
 48年の第71回国会において、国土総合開発法案、工場立地法案等が提出されたのも、このような趣旨に立ったものである。
 さらに、工業開発、都市開発の進展に伴い汚染された地域においては、すみやかに環境回復を図るために、総合的な計画として公害防止計画を策定していく必要がある。公害防止計画は、すでに45年に千葉・市原地域、四日市地域、水島地域について策定され、また、47年12月、東京地域、大阪地域等12地域についても策定された。とくに、47年策定された東京地域等の公害防止計画においては、いおう酸化物について現行の環境基準値よりも厳しい目標が掲げられ、地域ごとに、目標達成に必要な汚染負荷量の削減目標も明確にされた。
 これら既策定の公害防止計画によって、全国工業出荷額の約50%に当たる地域がカバーされることとなったが、さらにその他の汚染地域等についても、環境回復のすみやかな実施のため、公害防止計画の策定を推進していかなければならない。
 環境行政の課題の第2は、規制の強化をさらに進めることである。
 まず、環境基準については、すでにいおう酸化物、一酸化炭素、浮遊ばいじんの大気関係、水質および騒音の一部に係るものが設定されている。こうした環境基準は、人の健康や生活環境をそこなわないレベルとして設定されるべきものであつて、現在の公害防止技術の程度によつて左右されるべきものではない。環境基準は既設定のもののほか、大気関係では、窒素酸化物、水質関係では、PCB、総クロムの有害物質に係る環境基準および航空機騒音に係る環境基準の設定が急がれなければならない。
 また、いおう酸化物に係る環境基準については、44年に設定されたものであるが、新しい科学的知見に基づく人の健康を保護するレベルに強化改訂する作業が進められている。
 次に、排出基準については、現行の排出基準がいわゆる濃度規制方式であるために、拡散または希釈の方法により大量の汚染物質の排出が可能となり、結局、地域または水域全体として環境基準を上回る排出が行なわれることにもなりかねない。環境基準の維持確保の観点からは、濃度規制ではなく、当該地域排出総量を規制する方法がすぐれており、技術的難点を克服して、すみやかに総量規制方式の導入を図るべきである。
 課題の第3は、公害防止のための生活関連公共投資の促進である。下水道、廃棄物処理施設および都市公園については、それぞれ長期整備計画により、その整備が実行されているが、環境汚染は発生源において防除することが最も有効であり、かつ、安上がりであることを念頭におき、民間公害防止投資とともに、これら生活関連公共投資の促進を図っていく必要がある。
 環境行政の第4の課題は、環境保全に関連する調査研究の推進である。
 環境問題は、その原因から結果の発生に至るまで多種多様の要因がからみあい、かつ未知の事項が多い。
 これらの事項を解明するための調査研究を強化拡充することは、環境保全行政を効果的に推進するための重要不可欠な基礎をなすものであり、これに対する社会的要請もきわめて大きい。
 このような要請に応えて、従来から、各種環境汚染の発生メカニズムの解明、人および動物への影響の把握、防止技術の開発等の調査研究が進められており、47年度環境庁でその予算を一括計上した各省庁の試験研究は、9省庁33研究機関による44の研究課題にわたった。
 しかし、環境保全に関する調査研究の範囲はきわめて広く、今後も重点的にその開発を進めていくべき分野が多い。
 まず、もっとも基礎的な分野として、人間も含めた生物と環境との関係の解明が必要である。すなわち、人間活動により環境中に放出された汚染物質がどのように挙動し、どのようなメカニズムを経て、環境に影響を与え、終局的に食物連鎖の頂点に立つ人間に影響を及ぼすかを総合的に解明することが必要である。これには、生物学、化学、工学、医学、農学等の多数の専門分野の研究者の学際的な協力が必要とされる。
 次に、発生した汚染物質を事後的に処理する技術から、そもそも汚染物質を発生しないクローズドシステムへと転換することが必要であり、これは資源の節約にも資することとなる。
 さらに、当面の問題として、汚染防除技術の中で、とくに立遅れがみられる騒音、振動、悪臭等の感覚的公害の防止技術や脱硝技術の開発をすすめるとともに、開発が遅れている中小企業向けのコンパクトで効率的でしかも安価な公害防止技術の開発が急がれねばならない。
 こうした調査研究のうち、基礎的研究開発の分野における国の役割は重要であり、今後とも研究開発体制を充実させていく必要がある。
 課題の第5は、公害被害者、特に健康被害者の救済措置の拡充である。環境行政は、一方において汚染の未然防止を図るとともに、他方において過去の汚染された環境の回復およびその汚染により被害を蒙った人々の救済に万全を期していくことが重要である。
 とくに、原因者が不特定多数で、民事的解決に委ねることが困難な都市や工業地域における著しい大気汚染などによる健康被害者救済の問題は、当面すみやかな解決を必要とする課題である。
 このような観点から社会保障的性格の強い公害健康被害者救済特別措置法による救済措置にかえて、基本的には民事責任をふまえた行政上の損害賠償を保障する制度の確立が急がれている。
 また、公害に係る財産被害、とくに農漁業被害の生業被害に関しても、その救済の制度について検討していく必要がある。

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