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第3節 

2 地域開発による環境破壊の実態

(1) 工業開発と環境破壊
 わが国の地域開発が臨海部における工業開発を中心に進められてきたことは、先にみたとおりである。工業開発の発展の過程を地域的にみると、まず三大都市圏からはじまってその周辺部に広がり、さらに内湾、内海地域から外洋海域へその範囲を拡大していったのであるが、こうした工業開発のなかから代表的な地域をとりだし土地利用上の問題点、汚染、被害の実態などをみてみよう。
 第2-3-6図は川崎、四日市、千葉、水島の各工業地域における土地利用形態の現況を示したものである。
 戦前からの工業地区である川崎や戦後早くからコンビナート地区を形成してきた四日市においては、工業地区と住居地区の配置が分離されていない状態にある。とくに川崎のA地区、四日市のB地区およびC地区の場合は住居地区が周囲を工業地区に囲まれた島のように存在する結果となっており、環境保全上多くの問題が生じている。
 次に30年代後半から、新産業都市として開発が進められてきた水島については、法律に基づき計画的に産業基盤の整備が行なわれたが、土地利用上は住居地区と工業地区の混在が目立っており、また、同地区における生産能力の拡大に伴い、工業地区に隣接する集落の環境の悪化が著しく、すでにD地区、E地区、F地区などにおいて公害による住居移転問題を生じている。
 千葉地域においては、遠浅の海岸であったところを埋立てることにより工業用地造成が行なわれ、そこにコンビナート建設がなされてきた。工業地区と住居地区の混在はみられないが、工業地帯のすぐ後には千葉市などの都市がひかえており、とくに大気汚染についてコンビナート地域から近接都市への影響が生じている。
 以上のように、工業開発における土地利用状況をみると古くから開発された地域は住工混在が甚しく、これが公害問題の深刻化を加速した原因となっている。また、比較的新しく開発された地域にあっては住工分離の土地利用が企図されているが、ここにおいても、開発の規模や内容との関係で、全体としての土地利用形態を事前に十分吟味したものとは必ずしもみられず、開発規模の急速な拡大や土地利用の管理の不十分さから、企図された土地利用が必ずしも実現されていない。
 次に、これら四つの工業地域の生産動向と環境汚染の状況をみよう。第2-3-3表にこれら地域の工業出荷額と主要業種の生産規模を掲げたが、35年から45年の10年間に全国の工業出荷額は4.4倍となったのに対し、これら地域の工業出荷額は5.1倍となっている。コンビナートによる集積の利益の追求は、こうした工業生産の飛躍的増加を実現したが、他方において環境汚染の重合効果をもたらすこととなった。
 これらの地域における42年と46年の大気汚染(いおう酸化物)と水質汚濁(BOD負荷量)の状況を調べると第2-3-4表のとおりとなる。大気汚染についてみるといおう酸化物は、企業の汚染防除努力のまだ本格化しなかったとみられる42年では、4地域のうち2地域が環境基準値年平均0.05ppmを越え、きわめて高い値を示しているが、その後46年には各地ともかなりの改善をみせているものの基準をすべて満たしてはいない。
 さらにこのほか、窒素酸化物による大気汚染が進行しつつあり、たとえば、環境庁試算によると、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県の関東臨海地域における工業および電力による窒素酸化物の排出量は、45年には23万トン程度と推定され、これは10年前の約4.5倍になったものとみられている。
 一方、水質汚濁の動向は、43年に比べて46年は改善していない。水質汚濁についても規制の強化がなされてきたにもかかわらず、汚濁状況が改善されないのは、排水時の汚濁濃度は改善されたものの排水量の増大に伴い、とくに水の交換性の悪い内湾、内海の閉鎖性海域においては、汚濁負荷量がいわば蓄積性汚染として増加する結果、その海域の水質を悪化させるものとみられる。例えば、瀬戸内海沿岸14府県のBOD負荷量は試算によれば33年当時の420トンから45年には2,030トンと約4.8倍になったものと推定されている。
 最後に、これら工業地域における環境汚染によって生じている公害被害の状況をみよう。
 川崎と四日市は、大気汚染による公害病患者の発生で問題となってきた地域として知られており、45年以降、これら地域には国の救済制度が適用されているが、47年度末の認定患者は2,218人に達している。
 また、汚染は人の健康以外にも大きな影響を与えている。海洋における赤潮や油汚染などによる魚介類の大量へい死、異臭魚の発生、のり被害などの漁業被害とともに、農作物や樹木などの農林業被害の例が各地で報告されている。
 また、工業開発の多くが臨海部における埋立てによる工場用地造成を伴うことに対応して、自然の海岸線の減少やこれに伴う景観の破壊、レクリエーションの場の喪失、生態系への影響などが大きな問題となっている。
 例えば、瀬戸内海沿岸の広島、岡山、香川の3県について純自然海岸汀線の割合の変化をみると、第2-3-5表のとおり純自然海岸線は岡山県では3割以下に減少し6割近くは人工海岸汀線となってしまっている。また、埋立てや建築用の土砂等の採取による自然破壊も各地で問題となっている。


(2) 都市開発、観光開発と環境破壊
 工業開発による環境汚染とならんで、最近は、都市開発や観光開発などによる環境破壊も問題になっている。まず、都市開発による環境破壊の問題からみていこう。
 都市開発の状況の一つの指標として、政府および民間による住宅建設の戸数の推移をみると、第2-3-7図のようになるが、このための用地のかなりの部分が農地または山林などの転用によってまかなわれている。農地法第4条、第5条統制実績によると30年から45年までに住宅用地に転用された農地等は15.5万haにのぼり、これは同期間における工業用地への転用面積6.3万haより多い。こうした都市開発が、従来、総じて環境保全に十分配慮されることなく無秩序に行なわれてきたことから様々な問題が生じている。
 第2-3-8図は、東京における緑地(自然緑地と生産緑地)の面積の推移を示したものであるが、昭和7年には、都の全面積の80%もあった緑地が45年には30%に激減しており、都市化の進行の激しさを示している。
 樹木には、環境保全上大気を浄化し、煙や亜硫酸ガスなどの汚染物を吸着する機能があるといわれているが、このような緑が一度失なわれた場合、これを復元することは、きわめて困難である。
 都市開発による環境保全上のもう一つの問題は、居住人口の増加に伴う家庭下水や廃棄物から生ずる環境汚染の問題である。大規模な市街地開発が山林または農地を転用して行なわれるような場合には、開発周辺地域まで含めた下水道等の社会資本の整備が不十分なため、清流が一転して下水溝と化すような例も少なくない。
 その他、都市開発によるゴミの増大も問題になっている。今後、都市化の進展とともに大規模な都市開発が行なわれるケースの増大が予想されるが、この場合に、環境保全上必要な緑地の創造、確保、下水道等社会資本の整備等環境保全面に対する十分な配慮が不可欠となっている。
 次に観光開発に伴う環境破壊の問題をみよう。
 最近、余暇時間の増大に対応して全国的に各種の観光開発が進められているが、これに伴い、観光道路の建設、ゴルフ場やスキー場などの造成による環境破壊の事例が増大している。例えば、観光道路の建設による自然破壊が問題となった石鎚スカイライン、富士スバルライン等の山岳の観光道路については、その後、関係機関において緑化復元等の努力がなされているものの、路線選定、道路工法等において、環境保全面に対する配慮が不十分だったため、その修復ははかばかしく進んでいない。このような自然景観の破壊に加えて、土壌中の微生物が大幅に減少する等生態系への影響にまで及ぶことも指摘されている。
 観光開発によるこれら自然景観の破壊、生態系の破壊に加えて、観光客による自然破壊も問題となっている。第2-3-9図は、日光国立公園内にある湯ノ湖における観光客数およびBOD値の季節変化をみたものである。これによると湯ノ湖のBOD値は夏季に高く、冬季に低い。これは観光客数が夏季に多いことと対応しており、夏季には自然的条件からBOD値が高くなる傾向にあるものの、湖沼の汚濁は、当地を訪れる観光客によるところが大きいものと考えられる。また、同じような傾向は、湯ノ湖と湯川により通じている中禅寺湖においてもみられる。
 この他、観光客による環境汚染として問題になるものに、観光地におけるゴミの問題がある。国立公園の集団地区については、毎年美化清掃対策を民間団体の協力で実施しているが、47年度報告のあった17地区についてみると、処理したごみの総量は、約2,800トン、これに要した費用は約4,500万円であった。
 今後の観光需要の増大に対応して、これら観光開発が環境破壊をもたらさないような対策が強く要請されているところである。

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