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第2節 

2 人権擁護機関による処理

(1) 人権擁護機関と公害
 ここで人権擁護機関というのは、法務省人権擁護局とその下部機構である法務局、地方法務局の人権擁護部課、支局および法務大臣が委嘱して全国の市町村に配置している約9,200名の人権擁護委員を指す。これらの人権擁護機関は、憲法によって保障されている基本的人権を擁護するための行政上の機関として、昭和23年に創設され、以来今日まで、人権侵犯事件の調査処理、人権思想の普及高揚、貧困者への法律扶助等に積極的に取り組んできた。
 公害は、人の快適であるべき生活環境を悪化させるばかりでなく、農水産業等の生業の基盤を動揺させ、さらに、生命、身体をむしばむという悲惨な事態を招来するなど、人権擁護の立場から放置できないものがある。
 そこで、人権擁護機関では、その創設の当初すなわち「公害」の概念が生まれる前から、公害に関する紛争や苦情を取り扱ってきた。たとえば、24年2月に人権擁護局が初めて開設した人権相談所において、印刷工場による騒音に関する苦情2件を取り扱っている。これは、当時、公害に対する法的規制がほとんど行なわれず、また苦情を受ける窓口も整備されていなかったため、苦情のもって行き場に窮した被害者が、生活権の侵害として人権擁護機関に訴えてきたからである。人権擁護機関では、このような苦情を黙視できなかったので、実情を調査し、被害者を救済するための措置を講ずるようになった。
 そして、公害が社会問題として一般に取り上げられるようになり、公害に関する人権擁護機関への申告が増加してきたことを考慮して、36年から人権侵犯事件の類型に新たに「公害」を設定し、積極的に対処していくことになった。
 現在では、国の公害規制立法や地方公共団体の公害防止条例も逐次整備され、それらの法律や条例による和解の仲介制度のほか、各省庁や地方公共団体の事実上の公害紛争に関するあっせんもなされている。しかしながら、人権擁護機関が受理する公害事件は、後に述べるように、横ばいないしはむしろ増加傾向にある。人権擁護機関では、これからも関係機関との協力提携を図りつつ、人権擁護の立場から被害者の救済に努めなければならないであろう。
(2) 公害事件の受理、処理の概況
 人権擁護機関が過去5年間に取り扱った公害による人権侵犯事件の受理および処理件数は、第3-8-4表のとおりである。公害問題が社会的に関心をもたれ始めた昭和34年から受理件数も100件をこえ、最近では年間150件前後をコンスタントに記録している。
 受理区分をみると、被害者の「申告」が最も多いが、これは公害を人権問題としてとらえ、人権擁護機関による救済を求める国民の切実な要求を反映しているものであろう。「情報」がこれに次ぐが、これは新聞・ラジオ・テレビ等によって被害の事実を知った場合に、被害者の申告をまたずに調査を開始するものである。「委員通報」は、人権擁護委員が申告を受け、自ら侵害を現認し、あるいは新聞等でその事実を知ったことにより受理した事件をいう。
 処理区分では、「排除措置」が圧倒的に多い。排除措置というのは、関係者に対する説得、勧奨、あっせんなどにより被害の際、減少の措置がとられた場合の処理区分である。人権擁護機関の調査処理には別段強制権限はなく、まったく任意手続きによるものであるから、調査の結果、侵害事実が認められた場合には、関係者を説得して自発的に侵害を排除してもらうことに重点を置いている。そして、公害等のように侵害状態が継続する人権侵犯事件の処理は、その侵害を排除しなければ救済の真の目的が達せられないので、そのための努力をしており、その結果、処理事件のうち約70%は、排除措置となっている。しかし、排除措置が諸種の事情によって事実上困難な場合には、金銭的な慰謝によって被害者の救済を図るとか、あるいは裁判手続にゆだねる以外にみちがないこともある。その方法によって処理した場合が、「援助」である。したがって、このなかには、被害者に民事上の損害賠償請求のための調停や訴訟手続に関する助言をしたものも含まれ、その際、訴訟費用等を負担できない貧困者に対しては、事情により法律扶助協会による訴訟援助を与えることもできないので、そのあっせんもしている。その他「告発」・「勧告」・「通告」・「説示」等の処理区分もあるが、前述のような公害事件の性質上、これらの処置をとることはきわめて少ない。
 次に、このように人権擁護機関が42年中に受理、処理した公害事件147件のうち、人権擁護局に報告のあった主要事件81件について発生原因、発生業種、講ぜられた対策等を分析したのが第3-8-5表である。
 この表によれば、人権擁護機関ではほとんどすべての公害を取り扱っていることがわかる(総件数と公害の種類に計上されている件数が一致しないのは、1件で、たとえば騒音、振動、悪臭、廃液等のように、以上の公害を発生させているものがあるからである)。
 調査の結果講ぜられた対策では、公害防止施設の設置や既存設備に改善を加えた「設備改善」が最も多い。
 しかし、最近の公害事件は、種類が多様化するばかりでなく、内容も複雑な利害関係がからんだものが多い。このような公害事件の調査処理は、法律上なんらの強制制限もなく、限られたわずかな予算と人員しか有しない人権擁護機関にとって、容易なわざではない。
 

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