気候変動の影響に対処するため、温室効果ガスの排出の抑制等を行う緩和だけではなく、既に現れている影響や中長期的に避けられない影響を回避・軽減する適応を進めることが求められています。この適応を適切に実施していくためには、科学的な知見に基づいて取組を進めていくことが重要となります。
我が国の気候変動影響に関する科学的知見については、2015年3月に中央環境審議会により取りまとめられた意見具申「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と課題について」で示されています。
この意見具申から5年経過した2020年12月には、新たに最新の知見を取りまとめ、気候変動適応法(平成30年法律第50号)に基づく初めての報告書となる「気候変動影響評価報告書」を公表しました。同報告書では、2015年の意見具申より約2.5倍の文献を引用し、知見が充実したほか、昨今の台風等の激甚災害の実態を踏まえ、分野・項目ごとの個別の影響が同時に発生することによる複合的な影響や、ある影響が分野・項目を超えて更に他の影響を誘発することによる影響の連鎖・相互作用を扱う「複合的な災害影響(自然災害・沿岸域分野)・分野間の影響の連鎖(分野横断)」についても記載しました。2025年度に予定している次期気候変動影響評価に向けて、科学的知見の収集・整理や評価方法の検討等を行っています。
2016年には、適応に関する情報基盤である「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」が構築されました。同プラットフォームは、国立研究開発法人国立環境研究所が運営しており、気温、降水量、米の収量、熱中症の救急搬送人員など様々な気候変動影響に関する予測情報や、地方公共団体の適応に関する計画や具体的な取組事例、民間事業者の適応ビジネス情報等についても紹介することで、国、地方公共団体、民間事業者等の適応の取組を促進しています。
気候変動適応に関する取組については、2015年の中央環境審議会意見具申「日本における気候変動による影響の評価に関する報告と課題について」で取りまとめられた科学的知見に基づき、政府として「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定しました。
その後、適応策の更なる充実・強化を図るため、国、地方公共団体、事業者、国民が適応策の推進のため担うべき役割を明確化し、政府による気候変動適応計画の策定、環境大臣による気候変動影響評価の実施、国立環境研究所を中核とした情報基盤の整備、気候変動適応広域協議会を通じた地域の取組促進等の措置を講ずる事項等を盛り込んだ気候変動適応法が2018年6月に成立、同年12月に施行されました。
2018年11月には、気候変動適応法に基づく「気候変動適応計画」を閣議決定しました。また、同年12月には、環境大臣を議長とする「気候変動適応推進会議」が開催され、関係府省庁が連携して適応策を推進していくことを確認しました。2022年6月に開催した第6回会合では、「気候変動適応計画」の短期的な施策の進捗管理方法、中長期的な気候変動適応の進展の把握・評価方法等について確認を行いました。
2021年10月には、2020年12月に公表した「気候変動影響評価報告書」を踏まえ、「気候変動適応計画」の変更を閣議決定しました。前計画からの変更点としては、「重大性」「緊急性」「確信度」に応じた適応策の特徴を考慮した「適応策の基本的考え方」の追加、及び分野別施策及び基盤的施策に関するKPIの設定、国・地方公共団体・国民の各レベルで気候変動適応を定着・浸透させる観点からの指標の設定等による進捗管理等の実施に関する内容等が追加されています。
2023年4月には、政府一体となった熱中症対策の推進のため、気候変動適応法が改正され、同年5月には熱中症対策実行計画の策定と適応計画の一部変更(熱中症対策実行計画の基本的事項の追加)について閣議決定しました。
2023年12月で気候変動適応法の施行後5年を迎えたため、法の規定に基づき、中央環境審議会地球環境部会気候変動影響評価・適応小委員会において、法の施行状況の検討に着手しました。
一般的に気候変動の影響に脆(ぜい)弱である開発途上国において、アジア太平洋地域を中心に適応に関する二国間協力を行い、各国のニーズに応じた気候変動の影響評価や適応計画の策定等の支援を行いました。
さらに、アジア太平洋地域の開発途上国が科学的知見に基づき気候変動適応に関する計画を策定し、実施できるよう、国立環境研究所と連携し、2019年6月に軽井沢で開催した、G20関係閣僚会合において立ち上げた国際的な適応に関する情報基盤であるAP-PLATのコンテンツの充実を図りました。
農林水産分野の気候変動への適応策については、持続可能な食料システムの構築を目指す「みどりの食料システム戦略」等を踏まえ、「農林水産省気候変動適応計画」に必要な改定が行われています(2023年最終改定)。この計画に基づき、水稲における白未熟粒(しろみじゅくりゅう)や、りんご、ぶどう、トマトの着色・着果不良等のほか、水産業における養殖ノリの年間収穫量の減少など、各品目で現れている生育障害や品質低下等の影響を回避・軽減するための品種や生産安定技術の開発、普及を進めています。
また、気候変動への適応策として重要な熱中症対策については、気候変動適応法及び独立行政法人環境再生保全機構法の一部を改正する法律(令和5年法律第23号。以下「改正法」という。)が令和5年5月に公布され、熱中症警戒情報及び熱中症特別警戒情報、指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)、熱中症対策普及団体の制度等が措置されました。また、同月には改正法に基づく「熱中症対策実行計画」を閣議決定し、熱中症による死亡者数(5年移動平均死亡者数)を現状から半減することを中期的な目標(2030年)として位置付けるとともに、関係府省庁における対策の強化を盛り込みました。環境省では、2021年から開始した「熱中症予防強化キャンペーン」を通じて、国民に対して、時季に応じた適切な予防行動の呼び掛けを実施するとともに、全国からモデルとなる自治体を選定して効果的な熱中症対策の支援等を行いました。また、改正法の施行に向け、熱中症対策推進検討会において有識者を交えた議論を行い、新制度の運用等に係る指針・手引きを取りまとめ、公表しました。
気候変動の影響は地域により異なることから、地域の実情に応じて適応の取組を進めることが重要です。地方公共団体における科学的知見に基づく適応策の立案・実施を支援するため、A-PLATを通じて、気候変動影響の将来予測や各主体による適応の優良事例を共有するとともに、気候変動適応法に基づき地方公共団体が策定する地域気候変動適応計画の策定支援を目的として2018年に作成・公表した「地域気候変動適応計画策定マニュアル」を2023年3月に改訂し、計画策定に必要な情報の充実を図るとともに、計画作成支援ツール等の提供を開始しました。また、2019年度より開始した、住民参加型の「国民参加による気候変動情報収集・分析」事業を、引き続き実施しました。気候変動適応法に基づく「気候変動適応広域協議会」(全国7ブロック(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国四国、九州・沖縄))においては、2020年度に関係者の連携が必要な気候変動適応課題等について検討するための分科会を設置し、2023年3月には、地域の課題に応じた広域アクションプランを策定・公開しました。そのほか、今後の地球温暖化に伴い、強い台風や大雨の増加が予測され、災害の更なる激甚化が懸念されていますが、将来の台風等の評価に関する科学的知見が不十分であることから、将来の気候変動下での台風等の影響評価に関して、より詳細な科学的知見を創出する「気候変動による災害激甚化に係る適応の強化事業」を2020年より開始し、2023年7月には予測結果を公表しました。
気候変動による影響は事業者にも及ぶ可能性があります。事業者は、気候変動が事業に及ぼすリスクやその対応について理解を深め、事業活動の内容に即した気候変動適応を推進することが重要であるとともに、他者の適応を促進する製品やサービスを展開する取組である適応ビジネスの展開も期待されます。近年では、「気候変動関連情報開示タスクフォース」(TCFD)の提言に基づき、財務報告等で事業活動における気候リスクを開示する企業が増加するとともに、気候変動影響や適応策に関する情報へのニーズが高まっています。環境省では、2019年3月に公開した「民間企業の気候変動適応ガイド -気候リスクに備え、勝ち残るために-」を2022年3月に改訂し、TCFDの物理的リスク対応や、気候変動によって頻発化や激甚化が懸念される気象災害をBCPに組み込む際の考え方等を紹介しています。加えて、事業者の適応ビジネスを促進するため、国内の情報基盤であるA-PLATや国際的な情報基盤であるAP-PLATも活用しつつ、事業者の有する気候変動適応に関連する技術・製品・サービス等の優良事例を発掘し、国内外に積極的に情報提供しています。また、環境省、文部科学省、国土交通省、金融庁及び国立環境研究所は、気候リスク情報(主に物理的リスクに関する情報)等を活用してコンサルタントサービス等を提供する企業との意見交換、協働の場として2021年9月に立ち上げを行った「気候変動リスク産官学連携ネットワーク」を通じて、ニーズに沿った情報提供や気候リスク情報の活用の促進を進めています。