環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部>第5章 新型コロナウイルス感染症に対する環境行政の対応

第5章 新型コロナウイルス感染症に対する環境行政の対応

新型コロナウイルス感染症は、2019年12月に確認されて以来、感染が国際的に広がりを見せ、世界保健機関(WHO)が2020年1月31日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言するまでに至りました。新型コロナウイルスの感染拡大は、国境を越えたヒト・モノ・カネの移動に依存する世界経済のリスクを顕在化させました。政府は、2020年2月25日に「新型コロナウイルス感染症対策本部」を開催し、「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を、3月28日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を決定しました。また、新型コロナウイルス感染症を暫定的に新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号)に規定する「新型インフルエンザ等」とみなし、同法に基づく措置を実施するための新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律(令和2年法律第4号)が3月13日に成立しました。

肺炎の発生頻度が、季節性インフルエンザにかかった場合に比して相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあること、また、感染経路が特定できない症例が多数に上り、かつ、急速な増加が確認されており、医療提供体制もひっ迫してきていることから、全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある状況であることを踏まえ、4月7日、新型コロナウイルス感染症対策本部長である安倍晋三内閣総理大臣は東京都等7都府県に対して新型インフルエンザ等対策特別措置法第32条第1項に基づき、「緊急事態宣言」を行うとともに、同本部は基本的対処方針を変更しました。緊急事態措置を実施すべき期間は4月7日から5月6日まで、区域は埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県及び福岡県としました。また、これまでも政府では数次の緊急対応策を講じてきましたが、4月7日に国民の命と生活を守り抜き、経済再生を行うため、新たに「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を決定しました。また、4月16日、全都道府県を緊急事態措置の対象とすることとし、基本的対処方針を変更しました。さらに、5月4日、緊急事態措置を実施すべき期間を5月31日まで延長し、基本的対処方針を変更しました。

新型コロナウイルス感染症の拡大は、拡大防止のための全国一斉休校、外出の自粛や興行場等の営業自粛等により、国民の生活や社会経済に大きな影響を及ぼしています。また、世界全体で人の移動が抑制されており、日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、2020年2月の訪日外国人旅行者数も、対前年同月比マイナス58.3%となっています。

本章では、新型コロナウイルス感染症に対する環境行政の対応について紹介します。

1 環境行政における新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組

環境省では、2020年1月20日に環境省情報連絡室を設置するとともに、1月30日には小泉進次郎環境大臣を本部長とする環境省新型コロナウイルス感染症対策本部を設置し、環境省内及び環境行政における新型コロナウイルス感染症に関連した対策を講じてきました。

(1)廃棄物関係の取組

社会を支える医療活動を維持するため、また、人々の日常生活を支え、経済・社会活動を継続できるようにするためには、新型コロナウイルス感染症に係る廃棄物を適正に処理しつつ、廃棄物処理業界における処理の体制が確実に維持されることが必要です。そのため、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部で決定された基本的対処方針においても、廃棄物処理は「国民生活・国民経済の安定確保に不可欠な業務」として位置づけられ、緊急事態宣言時にも事業の継続が求められており、環境省としても、廃棄物処理体制の確保、現場での感染防止対策などに全力で取り組んできました。

具体的な対応としては、2020年1月に、廃棄物処理事業における感染防止策として、病院等から発生する感染性廃棄物については法令に基づく基準及び「感染性廃棄物処理マニュアル」に基づいて、また、それ以外の廃棄物については「廃棄物処理における新型インフルエンザ対策ガイドライン」の内容に準拠して、適正に処理するよう、地方自治体や関係団体に周知しました。また、新型コロナウイルス等の感染症に係る廃棄物の取扱いに際しての留意事項をまとめ、家庭向け及び医療関係機関等向けにそれぞれチラシを作成し、ホームページ等において公表、周知しました(図5-1-1)。

図5-1-1 新型コロナウイルス等の感染症対策としての廃棄物扱いに係るチラシ

さらに、7都府県に緊急事態宣言が出された4月7日には、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中での業務の継続や廃棄物処理における感染防止対策等について、また、軽症者等の宿泊療養や自宅療養における廃棄物処理に当たっての注意喚起について、地方自治体や関係団体に周知しました。

このほか、新型コロナウイルス感染症の影響として、事業活動の減少に伴い、事業活動から生じる廃棄物の発生量に減少傾向が見られ、廃棄物処理業者の経営に影響をあたえる可能性があることから、中小事業者に対する資金繰りを支援する制度の指定業種として、廃棄物処理業が追加されました。

(2)国民公園、国立公園等の施設における取組

環境省の所管する国民公園、国立公園等における感染拡大防止を図るため、環境省の所管する国民公園内の施設、国立公園内のビジターセンター等、世界遺産センター、野生生物保護センター等において、2020年1月24日より、入園者が使用できる手指の消毒液を休憩所内等に設置するとともに感染予防のため消毒液の利用を推奨する張り紙の掲示を行いました。また、1月31日から入園者に対し、コロナウイルス関連肺炎への予防行動(手洗い、咳エチケット等)の呼びかけや帰国者・接触者相談センターへの相談目安や情報把握のための連絡先等を記した張り紙を日本語、英語、中国語の3種類掲示するとともに、国立公園公式SNS(InstagramとFacebook)を用いた定期的な注意喚起を開始しました。

さらに、2月28日に開館・閉館の対応方針を策定し、その後緊急事態宣言に対応して国立公園内のビジターセンター等67施設を閉館しました(4月20日時点)。一方、公園内の安全確保等のため、必要なところでは閉館した施設等での職員の常駐や国立公園のビジターセンター等での危険情報の提供等を継続しました。京都御苑・皇居外苑(北の丸地区含む)等の国民公園においては、ウェブサイトや看板等を通じ、花見時期の対応として園内における飲食を伴う宴会等の利用を控えることについて周知等しました。特に新宿御苑については、入園門及び園内における感染リスク低減のため様々な対策を講じたとともに、東京都の不要不急の外出自粛要請等に対応し、3月27日より当面の間、臨時閉園としました。

(3)動物愛護管理における取組

ペット関連事業者やペットを飼っている方に正確な情報をお伝えするため、国際機関や獣医師会等から情報を収集し、ホームページを随時更新しながら新しい情報を発信しています。また緊急事態宣言の発出を受けて、関係団体や自治体に向けて、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を踏まえた事業者における配慮事項等について、情報の提供と技術的な助言を行いました。

(4)その他の取組

環境省主催のイベントは、3月以降規模の大きさに関わらず延期又はネット中継や録画配信等により対応しました。また、全ての職員が時差出勤・テレワークを可能とする省内規定の整備を行ったほか、4月7日の「緊急事態宣言」を受けて、不要不急の業務を縮小・中断し、出勤しなければ業務を遂行できない職員以外は、在宅勤務により職務を遂行することを前提とした勤務体制に移行しました。また大臣等への案件説明については、原則ウェブ会議システムを活用することとし、やむを得ず対面で行う場合には説明者を最少限とすることとしました。

このような取組の検討に際しては、公衆衛生学、感染症及び健康に関する危機管理に係る専門家をアドバイザーとして委嘱し、専門的な意見を踏まえ進めました。

2 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における環境行政の対応

政府が2020年4月7日に決定した「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」は、[1]感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発、[2]雇用の維持と事業の継続、[3]次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復、[4]強靱な経済構造の構築、[5]今後への備えの5つの柱で構成されています。環境省が取り組む施策は、このうち[3]と[4]に盛り込まれました。

(1)次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復

感染拡大防止に向けた長期戦への対応として、感染拡大防止を図りつつ官民を挙げた経済活動の回復の取組として、環境省では以下の取組を行う予定です。

まず、換気の悪い密閉空間を避けることが感染拡大防止に重要であることから、新型コロナウイルス感染症の影響により業況が急激に悪化した不特定多数の人が集まる飲食店等に対し、大規模感染のリスクを低減するための高機能換気設備等の導入の支援を行う予定です。高機能換気設備は、室内の空気を換気する際に、排気する室内の空気から熱を回収し、新しく取り入れた外気に熱を移す機能を持った換気設備で、換気を効率的に行うことで、感染症拡大リスクを低減しつつ、その際の冷暖房熱のロスを抑制し、省エネ・省CO2を図ることが可能です。また、高機能換気設備等を導入した事業者の協力を得て、新型コロナウイルス収束後に利用客の増加をナッジを活用して検証する取組を行います。

国立公園等では今般の訪日外国人旅行者数の大幅な減少に伴い、地方の宿泊事業者をはじめとする観光事業者の経営に大きな影響が生じています。また、環境省では「国立公園満喫プロジェクト」を展開し、2018年には訪日外国人来訪者数が約694万人になるなど、地元経済の活性化に大きく寄与してきましたが、これらの地域への来訪者数も大幅に減少しています。このため、まず、地域の観光事業者等が実施する、ツアー等を行うフィールドにおける海岸清掃・歩道の修繕や草刈り等の活動を支援することで、新型コロナウイルス収束までの間の地域の雇用の維持・確保に貢献します。

また、事態収束後の反転攻勢も見据えて、国立公園等のキャンプ場や旅館等でのワーケーションの推進やSDGsに資するツアー・イベントの推進といった地域の取組を支援し、国立公園等での新たなライフスタイル・ワークスタイルを提供します。事態の収束後には、国内外の誘客の回復に向けた強力なプロモーションを行います。

(2)持続可能で強靱な脱炭素社会への移行

持続可能で強靱な脱炭素社会への移行を進めるため、環境省では、新型コロナウイルス感染症の影響により毀損したサプライチェーンを再編し、生産拠点を国内回帰する企業等に対し、防災やRE100の推進に資する自家消費型太陽光発電設備及び蓄電池の導入を支援します。太陽光発電設備等の導入に当たっては、需要家にとって初期コストや維持管理コストなしで発電設備等を設置でき、需要家にとってメリットとなる形でのオンサイトPPA(Power Purchase Agreement:発電事業者が需要家の施設等に太陽光発電設備等を設置・所有した上で、当該設備で発電された電力をその需要家へ供給する契約方式)モデル等を支援する予定です。この支援を通じ、企業の自発的な気候変動対策の取組とともに、経営基盤の強化を後押しします。

3 新型コロナウイルス感染症に係る雇用維持等に対する配慮に関する要請について

新型コロナウイルス感染症の影響により、人や物の動きが停滞し、事業活動を縮小せざるを得ない事業者が生じており、経済全般にわたって甚大な影響をもたらしています。こうした状況等を踏まえ、政府としては、過去にない規模となる117兆円の経済対策を講じることとしました。

これらの経済対策の活用により、雇用の維持を図り、特に急激な事業変動の影響を受けやすい有期契約労働者、パートタイム労働者及び派遣労働者並びに新卒の内定者の方々等に対して適切な配慮を行うよう、2020年4月13日より業界団体に対し、厚生労働大臣、総務大臣、法務大臣、文部科学大臣及び環境大臣の連名による要請を行いました。

環境省においては、所管する廃棄物処理事業、ペット関連等の事業を行う事業者に加え、国立公園や自然を対象としたツーリズム施策に関連する事業を行う事業者に経済対策に係る支援措置を十分に活用していただき、事業継続と雇用維持に最大限努めるよう要請を行いました。

4 今後に向けて

第1章で気候変動をはじめとした地球環境の危機について述べましたが、この新型コロナウイルスも、まさに地球全体に危機的な状況をもたらしました。第2章、第3章で地球環境の危機へ対応する社会変革や自立・分散型の地域社会づくりである地域循環共生圏の取組等について紹介しましたが、これらの環境行政等による取組の中には新型コロナウイルスへの対応に活用できるものもあります。例えば、第3章で紹介した「置き配サービス」について、配達員と対面しないことから、新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐ観点から「置き配サービス」対応が進んでいます。また、上記の経済対策では、エネルギーの削減の行動変容を促すため実証してきた「ナッジ」の知見を新型コロナウイルス感染症への対応にも活用することを予定しています。

一方、新型コロナウイルス感染症への対応として、テレワーク、オンライン教育やウェブ会議システムの利用が我が国でも急速に進みました。これらは移動等に伴う二酸化炭素の排出を削減しうるものであり、働き方や学び方の改革にもつながるものであるため、新型コロナウイルス感染症の収束後にあっても、引き続き積極的に活用していくことが期待されます。

また、新型コロナウイルス感染症等の発生も踏まえて、感染症と生態系等についての調査研究を検討していくことも重要であると考えます。

このように、新型コロナウイルス感染症の収束及び収束後の持続可能で自立分散型の強靱な経済社会づくりに向けて、これまでの環境行政の取組や知見を活かしつつ、最大限の取組を進めていきます。

コラム:撹乱される生態系と感染症

国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 生態リスク評価・対策研究室室長で侵略的外来種の生態リスク評価の専門家である五箇公一氏は、感染症と生態系との関係について、「病原体とされる微生物やウイルスも生態系の構成要素であり、本来、病原体と宿主生物との間には共進化による固有の相互関係が構築されている。人間活動による病原体の移送は、免疫や抵抗性を進化させていない新たなる宿主との遭遇をもたらし、急速な感染拡大を引き起こして、その新たな宿主個体群に対して壊滅的な被害を及ぼすことにもなる」と説明し、人間との接触がほとんどなかった生物との新たな接触による病原体の人間社会への浸淫リスクを指摘しています。

世界保健機関(WHO)は、1970年以降に新しく認識された感染症で、局地的に、あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症を「新興感染症」と定義しています。五箇氏は、新興感染症について「人と動物の両方に感染し得る人獣共通の新興感染症の約7割が野生生物起源の病原体によると指摘されている。こうした感染症問題の背景には、病原体および自然宿主(野生生物)が生息する生態系の人為的撹乱があり、今後も開発により地球の低緯度地域の生物多様性の破壊が進行すれば、新興感染症の発生頻度がさらに高まり、グローバル化によって、生物多様性のなかに潜んでいた病原体が人間社会に持ち込まれるリスクはより深刻なものとなる。安全で健康な社会を守るためには、生態系に対する過剰なかく乱を防ぐ必要があり、野生生物と人間の住み分け(Zoningゾーニング)も含め、人間社会を持続するうえでの生物多様性の意義とその管理を考える必要がある。」と指摘しています。

地図情報に基づく野生生物由来の新興感染症発生リスクマップ