環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第3章>第3節 自然資源を活用した地域づくりのあり方

第3節 自然資源を活用した地域づくりのあり方

 自然資源の持続可能な利用のあり方を考えることは、持続可能な地域づくりの観点から、最も基本的な事柄となります。ここでは、地域の人々が日常的に利用する、森林資源、水資源、水産資源に注目して、地域の生活に溶け込んだ、地域主体の資源管理のあり方をみてみます。

1 森林資源と「おもちゃ」

 昭和初期、民藝運動を興した柳宗悦は、自著「手仕事の日本」の中で、「果たして生活から離れたときに、美が高まってくるでしょうか。日々の生活こそは凡てのものの中心なのであります。またそこに文化の根元が潜みます。人間の真価は、その日常の暮らしの中に、最も正直に示されるでありましょう。」と指摘しました。

 鑑賞的な美術品と対置する「用の美」として知られるこの考え方は、暮らしの中で日常的に用いられてきたありふれた道具の、素朴でむだのない美しさを説いています。一方で、大量生産、大量消費という現代の社会経済の中では、この「用の美」の考え方に、当時とはやや異なる響きを感じ取ることができます。すなわち、ものを簡単に使い捨て、資源をむだにする生活の中に「用の美」があり得るのか、と問い直すことは、持続可能な社会のあり方の一端を問い直す作業でもあると考えられるのです。

 我が国では、日用品から伝統工芸品や文化財建造物にいたるまで、さまざまな用途に森林資源を利用してきました。木でできた「おもちゃ」も、積み木や人形をはじめ、多くの種類を見ることができます。「おもちゃ」は、日常生活の中で、こどもが直に手をふれ、心ゆくまで使い、たとえ使わなくなっても後生大事にされ得るものであるという点で、「用の美」を見いだし得るものと考えられます。

 これらの木でできた「おもちゃ」を利用して、素材の持つ質感を肌で感じ、自然資源の恵みについて学ぶ機会を提供しようとする地域づくりの例を見てみましょう。

 東京都新宿区にある「東京おもちゃ美術館」は、閉校となった小学校が利用されており、平成20年から、地域住民からの誘致をうけて特定非営利活動法人日本グッド・トイ委員会が運営しています。この「東京おもちゃ美術館」では、九州山地のヒノキ、津軽地方のヒバ、薩摩地方のイヌマキ、球磨地方の竹などをふんだんに用いた展示室に多数の玩具が展示されています。この施設においては、「おもちゃ」が展示されているだけではなく、実際にふれて遊ぶことができるようになっており、子どもたちが、直に木とふれあうことができる工夫が随所に見られます。

 福井県鯖江市の漆器は、その技術が1500年受け継がれてきている越前漆器として知られています。近年、世代を超える「百年玩具」をキーワードにして、その伝統的な技術を用いた手づくりの漆塗り積み木が、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づく伝統的工芸品として指定されました。鯖江市では、これらの新しい試みを含め、漆という耐久性・安全性に優れた自然資源を利用した地域興しが試みられています。

 「用の美」の考え方は、身近に手に入る自然資源を加工して利用されてきた日用品としての民具が、戦前にはすでに、徐々に失われつつあることに対する危惧の現れであったとも解釈することができます。一方で、ここでみたような木でできた「おもちゃ」をとりまく地域的な取組は、地域に暮らす人々が自ら、その生活の中で、自然の恵みを直に手をふれながら利用するという、自然資源の持続的な利用の原点に立ち返ろうとするものかもしれません。


写真3-3-1 東京おもちゃ美術館の様子・百年玩具「漆塗りの積み木」

2 地域の共有財としての水資源(滋賀県高島市針江地区「かばた」の事例)

 水は人間の社会経済の活動になくてはならない資源です。日常生活や社会経済活動において、水資源の持続的かつ安定的な利用は、自然資源の管理の最も基本的な事項の一つとなります。ここでは、生活における地下水の利用の側面から、持続可能な地域の自然資源の利用のあり方のヒントを考えます。

 滋賀県高島市針江地区の集落では、古くから今にいたるまで、地下水を生活用水として利用しています。地下水を利用している家庭では、湧水を上水として利用するための取水口を設けているほか、水源から湧出して外の水路に流れている水を自宅内部に取り込んで食器を洗うために利用し、それをまた水路に排水しています。このような洗い場を設ける場合、水源の上流部で利用された水を下流に住む者が利用することになるため、上流の家庭と下流の家庭できめ細かなコミュニケーションが必要となります。

 この集落においては「かばた」と呼ばれる地下水利用の施設が用いられ、これがコミュニケーションを成立させる要素となっています。現在でも、約110か所が使用されています。この「かばた」は、一般的に、上水として利用できる湧水をためておく「元池(もといけ)」、野菜や汚れた食器を洗う水をためておく「壺池(つぼいけ)」、さらに、「壺池」から流れ出た食品残渣を食べるコイ等の魚を泳がせておく「端池(はたいけ)」の3つの要素から成り立っています。地下から湧出した水は、この「元池」、「壺池」、「端池」の順に流れて行き、最後は外につながっている水路に排水されていきます。

 このような地下水の利用形態であるため、当該地区では、排水を汚さない暗黙のルールが互いの信頼の下で有効に働いています。「かばた」から排水される水質は安定しており、集落内の水路では、滋賀県版レッドリストで存続基盤が脆弱な種として希少種に区分されるバイカモを見ることができます(写真3-3-2)。


写真3-3-2 針江集落の様子と「かばた」

 このような伝統的な集落の水資源管理によって、この集落では、古くからある「かばた」を備えた家屋がならぶ文化的な景観が維持されています。ただ、これらの家屋は日常生活を営む一般家庭のものであるにもかかわらず、この景観を見学しようとして多くの人が集落を訪れ、敷地に無断で入り込んだり、屋内の「かばた」をのぞき込むケースがあいつぎました。そのため、この集落では、見学のルールを自らつくり、住民自らがボランティアスタッフとなって、「かばた」の見学に訪れる人のガイドをする活動を行っています。

 このように、地域の生活に必要な自然資源について、その価値を自ら見いだして理解し、自らのルールで適切に管理することによって、ずっと利用しつづけようとする努力は、自然資源の持続的な活用の観点からは、最も基本的で重要な行動原理であると考えることができます。

3 伝統的なライフスタイルの中の漁業資源(沖縄「浜下り(はまうり)の行事」の事例)

 国土の四方を海に囲まれた我が国においては、古くから沿岸域において生活が営まれてきました。中でも、漁業資源は生活の維持に直結するため、その枯渇は地域における紛争の要因となります。また、海は土地とは異なり境界もなく、魚も船もさまざまに動き回ります。そのため、漁場をはじめとする沿岸域の管理にあっては、皆で共同利用するものであるという「入会」の考え方の下、持続可能な利用を目指し、利用する関係者が「みんなで決める」ことが基本となっています。

 沿岸域の漁場はそこに暮らす人々の生活の場そのものであり、そのため、そこに暮らす人々の日々の暮らしと沿岸域の管理のあり方とは切り離せない関係にあります。ここでは、沖縄の沿岸域の暮らしを例にとって、持続可能な沿岸の利用のあり方と伝統的なライフスタイルが溶け込んでいる例を見てみましょう。

 海に囲まれた沖縄では古くから沿岸のサンゴ礁を利用した漁業が営まれ、追い込み網、カゴ網、刺網、小型定置網などにより、グルクン(タカサゴ類)、カワハギ類、ミーバイ(ハタ類)、ガザミ、シャコガイ類、イカ類、タコ類、マガキガイ、海藻類などサンゴ礁に住む多様な生物が獲られています。

 沖縄の沿岸域にはサンゴ礁が発達しているため、陸域と外洋の間に、現地のことばで「イノー(礁池)」とよばれる波の穏やかな水域が広がっています(写真3-3-3)。この「イノー」では魚介類が岩盤の隙間や岩礁を餌場や産卵場として利用し、また、沖縄に暮らす人々はこの「イノー」を食べるものを得る生活の場として巧みに利用してきました。したがって、「イノー」は、陸と海とを緩やかにつないでおり、生物多様性にとっても、人々の生活にとっても、極めて重要な場であると考えられます。


写真3-3-3 沖縄の沿岸域の様子

 このような生活スタイルは、漁業を営む人に限らず、日常生活の中にも溶け込んでいます(図3-3-1)。春先のアーサ(ヒトエグサ)やスヌイ(オキナワモズク)等の海藻採り、5月のスク(アイゴの稚魚)獲り、潮の干潮にあわせた潮干狩り等が行われ、食卓に季節ごとの彩りを添えています。また、伝統的な習慣として、旧暦3月3日頃に女性が浜辺におりて身を清める習慣があり、この行事は浜下り(はまうり)と呼ばれています。この日は満潮と干潮との海水面の高さの差が最も大きくなるため、海岸にはピクニックや潮干狩りを行う家族づれも集まります。


図3-3-1 沖縄県民が海岸に出かける目的

 沖縄では、恵みをもたらす豊饒の象徴として海を信仰の対象とし、また、日常生活の中で海の恵みを利用してきました。このような日常的な感覚は、漁業資源の管理や生物多様性の保全等を含め、沖縄の沿岸域の管理のあり方に反映されていることが重要になります。

 例えば、「浜下り(はまうり)」の行事では、自然再生推進法に基づく「石西礁湖自然再生全体構想」で「自然と密接に結びついた豊かな文化」として位置づけられているほか、海岸法に基づく「琉球諸島沿岸海岸保全基本計画」の中でも、浜下りなどの信仰的行事にも配慮した海岸保全施設整備がうたわれています。

 地域の自然資源の管理の観点からは、日常的な生活感覚と政策の意思決定が合理的にかみあっていることが極めて重要であると考えられるのです。