第5章 東日本大震災からの復興に向けて

 平成23年3月11日、14時46分に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。この地震により東北地方、関東地方を中心に強い揺れを観測、さらに、太平洋沿岸を中心に高い津波を観測しました。この地震及び津波は、特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸の広い範囲で戦後最大の痛ましい人的被害をもたらすとともに、家屋の崩壊、自動車の被災、電気、水道等のいわゆるライフラインの断絶など日常生活に計り知れないほど甚大な影響を与えました。また、特に首都圏を中心に、物資の流通経路の寸断、消費者の不要不急の買いだめ等を要因として、食料品、日用品等の生活関連物資全般にわたる品不足も生じました。

 環境への影響という観点では、被災各地において建築物の倒壊に伴う大量のがれきの発生等の問題が生じ、これらについて、迅速な処理や適切な対応が急務となっています。また、被災地において安心して生活することができるように、避難生活におけるし尿や発生したがれきへの対策、人とペットとの良好な関係の維持、大気・水質等のモニタリング等に必要な支援等が重要となっています。

 地球温暖化対策と密接に関係する電力についても、東京電力株式会社管内や東北電力株式会社管内の原子力発電所や火力発電所が大きな被害を受けた結果、電力需給バランスがきわめて厳しい状況になっていることから、需給両面の抜本対策が必要となっています。

 東日本大震災の被害は、広範囲にわたる未曾有の規模となり、被害の質も過去に経験をしたことのない重大なものとなりました。このような前例のない事態の中、阪神・淡路大震災等の過去の大災害の経験を踏まえつつも、被災の状況の違いを十分に認識した上で、復興に向けた取組を進めていかなくてはなりません。震災からの復興に向けた取組の推進にあっては、国のリーダーシップのもと、広域的な体制を構築する必要があります。被害の全容は未だ明らかではなく、対応を要する課題も刻々と変化していますが、本白書においては、5月上旬までの状況を整理しました。

1 震災による環境問題への対応

 政府においては、東日本大震災発生直後の3月11日に「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震緊急災害対策本部」を立ち上げ、災害応急対策に関する基本方針に基づいて、関係省庁における情報の収集と被害状況の把握、人命の救助、被災者の救援・救助活動、消火活動等の災害応急活動、被災地におけるライフラインの復旧、必要な人員・物資の確保、被災地の住民等に対する的確な情報の提供を行っています。

(1)建築物の倒壊に伴うがれき等の処理

 「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」は我が国の観測史上最大の規模であり、沿岸各地を高い津波が襲ったことから、建築物の倒壊に伴って発生したがれき等の量も膨大で、被災地の住民生活や経済活動の復興に当たり、がれき等の処理が急務となっています。

 今回の大震災により発生した膨大な量のがれき等を円滑かつ迅速に処理するため、環境省では、地震発生後直ちに情報収集・連絡体制を確立するとともに、3月11日以降、本省職員を岩手県、宮城県及び福島県に派遣しました。3月13日には、環境省内に「災害廃棄物対策特別本部」を設置し、膨大ながれき等を処理するための広域的な協力体制を構築すべく、地方公共団体や関係団体との調整等を実施しています。

 今回の地震で発生したがれき等の処理に当たっては、被災地内の市町村の有する施設のみで処理を行うことは極めて困難です。このため、環境省より、地方公共団体及び関係団体に対して被災地のがれき等の処理についての支援を要請し、多くの地方公共団体・関係団体から人員、資材の提供等の支援の申出がありました。さらに、4月8日付けで各都道府県知事宛にがれき等の受入処理について協力要請を行うとともに、がれき等の全国的な処理体制を整備するための調整を行っているところです。また、特に被害の大きかった岩手県、宮城県及び福島県においては、がれき等の処理体制を構築し、現場の状況に応じた迅速かつ円滑な処理方策を検討する場として、県、関係市町村、国等関係機関により構成される災害廃棄物処理対策協議会を設置し、がれき等の処理に向けた具体的な協議が行われています。これらの取組の下、5月10日時点で、329箇所のがれき等の仮置き場が確保され、当該仮置き場へ、合計349万トンのがれき等が搬入されています。

 これに加え、政府として、がれき等の処理を円滑に進めるため、損壊した家屋・自動車・船舶の撤去に関すること、貴金属等の取扱い、位牌・アルバム等の取扱い、これらの処理のための私有地への立入りに関すること等について、撤去や処理の方法に関する指針を通知しました(表5-1-1)。この他、がれき等の中に混入している廃石綿、PCB廃棄物及び感染性廃棄物、自動車、家電リサイクル法対象品目やパソコンの処理や取扱いについて、注意等を促すために指針を通知しています。また、放射性物質による汚染については、安全面での万全を期す必要があることから、福島県内の災害廃棄物の当面の取扱いを5月2日付けで公表し、環境省及び原子力安全・保安院が調査を実施するとともに、福島県内の関係市町村向けに説明会を実施しています。


表5-1-1 東北地方太平洋沖地震における損壊家屋等の撤去等に関する指針

 災害により発生した廃棄物を市町村が処理する際に要する費用については、従来から廃棄物処理法に基づく災害廃棄物処理事業費補助金により、処理を実施した市町村に対しその費用の2分の1を補助していますが、この度の大震災により発生したがれき等の処理費用については、東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律(平成23年法律第40号)において、国庫補助率を嵩上げするとともに、地方負担分についても、同法で定める特定被災区域の市町村について、地方負担分の全額を災害対策債により対処し、その元利償還金の100%を交付税措置することとしています。


図5-1-1 被災地の状況

(2)被災地の生活支援

 ア)し尿処理の状況等

 東日本大震災の被災地では、日常の各家庭からのし尿、ごみの収集処理に加え、避難所からのし尿、ごみへの対応が必要となっています。そのため、支援の申出のあった地方公共団体に対し、他の地方公共団体や関係業界団体からバキューム車、パッカー車の派遣、仮設トイレの提供などの支援が行われました。

 岩手県では、発災直後のし尿の収集体制の確保のため、業界団体の支援(県外から約30台)を得てし尿の収集を行いました。宮城県においては、業界団体から被災した地元業者に対するバキューム車の寄贈(8台)、山形県の業界団体によるバキューム車の派遣(山形県から30台)により、し尿の収集にあたっています。収集したし尿については、宮城県内の処理施設の他、山形県の支援も受け、広域的な処理が実施されています。福島県においては、発災以来、県内事業者の支援により対応しています。また、ごみやがれきの処理については、岩手県において、業界団体が、県外からダンプ車約30台を派遣し作業を行う等の支援を行いました。

 一方で、多くの地域で、ごみ処理施設及びし尿処理施設が被災し、一部の施設では、現在も修理が必要な状況となっています。

 イ)被災ペット対策の状況

 避難所では多くの場合、同行避難している動物については避難所にケージを提供し、人と動物を区分した上で飼い主の責任で世話を行っている状況となっています。被災地でのペットの対策のために、3月14日には、日本動物愛護協会、日本動物福祉協会、日本愛玩動物協会及び日本獣医師会が「緊急災害時動物救援本部」を立ち上げ、義援金の配布、被災地へのペットフードの発送、各地方公共団体への助言等の支援を行っています。また、環境省においては、動物用ケージ1,398個、テント56張を被災地方公共団体及び被災者受入地方公共団体等に配付しました。

 ウ)下水処理の状況

 震災直後の早い段階から、市街地内の全ての下水管を対象に、未処理下水を速やかに排除できる機能を有しているかどうか点検を行い、下水管が破断している場合やポンプが機能停止している場合には、仮設ポンプや仮配管により応急対応を実施し汚水を排除することにより、公衆衛生の確保を図りました。また、津波等で被災した下水処理場では、仮設の沈殿池を設置して、その上澄みを消毒処理する簡易処理等により応急対応を実施しています。

(3)環境汚染対策

 東日本大震災により被災した工場等からの有害物質の漏洩や、がれきの撤去等に伴うアスベストの飛散が懸念されています。有害物質や油流出等の環境汚染事故等については、20件を超える報告がありました。

 被災地における環境汚染の人の健康への2次被害の防止や被災地の生活環境に対する住民不安を解消するため、大気、水質等のモニタリングを実施することとしています。

 アスベストについては、飛散・ばく露防止と被災した住民等が有する不安に対応するために、「災害時における石綿飛散防止に係る取扱いマニュアル」の周知徹底に努めるとともに、防じんマスクなどの無償配布及び着用・使用方法の周知を行いました。また、宮城県、福島県及び茨城県内の数地点において、今後本格的に実施するアスベスト大気濃度調査のための予備調査を実施しました。その結果、調査を行ったすべての地点において、アスベスト濃度は、通常の一般環境とほぼ変わりませんでした。

 また、地震及び地震による津波で東京電力福島第一原子力発電所が大きな被害を受けました。政府では、原子力災害対策特別措置法等に基づき対応を行っているところであり、環境中に放出された放射性物質のモニタリングについては、文部科学省、環境省等の関係府省や関係地方公共団体等により継続して実施されています。

2 電力需給の逼迫に対する取組

 東日本大震災によっていくつかの発電所の稼働が停止したこと等により、東京電力株式会社管内及び東北電力株式会社管内において、電力供給力が通常と比較して大幅に落ち込み、電力需給が逼迫する事態となりました。また、東京電力管内の一部の地域では、計画停電が実施されました。

 こうした状況を受け、経済産業省は、国民や産業界に対する節電の要請を開始し、また、節電啓発等担当大臣や環境省等においても、家庭における節電について広く呼びかけを行いました。

 なかでも、家庭での電力需要は全体の3割以上を占めており、家庭内で節電に取り組むことは大きな効果が期待されます。家庭の中で特に電気消費量が多いのは、エアコン、冷蔵庫、照明器具、テレビの4つです。これらをはじめとする家電製品を上手に使うことで、効果的に節電することができます。また、ピーク時を避けて電化製品を利用することも、電力供給の安定を保つために重要な方法です。


図5-2-1 夏の日中(14時頃)の消費電力(全世帯平均)

 こうした観点から、3月下旬には、経済産業省と内閣官房で連携し、新聞広告やテレビCMなどで広く節電を呼びかけた上で、経済産業省において、具体的な節電アクションやその効果試算等をまとめた節電ウェブページも公開されました。

 また、環境省においても、家庭でできる具体的な節電策として、[1]家電製品のこまめなスイッチオフ、[2]使用していない電気機器の待機電力の削減、[3]エアコンの設定温度や風向きの調整、[4]冷蔵庫の扉の開閉時間を短くすること等の効率的な利用、[5]明るさや消灯時間の調整、[6]テレビの主電源や明るさを調整すること等の効率的な利用、[7]朝型の生活に変えること等生活スタイルの見直しといった7つのポイントを挙げ、節電を呼びかけました。

 こうした厳しい電力需給の状況は今後も続くことが予想されますが、特に7月から9月の平日は冷房による電力需要が増加しピーク時の電力需要が年内最大の時期を迎えることとなります。東日本大震災が発生して以降、国民・産業界の節電への協力、取組もあり、電力の需給バランスは改善したものの、今夏に向けて、再び夏の需給ギャップが生じるおそれがあることから、平成23年5月13日、政府の第5回電力需給緊急対策本部は、夏期の電力需給対策をまとめました。

 具体的には、ピーク期間・時間帯(7~9月の平日の9時から20時)、東京・東北電力管内全域において目標とする需要抑制率を-15%としました。また、これを達成するため、大口需要家(契約電力500kW以上の事業者)、小口需要家(契約電力500kW未満の事業者)、家庭の各部門の需要抑制の目標については、均一に-15%とすることとしました。

 これらの需要抑制の目標を踏まえ、部門毎の主な需要面での対策として、例えば、

・大口需要家については、操業・営業時間の調整・シフトや、休業日・夏期休業の分散化等の取組を進めることなど、事業活動のあり方やライフスタイルにも踏み込んだ抜本的な需要抑制の具体的対策について、計画を策定し、実施する。

・小口需要家については、具体的な抑制目標と、照明・空調機器等の節電、営業時間の短縮、夏期休業の設定・延長・分散化等の具体的取組を含む自主的な計画(「節電行動計画」)を策定・公表する。

・家庭に対しては、政府が、[1]室温28℃を心がける、[2]冷蔵庫の設定を「強」から「中」にする、[3]日中の照明を消し、夜間も照明をできるだけ減らす、等の節電対策メニュー(図5-2-2)を周知し、節電教育等の措置を講ずることにより、家庭への節電意識を浸透させ、節電のための具体的行動を促す、

こととしています。


図5-2-2 家庭の節電対策メニュー

 また、政府としては、新聞、テレビ、インターネット等の様々な媒体を通じ、国民各層へ積極的な啓発活動を行い、節電に取り組む動きを国民運動として盛り上げていくこととしています。さらに、政府自らの節電への取組として、「政府の節電実行基本方針」に基づき、府省毎に節電実行計画を策定し、使用最大電力を15%以上抑制することとしています。

 加えて、平成23年夏期以降の需給対策として、火力発電所の早期の復旧・立ち上げ、増設の前倒し、ガスタービン等の緊急設置電源の導入、自家用発電設備の活用に引き続き取り組むとともに、分散型電源、再生可能エネルギーの導入に向けて更なる取組強化を図る一方で、需要面では、スマートメーターの導入等による需要側におけるエネルギー利用の最適化を図るとともに、省エネルギーの一層の推進等を図ることとしています。

 今後、それぞれの立場で創意工夫をこらし、ライフスタイルや事業活動のあり方にも踏み込んだ取組を進めていくことが期待されています。


LED電球による消費電力削減


 白色LEDは、1996年にわが国で開発された、省電力で寿命の長い光源で、白色電球などを代替する照明用点光源として急速に広まっています。LED電球は、従来の白熱電球と比べて、消費電力が約6分の1に減少します。そのため、LED電球の利用コストを白熱電球のそれと比較した場合、約1.6年間で白熱電球の代わりにLED電球を利用するメリットがもたらされると計算されます。そのため、LEDをはじめとする省エネ機器への転換も、家庭でできる節電の一つと考えることができます。


40Wタイプ白熱電球をLED電球に置換した場合の比較


3 震災復興と安全安心で持続可能な社会づくりに向けて

 節電・省エネルギーやピーク電力消費の分散化等によって震災による電力需給の逼迫を乗り越えていく経験は、今後の地球温暖化対策においても参考となる側面もあると考えられます。東京電力株式会社管内における電力需要は、震災後、国民一人一人による節電や計画停電の実施等により大きく低下しました(図5-3-1)。この電力需要の低下は、国民生活や経済活動に多大な我慢を強いた結果と考えられますが、一面では、エネルギーの希少性・重要性を再認識するきっかけともなったのではないでしょうか。


図5-3-1 日別最大電力需要と供給量(東京電力)

 今後、電力需給に係る制約から早期に脱却し、震災からの復興と日本経済の再出発に資するよう、今夏以降も引き続き需給両面の対策を講じていく必要があります。こうした電力需給が逼迫した状況を脱却するためには、日々の日常生活や経済活動における節電に加え、再生可能エネルギー・分散自立型エネルギーの一層の導入促進やエネルギー効率を高める設備等の更なる普及等我が国のエネルギーの安定的な供給確保と環境負荷の低減に資する取組、事業活動のあり方やライフスタイルの見直しに踏み込んだ取組が必要となってきます。今回の経験を一つの契機として、エネルギー需給や事業活動のあり方を考え、新しいライフスタイルを構築することにより、電力需要の抑制はもとより、地球温暖化の防止さらには安全安心で持続可能な社会づくりにつながることが期待されます。

 今回の震災では、自然環境の面でも、陸中海岸国立公園などが震災による様々な被害を受けました。これまで、東北地方では、豊かな生物多様性などの自然と調和しながら人々の暮らしが営まれ、一次産業はもとより、こうした自然を活かした観光も地域の重要な産業の一つとなってきました。今後、東北地方の復興に当たっては、防災面にも配慮しつつ、森・里・川・海のつながりの確保を図り、自然公園の優れた景勝地の回復や地域独特の豊かな自然資源を活用することで、一次産業や観光等を軸とした地域復興につなげていくことも望まれます。

 平成23年4月11日、有識者や被災地の関係者からなる「東日本大震災復興構想会議」が発足するとともに、5月2日には、平成23年度第1次補正予算案が国会で可決・成立するなど、東日本大震災の被災地における復興に向けた取組が本格化することとなりました。

 震災からの復興に当たっては、従来に戻すという復旧を超えて、素晴らしい東北を、そして素晴らしい日本を作っていくという気概を持って、政府、産業界、そして国民が一体となって力強く踏み出すことが重要です。被災地の復興に向けた青写真については復興構想会議で議論されていますが、海や森の恵みとともに発展してきた地域の知恵を大切にしながら、環境に調和したエコタウンなど、環境保全の観点からも世界でも1つのモデルになるような新たなまちづくり、地域づくりを目指すことが望まれます。

 東日本大震災の被害は、過去に例を見ない甚大なものでした。私たちは、犠牲者の方々、被災者の方々の痛みを胸に刻みながら、復興に向けて力強く踏み出さなければなりません。自然への畏怖を新たにし、エネルギーや資源の希少性・重要性を深く認識して、環境保全の観点からも望ましい、安全安心で持続可能な社会づくりにつなげていくことが求められています。

 被害の状況と対応を要する問題は、なお刻々と変化しています。私たちは、引き続き、今なお続く余震やそれに伴う津波の可能性、原子力発電所の事故等の状況に的確に対応し、復興に向けた取組を全力で進めなくてはなりません。



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