2 平成7年の政治解決
公健法の認定を求める者の申請や再申請が相当数継続していたことや、損害賠償を求める訴訟が多数提起されていたことなど、水俣病が大きな社会問題になっていたことに伴い、平成3年11月の中央公害対策審議会答申「今後の水俣病対策のあり方について」において、水俣病発生地域ではさまざまな程度でメチル水銀のばく露があったと考えられること、水俣病患者を近くで見てきたこと等を背景として、地域住民には水俣病と認定されるまでには至らなくとも自らの症状を水俣病ではないかと疑うなどの健康上の問題が生じていることから行政施策が必要であることが示されました。
これを受け、水俣病にも見られる四肢末梢優位の感覚障害を有すると認められる者に療養手帳を交付し、医療費の自己負担分、療養手当等を支給する医療事業(受付期間 平成4年〜平成7年3月)及び地域住民の健康診査等を行う健康管理事業を内容とする水俣病総合対策事業が開始されました。
しかし、公健法の認定を棄却された者による訴訟の多発などの水俣病をめぐる紛争と混乱が続いていたため、事態の収拾を図り関係者の和解を進めるため、平成7年9月当時の与党三党(自由民主党、日本社会党、新党さきがけ)により、国や関係県の意見も踏まえ、最終的かつ全面的な解決に向けた解決策が取りまとめられました。同年12月までに、被害者団体と企業(チッソ及び昭和電工)はこの解決策を受入れ、当事者間で解決のための合意が成立しました。
この解決策の概要は、1)企業は、水俣病に見られる四肢末梢優位の感覚障害を有するなど一定の要件を満たす者に対して一時金を支払うこと、2)国及び県は遺憾の意など何らかの責任ある態度の表明を行い、1)の者に医療手帳を交付し、医療費、療養手当等を支給すること、3)救済を受ける者は訴訟等の紛争を終結させること、によって水俣病に関するさまざまな紛争について早期に最終的かつ全面的な解決を図ることでした。
上記1)で示された救済を受けられる者の範囲は、既に療養手帳の対象であった者及び新たに医療手帳の対象者と判断された者となりましたが、これは解決策において、水俣病の診断はあくまで蓋然性の程度により判断するものであり、公健法の認定申請の棄却がメチル水銀の影響が全くないと判断したことを意味するものではないことなどにかんがみれば、認定申請を棄却された人々が救済を求めるに至ることには無理からぬ理由があるとされたことに伴うものです。
なお、医療手帳の対象者とならなかった者であっても、一定の神経症状を有する者に対しては、国及び県は保健手帳を交付し上限を設けた医療費等を支給することになりました(以下、医療手帳と合わせて「総合対策医療事業」という。)。
また、関係当事者間の合意を踏まえ、平成7年12月に「水俣病対策について」が閣議了解され、国及び関係県はこれに基づき以下の施策を実施しました。
1) 総合対策医療事業の申請受付を平成8年1月に再開し、同年7月まで受付を行い、11,152人を医療手帳該当者、1,222人を保健手帳該当者としました。
2) チッソが支払う一時金の資金を、熊本県が設立する基金から貸し付ける支援措置を講じました(熊本県の基金への出資金については、85%を国庫補助金、15%を県債発行により措置。国庫補助金分約270億円については、平成12年閣議了解においてチッソの返済を免除し、国への返還を不要とすることとなりました)。
閣議了解に基づく国及び関係県のこのような施策が実行に移されたことを受けて、11件の損害賠償請求訴訟のうち、関西訴訟を除いた10件については、平成8年5月に原告が訴えを取り下げました。