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第5節 

4 化学物質による新たな課題への対応

(1)内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)問題について
 平成8年に刊行された、「Our Stolen Future」(邦訳「奪われし未来」)という本では、DDT、クロルデン、ノニルフェノールなどの化学物質が人の健康影響(男性の精子数減少、女性の乳がん罹患率の上昇)や、野生生物への影響(ワニの生殖器の奇形、ニジマス等の魚類の雌性化、鳥類の生殖行動異常等)をもたらしている可能性が指摘されています。
 このような、内分泌系(ホルモン)に影響を及ぼすことにより生体に障害や有害な影響をおこす外因性の化学物質は、内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)と呼ばれています。
 内分泌かく乱化学物質問題については、その有害性など未解明な点が多く、関係府省が連携して、汚染実態の把握、試験方法の開発及び健康影響などに関する科学的知見を集積するための調査研究を、国際的に協調して実施しています。
 環境省は、平成10年5月に内分泌かく乱化学物質問題への対応方針として、「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」を取りまとめ、公表しました。本方針では、科学的研究を加速的に推進しつつ、今後急速に増すであろう新しい科学的知見に基づいて、行政的手段を遅滞なく講じ得る体制を早期に準備することが必要としており、具体的な対応方針として、1)環境中での検出状況、野生生物等への影響に係る実態調査の推進、2)試験研究及び技術開発の推進、3)環境リスク評価、環境リスク管理及び情報提供の推進、4)国際的なネットワークのための努力等を実施することとしています。
 本方針に基づき平成10年度からは、一般環境中(大気、水質、底質、土壌、水生生物)での検出状況及び野生生物における蓄積状況等を全国的な規模で調査するなどの取組を実施しているほか、OECDを中心として先進各国が協力・分担して取り組んでいるスクリーニング試験法等の開発に参加しています。さらに、平成11年からは日英国際共同研究、平成13年からは日韓国際共同研究を開始するとともに、平成10年から毎年開催している「内分泌かく乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」について、平成13年はつくばで開催しました。
 また、環境リスク評価に係る具体的な取組として、平成12年度からは、政府のミレニアムプロジェクトの一環として、3年間で40物質以上の優先物質についてリスク評価を実施することとし、平成12年度は12物質*、平成13年度は8物質*を選定し、リスク評価を実施しています。

*平成12年度にリスク評価に着手した12物質
トリブチルスズ、4-オクチルフェノール、ノニルフェノール、フタル酸ジ-n-ブチル、オクタクロロスチレン、ベンゾフェノン、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジエチル、アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、トリフェニルスズ

*平成13年度にリスク評価に着手した8物質
ペンタクロロフェノール、アミトロール、ビスフェノールA、2,4-ジクロロフェノール、4-ニトロトルエン、フタル酸ジペンチル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジプロピル

 このうち、平成13年8月には、ノニルフェノールについて、世界で初めて環境中で見られるような低い濃度で雄メダカの精巣に卵巣(精巣卵)がみられること(図1-5-9)、また、女性ホルモン受容体との結合性が強いことを確認し、同物質が魚類に対して強い内分泌かく乱作用を有することが推察されました。この結果を受けて、関係業界等に対して、環境リスク低減のための取組を要請するとともに、この結果をOECDに提供し、各国の専門家の意見を求めました。



 また、平成13年3月には国立環境研究所に環境ホルモン総合研究棟が設置され、同施設を拠点とした質の高い調査研究が進められています。
 厚生労働省においては、人に対する健康影響を調査するため平成8年度より文献調査を実施するなど必要な情報の収集に努め、平成10年4月より、「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会」を開催し、同11月に中間報告書を取りまとめ公表しました。また、平成13年12月には、新たに得られた知見、今後実施されるべき調査研究及び行動計画を含む中間報告書追補を取りまとめ公表しました。現在引き続き、研究や必要な調査を推進し、科学的な知見の収集に努めているところです。
 経済産業省においては、国際的な連携の下、厚生労働省と共同で内分泌かく乱作用に関するリスク評価スキームの確立を目指し、スクリーニング試験法の開発等を推進しています。また、内分泌かく乱作用によってもたらされる有害影響(毒性)に対しては、適切なリスク評価に基づいた効果的な対応が必要であることから、化学物質審議会内分泌かく乱作用検討小委員会を中心に、さまざまな科学的情報を収集するとともに、「SPEED'98」の調査対象となった物質のうち、わが国での生産・使用実態がないとされた物質群、農薬登録物質やダイオキシン等の各種対策が進められている物質群を除いた15物質を選定し、まず有害性評価を行っています。また、これらのうち、有害性評価を終了した物質については逐次、必要に応じてリスク評価の検討に着手しています。
 国土交通省においては、環境省と連携し平成10年度より水環境中の内分泌かく乱化学物質の存在状況を把握するため、全国109の一級河川を対象に、水質・底質・魚類調査を実施するとともに、主要な下水道における流入・放流水の水質調査を実施しています。また、本問題に関しては、平成11年度から、代表河川における挙動や流入実態の調査、河川浄化施設等の除去効果把握調査等を実施し、今後の河川における内分泌かく乱化学物質の管理のあり方について検討を行っています(13年度まで)。平成12年度には、下水道における調査を取りまとめ、下水道に流入する内分泌かく乱作用を有していると疑われている物質は、下水道処理の過程で大きく低減し、さらに高度処理を行えば、多くの物質をほとんど検出されないレベルまで低減することが確認されました。

(2)本態性多種化学物質過敏状態について
 近年、微量な化学物質に対するアレルギー様の反応により、さまざまな健康影響がもたらされる病態の存在が指摘されています。このような病態については、欧米において「MCS:Multiple Chemical Sensitivity(本態性多種化学物質過敏状態)」等の名称が与えられ研究が進められてきましたが、IPCS*では、化学物質との因果関係が不明確との立場から、この病態を「本態性環境非寛容症」と呼ぶことが提唱されました。わが国では「化学物質過敏症」として一般的に呼称されていますが、その病態をはじめ、実態に関する十分な科学的な議論がなされていない状況です。

*IPCS
国際化学物質安全性計画

 このため環境省では、平成9年度に関連分野の研究者からなる研究班を設置し、その実態の把握や原因の究明のための調査研究を開始し、平成12年2月及び平成13年8月にその結果を公表しました。研究班では、このような病態に対し、本態性多種化学物質過敏状態(MCS)という名称を仮に使用し、現時点では、その発症機序や病態(症状・徴候)は未だ仮説の段階であるとしたうえで、さらに調査研究を進めています。
 厚生労働省においては、平成9年度に開催された「快適で健康的な住宅に関する検討会議健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会」で報告がまとめられ、平成8、9年度に、本症に関する研究を行い、臨床医学、毒性学、免疫学、心理学等広範囲な観点から本症の病態等について検討しているところです。

(3)生態系保全のための化学物質の審査・規制に関する検討
 現在、わが国では、化学物質の審査・規制は、化学物質審査規制法に基づき人の健康の保護の観点から行われていますが、諸外国においては人の健康の保護と環境(生態系)の保全との両者を目的として審査・規制が行われていることなどから、わが国においても生態系保全のための取組が必要との指摘がなされてきています。
 このため、環境省では、平成13年10月に「生態系保全等に係る化学物質審査規制検討会」を設置し、生態系の保全を目的とした化学物質の審査・規制の枠組みを導入することについて、その必要性、妥当性、技術的対応可能性等を検証するとともに、これを導入する場合の化学物質の審査・規制体系のあり方について検討を行い、平成14年3月に報告書を取りまとめました。

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