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第4節 

2 限られた環境容量の中での豊かさの追求

(1)今日の社会経済システムの見直し
 これまでにみたように、私たちは、環境負荷の低減に向けより一層の取組を行うことが求められていますが、今日の大量生産・大量消費・大量廃棄の考え方に基づく社会経済システムを前提にしつつ、個々の主体が積極的な取組を行ったとしても、その効果には限界があることから、限られた環境容量の中で持続可能な社会を構築していくためには、今日の社会経済システムそのものの見直しを図ることが必要になってきます。
 こうした考え方に基づき、政府においても、内閣総理大臣主宰の「21世紀『環の国』づくり会議」を設置し、「持続可能な簡素で質を重視する」社会への転換を図り、地球と共生する『環の国』日本を実現するための方策を検討したところです。平成13年7月に取りまとめられた同会議の報告書では、『環の国づくり』とは、現在の社会経済の構造、私たちの生活のあり方と価値観を環境の視点から変革していくことである、との認識の下、従来型の社会経済システムを、経済活動で使用される資源はできるだけ少なく、かつ循環的に使用するとともに、今日目覚しい進歩を遂げている情報技術や生命科学などの技術やシステムをも活用し、経済発展の内実を量的拡大から質的向上に移していくべきということが議論され、『環の国』づくりに向けてさまざまな提言がなされました。

(2)持続可能な社会の構築に向けた新たな兆し
 このように、私たちは、現在の環境効率性のさらなる改善を図りつつ、さらに環境負荷の少ない持続可能な社会経済システムの構築に向けた取組を進めていくことが求められています。新しい社会経済システムの具体像については、今後、市民、企業、政府等のあらゆる主体が一体となって環境負荷の低減に取り組み、かつ、検討していく中で生み出されるものであると考えられますが、既に、市民、企業等の各主体の取組の中には、今日の社会経済システムの見直しにつながる動きを見出すことができます。
 ここでは、持続可能な社会経済システムの構築に向け、そうした各主体における新たな動きを取り上げてみます。

 ア 国民にみられる価値観の変化
 わが国は高度経済成長を経て、耐久消費財の普及率の高まり等が示すように、相当程度の物質的な豊かさを享受してきています。このような物質的な豊かさの中で、耐久消費財の買い替えまでの使用年数が長期化しているほか(図3-4-1)、小売業全体の売上が落ち込む中で中古品小売業の売上は平成9年から11年にかけて4割以上増加する等、消費者が「新品」へのこだわりを捨てている傾向も見えてきました。
 また、「物の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を求める人の割合が、この30年間をみると一貫して増加していることが分かります(図3-4-2)。今後、生活で力を入れたい面としては、耐久消費財よりも、レジャーや余暇活動、食生活、住生活等に比重があり、ゆとりのある時間の過ごし方に価値を求めている傾向が見受けられます(図3-4-3)。
 さらに、1980年代後半以降、「個人生活の充実をもっと重視すべきだ」という意向よりも「国や社会のことにもっと目を向けるべきだ」という意向が一貫して上回っており、個人としての豊かさが一定程度満たされた中、社会の豊かさへ価値観の軸足が移行しているものと考えられます。







 イ 経済活動にみられる変化
 企業の中にも、利潤の追求と両立する環境保全上の目標として、環境効率性を追及するだけでなく環境容量を前提としたものを掲げる意欲的な動きが表れています。限られた環境容量の中で経済活動を続けていくためには、経済活動と物質・エネルギー利用量の相関関係を抜本的に切り離すことが必要ですが、このためには、個別企業・製品のみの環境効率性の向上から飛躍し、ゼロエミッションの取組に象徴されるような産業間の連携等を通じ資源・エネルギー利用の効率を抜本的に改善し、産業全体のグリーン化を進める動きが期待されます。
 また、第2章第2節4(3)でみたように、リース・レンタルの増加にみられるような物の所有からサービスの利用への転換の現れは、安定成長時代の企業の経営戦略とも符合するとともに上記の国民の価値観の変化に対応したものだといえます。このような変化は、GDP当たりの資源生産量を改善するという意味で経済の「脱物質化」という言葉でも呼ばれており、こうした変化が社会全体でみられるようになれば、個別製品の効率改善では達し得ないような抜本的な改善が実現される可能性があり得ます。
 さらに、国民の環境意識や価値観の変化を踏まえつつ、これまで市場で取引されることのなかった環境の価値を企業の経済活動の中に付加価値として取り入れていこうという斬新な試みもみられるようになってきています。

 ウ 地域にみられる自発的な取組の進展
 国民の価値観や経済活動にみられる変化に加え、近年、地域におけるさまざまな自発的な取組に進展がみられています。その一つが、従来の営利企業ではなく、市民団体、労働組合、協同組合等による、利潤ではなく構成員の相互扶助やある種の公益の達成を目的とした経済活動(ボランタリーエコノミー)で、環境や福祉など、これまでの市場経済では取り扱われにくかった問題に対応して活発に展開されています。第2章第1節で紹介した地域通貨の普及は、従来無償で行われていたためにサービスを受ける側が感じていた遠慮を減少させるとともに、一つのサービスの提供が地域通貨を媒介として次のサービスの提供を引き起こす効果を持ち、地域内でのサービスのやりとりを活発化させることが期待されます。
 これまでの経済成長のあり方は、規模の効率性に着目し、一極集中型の大量生産を進め、分業の徹底と市場の拡大により世界経済はグローバル化を進展させてきましたが、同時に、地域の自立を図りつつ人・物の相互の関係性を実感できる範囲で社会経済活動を完結させていくことにも人々の価値観の重み付けが置かれ、地域の自立に対応するような情報通信、エネルギー等に係る自立分散型システムも進展をみせてきています。
 このような地域の取組は、GDP指標では直接把握できない社会経済活動の拡大も伴いますが、人々の生活実感の回復、生きがいの創造を通じ、従来の経済成長が生み出すことのなかった新たな豊かさをもたらす可能性を持っています。

コラム 企業によるグリーン電力の購入の動き
 「自然エネルギーを選べる社会へ」をキャッチフレーズに掲げて平成12年に設立されたA社は、「グリーン電力証書」の発行を通じて、これまで市場で取引されることのなかった風力発電等の自然エネルギーの持つ省エネルギー(化石燃料節減)・二酸化炭素排出削減といった価値を、環境付加価値として販売しています。
 現在、自動車メーカー、電気機器メーカー、ビールメーカー、タオルメーカーなど25社がA社と契約しており(年間契約量は3,300万kWhで一般家庭約9,500軒分に相当)、これらの企業は、自然エネルギーで発電された電力を自社の工場やショールーム等で利用していることを積極的にアピールしています。
 同様の仕組みは既に諸外国にも例があり、「風力電車」、「風力ビール」といった宣伝も行われていますが、環境の価値を市場に組み込んでいく仕組みづくりの一例として注目されます。

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