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第2節 

2 環境効率性の向上と環境技術の進展

 日本は、高度成長期の深刻な公害問題を、完全ではないにしてもほぼ克服してきました。この背景には、各種規制法の制定、実施と、これに伴い多くの企業が公害防止設備を導入したことが第一の要因として挙げられます。さらに、公害防止設備の能力が次第に向上していったことや、自動車の排出ガス低減のための各種自動車エンジン等の進歩も注目に値します。また、石油危機後の日本は、生産設備、輸送設備及び電気機器等のエネルギー効率を急速に改善させています。
 このように、経済成長の過程で、環境負荷の着実な低減をみることができますが、その背景には公害低減技術や省エネルギー技術などのさまざまな環境技術の進展を見出すことができます。
 そこで、環境負荷の低減が社会的要請となった場合に、環境技術はどのような役割を果たし、その技術の進展はどのように行われたのかについて、具体的事例を取り上げつつ、以下に考察していきます。

(1)マスキー法制定に伴う自動車排出ガスの改善
 昭和40年代後半以後、世界の自動車保有台数は急増しました。特にアメリカでは国民の約2人に1人が自動車を保有する自動車社会となり(図1-2-3)、光化学スモッグを頻発させるなど深刻な大気汚染を生じさせました。このため、アメリカでは昭和45年に大気清浄法を改正し(Clean Air Amendment Act of 1970、通称「マスキー法」という。)、自動車排出ガスの9割削減を目指しましたが、成立当初から、この規制の実行は不可能であるという自動車業界側の反発を招いていました。



 一方日本でも、昭和40年代後半には、国民の約10人に1人が自動車を保有する準クルマ社会へと突入し、昭和45年には日本でも光化学オキシダント注意報第1号が発令されました(図1-2-4)。このような状況下、アメリカで「マスキー法」が成立したことも受け、日本でも自動車排出ガス規制の強化を求める声が強まるとともに、一方で「マスキー法」のような厳しい規制を導入することは、当時の技術水準では不可能であり、かつ日本の自動車産業の対外的競争力を失わせるという強い反発も起こりました。



 しかし、最終的には、技術的困難性を解消した新たな車種の開発可能性が確認できたことから、日本においても「マスキー法」と同様の排出ガス規制が導入されることになりました(図1-2-5)。その結果「マスキー法」の実施に関して延期及び緩和措置がとられたアメリカに比して、わが国では昭和53年度までに、国内のすべての自動車メーカーで、エンジン技術の進展により新しい排出ガス基準をクリアする自動車が生産可能になり、世界市場への日本製自動車躍進の一因ともなりました。




 環境負荷要因の低減に関しては、現時点における技術の実現可能性に基づく評価をした場合、経済的に引き合わない技術革新を伴う低減は困難と判断されることがあります。しかし、本事例のように、将来の技術の実現可能性を見据え、環境負荷低減の目標を設定することにより、技術の革新的な進歩をもたらし、環境負荷の低減が可能となる場合もあります。

(2)低公害車の導入
 近年では、天然ガス車や電気自動車等、排出ガスが極めて少ないだけでなく、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出も少ない自動車が市場に出回るようになりました。
 これは、各種自動車排出ガス規制が強化されただけでなく、CO2排出量を削減するためには、運輸部門における削減が重要であることが認識され始めたこと、また利用者の側でも自動車選択の際に、低公害車であることを選択肢と考えるようになったことのほか、政府における積極的な需要拡大等が講じられたことも要因として挙げられます。具体的には、民間事業者に対する車両導入支援、自動車税のグリーン化及び自動車取得税の軽減や低利融資の導入を行ったことであり、この結果、低公害車の保有台数も、平成9年以降急速に増加しましたが、引き続き高価格である、燃料インフラの整備が遅れている等の理由から、普及率は低水準となっています(図1-2-6)。



 このため、政府では、小泉総理大臣の指示に基づき、約7,000台の一般公用車を、平成16年度までにすべて低公害車とする方針を掲げるとともに(表1-2-1)、平成13年7月に「低公害車開発普及アクションプラン」を策定し、地方公共団体も含めた公的部門への率先導入や、民間事業者等に対する導入支援を積極的に推進すること等により、平成22年度までのできるだけ早い時期に1,000万台の普及を図ることを目標として掲げました。



 わが国の自動車メーカーも、従来より積極的な技術開発を行っており、日本における低公害車の技術は世界でも群を抜くこととなりました。米国の非営利環境団体、エネルギー効率経済協議会(ACEEE)が発表した環境に配慮した自動車(2002年モデル)によれば、上位10車種を日本車が独占する結果となっています。

(3)太陽光発電の効率の上昇
 二度の石油危機により、石油供給の不安定性が認識される一方、石油等の化石燃料が近い将来枯渇する可能性が指摘されました。そのため、世界各国で自国のエネルギーを確保するためにも、石油等の化石燃料に代わる代替エネルギーの確保の必要性がクローズアップされるようになりました。特に、太陽光、風力、地熱などの自然エネルギーは、エネルギー供給の半永久性、CO2等をほとんど出さないクリーン性から、世界各国でその普及に向けての取組が進められつつあります。
 自然エネルギーの中でも、世界の1年間の総使用エネルギーに相当する量が1時間で地球上に降り注ぐといわれる太陽エネルギーは、その活用の重要性が指摘されてきました。
 わが国でも、太陽光発電の積極的な導入が進められており、政府における「サンシャイン計画」、「ニューサンシャイン計画」等により研究開発が進展した結果、世界最高レベルの発電効率が達成されつつあり(図1-2-7)、太陽電池の製造コストも大幅に低下しています(図1-2-8)。





 一般家庭への普及策としては、通商産業省(当時)において平成6年度より「住宅システムモニター事業」が、平成9年度より「住宅用太陽光発電導入基盤整備事業」が開始され、住宅における太陽光発電の導入に対する補助が行われました。この結果、一般家庭で太陽光発電は急速に普及しました(図1-2-9)。



 しかし、太陽光発電量は総エネルギー消費量に比べまだまだわずかであることから、さらなる発電量の増加が期待されており、太陽光発電や再生利用建材の利用等を組み合わせた環境共生住宅の普及や、グリーン購入法*に基づく、太陽光発電システムの政府における積極的な調達とともに、総理の指示により、平成14年度までに、13庁舎の太陽光発電設備を整備することとしており、今後の需要増がもたらされることが期待されます。なお、新しく完成した首相官邸においても、太陽光発電設備が設置されています。

*グリーン購入法
国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(平成12年5月31日法律第100号)

 新たな技術を用いた製品は、初期段階において高価であり、一般消費者の需要までを喚起することが困難な場合があることから、本事例のように補助金制度を活用したり、政府の物品調達における優先購入制度を活用すること等により、それらの製品の需要を拡大させ、その結果製品の価格低下と、技術の一層の進展による効率化を促進させることが極めて効果的なことがあるといえます。



(4)燃料電池の開発
 クリーンエネルギーとしては、近年、水素が酸素と反応して水になる際に生じる電気を利用する技術を活用した燃料電池についても注目されています(図1-2-10)。



 従来は、宇宙船などの特殊分野に用途が限定されていましたが、カナダのベンチャー企業バラード社が「固体高分子膜形燃料電池」の改良に成功したことにより、小型化、低温下での作動が容易になったことから、地球温暖化問題が重要な国際問題として認識され、京都議定書に係る国際交渉が徐々に進展していること等を背景に、他の発電機関と比較してエネルギー変換効率が極めて高く(表1-2-2)、静粛性に優れ、さらにNOx等の大気汚染原因物質やCO2の排出も少ない次世代の動力源として燃料電池が一躍注目を浴びるようになりました。現在では自動車、電器、素材メーカーなど世界の巨大企業を巻き込んで開発競争が繰り広げられています。



 さらに現在、一部の大手自動車メーカーが平成15年中に燃料電池自動車の実用車を限定的に市場導入することを表明しており、ここ数年で急速に実用化が進展することが予想されます。
 わが国としては、世界に先駆けて燃料電池の早期実用化・普及を図るため、平成13年8月に「固体高分子形燃料電池/水素エネルギー利用プログラム」を策定し、技術開発を推進するとともに、平成14年度より、首都圏において、燃料電池自動車等の大規模な公道走行実証試験等を実施するほか、平成22年までに、燃料電池自動車約5万台、定置式燃料電池約210万kWの導入を目指しています(図3-2-3)。
 また、総理の指示により、2003年にも試験的な市販が想定される燃料電池自動車の第1号車を含め数台を政府として率先導入することとしています。

 以上でみたように、環境技術の進展には、新たな規制の導入や、政策面での促進策が極めて効果的な場合が数多くあり、結果としてその分野での環境効率性の向上に貢献する場合もあ驍アとが分かります。
 平成13年に閣議決定した「科学技術基本計画」では、戦略的に投資を行い、研究開発の推進を図るべき科学技術の重点4分野として、「ライフサイエンス」、「情報通信」、「環境」、「ナノテクノロジー・材料」を挙げていますが、重点4分野の中に「環境」が掲げられているだけでなく、その他の3分野においても、環境効率性の向上に資するさまざまな技術が含まれており、今後の環境技術に一層の進展が期待されます。
 例えば、生物機能を活用した廃棄物・環境汚染物質の低減や、カーボンナノチューブを利用したFED*などの省エネルギー・省資源製品の開発などを挙げることができます。

*FED
Field Emission Display:ミクロン以下の小さな電子源を複数個使って、一つの画素を発光させることにより画像を表示するもの。液晶ディスプレイに比べ、輝度、色数、視野角にすぐれている。

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