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第1節 

2 野生生物種の現状

(1)生物多様性
 日本には、動物は脊椎動物約1,400種、無脊椎動物約35,000種、植物は維管束植物約7,000種、藻類約5,500種、蘚苔類約1,800種、地衣類約1,000種、菌類約16,500種(いずれも海棲のものを除く。)の存在が確認されています。生物種の数は熱帯林を擁する国々と比べると少なく、先進国(特にヨーロッパ各国)と比べると多いといえます。多様な生物種の生息を可能にしている要因は、亜熱帯から亜寒帯にわたる気候帯や起伏に富み標高差のある国土といった多様な自然環境です。また、わが国は四つの主要な島と3,000以上の属島から構成されており、中には特異な生物相を有する島嶼も含まれています。
 わが国では、特に戦後の経済の高度成長期を中心に開発による自然環境の改変が進行し、全国的に自然林や干潟等が減少しました。また、都市化等に伴う汚染や汚濁など生物の生息環境の悪化・消滅、あるいは希少な動植物の乱獲、密猟、盗掘等も進みました。さらに里地自然地域等と人との関わりの減少も、2次的な自然環境に適応してきた生物の生息・生育の場を減少させています。この結果、わが国でも多くの種が存続を脅かされるに至っており、これらの種の絶滅を防ぐことが緊急の課題となっています。
 また、国外あるいは地域外からの生物種の移入は、他の種を捕食することや生息場所を奪うことにより在来種を圧迫すること、在来の近縁な種と交雑すること等によって生態系をかく乱し、生物多様性の減少をもたらすこととなります。わが国では南西諸島のマングース、小笠原諸島のノヤギ等、各地で生物多様性への影響が指摘されています。

 我々の暮らしは、生物多様性がもたらす恵みによって成り立っています。その価値は次のように分けられます。
 生物の活動は、土、河川、地下水、大気中の酸素をつくり、気候を調節するなど、人類を含む生物自身にとって良好な環境を形成し、調節しています(環境の形成・調節)。
 日々の生活と経済活動にとって必要な資源の多くは、食料、衣類、医薬品、さらには石油・石炭等生物を起源とするもので占められています(生産・経済的価値)。
 また、人間は自然との交流を通して自然の摂理を学び、美意識や情操を養い、自然を芸術や信仰の対象とし、レクリエーションを楽しみ、やすらぎを得る場としてきました(文化的価値)。
 現在、農作物、家畜、医薬品等として人間が利用している生物種は、全体から見ればごく少数です。広範な単一種栽培により、地域的な多様性が失われ、環境の変化や病害虫に対して壊滅的な被害を生じるおそれがあります。他方、あまり注目されていなかったマダガスカルのツルニチソウの仲間の中からガンに効果のある薬品が採取された例もあり、未知の生物の中に将来人類の生存を左右するようなものが隠されている可能性もあります。
 地球生態系の健全性が生物多様性の上に成り立っていることを考えれば、人類は一つの生物として自らも多様性という自然の摂理に従い、その保全に努めていくことが、持続可能な発展を通じて真に豊かな社会を構築していくことを可能にするものといえます。
 しかし、人間の活動は、現在まで生物多様性の減少をもたらしてきており、その速度は今日に至るまで一向に減速したとは思えない状況にあります。このような危機感から、多様な生物とその生息環境を確保することを主目的として、1992年の地球サミット開催を前に「生物多様性条約」が採択され、1993年(平成5年)12月に発効しました。
 わが国では、1993年(平成5年)に生物多様性条約を批准し、1995年(平成7年)に条約実施の基本方針等を定めた「生物多様性国家戦略」が、全閣僚が構成メンバーとなっている地球環境保全に関する関係閣僚会議で決定されました。
 また、平成12年に策定された新「環境基本計画」においては、生物多様性の保全を戦略的プログラムの一つとして位置付け、特に重点的、戦略的に取り組むこととしています。

(2)絶滅の危機にさらされている野生動植物
 「種の保存法*」では、本邦に生息・生育する絶滅のおそれのある種を国内希少野生動植物種に、また、「ワシントン条約*」及び「渡り鳥等保護条約」に基づき国際的に協力して種の保存を図るべき絶滅のおそれのある種を国際希少野生動植物種にそれぞれ指定し、個体の捕獲・譲渡等や器官・加工品の譲渡等を規制しています。国内希少野生動植物種については、必要に応じ、その生息・生育地を生息地等保護区として指定し、各種の行為を規制しています。また、個体の繁殖の促進や生息・生育環境の整備等を内容とする保護増殖事業を積極的に推進することとしており、その適正かつ効果的な実施のために保護増殖事業計画を策定することとしています。
 国内希少野生動植物種としては、哺乳類2種、鳥類39種、爬虫類1種、両生類1種、汽水・淡水魚類2種、昆虫類4種、植物8種の計57種が指定されています。
 保護増殖事業計画については、アホウドリ、トキ等の19種について策定されています。
 わが国の絶滅のおそれのある野生生物の個々の種の生息状況等は、平成3年に、「日本の絶滅のおそれのある野生生物(通称:レッドデータブック)―脊椎動物編―、同―無脊椎動物編―」として取りまとめられました。このレッドデータブックでは、野生生物の生息状況や生息環境の変化に対応するために定期的な見直しが必要であることから、レッドリスト(レッドデータブックの基礎となる日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)の改訂作業を2000年(平成12年4月)に終了しています。植物についても平成9年8月にレッドリストをまとめ、現在レッドデータブックを作成中です。
 これに併せて、従来、種の存続の危機の度合いの高い順に「絶滅危惧種」、「危急種」、「希少種」と定性的に分類していたものを、「絶滅危惧I類」、「絶滅危惧II類」、「準絶滅危惧」と定性的要件と定量的要件を組み合わせたものに改訂し、順次新たなカテゴリーに移行しています(表2-1-9)。これによると、わが国に生息する哺乳類、両生類、汽水・淡水魚類の2割強、爬虫類、維管束植物の2割弱、鳥類の1割強の種が存続を脅かされています。

*種の保存法
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」。国内外の絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を体系的に図るため、平成4年6月5日に法律第75号として公布された。

*ワシントン条約
一部の野生動植物種が野放図な国際取引によって絶滅の危機にある事態を憂慮し、これを規制する目的で1973年(昭和48年)にワシントンで採択され、1975年(昭和50年)に発効した国際条約で、正式名称を「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」という。日本は1980年(昭和55年)に加盟し、同年11月に発効した。



(3)野生鳥獣の保護管理
 野生鳥獣は自然環境を構成する重要な要素の一つであり、永く後世に伝えていくべき国民共有の財産であることから、個々の種や地域における個体群を長期にわたり安定的に維持することが必要とされています。
 西中国山地のツキノワグマなどのように生息域の分断などにより地域的に絶滅のおそれが生じている野生鳥獣の個体群、シカなどのように地域的に増加又は分布域を拡大して、農林業被害や自然生態系のかく乱など人とのあつれきを起こしている野生鳥獣の個体群に関する問題に対して適切に対応していくためには、種や個体群の維持存続を図りつつ人と野生鳥獣とのあつれきを可能な限り少なくすることにより、人と野生鳥獣との共存を図っていくことが必要です。そのためには、被害防除対策の適切な実施を図りつつ、野生鳥獣の生息数や生息環境を望ましい状態に維持・誘導するという「保護管理」の推進が求められています。
 しかし、野生鳥獣の保護管理のあり方については多様な価値観が存在するため、各般の保護管理施策が円滑かつ効率的に実施されるよう、行政、地域住民、専門家など野生鳥獣の保護管理に関わる様々な主体の間において、人と野生鳥獣との共存に向けた施策について、合意形成及び施策間の整合性の確保に努めるよう調整を図ることが必要とされています。
 また、地域個体群の安定的な維持又は被害の防止の両面において、保護管理施策の実効性に関する理解を高めるとともに、科学的な不確実性を補い、問題解決的な姿勢で現実に直面している事象に積極的に対応していくため、情報の適切な公開などにより、施策の種類、内容及び効果などに関する透明性を確保するとともに、モニタリングの実施やその結果の保護管理への反映などによるフィードバックシステムを導入することが特に必要とされています。
 野生鳥獣の種及び個体群の安定的な維持を図りつつ、野生鳥獣に関する多様な社会的要請に応えるためには、欧米において定着しているワイルドライフ・マネージメントに相当する野生鳥獣の「科学的・計画的な保護管理」を、1)科学的知見及び合意形成に基づいた明確な保護管理目標の設定、2)多様な手段の総合的・体系的実施、3)適切なフィードバックシステムの導入の3点を基本的な考え方のポイントとして、積極的に推進する必要があります。

(4)狩 猟
 狩猟は人間の生業やスポーツ等として行われてきましたが、野生鳥獣を自然の収容力に見合った生息数に維持管理する手段としての役割も果たしています。わが国に生息する哺乳類及び鳥類については、一部を除き全種が「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」によって保護の対象とされており、狩猟ができる鳥獣は47種類に限定されています。狩猟については、期間(狩猟期間)、場所(鳥獣保護区の指定等による狩猟の禁止)、資格(狩猟免許)等の制限が定められており、これらの捕獲規制によって鳥獣の保護を図っています。
 狩猟者人口は、昭和51年度の約53万人が平成10年度には約23万人にまで減少しており、しかも高齢化がかなり進んでいます。平成10年度に有害鳥獣駆除に従事した狩猟者は約70万人・日と推計されていますが、中には従事者の確保が困難なところも見受けられます。
 また、狩猟鳥獣の保護管理を科学的・計画的に進めるに当たっては、狩猟鳥獣の生息動向の適時的確な把握が肝要です。狩猟による鳥獣の捕獲実績データ等は、鳥獣の生息動向を把握する上での重要な情報源です。今後は、狩猟者も野生鳥獣の保護管理の一端を担うため、その担い手としての狩猟者の育成等を図っていくとともに、過大な負担とならない範囲内で、必要に応じて狩猟実績の報告等を充実させていく必要があります。



(5)水産資源の保護管理
 四方を海に囲まれたわが国は、周囲に寒流・暖流が交錯する生物多様性に富む豊かな漁場を有しています。わが国は伝統的に水産物を重要な蛋白質として活用してきており、多様な水産資源の恩恵を受けています。
 水産物の生産量は戦後ほぼ一貫して増加し、昭和56年に養殖業を除く海面漁業の生産量が1,000万tを超え、昭和59年には1,150万tに達しました。しかし、平成元年以降生産量が減少し、平成10年の生産量は昭和59年に比べ約54%減の約532万tにまで低下しました(図2-1-7)。主要魚種別生産量の推移を見ると、まいわし、すけとうだら、さば類及びまあじの生産量がいずれも減少しています(図2-1-8)。わが国周辺水域では漁船性能の向上等による漁獲強度の増大等もあって底魚類を中心に総じて資源状態が低水準にあります。まいわし、まさば、まあじ等の浮魚資源は海洋環境の影響等を受けて資源状態が大きく変動しており、この中で現在減少傾向にあるまいわし資源については今後の動向を注視していく必要があります。





(6)生物多様性の保全に係る施策の今後の展開
 環境基本計画における戦略的プログラムの一つとして、生物多様性の保全が取り上げられています。当該プログラムの検討においては、生物多様性の減少をもたらす要因として、一般に、生息地の減少や劣化、移入種によるかく乱、動植物の過剰な捕獲採取、土壌、水質、大気の汚染等が主たる原因といわれていますが、わが国の生物多様紙の減少要因としては、生息地の減少や分断、二次的自然環境に見られる生息地としての質の変化、移入種による影響が大きいと考えられると分析しています。

 そして、生物多様性の保全に係る課題として、生息地の減少、分断、劣化にともなう生物多様性の減少については、生物多様性の保全上重要な地域を保護地域として適切に保全するとともに、保護地域間の連携に関して、連携の意義、手法についての具体的な検討を進め、積極的に推進していく必要があること、二次的自然環境の保全のような、これまでの保護地域化という手法でカバーできなかった課題に関しては、様々な主体が取り組むべき施策の方向性を示すことが急務であることを挙げています。また、野生生物の種に着目した施策として、絶滅のおそれのある種について、その保全施策を着実に展開する必要があるが、一方で、多数の生物種を絶滅に追い込んでいる現状をどのように改善するのかについての具体的な取組が必要であるとしています。

 これらの課題を踏まえ、今後の生物多様性保全に係る施策の基本的な方向として、自然資源の管理、利用に関しては、「人類の存続の基盤である環境は、自然の物質循環と生物多様性を基礎とする生態系が健全に維持されることによって成り立っている」という認識に立って、生態系のもたらす恵みを次世代に継承することが必要であり、このためには、生物多様性条約締約国会議で合意された「エコシステムアプローチの原則」が有効であると説いています。
 「エコシステムアプローチの原則」は12項目の原則で構成されており、自然資源の管理・利用を行う場合に、人間がその構成要素となっている生態系が複雑で動的なことを認識し、また、生態系が健全な状態で存在していること自体の価値を十分認識した上で、自然資源の管理・利用を生態系の構造と機能を維持できる範囲内で、また、その価値を将来に渡って減ずることのないよう順応的に行おうとするものです。また、自然資源の管理は、科学的な知見に基づき、関係者すべてが広く自然的、社会的情報を共有し、社会的な選択としてその方向性が決められる必要があるとされています。

 この原則は、生物の多様性の保全と持続可能な利用を図るためには、保護地域の管理、希少種の保護を中心としてきた保全の進め方では不十分な点があるとの認識から、新たな施策の方向性を提示するという意味で示されたものです。
 保護地域の選定や特定の種に着目した保全対策に限らず、広く生態系の維持を目的とした原則であることや生態系を人為の加わった一つの機能的な単位単位としてとらえて、その維持を念頭においた原則であること、様々な主体が関わって生物多様性の保全と持続可能な利用、健全な生態系の維持に取り組まなければならないという前提に立っているなどの点で、前述の課題に対する取組の方向性と合致しています。
 生物多様性の保全は、国の行政機関のみならず地方公共団体、土地所有者、NGO、NPO、市民といった、土地資源、生物資源を利用・管理する立場にある様々な主体が、わが国の自然的、社会的特性を踏まえつつ、生態系のもたらす様々な価値を損なうことなく管理・利用することによって初めて達成されると考えられます。このような取組の基礎とするため、エコシステムアプローチの原則を、実際の自然資源の管理・利用の上でどう具体化していくかについて検討を行い、関係主体の共通認識を形成することを今後の重点的取組事項の一つとしています。

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