1 自然環境の現状
日本列島はユーラシア大陸の東縁部に位置し、日本海をへだて大陸とほぼ平行に連なる南北約3,000kmに及ぶ弧状列島です。
世界でも比較的新しい地殻変動帯にある日本列島は、種々の地学的現象が活発です。地形は起伏に富み、丘陸地を含む山地の面積は国土の約4分の3を占めます。山の斜面は一般に急傾斜で谷により細かく刻まれており、山地と平野の間には丘陵地が分布します。平野、盆地の多くは小規模で、山地との間や海岸沿いに点在し、その多くが河川の堆積により形成されています。また、気候は湿潤であり、季節風が発達し、四季の別が一般に明確です。
わが国では、全国的な観点から自然環境の現況及び改変状況を把握し、自然環境保全の施策を推進するための基礎資料を整備するために、概ね5年ごとに自然環境保全基礎調査を行っています。本節では「緑の国勢調査」といわれるこの調査の第4回の結果を中心に国土の自然環境の現状を概観します。なお、現在は第5回の基礎調査をとりまとめ中であり、平成11年度より第6回の基礎調査を実施しています。
(1)陸域〜植生・動物分布の状況
ア 日本列島の植生
植生は一般に時間とともに変化し、最終的に安定的な生態系である極相となります。日本の気候では、1)南西諸島から東北南部に広がるタブ、カシ類、シイ類といった常緑広葉樹(照葉樹)の森林、2)九州南部から北海道南部までの、常緑広葉樹林より寒冷な地域に広がるブナ林などの落葉広葉樹の森林、3)北海道に広がるエゾマツ、トドマツといった針葉樹とミズナラ等の落葉広葉樹の混成する針広混交林、4)エゾマツ、トドマツ林に代表される亜寒帯針葉樹林等が代表的な気候的極相です。自然性の高い地域ではこうした極相の植生が見られますが、その地域は必ずしも多くはありません。
平成2〜4年度に実施した第4回調査の解析は、植生帯及び自然植生と代償植生との別に分類した植生区分と、植生への人為の加わり度合いにより分類した植生自然度区分の二つの区分により行いました(表2-1-1、表2-1-2、図2-1-1、図2-1-2)。
植生区分別では、森林・草原・農耕地等何らかの緑で覆われた地域は、全国土の92.5%に達します。中でも森林は67.1%を占め、アメリカ合衆国(32.6%)、イギリス(10.4%)、フランス(27.4%)、ドイツ(29.9%)、カナダ(45.3%)(海外の数値はOECD環境データによる1995年時点のもの)と比較しても高い水準にあります。
自然度別では、自然林に自然草地を加えた自然植生は国土の19.1%と2割を切っており、このうち2分の1以上に当たる58.8%が北海道に分布しています。一方、近畿、中国、四国、九州地方では、小面積の分布域が山地の上部や半島部、離島等に点在しているに過ぎません。
総体としては、自然度の高い植生(自然草原、自然林、自然林に近い二次林)、人為の影響を受けた植生(二次林、二次草原)、人為的に成立した植生(植林地)、土地改良の進んだ植生(農耕地、市街地、造成地等)が調査時点ではほぼ4分の1ずつ占めています。しかし、昭和58〜61年度に実施した第3回調査との比較から、自然林、二次林は減少し、植林地、市街地、造成地等は増加傾向にあります。
イ 日本列島の多様な動物分布
動物地理区上日本列島は、鹿児島県の屋久島・種子島と奄美大島との間の渡瀬線という分布境界線により二分されています。渡瀬線より北は旧北区、南は東洋区と呼ばれていますが、旧北区である本州以北に生息する大部分の日本の動物は、例えばトガリネズミ類、リス類、イタチ類は中国華中以北のユーラシア大陸に生息する動物との類縁性が高く、東洋区である奄美・琉球諸島の動物、例えばケナガネズミは台湾や東南アジア諸国に近縁種が多く生息します。また、島国という地理的特徴による隔離効果により、ヒミズ、ヤマネ、アマミノクロウサギのような固有種も多数存在します。そのほかに動物の分布境界線としては、北海道と本州の間に位置するブラキストン線等があります(図2-1-3)。
動物分布調査として、哺乳類、両生類、爬虫類、淡水魚類、昆虫類、陸産・淡水産貝類及び鳥類について調査しました。この中で、例えば鳥類については、集団繁殖地や集団ねぐらをつくる習性がある日本産鳥類22種について分布と生息環境の調査を実施しました。一般に、集団繁殖地や集団ねぐらを形成する鳥類の生息地の環境変化は個体群全体に大きな影響があるため、生息環境の調査は大きな意味を持ちます。ここでは、コサギ、イワツバメの2種類を紹介します。
コサギは、「しらさぎ」と称される全身白いサギのうち、一番小型のものです。ダイサギ、ゴイサギ等と複数種で集団繁殖することも多く、本州から九州にかけて分布が認められました。生態系の捕食者側であるサギ類の集団繁殖地は、営巣環境と採食環境がともに残された豊かな自然を示しています。
イワツバメは、尾の切れ込みが浅く腰部の白い小型のツバメです。九州以北の全国に分布し、海岸や山地の岩の窪み等に巣をつくりますが、近年は平地の市街地にも多くなっています。調査の集団繁殖地は、ほとんどが建築物のコンクリートの壁面につくられており、50巣以下の小規模のものでした。
(2)陸水域〜湖沼・河川・湿地の状況
ア 湖 沼
わが国には、山岳地帯の湖沼をはじめ、海が後退してできた海跡湖のように平野部や海岸近くにあるものなど多様な湖沼が存在しています。
湖沼調査では、全国の天然湖沼のうち1ha以上の480湖沼を対象に、湖岸の土地利用の改変状況、魚類相等の調査を行いました。
湖岸の状況では、第3回の調査と比較して自然湖岸が減少し人工湖岸が増加しています(表2-1-3)。また、増減の度合いを第3回調査時と比較しても、自然湖岸の減少が大幅に加速していることが明らかになりました。調査時点では、自然地が保全されている湖岸は全体の約57%、人為的改変を受けている湖岸は約43%となっています。
生息魚種数の調査は代表的な湖沼60湖沼を対象として行いました。1湖沼当たりの平均はおおよそ25種です。主要外国産移入魚種では、ブラックバス、ブルーギル、ソウギョ等の生息が調査対象の湖沼の約3分の1で確認されています。こうした外国産移入種は各地の湖沼で定着しつつあり、湖沼の魚類相を含む生態系への悪影響が懸念されるため、今後もその推移に注目する必要があります。
イ 河 川
河川や水路等の水辺環境は、水辺や水生の生物の生息地としてだけでなく、多様な動物の生息地である様々な緑地を繋ぐ移動ルートとしても必要なものであります。また、陸側から水辺に向けて、水辺林、湿性植物、抽水植物、浮葉植物、沈水植物まで様々な植物群落が見られます。このような水辺の移行帯はエコトーンと呼ばれ、豊かな生態系を形成しています。
原生流域調査では、第3回調査で登録された101の原生流域(面積1,000ha以上にわたり人工構造物及び森林伐採等の人為の影響の見られない集水域)について、空中写真等により第3回調査以降の人為改変状況を調査しました。その結果、伐採、道路の建設等により13流域の原生流域の面積が減少し(合計7,296ha減)、そのうち3流域が原生流域の要件を満たさなくなったため原生流域から除外されました。また、新たに1流域(仲間川、沖縄県、1,346.9ha)が原生流域として登録されたため、原生流域は99流域(総面積205,634ha)となりました。原生流域面積の大きい保全地域は表2-1-4のとおりです。
河川改変地調査等では、全国の主要な1級河川の支川及び2級河川の幹川等の中から良好な自然域を通過する河川等153河川を対象に水際線、河原、河畔の改変状況、生息魚種等を調査しました。水際線の状況は図2-1-4のとおりであり、総延長の26.6%に護岸等が設置されていました。水際線の自然地率の高い河川は図2-1-5のとおりであり、特に、別寒辺牛川(北海道)、岩股川(秋田県)、長棟川(富山県)及び仲良川(沖縄県)は自然地率100%でした。
(3)海域〜海岸、藻場、干潟及びサンゴ礁の状況
ア 自然海岸
自然状態を保持した海岸は生物の繁殖及び生息の場として重要です。都市化や産業の発達に伴い、高度成長期には海岸線の人工的改変が急速に進められました。しかし、人工的改変は不可逆のものであり、慎重に行わなければなりません。
海岸調査では、海岸の自然状態について第3回調査以降の変化を把握、分析しました。調査結果は図2-1-6のとおりです。昭和59年の第3回調査結果と比べ、海岸線については本土部分が172km、島嶼部分が135km増加しているものの、全国の自然海岸は296km減少しています。ただし、昭和53年の第2回と第3回の調査の間には自然海岸は565km減少しており、減少傾向の鈍化が認められます。
イ 藻場、干潟及びサンゴ礁
藻場とは大型底生植物の群落であり、魚介類の産卵場やエサ場などの生育場となるなど沿岸地域の生態系として重要な役割を果たしています。
藻場の調査は日本沿岸全域を対象に行いました。調査の結果、全国で201,212haの藻場が把握され、昭和53年の第2回調査以降6,403haの藻場の消滅が判明しました。一続きで最大の藻場は、静岡県の相良から御前崎に位置する藻場で7,891haでした。また、連続したものではありませんが、最も多くの藻場が分布するのは能登半島周辺の海域で、14,761ha(全国の7.3%)でした(表2-1-5)。藻場の消滅の原因の上位は、埋立と磯焼けが占めています(表2-1-6)。磯焼けは多くの場合原因が特定できませんが、現象としてはよく繁茂していた大型海藻が枯死消失し、その後無節石灰藻類が繁殖するもので、その状態が数年から十数年にわたって持続する例が知られています。
干潟は干出と水没を繰り返す環境条件から、海域環境の中でも海洋生物や水鳥等の生息環境として大切な役割を持ちます。干潟には河川と陸上の両方から様々な栄養物質が堆積し、潮の干満の際に空気中の酸素が大量に海水中に溶け込むため、多くの微生物や底生動物が生息し、それを餌とする渡り鳥も数多く飛来します。また、これら微生物が有機汚濁を分解するなど、干潟の水質浄化能力も注目されています。しかし、干潟の多くは水が滞留しやすい内海にあるため、干潟の浄化能力で対応しきれない人的汚染も広がりつつあり、影響が懸念されています。
第4回調査では51,443haの干潟が確認されました。海域別では、有明海で20,713ha(全国の約40%)の存在が認められました。また、3,857haの干潟が昭和53年の前回調査時以降消滅したことが判明しました。最も多く干潟が消滅したのも有明海で、その面積は1,357haに達していました(表2-1-7、表2-1-8)。
わが国のサンゴ礁地形は鹿児島県のトカラ列島以南に多く存在します。八重山列島にはわが国最大の面積のサンゴ礁があり、同海域の造礁サンゴ類の種の多様性は世界でも屈指のものです。
サンゴ礁調査は、1)鹿児島県トカラ列島小宝島以南の「サンゴ礁海域」2)トカラ列島悪石島以北の「非サンゴ礁海域」に分けて実施されました(ただし、小笠原諸島は「サンゴ礁海域」に属するが、本調査では「非サンゴ礁海域」としている。)。サンゴ礁は暖かい透明度の高い海域に発達し、その分布、被度(生きているサンゴの面積割合)等サンゴ礁の生育状況の把握は環境の健全性や人為的影響を知る上でも重要です。
南西諸島海域において、サンゴ礁池で被度を調査した結果、被度5%未満は分布地域の61.3%、被度5〜50%は30.6%、被度50%以上は8.2%で、わが国のサンゴ礁池のサンゴ群集は、大部分が被度の低いものであることが分かりました。礁縁において行った調査では、沖縄島海域以外は被度5〜50%が最大の比率を占めますが、沖縄島海域では被度5%未満が46.2%を占め、礁縁においても被度が低いことが明らかになりました。
小笠原群島海域は、父島列島及び母島列島において調査し、456haのサンゴ群集が記録され、そのうち約70%が被度50%以下でした。
本土海域のサンゴ群集(面積0.1ha以上、被度5%以上)の合計面積は1409.3haでした。特に面積が大きかったのは、東京都(424.8ha)、宮崎県(292.7ha)であり、この両者で全体の50%を超えます。東京都の分布は八丈島がほとんどを占めています。