2 社会経済への環境配慮の織り込みを図るために
(1)規制的手法からポリシーミックスへ
環境問題の構造の変化に適切に対応して持続可能な社会への転換を図るため、新たな政策手段の開発や既存の政策手段の改良、適用範囲の拡大などを行いながら、あらゆる政策手段の適切な活用を図るとともに、それらを適切に組み合わせて政策パッケージを形成し、相乗的な効果を発揮させることに努める必要があります。また、これらの展開に当たっては、自主的な環境保全のための行動の促進、環境利用のコストの内部化、環境配慮を意思決定過程などへ織り込む仕組みの構築に特に留意されなければなりません。環境配慮のための仕組みについては、それぞれの手法の適性や有効な範囲を踏まえ、次のような考え方の下に適用していきます。なお、その適用に当たっては、以下に示す政策のベスト・ミックスの考え方の下に、その分野における最も適切な政策手法を中心として、複数の政策手法を組み合わせた政策パッケージを形成し、個々の手法の短所を補い、政策効果を最大限に高めることに留意されなければなりません。
ア 直接規制的手法*
直接規制的手法とは、社会全体として最低限守るべき環境の基準や達成すべき目標を示し、これを法令に基づく統制的手段を用いて達成しようとする手法です。この手法は、生命や健康の維持のような社会全体として一定の水準を確保する必要があるナショナル・ミニマム的な性格を持っている事項を中心に活用されています。しかしながら、社会的に見てより低い費用で柔軟かつ効率的に政策目標を達成し得る政策手法がある場合には、必要に応じてそのような政策手法への移行が検討されるべきです。
*直接規制的手法
直接規制的手法の例:大気汚染防止法による硫黄酸化物やばい塵等の排出基準、総量規制、水質汚濁防止法による排水基準等
イ 枠組規制的手法*
枠組規制的手法とは、直接的に具体的行為の禁止、制限や義務付けを行わず、到達目標や一定の手順や手続を踏むことを義務付けることなどによって規制の目的を達成しようとする手法です。この手法は、規制を受ける者の創意工夫を活かしながら、効果的に予防的あるいは先行的な措置を行い得るという特徴を有しています。
*枠組規制的手法
枠組規制的手法の例:PRTR法による届出制度、大気汚染防止法による化学物質の規制(有害大気汚染物質に該当する可能性のある物質を明らかにし事業者に状況把握及び排出等の抑制の責務を課したもの)等
ウ 経済的手法*
経済的手法とは、市場メカニズムを前提とし、環境保全への取組に経済的インセンティブを与え、経済合理性に沿った各主体の行動を誘導することによって政策目的を達成しようとする手法です。この手法は、持続可能な社会の構築のために必要とされる環境と経済の統合に寄与し得ます。
経済的手法の導入に際しては、新たな負担を国民に求める可能性もあることから、国民の理解と協力を得るよう努力しなければなりません。また、既存の制度についても、その制度の目的を踏まえ、環境負荷との関係について分析し、環境負荷の削減に資するものとなるよう、必要に応じ検討を加える必要があります。
一方、環境政策における補助金については、事業者の公害防止投資などに対し経済的助成を行う場合には、助成を受ける者の経済的な状況や財政支出が最終的には国民の負担となることを踏まえる必要があります。また、汚染者負担の原則や貿易に関する国際的な取決めなどを踏まえ適切な措置を講ずる必要があります。
この経済的手法は、すでに諸外国だけでなくわが国の地方公共団体によっても様々な環境問題の分野に適用されています。表2-5-3からは、すでに導入されている助成金や補助金に加え、新たに環境保全を目的とした税金等の導入が検討されていることがわかります。検討されているものの導入目的として多いものは、産業廃棄物の抑制や自然環境の保全などです。わが国全体での環境に配慮した税制の整備については、極めて重要な課題であり、各地での取組状況も踏まえて今後議論を加速させる必要があります。一般論としては、環境問題に関する税制面での対応は、国及び地方の環境政策全体の中で税制をどのように位置付けるのかということを踏まえながら、わが国の経済活動に対する影響や国内外における議論の進展を注視しつつ、環境負荷の原因者に対して負担を求めるべきという環境政策における原則を基本として、幅広い観点から検討を行うべきものと考えられます。
*経済的手法
経済的手法の例:使用済み製品や容器包装等の確実な回収のための預託払戻制度(デポジット)等
エ 自主的取組手法*
自主的取組とは、事業者などが自らの行動に一定の努力目標を設けて対策を実施する自主的な環境保全取組であり、技術革新への誘因となり、関係者の環境意識の高揚や環境教育・環境学習にもつながるという利点があります。自主的な取組については、事業者の専門的知識や創意工夫をいかしながら複雑な環境問題に迅速かつ柔軟に対処していくための主要な政策手法の一つとして、地球環境問題や産業廃棄物問題、化学物質問題などを中心に積極的に活用することができます。なお、自主的取組を政策手法として活用していくに当たっては、実施状況の公表や行政主体などによる関与などのチェック手段の確保を図り、政策手法として明確な位置付けを行うことが望ましいと考えられます。
*自主的取組手法
自主的取組手法の例:経済団体連合会の地球温暖化対策、個別企業の環境行動計画等
オ 情報的手法*
情報的手法とは、消費者、投資家をはじめとする様々な利害関係者が、環境保全への取組活動に積極的な事業者や環境負荷の少ない製品などを評価して選択できるよう、事業活動や製品・サービスに関する環境情報の開示と提供を進めることにより、各主体の環境に配慮した行動を促進しようとする手法です。この手法が効果を発揮するためには、開示、提供される情報が事業活動などによる環境負荷を正しく反映したものであることが必要不可欠です。このため、情報の開示や提供の手法と合わせ、事業活動や製品などの環境面からの評価の手法の開発を進め、その普及を図らなければなりません。
*情報的手法
情報的手法の例:環境報告書、環境ラベル、環境会計、LCA等
カ 手続的手法*
手続的手法とは、各主体の意思決定過程の要所要所に環境配慮のための判断が行われる機会と環境配慮に際しての判断基準を組み込んでいく手法です。この手法は各主体の自らの行動への環境配慮の織り込みに大きな効果を発揮します。手続的手法に関しては、環境影響評価制度の適切な運営、国、地方公共団体、事業者への環境マネジメントシステムの導入の促進、戦略的環境アセスメントのあり方の検討などが必要です。また、手続的手法の適切な運用を確保するため、環境への負荷の状況などを評価する手法の開発が求められています。
*手続的手法
手続的手法の例:環境影響評価制度、ISO14001などの環境マネジメントシステム、戦略的環境アセスメント等
(2)具体的な取組事例
(1)で述べた環境政策の手法は、様々な環境問題への対策に活用されています。例えば、自動車の排気ガス問題に対しては、排気ガス基準の設定など従来の直接的な規制に加え、原因者が広範囲に及ぶという現状を踏まえて、経済的な手法などが取り入れられています。平成13年度の自動車税制の改正では、新車登録後13年を超すガソリン車と11年を超すディーゼル車の自動車税が10%重くなりました。ここで増加した税収は、低公害車と低燃費かつ低排出ガス性能の車の税軽減分と同額です。これは、税率の調整によって環境配慮を促す経済的な手法の一つです。
また、東京都交通局では、平成13年度中にバス171両を圧縮天然ガス車輌と排ガス浄化装置付き車輌に買い換えるなどの都バスの環境対策を行います。これによって現在東京都交通局バスの7%に満たない低公害車が、3割に増加することになりました。これも、低公害車導入によって地域の排気ガス問題を改善しているだけでなく、グリーン調達によって市場における低公害車の優位性を高める経済的手法といえます。
さらに、ポリシーミックスによる相乗効果を狙った取組は様々な環境問題への対策において応用されています。例えば、廃棄物の発生抑制やリサイクルの推進のためには、様々な手法が組み合せて活用されています。第3節で述べたとおり、廃棄物・リサイクル問題の解決には各主体に排出抑制、リサイクル、適正処理等の役割を与える枠組規制的手法が土台として整備されています。この問題は個人の問題認識と努力に拠るところが多いため、自主的取組手法に加え経済的手法によって各人の経済合理的な行動を環境配慮型に誘導するという手法も用いられることがあります。さらに、不法投棄などの行為の禁止や、有害物質を含む廃棄物の適正管理・処理について具体的な基準を設けるなど、最低限の遵守事項が定められています。
このように、それぞれ環境問題の性格に応じて、各政策手法の適正や有効な範囲を検討し、その効果が最大限に発揮されるような手法を組み合せて、政策パッケージを形成することが極めて重要となっています。