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第1節 

2 地球規模での経済活動の拡大が及ぼす環境への影響

(1)貿易の拡大が地球環境に影響を及ぼしている

ア 世界貿易量の増大
 第2次世界大戦以降、世界貿易は一貫して増加を続けている(1-1-7図)。1930年代の世界的な大不況の際の経済ブロック化に対する反省に基づき、戦後は、国際通貨基金や国際復興開発銀行などが設立され、安定した国際通商システムの確立が図られた。「関税と貿易に関する一般協定」(GATT)の設立後、その参加国数は着実に増加し、そこでの8ラウンドにわたる貿易交渉を通じて関税引下げなどが実施された結果、世界貿易量も順調に増大することが可能となった。
 最近の特徴としては、ヨーロッパにおける欧州連合(EU)、アメリカ、カナダ、メキシコにおける北米自由貿易協定(NAFTA)や、南アメリカにおけるメルコスールなどの地域経済統合に伴い、各域内での貿易がますます活発化している。



イ 貿易政策と環境政策の相互支持化
 各国経済の相互依存関係が強まる中、自由貿易の推進は、世界経済の発展にとっても重要性を増してきている。その一方で、貿易の拡大が地球環境及び環境政策にも様々な関わりを持つようになり、貿易拡大とそれに伴う経済発展による環境への悪影響も懸念される。逆に、各国の環境政策が自由貿易に歪みを与え得ることも指摘されている。
 「貿易と環境」については、アジェンダ21の中で貿易を通じて持続可能な開発を促進することの重要性がうたわれており、世界貿易機関(WTO)協定前文においても「環境を保護し及び保全し並びにそのための手段を拡充する」ことが掲げられている。こうした理念を実現するため、経済協力開発機構(OECD)の貿易と環境合同専門家会合やWTOの貿易と環境に関する委員会(CTE)などの国際機関において、持続可能な開発のために貿易政策と環境政策を相互に支え合うものとすること(相互支持化)について検討が進められてきている。今後も持続可能な開発を目指してこうした検討を一層進めていくことが重要であり、ここでは両者をどのように統合できるかを考察するために、以下貿易と環境の関係について概観する。
(ア)貿易が環境に及ぼす影響
 貿易は各国の需要と供給を結びつけており、多くの場合、貿易自体が環境問題の直接的な原因にはなっていないが、環境汚染防止などの環境コストである外部不経済が市場価格などを通じて適切に内部化されていない市場メカニズムを世界規模に拡大してしまうことに問題がある。
 まず自由貿易が環境に及ぼすプラスの影響について見てみよう。一般的には、環境により良い製品や技術の普及、効率的な資源利用(非効率性に伴う環境への負荷の減少)、所得増大による貧困に起因する環境破壊の緩和、環境保全に対する関心や投資の増加などが考えられる。
 一方マイナスの影響については、環境を汚染する製品や技術の普及、希少野生動植物種の取引の増加や、貿易を通じた経済活動の拡大による自然資源の破壊の助長、天然資源の枯渇、運輸量の増大や有害物質の国際移動による環境影響などが考えられる。例えば、貿易だけが森林面積の減少の原因ではないものの、林産物の世界貿易の総額は、1970年の470億ドルから1998年には1,390億ドルに達している。このような国際市場の需要は、農業や放牧のための開拓や薪炭材の採取などの国内需要とあわせて、森林面積の減少の要因の一つとなり得る。
(イ)環境政策が貿易に及ぼす影響
 各国が実施する環境保全を目的とした政策が貿易制限を伴うことがある。例えば、人体に有害な影響を及ぼすおそれのある玩具の輸入制限等、国民の生命、健康の保護や生態系の保全を目的として有害な製品等の輸入制限を行う場合などである。
 また、エコラベルやリサイクル規制のような環境政策措置は、自由貿易に対して制限的に働く可能性があることも指摘されており、さらに、国により環境基準が異なることによる「より緩やかな環境基準」適用国への環境汚染型産業の移転が懸念される。
 また、多国間の環境保全を目的とした条約(多国間環境協定、MEAs)に、貿易制限措置が盛り込まれる場合もある。例えば、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)などがそれである。

ウ 環境政策とWTOの貿易ルールとの調整問題
 次に、環境保全を目的とした貿易制限措置とWTOの貿易ルールとの関係で現在具体的にどのような議論がなされているか、いくつか代表的なものについて概要を見てみる。
 なお、WTO協定では、原則として関税以外の貿易制限を禁止しているが、GATT20条はその一般的例外として、環境関係では、「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」や「有限天然資源の保存に関する措置」を定めており、差別的とならないこと、国際貿易の偽装された制限とならないこと等の要件の下で貿易制限措置をとることを認めている。
(ア)製品の工程及び生産方法(PPM)の規制
 環境保全のためには、製品の使用や廃棄の段階のみならず、原材料の採取、製造、流通等も含むその製品のライフサイクル全体での環境負荷を低減することが重要である。こうしたことから、製造工程に着目した環境政策をある国が実施した場合に、結果的に自国の基準を満たさない他国に対しての貿易制限となる可能性がある。また、産品の特性に影響を及ぼさないPPM規制についてはWTO協定で「同種の産品」についての異なる取扱を禁じていることから、両者の関係が議論されている。例えば、イルカの混獲率の高い漁法で捕獲したメキシコ産マグロに対するアメリカの輸入禁止措置に対し、1991、1994の両年に、メキシコ等のマグロ輸出国がGATTに提訴し、これを審査するために設けられた小委員会(パネル)から「ガット違反」との裁定が下されたケースがある。この他、オゾン層破壊物質が洗浄剤として用いられた製品等に対する輸入規制、環境ダンピング税の賦課等もPPM規制の例である。
 また、消費者が選択を行う際に製品に関する判断材料を提供するラベリングにも、製品そのものではなく製品のPPMを考慮したものがあり、それらをWTO協定上どのように位置づけるかについても見解が分かれている。
(イ)多国間環境協定(MEA)
 環境保全のための貿易制限措置には、各国が独自に行うもの(一方的措置)とMEAに基づいて行うものがあるが、国際的な議論の中では、一方的措置よりもMEAの形成の方が望ましいとされている。既存の発効しているMEAでは、例えば絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)、有害廃棄物の国際的移動等の規制に関するバーゼル条約、オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書が貿易制限措置を規定しているが、現在のところWTO協定との整合性について、これらの貿易制限措置が問題となった事例はない。また、最近採択された有害化学物質の貿易における事前同意手続きに関するロッテルダム条約(PIC条約)、バイオセイフティに関するカルタへナ議定書なども貿易制限措置を有している。
 今後MEAがWTO協定との関係で問題となるおそれがあることから、WTOの貿易と環境に関する委員会(CTE)においても、両者の整合性を図るための検討が中心的な議題の一つとして行われている。また、偽装された保護主義に結びつくことを特に途上国が警戒するなど、今後調整すべき課題が多い。

エ 環境政策と貿易政策の統合
 これまで見てきたような問題点を含め、環境政策と貿易政策を統合する際に、輸出入の両面で大きく貿易に依存しているわが国として考慮すべきいくつかの点について考える。
(ア)環境コストの内部化の重要性
 前述のように、環境コストの内部化が適切に行われるための取組がきわめて重要である。そして適切な内部化によって、自由貿易が市場メカニズムを通じて環境の価値を適切に考慮に入れつつ資源の最適配分を行うことが可能となれば、環境コストの内部化は環境保全と自由貿易の相互支持化の前提の一つとなる。
(イ)政策間における調整
 現在の貿易ルールの基本的枠組みは、環境問題との関係が意識されずに作成されたこともあり、環境問題との関係があまり視野に入っていない。今日における環境問題の広がりを考えると、貿易政策を形成する際には環境への影響という観点からの調整が必要であり、逆に環境政策を形成する際には貿易への影響という観点からの調整が必要となる。
 今後新たなMEAを形成する際に、WTOとの関係について、法的な安定性・予見可能性を確保するため、何らかの整理を行うことが望ましい。
 経済活動が貿易に大きく依存しているわが国にとって、「環境と貿易」に関するルールが今後どのように設定されていくかは重大な問題である。わが国としても、内外の環境問題への適切な対処と自由な多角的貿易体制の構築の双方が可能となるようなルール作りのために、WTO、OECDなどの国際機関における「環境と貿易」の問題に関する議論に積極的に参加し、貢献していく必要がある。
(ウ)途上国への配慮
 環境問題に対処するための貿易制限措置については、特に環境問題への対処能力が不足しがちな途上国にとって不利とならないようにすべきであろう。
 また、途上国によってその発展段階は様々であり、貿易がそれらの国にマクロ的に与える影響も異なってくる。このため、貿易の役割や環境問題の解決についてもそれぞれが置かれた状況の中で考える必要がある。わが国としても、途上国において持続可能な開発に向けて「環境と貿易」が相互に支持し合うものとなるよう、その発展段階に応じて対処能力を向上させるため、資金的、技術的支援を行っていくことが求められている。

オ 今後の展望
 ここでは詳しく取り上げなかったが、例えば拡大生産者責任、環境に配慮した政府調達と貿易の関係、遺伝子組み替え作物を使用した食品の表示や販売に係る国際ルール等、今後議論が必要な分野は多い。
 最近の動きとしては、複数の国が貿易自由化による環境への影響の評価に取り組みつつあることがあげられる。OECDでは平成11年10月に「貿易自由化協定の環境面の評価方法に関するワークショップ」が開催され、貿易協定の環境影響評価を実施するための手段について議論がなされた。そこでは、「評価のための多様なアプローチや方法論等を含む貿易協定の環境影響評価のための詳細かつ多角的なガイドラインを作成するのはまだ難しいものの、今後その実現を目指して一層努力すべきである。」という認識で一致した。
 また、アメリカにおいては、平成11年11月に、貿易協定につき交渉する場合には、環境レビューを行うこととする大統領令(大統領令第13,141号)が発表された。この中では、貿易協定は、持続可能な開発というより広い目標に資するべきであるとされており、貿易協定が環境に及ぼし得るプラス及びマイナスの影響を特定し、交渉過程において環境への影響を考慮するための重要な手段として環境レビューを位置づけている。
 なお、EUにおいてもWTOの多角的貿易交渉の持続可能性影響評価について調査を行っている。わが国としても、貿易政策と環境政策の相互支持化のためには、このような動きを今後よく注視していく必要がある。

(2)国際的な企業活動が環境に影響を及ぼしている

 貿易が及ぼす環境への影響について述べてきたが、貿易を行う主体として企業の姿勢も問われている。アラスカで原油流出事故を起こした「バルディーズ号事件」の教訓から、バルディーズ原則と呼ばれるこの原則は、アメリカの民間団体で、環境に責任を持つ経済機構のための協議会(CERES)が作成し発表したもので、企業が環境問題への対応について守るべき10項目が掲げられている。
 国際的に活動する企業として代表的なものは多国籍企業である。1958年(昭和33年)のヨーロッパ経済共同体(EEC)の結成に示されるヨーロッパの戦後経済の復興を契機に、アメリカ企業の対ヨーロッパ直接投資の活発化によって巨大寡占企業の多国籍化が始まった。多国籍企業の貿易や投資は、資本、技術、人的資源及び天然資源の効率的利用に貢献し、世界各地域間の技術移転と技術の発展を促進する。その一方で、法律、規制等に関して基準や政策の違いを不適切な形で利用することもあり得る。
 1982年(昭和57年)の「国連環境計画(UNEP)管理理事会特別会合」(ナイロビ)における日本の提案を契機に、第38回国連総会の決議に基づいて設立された、環境と開発に関する世界委員会(WCED)は、「地球の未来を守るために」の中で地球環境問題への多国籍企業の効果的な協力に関して、「多国籍企業は、他国の環境と資源、地球全体の共有物に大きな影響を与え得る。多国籍企業の母国と受入国はお互いに責任を共有し、この分野における政策を強化するための共同作業を行わなければならない。例えば、母国で投資する際に多国籍企業に適用される政策や基準に関する情報、特に有害な物質を取り扱う技術に関するものは、受入国にも供与されるべきである。」と記載している。このように多国籍企業は、自らの活動が地球規模で環境に影響を与え得ることを認識し、バルディーズ原則のような企業責任の考え方を一層発展させていく必要があろう。

(3)人の長距離移動が環境に影響を及ぼしている

 貿易の自由化や企業の多国籍化によって物の移動が増加してきたが、これは同時に人の移動の増加も招いている。
 近代的な交通機関が実用に供されるようになってから今日まで150〜160年程度であるが、この間の世界の変化にはめざましいものがある。それまでは世界の各大陸、各地域は帆船や畜力・徒歩で結ばれており、各国の交通・貿易の量も限られ、各地域はかなりの程度独立し、自給自足に近い生活をしていた。しかし、鉄道や自動車などの交通手段の発達は、長距離の移動を容易にし、人の活動範囲を広げている。
 運輸部門の輸送機関別にみた二酸化炭素排出量は1-1-8図に示すとおり、自動車からのものが88.0%を占め、中でも自家用乗用車からのものが55.1%を占めている。また、1-1-9図に示す輸送機関別にみた二酸化炭素排出原単位(1人を1km運ぶ際の二酸化炭素排出量)でみても自家用乗用車が非常に大きくなっている。このように、二酸化炭素の排出量の抑制を図るためには、他の温暖化対策等を踏まえつつ、排出量や排出原単位が大きいものへの対策を強化する必要がある。
 長距離移動手段として注目すべきものは二酸化炭素排出原単位で自家用乗用車に次ぐ航空機であろう。航空機による移動は世界的な経済成長とともに増加し、航空運賃の低下などもあって需要が増加している。世界の航空機による旅客移動は1-1-10図に示すとおりで、1998年(平成10年)には2%増加し、26,000億人・kmに達した。




 航空機は、二酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素、一酸化炭素などを放出し、さらに蒸気の多い飛行機雲を発生させる。これらは全て温室効果ガスとなり得る。
 航空機による移動は、1950年(昭和25年)以降100倍近くに増加し、年率平均9%伸びている。21世紀に入ってもこの伸びは続くと考えられ、アメリカのワールドウォッチ研究所によると、世界の航空運輸量は2050年までに更に10倍伸び、航空機メーカーは今後15年間で新しい航空機を毎年約600機生産し、2016年までには世界の航空機保有台数は23,000機と、1996年(平成8年)の2倍に上ると予想されている。
 このように、今後、地球環境に影響を及ぼしてくると予想される航空機については、1980年(昭和55年)の国際民間航空条約で、航空機エンジンからの窒素酸化物排出基準の設定や基準の強化を行うとともに、気候変動枠組条約の下で国際民間航空機関(ICAO)及び国際海事機関(IMO)が温室効果ガス排出削減の検討を行うなど、国際的な取組が進められている。また、EUでも1996年(平成8年)から、鉱物油課税を航空燃料に適用することを提案する報告書を出し、航空燃料への課税を検討しているが、いずれも国際的に統一された対応が必要であり、特に経済的誘導による手法は、ICAOレベルの国際機関による議論、特定地域のみが経済的誘導による手法を適用した場合の当該地域の経済に与える影響に関する議論が必要になってこよう。

バルディーズ原則

? 生物圏の保護
 大気、水質、地質及びそこに生息する生命体に環境上のダメージを与えると思われる汚染物質の放出は減らし、またなくしていくように努力する。川、湖、湿地、沿岸地域や海など生物の生息地を保護し、地球温暖化やオゾン層の減少、酸性雨やスモッグの原因となることは極力避ける。
? 天然資源の持続的な活用
 水、土壌、森林といった再生可能な天然資源は、有効に再利用できるようにする。
 再生の不可能な天然資源については、有効利用できるよう綿密な計画をたてて、できるだけ保護する。野生生物の生息地やオープンスペース、原野などを守り、それと同時にあらゆる種類の生命体を保護する。
? 廃棄物処理とその量の削減
 ゴミ、特に危険な廃棄物は、できるだけ出さないようにし、また原材料は、可能な限りリサイクルする。また廃棄物の処理は、安全かつ確実な方法で行う。
? エネルギーの知的利用
 企業の需要に見合う、環境保護上安全で持続的なエネルギー源を利用できるよう最大限の努力をする。経営を行う上で有効性が高く、環境保護に見合ったエネルギーに対して投資する。生成物や商品のエネルギー効率をできるだけ高める。
? リスクの減少
 企業の運営上安全なテクノロジーやシステムを採用し、緊急事態に対応することによって、企業で働く人々やそれを取り巻く近隣社会に与える環境上、健康上、安全上のリスクを最大限減少する。
? 安全な商品やサービスの提供
 環境に有害な影響を与える可能性が最も低く、それを使用・利用する消費者が安全に問題なく使えるような商品やサービスを提供する。また、それらが環境に与える影響について、消費者に情報を与える。
? 損害賠償
 環境の原状回復に全力を尽くし、また被害者に対し損害を賠償するなど、企業活動を原因とするいかなる災害についても責任を負う。
? 情報公開
 企業活動に関連した形で環境破壊の原因となり、また健康上、保全上の危険が生じた事柄については、労働者並びに一般に対し情報を公開する。また企業活動によって生じる環境上、健康上、保全上の危険のある現場の状況について、社員が社内(上層部)又は外部に情報を回すことを阻害するようないかなる措置もとらない。
? 環境問題の専門取締役及び管理者の設置
 「バルディーズの原則」を履行し、その履行努力を見守って報告し、役員会と最高執行責任者に全ての環境問題について通知し、環境保全事項に責任を有する役員会の委員会を設置し、彼らが十分に責任を持てるようにするために経営資源を割く。委員会のうち少なくとも1人のメンバーは、社会に対して環境の利益を代表する資格のある者とする。
? 評価と年次報告
 各企業は、以上の原則を実施し、かつ世界規模の企業活動を通じて接しているあらゆる規則・法令を遵守することに関し、どれほどの前進が見られたかについての自己評価書を毎年作成し公表する。環境問題に関する独自の監査書を公表できるよう、前向きに取り組む。

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