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第3節 

2 今後の効果的な環境協力の実現に向けて

(1) 我が国の環境協力に求められる基本的な考え方
 まず第1に、途上国が持続可能な開発を達成することを目的として、経済、社会も含めた幅広い文脈で途上国への支援を行うべきである。
 1国が経済社会を発展させていくに従って、当初は環境負荷が増大するが、さらに経済社会が発展して環境配慮が導入される条件が育つと、再び環境への負荷は徐々に減少する。このような関係は「環境クズネック曲線」と呼ばれている。環境負荷の減少は、技術の発達・普及、資金的ゆとりのほか、経済社会構造の変化、社会システムの変化により説明されている。
囲み3-3-3 環境クズネック曲線
 ここで、経済成長と環境の関係を理解する上で参考になる有力な説を紹介したい。所得水準と環境負荷との間には「環境クズネック曲線」と呼ばれる逆U字の関係があることが過去のいくつかの研究で指摘されている。
 この説は次のような理論に基づいている。すなわち、?ある国で経済開発が進むにつれ、農業は集約的になり、資源の開発が進み、工業化が達成される。すると、資源は枯渇し始め、同時に工業化による有害廃棄物が増える。?さらに、その国の経済社会がまだ豊かになり続けるために、環境に配慮し枯渇性資源をあまり使用しなくて済むような産業やサービスへと経済構造が推移していく。?その国の経済社会がますます豊かになれば環境への関心が一層高まり、環境保全コストを負担できるようになり環境投資も促進される。?この結果、その国に環境保全型の経済社会システムが確立し、環境負荷は徐々に減っていく、というものである。
 これによれば、第1章で述べた我が国を含む先進国の発展段階は?〜?の段階にあり、途上国の多くは?の段階にあると言えよう。現在、途上国に求められていることは、経済社会の構造に及ぶ効果的な環境政策を先行的に実施し、その国がたどる逆U字曲線のふくらみをできるだけなだらかなものにすることに他ならない。先進国の環境協力もこうした視点からなされるものでなければならない。


 途上国が貧困を克服するとともに、大きな環境負荷を生じさせないためには、これら先進国が先行して獲得したものを途上国に提供し、途上国の「後発性の利益」を生かし、途上国自体の経済社会が持続可能なものとすることが重要である。このとき、先進国がいまだに抜けきれない大量生産・大量消費・大量廃棄という状態に、途上国も陥ることのないように留意する必要がある。
 第2に、途上国自身の自助努力とこれに対する協力の視点を強調したい。前項で技術、資金、経済・社会システムの移転を言及したが、先進国の協力は限られており、途上国すべての要求に応えることは到底不可能である。このことから、途上国自身が技術導入・開発・普及、資金獲得、経済・社会システムの改革に取り組めるような能力を獲得することが重要である。先進国側の協力もこのような観点から、途上国の能力開発(キャパシティビルディング)に重点を置くべきである。
 また、途上国間での協力(南南協力)も、この意味から重要であろう。
 第3に、開発援助の結果重視という考え方に着目したい。これは、従来開発援助が、移転資金総額(インプット)のみで評価されがちであったことに対し、達成された結果によって評価すべきであるという考え方である。OECDの「新開発戦略」の目標設定もこのような考え方を反映したものである。先進国経済の成長にもかげりが見える中で、政府開発援助はますます効果的・効率的な実施が求められている。このような流れの中で、貧困の解消も含め、究極的には持続可能な開発にどれほど資するのかという視点から効率・効果を捉えて評価することが重要であろう。結果についての定量的目標も重要となろう。
 第4に、民間部門の可能性に注目したい。環境保全に資する技術は多くは民間が開発・保有しており、途上国の経済開発に係る資金フローも民間のポテンシャルが大きい。とりわけアジアにおける経済大国であり、高効率かつ低環境負荷の産業技術・民生技術に長けている我が国の民間部門が果たす役割は大きいと考えられる。今後は、これら民間部門が積極的に、途上国の持続可能な開発の実現に資するような経済活動や環境協力を進めていくための制度基盤づくりが重要であろう。
囲み3-3-4 後発性の利益について
 アジア地域では、公害問題が発生した後で対策が講じられるという後追いの取組も見られるが、問題の発生を見越して、先進的な考えや仕組みを予め導入している場合も多い。それは、先進国の環境問題に対する取組を先例として自国に生じる環境リスクを事前に回避しようと自らも取り組んでいる現れである。ここでは、こうした後発性の利益について若干考察してみたい。
 「後発性の利益」とは、途上国は先進国の開発経験や技術情報を活用することによって、より急速に高度な段階に到達できるとする考え方である。
 元OECD環境局局長のマクニール等は「後発性の利益」を、環境問題を解決するための政策のサイクルで説明している。第1の問題の認識という段階では著しい政治不一致が生じる。市民が行動を要求するのに対し、例えば関連産業はこれを拒否し、政府はとりとめのない検討を続ける。何らかの重大な事故が発生した後に初めて論争の焦点は、問題が本当に存在するかという疑問から、それについて何をすべきかという問題に移行する。政策策定という第2段階への移行である。ここでも、関係者は問題当事者ではないとし、その解決における実施の主体者は誰か等を含め論争は激化する。第3段階で、対応策の実施は、特定の産業や地域社会に重要なインパクトを与えるが、いったんそれが軌道に乗ると国民の関心は薄らぎ、政府は日々の規制と管理の仕事となる第4段階に移る。この中で、途上国は、先進国の経験から学び、政策決定の段階での不同意・論争の程度を著しく軽減し「浪費」を避けることができるという考え方である。
 現実的にはそれほど簡単にこの後発性の利益を途上国が享受できるわけではない。例えば、産業公害の対策で見た場合、先進国から導入できるものは、技術や制度、そして環境破壊に関する情報や価値判断である。これらの要素を途上国の社会にいかにうまく役立たせ各主体間の相互作用を起こさせるのかが非常に大切である。OECD開発センターのオコンナーの研究によれば、?東アジアでは貿易志向の開発政策のために国際競争力を高める必要があり、そのために高い投資率が維持され、資本ストックの更新が促進されて最新の汚染処理技術が導入されたこと。?汚染物質の影響についての不確実性が少なく正確な情報技術が得られたことが後発性の利益として得られたとしている。しかし、公害防止技術を他の社会システムから切り離して移転することは難しく、意図的な政策や社会の監視がなければうまく進まないため、途上国における社会全体の対応の成否が後発性の利益をうまく利用できるかどうかを決めるのである。


(2) 途上国に対する環境協力の具体的方向
ア 途上国の持続可能な開発を達成するための援助
 途上国の持続可能な開発の達成,すなわち、途上国自身の経済社会が持続可能な開発が可能なものへと転換していくことが重要である。したがって、政府開発援助においては、途上国の多様な状況を踏まえつつ持続可能な経済社会のあり方を各国別に検討し、その達成のために必要とされるような途上国の自助努力への支援を実施すべきである。
 このためには、まず、途上国の持続可能な社会経済の在り方を、戦略的に長期的視点でかつ国際的・学際的に調査研究することが重要であろう。例えば、地球環境戦略研究機関(IGES)が、途上国の研究者とともに実施している、新発展パターンの研究などを進めることが重要である。
 また、途上国と我が国の環境政策対話を密に行い、途上国側の自助努力を基本としつつ、援助が持続可能な開発の実現にとってもっとも適切なものとなるよう、援助方針を共同で形成していくべきである。
 開発案件の内容が、持続可能な開発の実現にとって適切なものかどうかについては、その開発による環境影響について配慮することはもちろんのこと、様々な可能性のうちから、枯渇性資源の消費、温室効果ガスの排出、住民の消費生活パターンに与える影響などが最も少なくなるような代替案を含め検討することが重要である。
 個々の開発案件で得るべき効果は、電力の安定供給、交通網の整備、産業の育成、農村の地域開発などがあるが、これらの結果を達成する手段(開発計画)は、様々な代替案が考えられる。例えば、電力の安定供給に対しては、火力発電、水力発電などという供給側の選択肢もあれば、省エネルギーの推進、電力網の改善などの需要側の選択肢もあるが、開発の持続可能性にとって重要な環境負荷の低減、枯渇性資源の保全等の観点からは、省エネルギーの推進が望ましいと考えることができる。交通においても同様に、自動車道路より大量輸送機関が望ましい場合もある。もちろん、個々の途上国の事情は、自国資源や立地面の制約、需要の伸び等の様々な要因があり、前述のような観点のみから選択することはできない。しかしながら、より望ましい開発案件とするためには、持続可能な開発の観点も加えて、複数の代替案について検討を行うことが重要である。開発援助においても、このような検討を行うことや、このような検討が出来るよう、途上国の能力向上を支援することが必要であろう。世界銀行では、電力や交通といった部門への開発援助計画において地球規模の環境への影響を考慮に入れるためのプログラム(グローバル・オーバーレイ・プログラム)が開始されており、欧州開発銀行においても、同様の取組(戦略的環境アセスメント)が取り入れられている。我が国の開発援助においても、開発調査において環境への影響を考慮しつつ開発計画を策定する等の取組がなされているが、世界銀行等の他ドナーの取組も参考になろう。
囲み3-3-5 地球環境戦略研究機関
 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)は、持続可能な開発のための革新的な政策手法の開発や環境対策の戦略づくりのための政策的・実践的研究を行い、その成果を各国政府などの政策決定やNGO・市民などの行動に具現化し、地球規模、特にアジア・太平洋地域の持続可能な開発の実現を図ることを目的として、平成10年4月から研究活動を実施している。
 現在、IGESでは「気候変動プロジェクト」、「森林保全プロジェクト」、「都市環境管理プロジェクト」、「環境教育プロジェクト」、社会がどのように環境問題に対応するべきかについて検討する「環境ガバナンスプロジェクト」の5分野の研究を行っている。平成11年度においては、それに加え、環境に配慮した発展の道筋を模索する「新発展パターンプロジェクト」の研究が開始される。
 また、これら研究成果が途上国における環境政策の向上や人材育成能力の向上に寄与するよう広報、情報発信等を行っている。
イ Win-Winアプローチの推進
 多くの途上国が貧困からの脱出を目指し、資金を経済開発へ優先投入している中で、環境保全対策に回すことは一般には困難と考えられている。しかし、我が国の公害克服経験からも、製造プロセスの見直し、エネルギー効率の改善、資源の再利用の徹底などを通じた大気汚染や水質汚濁などに関する環境対策は、環境保全上大きな効果を発揮しただけでなく、経済的にも大きな利益を生み出したことが言われている。また、これらは、結果的に二酸化炭素排出量の削減効果としても大きな役割を果たしており、加えて、工場内の労働衛生環境の改善にも役だったと考えられている。
 さらに、工場や事業場での環境対策には、環境対策装置の設置や製造プロセスの更新などの設備改善のみならず、現場の創意工夫により、整理整頓や無駄の合理化、運転の改善などを通じた効率化や廃棄物・排出物の削減に成功した例もある。この成功には、工場の経営層から現場の技術者・労働者に至るまでの高い意識と、公害防止管理者等の制度等に因るところが大きい。このような取組は、とりもなおさず、工場の品質管理に直結するものであって、途上国においても取り入れられるならば、環境負荷の低減とともに、産業の効率化と発展にも寄与するものと考えられる。
 このように、環境対策の中には、短期的に経済発展の効果を有するものもあり、また大気汚染対策効果と温室効果ガス排出抑制効果を同時に達成するものもある。こうした利点を併せ持つ対策を優先して進めることが途上国の支援において重要である。こうした考え方は、Win-Win(一挙両得)アプローチと呼ばれている。これらの対策のうち、製造プロセスをより汚染物質等の排出の少ないものに切り替える対策は、クリーナー・プロダクション(C・P)と呼ばれている。
 これらの対策を途上国で普及するためには、対策の内容と効果に関する情報の普及、具体的な工場等に対する技術相談の実施、必要となる資金の融資等の支援が必要となる。情報の普及は、UNEPの環境技術センターやUNEP/ITなどが取り組む技術データベースの整備提供やセミナーの開催により、具体的な技術相談や資金融資等は、様々な援助機関等の支援するプロジェクトにより実施されているが、このような支援を一層拡充することが重要である。特に、設備投資を伴う対策については、このような対策が利益を生むこともあるため、ODAによる譲許的資金の対象とすることに個々検討を要するという側面もあるが、このようなWin-Win対策の重要性についての国際的流れも踏まえ、取り組んでいくことが望まれる。
ウ 貧困対策との連携
 これまで見たような、貧困化と環境悪化の悪循環については、必要に応じ貧困対策と連携しつつ環境対策を行うことが有用である。例えば、貧困のために、森林の過剰伐採が進み土壌が損なわれつつあるような地域では、貧困を緩和し、森林伐採を抑制するような地域開発、例えば、収入源となるような林地農業の開発プログラムや衛生・教育等の生活改善プログラムを、植林プログラムに組み合わせて実施することが重要である。また、都市貧困者層は、氾濫河川沿いで水はけの悪い地域などの居住条件の劣悪な地域に密集して居住し、このために環境衛生の劣悪化、河川等へのゴミ投棄などが進行している状況が見受けられるが、河川の汚染防止や排水事業とともに、都市貧困者層の住宅改善プログラムや教育プログラムを組み合わせ、行政やNGOが住民を支援することにより、コミュニティが自立的に河川等の地域環境の維持に取り組む例も見られる。
 これらの例では、地域住民の貧困を解消しようとする動機に基づく取組が環境保全の取組と一致するために、自発的・継続的な対策になると考えられる。
 環境保全に関するODAについては、環境金利等のインセンティブを設けること等により推進されているところであるが、このような貧困対策との連携についても積極的に取り組むことが重要である。
 なお、このような自然資源の保全や環境衛生の保全においては、ジェンダーの視点を入れることも重要と考えられるようになっている。ジェンダーとは、性によって分化されている社会的・経済的役割の差異である。例えば、ある地域では、男性は森林を商業伐採の対象と見ており、女性は森林を薬草、食糧、家財の源泉と見ている場合、男性の見方のみに従って森林を管理すれば、森林の多様な機能は失われる可能性がある。また、子供の世話は女性の役割である社会が多いが、このため子供の健康に直結する衛生環境の維持・管理については、女性が敏感かつ熱心に取り組むことも多く見られる。このようにそれぞれのジェンダーが地域社会において果たしている役割を適切に把握しつつ、これを活かして環境保全を支援することが重要と考えられつつある。
 こうした取組においては、地域社会の分析、ジェンダーの分析、住民のニーズの把握と組織化が重要である。我が国の援助においてはこのような取組としてJICA・OECFによるジェンダー配慮のガイドラインの策定等が進められており、こうした取組の一層の推進と専門家の育成やNGOとの連携の強化が望まれる。
エ 環境政策を実現するためのキャパシティ・ビルディング
 途上国の環境保全政策については、アジアの場合概ね、法的枠組が整備されてきている観がある。先進国のすぐれた考え方や厳しい基準を当初より組み込んでいる場合も多くなっているが、その実施状況は十分ではない。これは、実際に法制度を施行する行政の能力が、組織の未整備、人材の不足、地方行政組織の未発達、モニタリング設備等の不足などにより十分でないことによる。すなわち、排水の規制基準等はあっても、これを測定し、監視し、立入検査を行い、結果に応じて事業者を指導するための機材、人材、組織がない、あるいは、自然環境の保全地域の指定制度があっても、指定地域を確定し管理するための調査を行い、不適切な利用を防止するための監視を行うための人材、組織が十分ではないという状況である。
 従って、法的制度を実効あらしめるための途上国の環境行政組織の能力開発(キャパシティ・ビルディング)が重要である。これは既に我が国のODAでは、環境モニタリング機材供与や環境センターの整備等、技術協力等により取り組まれているが、より一層の推進を行うべきである。
 また、下水道施設の整備や環境モニタリング装置の設置などが環境協力としてなされることも多いが、このような装置を適切に運転・管理するためには、人的能力が要求されるため、ハード面の支援に併せて人材育成等のソフト面の支援が重要である。
 途上国は、財政基盤が脆弱であったり、行政組織の能力も十分でないことも少なくない。こうしたこともあり、相手国との様々な協議を十分尽くして内容の合意に達した援助事業であっても、事業開始後、相手国の要請や取組体制が変化することも排除しえない。このような場合は柔軟に対応することも必要と思われる。
 我が国が環境行政分野に対する援助として進めている中央政府等における環境センターの整備とこれに対する長期専門家の継続的派遣等は、相手国政府担当機関との連携を深め、良好な関係を形成して、不断の政策対話により、具体的ニーズの早期把握と柔軟な対応が行える可能性を有していると考えられる。
オ 地方公共団体の取組の推進
 我が国の地方公共団体は、産業公害問題の解決に当たり国に先駆けて先進的な取組を行った経験を持つ。地方公共団体のこうした環境問題への取組経験は、国際的にも極めて貴重なものである。
 途上国では環境対策の実効性を困難にしている要因に、環境対策を行うべき行政組織、環境関連装置に関する民間の関連セクター、工場等事業者における責任体制等の基礎的条件が形成されていないことが挙げられる。我が国の地方公共団体は、公害への対処に地域住民や地元企業と共に、地域の実情にあわせて独自の環境保全施策や行政手法を開発して、環境行政を推進してきた経験とこれを通じて得た技術や人材を有している。こうした強みを技術情報の提供や人材育成の協力において活用することは、途上国の多様な状況に対応できる可能性を有していると思われる。
 また、途上国では、地域の産業政策、都市計画、交通計画等が未熟な場合が多く、環境政策がこれら地域計画に反映されていないため、環境対策を非効率なものにしているという指摘もある。これに対しても、我が国の地方公共団体が有する総合的な地域計画のノウハウの提供が有効と考えられる。
カ 事業者の取組の推進
 環境保全に資する技術は、そのほとんどが先進国の民間事業者により開発され、保有されているものであり、対価を支払うことなしに提供を受けることは通常困難である。このことが技術移転の最も大きな桎梏である。
 こうした点で、地球温暖化対策におけるCDM(クリーン開発メカニズム)やJI(共同実施)はその国の制度設計にもよるが、民間事業者の参加が期待できると考えられる。CDMでは途上国において温室効果ガス排出を削減するプロジェクトを実施した場合に、一定の認証手続を経て割当量を取得できる。すなわち先進国側の民間事業者が限界コストの高い削減をせざるをえない場合には、相互にメリットのあることから協力・技術移転が期待される。
 これらのメカニズムの実施のためには具体的なルールを決定することが必要である。また、地球温暖化以外の分野でも何らかのメカニズムの検討を行なうことは有益であろう。
 事業者が技術移転において、適正な対価を得る仕組としては、事業活動として成立するようなエコビジネス(環境関連産業)と市場の育成を行うことであろう。産業として成立するためには、市場のニーズがあり、ニーズに適合した技術があり、コストが適切であり、供給体制が整備されている必要がある。これらが、現在必ずしも十分でないところに問題があるため、何らかの政策的措置により促進することが重要である。例えば、市場にニーズがあるためには、規制や経済インセンティブの付与、政策金融による資金供給等によるニーズの創出・育成も重要であろう。先進国で開発された技術は、経済・社会・自然条件の異なる途上国には必ずしも適合しない場合があり、維持管理や運用が容易で、コストが低く、劣悪な条件下でも稼働するなど途上国の条件に見合う技術を開発する必要がある。コストダウンや供給体制の整備が進むには、ある程度量的な普及が前提であるため、ODA等政府資金を呼び水として活用した需要創出も有効であろう。さらに、事業者の技術開発とその普及活用のインセンティブを確保する観点からも知的所有権の保護は重要な課題である。
 技術移転以外にも、一部の国内企業は既に環境技術に係る途上国の研修生の受入れ、現地企業においては取引先に対して環境配慮の指導等を実施している例も見られ、今後もこうした取組が一層進むことが望まれる。
キ NGOの取組の推進
 NGOは環境協力の分野では、地域社会に密着した事業に直接携わり、現地のニーズにきめ細かく迅速に対応ができる、国や地方公共団体では対応しきれない分野での活動を展開しうる等の特色を持っている。また、NGOの情報仲介能力や政策提言能力は、政府による取組では難しい面もある。このようなことからNGOは、現地の援助を必要とする層へ直接的にきめ細かな環境協力を実現していくために非常に重要な役目を果たしている。
 しかし、我が国のNGOは他の援助国のものと比べると、財源や人材の不足、脆弱な組織などの問題を抱えている。
 こうしたNGOの重要性とその現状に対する認識から、NGOに対する支援措置も近年特に充実してきている。資金面に関しては、地球環境基金、郵便ボランティア貯金等、情報面に関しては、環境パートナーシッププラザ等による支援が図られている。政策形成への参加についても、最近ではODAの基本方針やODA改革等政策全般に関する意見交換も行われている。
 特定非営利活動促進法(いわゆるNPO法)の成立や情報公開への流れもあり、今後NGOが国際協力に果たす役割はますます拡大していくであろう。
ク 様々な主体・スキームの連携
 環境対策、とりわけ、工場等における対策は、?政府自身における排出基準等規制制度の整備、?規制の遵守を徹底する環境監視・立入検査等の実施体制の整備、?事業者自身における意識向上、?事業者に対する公的資金や技術指導等による支援が相まって初めて推進されると考えられる。すなわち、制度づくりへの協力、人づくりに対する協力、技術的な協力、資金的な協力が連携して行われることが重要である。例えば、OECFの有償資金協力によりインドネシア、フィリピン等で進められている、民間企業における公害防止対策を対象として融資事業(公害ツーステップローン)については、JICAの技術協力により、途上国担当職員を研修員として受入れが行われている。
 これらの様々な援助スキームを担う主体間の連携を図りつつ支援をすることが今後ともますます重要である。
 また、貧困対策との連携を図る場合においても、地域においてその担い手となる住民を組織化して、住民参加により具体的な対策計画の形成や実施を行うことが極めて重要である。このような住民組織化は、現地のNGOが経験と実績を有していることが多く、多くの現場で政府及び援助機関等と連携して活動を行っている。このような連携をより進めるべきである。
(3) 今後の課題と複線的パートナーシップの構築
 地球規模で環境問題が意識されるようになってから、途上国と先進国の間では環境問題への取組に関して様々な対立があった。1990年代に入り、持続可能な開発というキーワードにより全体として一致点が見えてきているが、温暖化対策など個別の課題で具体的な取組となるとやはり対立が鮮明となる。こうした中で我が国が途上国の環境問題にどのように取り組んでいくのかというのがこの章における問題意識であった。
 途上国側の反発の第1の理由は、環境対策が自国の発展を阻害するものではないかという懸念である。本節で述べたように、我が国を含む先進国は、環境対策は持続可能な開発の実現という視点から行われることを改めて明確化し、途上国の貧困の解消や発展を抑制するものではなく、むしろ望ましい経済社会を構築するものであることを具体的な環境協力によって示し、理解を求めるべきである。
 とりわけ、現在アジア地域は一時期の経済成長の勢いを失い、急速な工業化への疑問と、貧困層を含む社会的弱者への支援、農村開発の重要性が指摘されるに至っている。こうした時こそ、経済・社会のあり方について深い洞察力をもって環境問題に取り組む好機とも考えられる。
 途上国の反発の第2の理由は、先進国側の環境負荷にある。先進国自身の大量生産、大量消費、大量廃棄による環境負荷は依然として大きく、持続可能な経済社会とは大きな隔たりがある。我が国についても一層の国内的取組を進める必要がある。
 また、先進国の途上国に対する貿易や投融資による途上国の経済社会に与える影響は大きく、これを通じた環境への影響も大きいと考えられる。今後これについても、途上国の持続可能な開発の観点から、検討がなされ、必要な取組がなされるべきである。
 こうした途上国への働きかけや先進国内での取組は、先進国政府のみで実現できるものではなく、先進国や途上国の中央政府、地方公共団体、民間事業者、NGO、消費者等並びに、国際機関や団体が取り組むべきことである。このような、様々な主体がそれぞれの特徴と役割を発揮し、また、相互に連携するという、複線的パートナーシップの構築が、21世紀の持続可能な開発の実現に向けて重要である。

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