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第2節 

4 アジア地域の環境対策の現状

 アジア地域の国々においては、かつての我が国のように、七色の煙が経済発展の象徴であると認識されていたという側面も否定できないが、一方で生活の基盤である環境が破壊されていくのを、何とか食い止めようと地道な努力が重ねられてきたことも事実である。ここでは、アジア地域の国々が環境の保全のために講じてきた対策、構築してきた制度等を見てみる。
(1) 基本的な枠組み
 中央政府が、環境問題に対策を講じる場合、まずこれらの問題に取り組むための法制度を構築し、制度運営のための行政諸組織の確立に着手することが一般的である。まず環境保全に関する基本的な枠組みについて見てみよう。
ア 北東アジア地域
 中国がGNPで平均年率9.3%(1978〜93年(昭和53年〜平成5年)の年平均伸び率)という、高度経済成長期に突入したのは1979年である。年同じくして我が国の環境基本法に相当する環境保護法(試行法)が制定された。この環境保護法の根拠となる憲法もその前年1978年に改正された。その後環境保護の必要性が高まる情勢に合わせて改正がなされることとなり、試行期間を終えた1989年に、環境の対象を広く捉えた環境保護法が制定された。新たな生産設備とともに環境保全設備の設計、着工、稼働を同時に行うことにより環境汚染を未然に防止する「三同時制度」などの政策が環境保護法の中に規定されている。また、行政組織面においては1974年に国務院が、独立的、専門的な機関として環境保護指導小組を最初の組織として設置したものの、法的な地位が不明確であったため、組織の変革等を行い、現在は国家環境保護総局に昇格させている。このように、法律制定や行政組織の確立は、経済発展段階と比べて相対的に早いだけでなく、また、法律の内容においては、設立時から既に公害問題だけでなく環境問題全般を対象としており、かつての日本と比較して環境保護行政の取組のスピードは遅いものとは言えない。
 韓国は、1965年(昭和40年)に公害防止法を制定した後、大規模な開発事業等による環境汚染が深刻化したため、1977年にこれを環境保全法に全面改定している。また、1990年にはこれに加え、環境政策基本法、環境汚染被害紛争調整法、大気環境保全法など重要6法律が制定されている。また、環境保全を所管する組織については、1967年保健社会部環境衛生課に公害係が設置されたのが最初であり、1975年には環境衛生局などの改変がなされ、1980年には保健社会部外局として環境庁に、1990年には環境処に、そして1994年には我が国で言う省レベルの環境部に改変され機能強化が図られた。
イ 東南アジア地域
 フィリピンでは、1977年(昭和52年)に制定された2つの環境法に基づき環境政策が講じられている。すなわち、PD(PresidentialDecree:大統領令)1151(フィリピン環境政策)とPD1152(フィリピン環境法典)である。いずれも旧憲法下で制定されたものであるが、現在でも適用されている。また、1968年に大気・水質汚染規制目的の国家水質大気汚染規制委員会が設立されて以来、1971年にフィリピン環境研究センターが設立されるなど、各省庁に様々な環境行政部局が設けられたため、環境行政を統一的に講ずる上で不都合が生じた。そうした問題点を議論し変遷を経た後、1987年には環境天然資源省とその中に環境管理局が設立され統合強化された。
 マレイシアでは、1974年(昭和49年)に公害の予防・除去・規制と環境の増進並びにこれらを複合した目的のための根拠法として環境質法(EnvironmentalQuality Act)が成立している。この法律は、環境管理に関する政策が混乱していたために成立したものである。また、環境質法を運用するため1975年には科学技術環境省が設立された。マレイシアは13州よりなる連邦国家であり、憲法上、政府と地方政府の間で、立法権と執行権について分配している規定がある。
 タイ王国は、都市部における公害問題の急激な悪化やリゾート地の環境の悪化などにより1975年(昭和50年)に制定した国家環境質向上保全法を廃止し、我が国の法制度も参考にした新たな国家環境質向上保全法を1992年に制定した。その中には、非政府組織(NGO)の登録とその役割などに関する画期的な規定がある。また、1975年に国家環境委員会と国家環境委員会事務局を設立し、1992年には従来の科学技術エネルギー省とその下にあった国家環境委員会事務局を整理統合し、科学技術環境省へと改組した。
 インドネシアは、憲法の規定を基に1982年(昭和57年)に環境管理基本法が制定されている。また、初期の行政組織として1972年に国家環境委員会が設置され、1982年に省レベルで初めて環境行政を行う開発環境省に格上げされた。現在は、変遷を経て環境省となっており、環境行政の実施機関として1990年に環境影響管理庁が付置されている。
ウ 南アジア地域
 バングラデシュでは、環境保護の基本的な法律となるものは1977年(昭和52年)環境汚染規制条令を改正した1989年(平成元年)環境保護条令である。1977年条令は大気と水のみを対象としたものであったが、1989年条令では生活を取り巻く全てのものを環境と捉えている。さらに、1990年を環境年とし、1992年に環境政策に関するプランなどが定められている。また、1977年に環境汚染規制委員会と環境汚染規制室が設置され、その後環境汚染規制局へ改組され、1989年に再編成を経て森林環境省が設立された。
 インドでは、それまで個別法(工場法1948年(昭和23年)、産業法1951年)と地方自治体の独自の法律で対応していたが、1986年には総合的な環境保護のための環境保護法を制定した。また、1980年に公害の規制を主な任務として環境庁が設立されたが、農業省から森林と野生生物の担当部門が1985年に移管されたことにより、環境森林省として総合的な行政機関になった。
 スリランカは、1980年(昭和55年)に国家環境法を制定、1988年に同法を改正している。組織面では、1980年に中央環境庁が置かれ、広範な規制権限を与えられた。さらに、1990年にはその監督省として環境・国会省と企画を担当する環境省がそれぞれ置かれ、現在林業環境省となっている。また、関係各省の代表者からなる国家環境運営委員会が設置されている。
 パキスタンでは、1987年(昭和62年)に環境に関する基本法として環境保護法が制定され、1997年には、パキスタン環境保護法が制定されている。また、環境に直接関わる行政組織として連邦政府においては住宅・建設省があり、特に環境・都市局が中心的な役割を果たしていたが、現在環境省が設置されている。連邦政府は環境の悪化を認識し、環境保護評議会と環境保護庁を設置する一方、地方の州においても環境保護庁が設置された。
 アジア諸国の環境問題への基本的姿勢は、1節で見たように環境と開発の対立から調和へ、さらに持続可能な開発へと推移しているものと考えられる。これに対応して、環境法の在り方も、公害防止からさらに環境管理の考え方へと進展しているものと言われている。
囲み3-2-2 憲法中の環境に係る規定
 アジア地域の数か国においては、環境の保護に関する規定を憲法中に規定している場合がある。その内容としては、環境政策、環境に関する権利と義務、国家の資源管理政策との関連、国家の環境保護に対する責務内容などを規定する場合が多い。
 中国の場合には、国家が、生活環境及び生態環境を保護し改善し、汚染及び公害を防除し(第26条)、自然資源の合理的な利用を保障し貴重な動植物を保護し(第9条)、合理的に土地を利用し(第10条)植樹造林を奨励し、林木を保護する(第26条)旨の規定が憲法中になされている。
 韓国では、1980年憲法の中に「すべての国民は、良好な環境において生活する権利を有する。国家及びすべての国民は、環境保全の義務を負う。」と定め、現行憲法にそのまま引き継がれている。
 フィリピンにおいても、「自然と調和した望ましい生態環境に対する国民の権利は保障される」と規定している。
 インドネシアでも、前文や第33条第2項及び第3項において、環境資源を国による管理の下国民の福祉のために利用されるべきものと定められている。
 インドでも1976年の第42次改正によって現行憲法には、「ステイト(注)は、環境の保護、改善並びに国内の森林及び野生生物の保護に努めなければならない」とし、また「森林、湖、河川、及び野生生物を含む自然環境を保護、改善し、命ある創造物を憐れむことは、すべてのインド公民の義務である」と規定されている。
 スリランカでは、第27条第14項に「国家は社会の利益のために、環境を保護し、保存し、かつ改善しなければならない」と規定されている。
 パキスタンでも1973年に改正された憲法第142条において環境汚染及び生態系に係る法律の制定権限をパキスタン議会及び州議会が有するとの規定が定められている。
 このように憲法に環境関連の規定を置くことは、政府として環境政策の優先度を高める意味合いと関連法の効力に対して明確な根拠を与える意図があるものと考えられる。
 (注)中央政府、国会、各州の政府と議会その他インド領内にあるすべての公権力を意味する。
(2) アジア諸国の環境対策における施策の概要
 環境問題への対策としてアジア地域の国々において講じられている施策の概要を例に挙げて具体的に見てみる。
ア 環境保全に関する計画の策定
 アジア地域でも、計画的な取組を行っている国々が見られる。
 中国では、地球サミットの決議に伴い「中国のアジェンダ21:21世紀における中国の人口、環境及び開発に関する白書」を作成し、1994年(平成6年)3月に公式に採択しており、持続可能な開発を目指し幅広い分野に渡って将来とるべき政策の基本方向をまとめている。この中では開発と経済は不離一体のものとして捉えられており、2000年の環境対策の基本目標が数値で記載されている。例えば、「都市汚水の処理率を20%にする」「固体産業廃棄物の総合利用率を45%にする」「植林面積 1,900万ha、全国土に対する森林割合15〜16%を達成する」「全国で1億ha(全国土の約7%)を自然保護区とする」などの目標が掲げられている。このアジェンダは、1996年〜2000年までの間の国家経済5か年計画や21世紀に向けた計画などと整合を図っている。そのほか、「中国のアジェンダ21の森林行動計画」「環境保護のための中国アジェンダ21」などが公表されている。第9次5か年計画と「2010年に向けた、土地と水保全の長期目的」においても、土地と水の保全の重要性を述べている。
 その他に、インドネシアにおいても、1996年の終わりに、UNDPの協力の下、政府機関、NGO、学識者などの参加を得て「アジェンダ21インドネシア」が作成されている。また、韓国なども同様の計画を作成している。
 マレイシアにおいては、環境と自然資源の効果的な管理が「調和のとれた開発」を達成する必須不可欠な条件であるとされ、第5次マレイシア計画(1986〜90年)の反省に立って、第6次マレイシア計画に環境政策の目標として、科学技術の発展と対応してその重要性が増していることが明確に規定された。第7次マレイシア計画にも同様の規定が組み込まれている。
 タイでは、日本においても長い実績のある公害防止計画の制度と同じような制度を法的に定めている。この制度は、国家環境委員会に指定された公害防止重点地域では、県レベルの環境管理計画を地方行政官が策定することとなっている。
 バングラデシュでは、1992年(平成4年)に、様々な環境問題を解決するために、国家レベルの環境政策(EnvironmentalPolicy)と、環境政策の目的達成とその実施のための具体的な方法を示した環境行動計画(EnvironmentalAction Plan)などを策定している。また、国連の資料によると土地利用計画を導入している国もある。国連開発計画等の支援の下、自治体や公共、民間、コミニティ部門の関連機関の環境計画の立案とその管理能力の強化を目的としてSCP(SustainableCities Programme)が、チェンナイ(インド)、武漢(中国)等でも実施されている。
囲み3-2-3 中国の長江洪水と森林
 中国では、長江(揚子江)流域などでの44年ぶりの大洪水が生じた。ワールドウォッチ研究所では、この大洪水の原因について「森林伐採や土地開発による人為的要因が大きい」と発表している。森林には、保水能力や蒸散能力があり、森林の持つ洪水防止の能力は極めて高い。中国政府は、洪水の一因と見られる河川上流域の森林伐採を厳しく取り締まる政策を発表し、自然林伐採を一切禁止し、違反者への処罰を強調するなどの大胆な対策を実施している。この結果、インドネシアへの森林依存が急増するという別の問題を引き起こしている。日本政府は、中国におけるモデル的な水土保持林造成のための苗木育成用機材や林道開設用機材の購入にあてるための無償資金協力を拠出することとしている。環境庁でも国立環境研究所と中国の水利部長江委員会などとの間で、環境管理手法の開発に向けた共同研究が進められている。しかし、中国内陸部における沿岸地域との経済格差の拡大など、森林を保全する形の持続可能な開発を実現するためには解決すべき様々な問題が残されている。
 このように、途上国においてもアジェンダ21や環境管理計画などが、様々な形で実施されている。しかし、アジア地域の一部の都市では、急速な人口流入の影響等による都市の肥大化現象により、こうした施策が必ずしもうまく機能していない状況等が見受けられる。
イ 規制的手法を用いた施策
 アジア地域においては、環境管理のための制度を有するほとんどの国々が規制的手法を導入している。これらの直接規制が適切に執行されれば、比較的確実に環境面での効果が見込める点が期待されているからであろう。以下、規制的手法について導入状況を見てみよう。
 環境に関する諸基準の設定に当たっては、特定の環境問題への取組を求める国民の要求や、特定汚染物質によって引き起こされる被害に関する科学的知見の蓄積などが重要な意味を有する。環境基準(環境の質に関する基準)は、環境政策上の目標を明確かつ測定可能な形で示すものである。政府や地方自治体、企業、一般の人々が環境の状況を推し量るため、環境の望ましい状況に関する具体的な目標設定は重要である。一方、排出基準は、その目標の達成に対し、各汚染物質を排出する事業者等が守るべき基準を示すとともに、その監視を行う上で重要である。アジア地域でも環境基準や規制基準が多くの国で定められている。では、アジア経済研究所の調査結果から例示的に見てみよう。
 例えば中国では、大気の環境基準として総浮遊粒子状物質、浮遊粉塵、二酸化硫黄などの物質について、自然保護区や住民区などの地域の状況に応じて3地域に分け、それぞれに大気の環境基準を当てはめている。日本のような一律の環境基準とは異なり、詳細な基準設定がなされているのが特徴である。また、水質関係については中国領域内を対象とした地表水質基準を設定しているが、地表水域も、使用目的及び保護の目的によって5種類に区分されている。騒音は都市区域の騒音に係る環境基準が定められている。また、これらの環境基準を達成するために、環境汚染を防止するための規制基準が定められており、例えば、工業「三廃」排出基準、環境保護法、水質汚染防止法、海洋環境保護法などに基づき汚水総合排出基準が制定され、国家機動車両許容騒音基準や工場企業騒音衛生基準を定めている。
 フィリピンも環境基準としての国家環境大気質基準(5物質)、特定汚染物質の大気質最大基準(17物質)を設けている。排出基準としては、4つの排出源ごとに新規と既存の施設を分類し、可視排出物と浮遊物質に係る排出許容限度基準や、大気汚染物質排出源から排出される22物質に係る大気汚染物質許容排出基準、一酸化炭素の排気ガス規制基準が規定されている。また、騒音についても一般地域の騒音基準、4車線道路に直面している地域の騒音基準などを定めている。水質も地域区分ごとに水質基準を制定し、規制基準として?産業排水その他排水(重金属・化学物質)における許容最大限度、?国内排水処理プラントと産業プラントの容量最大限度(有機化学物質)、?重度産業廃棄物の排水許容最大限度を定め、それぞれの排水基準値に水資源の3つのクラス分けに応じて段階が設けられている。
 インドネシアにおいても、水の環境基準を4つの区分ごとに設定し、規制基準としてそれぞれの産業に関し排水に関わる最大許容基準値を設定している。大気汚染防止に関する基準は、環境基準としての大気環境基準、排出基準として固定排出源と移動排出源に関わる基準がそれぞれ制定されている。
 インドでは、中央政府の権限である大気保全に関して、大気汚染防止法に基づき大気環境基準を定めており、環境保護法に基づき騒音に関する環境基準が定められている。規制基準としては、環境保護法の中で大気と水質に関する環境汚染物質の排出基準や自動車排出ガス基準などが定められている。また、連邦国家であるため、州政府も環境行政に重要な機能を果たしている。水質については、州公害規制委員会で下水等の排出基準、汚濁水の排出基準を設定できることが水質汚濁防止法に規定されている。大気についても中央委員会と協議して州政府が大気汚染物質の排出基準を設定することができるとしている。これは、水質汚濁防止法の場合と同様に、工場の操業等を開始する前に州公害規制委員会に操業することの申請をするが、企業に対する同意の際の条件として課されるものである。
 スリランカでは、国家環境法の中に事業についての環境保護ライセンスの取得、環境基準の設定等が規定されており、ライセンス取得のための「内水面への排出物に関する一般基準」等の詳しい基準が示されている。
 このようにアジア地域における多くの国々では、法律に基づく環境基準や排出基準がかなり整備されているにも関わらず、汚染排出対策のみによっては、依然解決が困難であるという問題を抱えている。これは、法施行のための監視及び規制制度の執行の面で課題を残し、法律の履行が必ずしも厳格には行われていないことが大きな原因と考えられる。
 一般的に、設定された基準の達成には、政府において?環境の質や排出される物質のモニタリングを行い、基準が達成されているかどうかを把握し、?これにより違法な排出等の可能性がないかどうかを監視する。基準違反の事実が判明した場合、?基準違反をしている事業者に対し、指導を行い、?改善されていない場合は、停止命令や罰則を課し、?さらに被害がある場合はその補償責任を負わせることになろう。
 しかし、例えば環境モニタリングを実施する場合においても測定機材や技能を持った人材を工場等の数に見合う分だけ確保する必要があるが、これは途上国政府にとって容易ではない。また、制度的には、警告、罰金、拘留、閉鎖命令、民事上又は刑事上の訴訟など違反抑止のシステムが整備されても、例えば罰金が非常に低額では実質的な抑止効果がない場合もあり、企業の中には違法操業を続け、これが発覚した際には罰金を払ってまた操業を続ける方が安上がりといった企業倫理の欠如が背景にあることが指摘されている。
 こうした実態面の問題の解決に取り組むことが、基準設定による規制という環境対策の実効性を高めるために、途上国政府に求められる課題であろう。
 規制的手法は、我が国の経験が明らかにしているように劇的な成果を達し得る。この手法の効果的な成功のためには、?精力的な執行に取り組む政府の政治的意思の強さ?規制の設計や実施を担当する主体の技術的な能力?規制された産業が必要な公害防止技術に投資する資金力・技術力などの諸条件がうまく満たされる必要がある。
 なお、規制的手法は、一方で環境基準や規制基準などの基準が達成されれば、それ以上の環境負荷の削減を行う技術導入や改善努力を企業等が行う動機づけにはならないという側面を持っていることに注意する必要がある。
ウ 経済的手法を用いた施策
 経済的手法は、市場を基礎とした手段によって柔軟性を高め、トータルの社会コストを削減し、継続的に環境改善を行うインセンティブを与えることも可能となる手段である。
 中国では、直接規制の手法と経済的手法の2つをうまく組み合わせることが環境対策の基本となっている。例えば中国の環境対策の柱である環境管理制度においては、経済的手法として汚染物質排出費徴収制度(「排汚費制度」)が設けられている。この制度では、基準超過の場合の課徴金(ノンコンプライアンス・フィー)と一律徴収とがある。排汚費は地方政府の固有の収入となるが、具体的には、排汚費収入の20%を地方政府の環境保護局が実施する環境保全のための行政費用として使うこと、さらに排汚費を徴収した企業に対して汚染処理施設の投資資金として活用させることの2つに使途が限定されている。このように、排汚費制度は、汚染者負担原則に基づく課徴金であると同時に、政策金融でもあるという二重の性格を持っている。しかも排汚費は大気汚染、水汚染、廃棄物処理の「三廃」に加え、騒音や放射性廃棄物まで広範囲に徴収している。他にも経済的手法として、投資方向調節税において環境保全投資に関してはゼロ税率を適用している例がある。
 なお、現在は基準超過分のみの徴収方式であるが、総量規制の観点から排出物全量に比例して徴収する方式が検討されており、一部では既に試みられている。
 韓国では、大気環境保全と水質環境保全のため排出課徴金の制度を導入している。この課徴金は行政行為として課せられるため、迅速に徴収することができるが、課徴金率は排出超過水準と直接は関連していない。このほか、企業が、国内向けに省エネ設備の生産をしようとする場合や省エネ施設の輸入の場合にも、ある程度の割合で法人税課税控除が認められる。排出基準を超過した場合の汚染課徴金と政府の援助で賄われている環境汚染防止基金があり、汚染防止投資への長期低利融資や汚染被害者への補償財源として使われている。また、廃棄物処理法に基づき食品容器、飲料容器、殺虫剤容器、電池、タイヤといった多くの製品に対してデポジット・リファンド制度が導入されている。
 インドネシアでは、森林伐採権保有者に対して、森林伐採量に応じて一定の造林課徴金が課せられている。この課徴金はインドネシア中央銀行の第3者供託金口座にデポジット(預託)され、森林事業権保有者に伐採跡地の造林費用として払い戻される。しかし、この制度も払戻金が実際の造林費用より安ければ、造林を実施するインセンティブが働かないという難しい面もある。
 森林保全の新しい方法として森林管理協議会(FSC)が認証を行う森林認証制度FSC(森林版エコラベル)の動きもあり、南アジア・東南アジア地域でも認証を受けた森林もある。
 このように様々な経済的な手法が実施され、あるいは、導入されようとしている。いずれにしても経済的手法と規制的手法の両方の施策を効果的に組み合わせて的確に政策として活用していくことが重要であると考えられる。
エ 環境影響評価制度
 環境影響評価(環境アセスメント)の制度的な確立とその適切な実施に向けて、アジア諸国の多くが関心を向けて取り組んでおり、既に法制度を持っている国も多い。環境影響評価は、1960年代の後半にアメリカで始まったものであり、開発プロジェクト等を実施することが環境面においてどのような影響を与えるかにつき、プロジェクト実施前の段階で予め予測し、環境保全に配慮した意思決定を行うための一つの手続である。
囲み3-2-4 先進国のアセス制度の動き
 先進国のアセス制度のこれまでの状況について先進国の歴史的な動きについてみてみよう。
 まず、アメリカ合衆国が、1969年(昭和44年)に国家環境政策法の制定に際し、他に先駆けて環境影響評価制度を導入し、カナダやオーストラリアを含むその他のOECD諸国でも環境影響評価が導入され、さらに、ヨーロッパ共同体(EC:現在EU)が1985年に採択した「一定の公的及び民間事業の環境影響評価に関する理事会指令」が、世界各国の環境影響評価制度の普及に大きな影響を与えた。日本においてもアメリカで導入されたNEPAにおける環境影響評価の影響を受け、1972年に「各種公共事業に係る環境保全対策について」と題する閣議決定がなされ、1984年には「環境影響評価の実施について」(閣議決定アセス制度)についての閣議決定を行なった。なお、OECD加盟国では、環境影響評価の一般的な手続きを規定する何らかの法制度が整備されていったが、日本はOECD諸国の一番最後に、環境影響評価法(1997年)を制定することとなった。多くの途上国の国々においては、既に80年代に整備されていたものである。
 多くの途上国では、環境影響評価が導入されているのは、1980年(昭和55年)の世界銀行などの開発援助機関が採択した「経済開発に関する環境政策手続宣言」やOECDの取組が、途上国自身の環境影響評価に係る国内制度の導入に契機を与えたためとも考えられよう。アジア地域の環境影響評価制度の状況を第3-2-13表にまとめてみた。


 このように、多くの国々で環境影響評価制度が導入されており、日本の環境影響評価の概念にとどまらない環境影響評価法令を導入している国もある。例えば、中国では、環境影響評価の審査を受けない場合には、建設承認、土地収用、金融機関による融資などを行わないなど厳しい措置が盛り込まれている。制度を導入した国々においては、事業者の自身による環境配慮の推進や情報公開、情報・意見聴取の担保が重要であることから、環境影響評価の実施に関する経験を積み、環境影響評価制度をより効率的に環境対策として機能させることが目下の重要な課題となっている。
オ 自然保護に係る施策
 アジア地域は、森林や湿地、珊瑚礁など様々な豊かな自然を有している。それでは、アジア地域がどのように自然の保全を図る取組をしているか例を挙げて見てみる。
 中国環境年鑑1994によると中国では、自然保護区は国家級、省級、市級、県級の四つに分類され全国に776か所の自然保護区が設けられており、国家級のものは77か所ある。また、中国にはパンダやトキを始め世界的にも希少な動植物も多く、それらの保護にも努力しており、生物多様性条約にも加盟している。また、自然環境を回復させ持続可能な開発を目指すため、「全国生態環境建設計画」を策定し表土流出や砂漠化した土地の回復、森林の造林を2050年までに可能な限り行うこととしている。
 フィリピンでは、1992年(平成4年)に国立総合保護地域法を制定し、すべての原生林の保護地域への編入とその伐採の禁止を決めるなど、危機的な意識を持って保護に取り組んでいる。現在、国立総合保護地域法の規定に基づき208か所ある保護地域の再検討作業がなされている。各保護地域では、国の関係機関のみならず、関係市町村、住民団体、NGOや原住民の代表を含む保護地域監理委員会が組織され、管理計画を含む重要事項がここで議論され決定されている。フィリピン最大の珊瑚礁であるツバタハ珊瑚礁は、1988年に同国で最初の海中公園に指定されたが、ダイナマイト・フィッシングやシアン化合物による違法な漁法により傷つけられた。このツバタハ珊瑚礁の保護を強化するため、1995年(平成7年)政府や民間団体からなる協議体を組織しパトロールを強化するなど保全対策を講じている。1990年森林管理局は、アジア開発銀行とフィンランド政府の協力の下、2015年を目標年度とした長短期の森林計画を作成し、地域住民、山間少数民族、林地に進入した貧困農民との協調を図り、森林回復の担い手としてこれら住民等が役割を果たすことを重視する方針を打ち出した「林業開発のためのマスタープラン」を策定した。
 マレイシアでは、国立公園法(1980年)、野生生物保護法(1972年)、がある。また、森林・林地は憲法の規定によりすべて州政府の管理下にあり、州の森林法などに定めがない事項についてのみ、1984年に制定された連邦森林法が適用されている。森林・林産物はすべて州政府の資産で公務員によって管理されている。森林管理は、森林伐採、森林利用の許可を得たものが、森林施業方法などの許可条件に従った森林伐採を行い、その結果が許可条件に違反していないか州森林局森林官が確認することによって行われている。森林法では、森林の持続的利用が可能になるような森林管理計画の策定、提出など、森林の管理義務が森林伐採・森林利用許可(ライセンス、パーミット)取得者に強く求められており、違反者は司法当局と同様に警察権を持つ森林官によって捜査、逮捕される仕組みとなっている。
 インドネシアにおいては、オランダ統治時代に制定された従来の野生生物保護法(1927年)、狩猟法(1940年)、自然保護法(1941年)を廃止し、1990年(平成2年)に希少動植物の保護と森林持続的経営を強化する生物資源・生態系保全法が制定されている。1997年現在、指定されている自然保護区域は377か所(2,140万ha)、このうち国立公園の指定は30か所(670万ha)となっており、その多くは森林であるが、湿地生態系も含んでいる。また、海洋部には海洋国立公園と、陸域と同じく原生自然保護地域と野生生物保存地域の指定がなされており、海岸沿岸部に広がるマングローブなどの湿地生態系も含まれている。林業農園省自然保護局においては、世界自然保護基金などとの協力により、湿地リストづくりをしており、湿地の自然保護区域の指定が拡大されつつある。
 以上各国の取組を概観した。アジア諸国は森林や自然保護に関しても、様々な対策を講じてきている。
囲み3-2-5 インドネシア生物多様性保全プロジェクト
 インドネシアにおける生物多様性の保全を推進するため、日本、アメリカ及びインドネシアの三国が協力し進めている。我が国は、平成7年から無償資金協力とプロジェクト方式技術協力により、生物多様性情報センター等の設立及び生物学、GIS、環境教育等の専門家派遣を実施している。各種施設の完成までの3か年を「フェーズ1」とし、基本的な技術に関する技術移転を行った。また、平成10年7月から「フェーズ2」が始まり、各種施設を活用した協力を行っている。なお、アメリカは、インドネシア生物多様性保全基金の設立に協力している。
囲み3-2-6 アジア地域の環境教育・環境学習
 環境教育・環境学習の推進は、産業公害から都市・生活型公害へと対策の重点が移った今日の日本において極めて重要な課題である。アジア地域においても、行政、学校、地域、NGO等が環境教育に積極的に取り組みはじめているが、その具体的な取組状況を、環境庁等が主催している「こどもエコクラブアジア会議」等での報告に基づき見てみよう。
 韓国においては、各教科において環境教育が行われてきたが、1992年のカリキュラム改定に際し、中学校では「環境」、高校では「環境科学」が単独科目として導入された。この科目を実施するかどうかは、学校長の判断によるが、これにより、学校教育における環境教育が一層の発展を遂げている。
 マレイシアでは、科学技術環境省環境局として学校での指導要領外の教育プログラムに重点を置き、環境啓発キャンプ、環境対話などの環境保護・保全プログラムが実施されており、環境保全への若い世代のコミットメントを示す「環境部隊」という統一的な環境組織体も設立されている。1997年には、アセアン8か国の若者とのアセアン青少年環境啓発キャンプも実施した。
 なお、日本においても、様々な主体が、アジア地域での環境教育の推進に向けた取組を行っている。その1つに、1998年11月に、日米コモン・アジェンダを民間の立場から支援する「コモン・アジェンダ円卓会議」が主催してはじめた「インドネシア環境教育プロジェクト」がある。円卓会議では環境教育の推進にはNGOとの連携が不可欠と考え、プロジェクトは日本とインドネシアのNGOによる自主運営とした。本事業では、ジャカルタ郊外でのインドネシア全土のNGOを対象とした環境教育ワークショップの開催に加え、環境教育実習等が行われている。
 各国内での独自の取組に加え、このような各国の各主体による連携した取組により、アジア地域という特性を活かした環境教育・環境学習が一層進展・定着することが期待される。

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