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第2節 

3 ダイオキシン問題について

(1) ダイオキシン類とは
 ポリ塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)を総称してダイオキシン類と呼んでいる。
 第2-2-8図に示すとおり、ダイオキシン類は、二つのベンゼン環が二つ又は一つの酸素原子(-O-)を間に挟んで結合し、水素原子の代わりに塩素原子が置換している。塩素の数や置換する位置によって、PCDDには75種類、PCDFには135種類の異性体が存在する。
 これら異性体は置換する塩素の数と置換の位置によって、それぞれ毒性の強さが大きく異なり、PCDDの中では、2、3、7、8の位置に塩素原子がついたもの(2,3,7,8-TCDD)が一番毒性が強く、PCDFの中では、2、3、4、7、8の位置に塩素原子がついたものの毒性が一番強い(第2-2-5表)。
囲み2-2-2 ダイオキシン類の物性
 ダイオキシン類は、無色無臭の固体で、ほとんど水に溶けないが、脂肪などには溶けやすい性質を持つ。また、ダイオキシン類は、酸、アルカリを始めとする他の化学物質とは容易に反応しない安定した性質を持っている。しかし、太陽からの紫外線で徐々に分解されることも分かっている。


 種類によって異なるダイオキシン類の毒性を評価する際、一番強い2,3,7,8-TCDDの毒性を1とする換算係数(TEF)を用いて、他のダイオキシン類の毒性の強さを2,3,7,8-TCDDに換算し、2,3,7,8-TCDDの毒性等量(TEQ:ToxicEquivalents)として、数値の後ろにTEQと加えて表現する。
(2) ダイオキシン類の生成
 ダイオキシン類は、炭素、水素、塩素を含むものが燃焼する工程などで意図せざるものとして生成される。
 今日におけるダイオキシン類の発生源は、主としてごみの焼却であるが、その他にも、金属精錬などにおける燃焼等の熱処理工程、紙などの塩素漂白工程など様々である。我が国全体では、1年間に約5,300gのダイオキシン類が環境中に排出されていると試算されている。我が国におけるダイオキシン類の総排出量の9割以上は廃棄物焼却施設から排出されている。大気中に排出されたダイオキシン類の環境中の挙動については、現時点では十分には知られていない状況であるが、主にダイオキシン類が付着した粒子等が地表に達し、土壌や川や海を汚染すると考えられる。
 また、ダイオキシン類は、自然界でも発生することがあり、例えば、森林火災、火山活動などでも生じる。また、たばこの煙にも微量だが含まれると言われている。
 今後、さらに発生源を明らかにしていくことが必要である。
(3) ダイオキシン類の毒性について
 ダイオキシン類は、「最強の猛毒」と俗に呼ばれることもあるが、天然の毒物には、ボツリヌス菌や破傷風菌の出す毒素など、ダイオキシン類よりも強い急性毒性を持つものがある。しかし、人工物としては、2,3,7,8-TCDDは最も強い急性毒性を持つ物質であると言われている(第2-2-6表)が、人工毒であるサリンやシアン化カリウム(青酸カリ)などと違い、意図せずに生成され環境中に極めて低濃度に拡散しているので、通常は、一度に大量に身体に取り込まれて急性的な影響を生ずることはない。
 急性毒性については、動物の種類により影響の差が大きいことが知られている。最もダイオキシン類に敏感な動物はモルモットで、一方ハムスターに対する毒性はその8千分の1である。
 慢性毒性については、WHO(世界保健機構)の国際がん研究機関(IARC)が、1997年(平成9年)2月、ダイオキシン類の中で最も毒性の強い2,3,7,8-TCDDは人に対する発がん性を持つと評価した。しかし、2,3,7,8-TCDD以外の異性体については、人に対して発がん性があるかどうか断定されていない。また、動物実験において、口蓋裂、水腎症等の催奇形性、精子の減少などの生殖毒性、甲状腺機能の低下、免疫機能の低下などを起こしたとの報告がある。しかし、人について同様の影響があるかについては、十分には明らかになっていない。


(4) 環境中のダイオキシン類の状況
 我が国の一般環境中の大気中のダイオキシン類濃度は平成9年度の環境庁及び地方公共団体の調査では、0.01〜1.4pg/m
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(平均0.55pg/m
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)であった(注:ここでいうダイオキシン類濃度は前述のTEFによるもので、2,3,7,8-TCDDへの毒性換算を行っている。また、pg/m
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というのは、1m
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の空気中に1兆分の1gのダイオキシン類があるという意味である)。我が国の大気中濃度は、諸外国の都市域での大気中濃度と比較すると、高い傾向にある。
 また環境庁では、海、川、湖の底質、生物についてもこれまで10年以上にわたって毎年調査しているが、ダイオキシン類濃度に特段大きな変化は認められない。しかし、環境中から広く検出されており、引き続き調査が必要である。
 ダイオキシン類は、食物や大気などを通じて、体内に取り込まれるが、通常、食事からの取り込みが大半を占めていると考えられている。ダイオキシン類は脂肪に溶けやすいので、脂肪分の多い魚、肉、乳製品、卵などに含まれやすい。このため、我が国や欧米諸国における身体への取り込み量の7〜9割程度は、魚介類、肉類、乳製品、卵に由来しているとされている。ただし、食生活の違いから、我が国では魚介類から、欧米では肉類などからの取り込み量が多くなっている。平成9年度に厚生省が実施した調査では、我が国における平均的な食事からのダイオキシン類の摂取量は、0.96pg/kg/日(コプラナーPCBを加えた数字では、2.41pg/kg/日)としている。また、農林水産省が平成5年から9年度にかけて実施した調査では、魚介類からのダイオキシン類の平均的な摂取量を推定しており、厚生省の調査結果における魚介類からの摂取量と概ね同じレベルであるとしている。
 人体へのダイオキシン類の取り込みは、食習慣によって異なる。アメリカ環境保護庁は、「バランスの取れた栄養のある食事の利点は、それによるダイオキシンのリスクを補って余りあるということは強調されるべきである」とコメントしている。
 前述のダイオキシンリスク評価検討会報告書においては、ダイオキシン類のリスク評価が行われ、特別な状況(すなわち、魚を普通の2倍程度食べる場合や、ごみ焼却施設周辺で最も悪い条件を想定した場合)では、前述の健康リスク評価指針値の5pg/kg/日を超える可能性があるとされた。この指針値は、これを超えたらすぐに危険という値ではないが、政府としては、健康影響が起こることを未然に防止するという観点から、ダイオキシン類の主な発生源である廃棄物焼却炉について規制を導入したところである。環境庁においては、大気汚染防止法施行令の一部改正等を行って、ダイオキシン類を指定物質(その排出・飛散を早急に抑制しなければならない物質)に指定するとともに、廃棄物焼却炉等についてダイオキシン類の指定物質抑制基準を定めた。また、ダイオキシン類についての施策実施の指針として、ダイオキシン類に係る大気環境指針を年平均値0.8pgTEQ/m
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以下と定めた。厚生省では、廃棄物処理法施行令等の一部改正によって、許可の対象となる廃棄物焼却施設の裾切りを引き下げ、規制範囲を拡大するとともに、廃棄物焼却施設の排ガス処理設備の基準の強化等の構造・維持管理基準の強化を行った。これらはともに平成9年12月1日に施行されている。通商産業省においては、平成8年度より検討会を設け、産業界からの排出実態の把握と排出削減策を推進している。平成9年6月には中間報告を取りまとめ、製鋼用電気炉の大気汚染防止法への位置づけ等を提言するとともに、平成10年7月には、19業種の産業からの排出実態を踏まえ、製鋼用電気炉と合計すると産業界からの排出量の大半を占める、鉄鋼業焼結工程ほか2業種について産業界による自主的な排出削減のためのガイドラインの策定を要請した。その後、策定された自主ガイドラインを受けて、平成10年11月には第2次中間報告を取りまとめている。
 後述するダイオキシン対策推進基本指針においては、「今後4年以内に全国のダイオキシン類の排出総量を平成9年に比べ約9割削減する」とされており、各般の対策を進めていくこととしている。
囲み2-2-3 ダイオキシン類の耐容1日摂取量及び健康リスク評価指針値
 厚生省は、「ダイオキシンのリスクアセスメントに関する研究班」において、平成8年6月、当面の許容限度としての耐容1日摂取量(TDI)として体重1kg当たり1日の摂取量で10pg(10pg/kg/日)を提案した。
 また、環境庁の「ダイオキシンリスク評価検討会」は、平成9年5月に出された報告書の中で、ダイオキシン類の毒性に関して評価を行い、ダイオキシン類に係る環境保全対策を講ずるに当たっての目安となる値で、人の健康を保護する上で維持されることが望ましい値として「健康リスク評価指針値」を設定することとし、その値を体重1kg当たり1日の摂取量で5pg(5pg/kg/日)とした。
 平成10年5月、WHOの専門家会合は、ダイオキシン類の耐容1日摂取量(TDI)について、従来の10pg/kg/日を見直し、1〜4pg/kg/日(コプラナーPCBを含めた数値)とすることを提案した。これによれば、TDIの範囲の上限である4pg/kg/日を当面の耐容1日摂取量とし、究極的な値として、1pg/kg/日と示されている。
 政府では、ダイオキシン問題に関する対策推進体制強化のため、平成10年11月6日、関係省庁の局長レベルによる「ダイオキシン等対策関係省庁会議」を設置し、
・ 耐容1日摂取量の見直しを環境庁と厚生省が合同で行うこと
・ ダイオキシン類汚染実態調査について、関係省庁の協力体制をさらに強化していくこと
 等が決定された。
 また、環境庁と厚生省は、平成11年1月28日には、中央環境審議会環境保健部会ダイオキシンリスク評価小委員会と生活環境審議会・食品衛生調査会ダイオキシン類健康影響評価特別部会の第1回合同会議を開催し、我が国における耐容1日摂取量の見直しを検討しているところである。
(5) 土壌中のダイオキシン類について
 平成9年、大阪府豊能郡美化センター周辺地域の土壌から、最高2,700pgTEQ/gという高濃度のダイオキシン類が検出された。それを受けて行われた調査で施設付近の土壌からは最高で8,500pgTEQ/gという高濃度の汚染が検出された。また、施設から約60メートルの地点では3,900pgTEQ/g、さらに施設から遠ざかるにつれて汚染濃度の低下傾向が見られた。その後行われた厚生省の調査では、排ガスの冷却水槽からのオーバーフローが見られた地点の土壌から52μgTEQ/g(52,000,000pgTEQ/g)という高濃度のダイオキシン類による汚染が判明した。
 この焼却炉は燃焼管理が不十分で不完全燃焼を起こしていたこと、また、最もダイオキシン類を発生しやすい温度で集じん器が運転されていたことが重なり、排ガス中に高濃度のダイオキシン類が含まれる状況になっていた。さらに、この排ガスを循環式の洗浄水で洗煙したために、1リットル当たり13μgTEQ(13,000,000pgTEQ)もの濃度のダイオキシン類を含む洗浄水が施設屋上から飛散し、施設近傍の土壌を高濃度に汚染したものとされている。
 土壌中ダイオキシン類の濃度については、一般廃棄物焼却施設の周辺土壌から、高濃度の汚染事例が報告されることなどを踏まえて、環境庁においては、平成10年5月に「土壌中のダイオキシン類に関する検討会」を水質保全局に設置し、11月に中間とりまとめを行った。その中では、居住地等一般の人が日常生活を行っている場所について、対策をとるべき土壌中ダイオキシン類の濃度の暫定ガイドラインとして1,000pgTEQ/gを提案した。また、汚染の程度や広がり等汚染地の実状を踏まえて、掘削、覆土工、植栽工等の中から最も適切な方法を選択して実施するよう提示している。
(6) 人体中のダイオキシン類について
 近年、我が国において血液や母乳中のダイオキシン類濃度の測定が行われつつある。
 母乳については、厚生省などにより調査が行われているが、我が国における母乳中のダイオキシン類濃度は、他の先進国とほぼ同程度であるとされている。また、大阪府における母乳のダイオキシン類濃度の調査(昭和48年〜平成8年)によれば、最近20年間に母乳中のダイオキシン類濃度は、ほぼ半減している(第2-2-9図)。
 血液については、環境庁、厚生省、労働省などにおいて調査が行われており、環境庁では、ダイオキシン類の曝露と人体への蓄積の関わりを把握するため、埼玉県西部の廃棄物焼却施設密集地域、大阪府能勢町などにおいて、血液、大気、土壌、食事等の調査を一体的に実施した。この他、環境庁では、臍帯中脂肪組織や遺体組織中のダイオキシン類濃度の測定を行い、胎児や成人の汚染状況を調査している。また、厚生省では、平成10年度には、21都道府県で母乳中のダイオキシン類に関する調査を行うとともに、血液中のダイオキシン類に関する調査を、全国4地域で実施し、人体の汚染状況と健康影響との関連について調査している。


(7) 関係閣僚会議について
 政府は埼玉県所沢市の野菜等のダイオキシン類濃度に関するマスコミ報道に端を発したダイオキシン問題の広がりに対応するため、平成11年2月24日に、第1回のダイオキシン対策関係閣僚会議を開催した。3月30日の第3回関係閣僚会議において、?耐容1日摂取量の見直しなどの各種基準等作り、?ダイオキシン類の排出削減対策等の推進、?ダイオキシン類に関する検査体制の改善、?健康及び環境への影響の実態把握、?調査研究及び技術開発の促進、?廃棄物処理及びリサイクル対策の推進、?国民への的確な情報提供と情報公開、?国際貢献の8項目からなるダイオキシン対策推進基本指針を決定した。
囲み2-2-4 埼玉県所沢市を中心とする野菜及び茶のダイオキシン類等実態調査について
 環境庁、厚生省、農林水産省は、平成11年2月5日に設置した関係局長からなる三省庁連絡会議での合意に基づき、埼玉県所沢市を中心とする野菜(ほうれんそう)とお茶のダイオキシン類等の実態に関する調査を行った。
 その結果は、3月25日に公表された。
 概要は次のとおりであった。
? ほうれんそう(出荷状態)のダイオキシン類の濃度は、平均値が0.045pg/g(コプラナーPCBを加えて0.051)であり、平成9年度の厚生省の調査平均値0.16pg/g(コプラナーPCBを加えて0.19)と比較してほぼ同程度。
? 有色野菜からのダイオキシン類等の1日摂取量推計値を、その他の食品を含む我が国の平均的な食事からのダイオキシン類等の1日摂取量調査結果に当てはめると、2.3〜2.4pg/kg/日と同調査結果等と比較してほぼ同程度であることから、健康に影響を生じることはないと考えられる。
? 大気、降下ばいじん、土壌等の環境媒体についてのダイオキシン類の濃度は、従来の調査結果の範囲。
? 埼玉県において採取した煎茶のダイオキシン類の濃度は、平均値が0.81pg/g(コプラナーPCBを加えて1.1)であり、浸出試験の結果などから茶として飲んでも健康に影響を生じることはないと考えられる。また、茶を食する場合でも、1人当たり1回の茶そのものの摂取量は数グラム程度で、健康に影響を生じることはないと考えられる。

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