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第2節 

4 化学物質による環境汚染の未然防止のための新たな手段について

(1) 化学物質対策の新たな展開
 化学物質による環境経由での人の健康等への影響を防止するために、これまでも様々な対策が講じられてきた。それらは、基本的に、個別の化学物質毎に設定された維持されることが望ましい環境保全上の基準、有害性等に関する試験結果等に基づき、環境への排出や使用に係る基準を厳格に定める規制を中心としたものであったと言える。我が国における化学物質対策に関連する法令の仕組みを概観すると、大きく以下のように分類される。
? 環境媒体(大気、水質等)別に個別の有害物質の環境への排出を制限する(大気汚染防止法、水質汚濁防止法等)
? 化学品の有害性等を審査し、製造、輸入又は使用等を規制する(化学物質審査規制法、農薬取締法)
? 有害な化学物質の人の体内への取り込み量を制限する(水道法、食品衛生法)
 これらの法令は、それぞれの役割に応じて環境汚染の防止に効果を上げてきた。また、近年、化学物質の有害性に関する知見が向上したことに伴って、これらの法令上の規制項目あるいは基準値の見直し、拡大、強化が行われている。
 しかし、有害な化学物質が、複数の経路を通じて人の健康等に影響を及ぼすおそれがあることや、多数の化学物質について科学的に確実な裏付けを持った維持すべき環境保全上の目標を定量的に設定するためには膨大な経費と時間を要すること、また、個別物質に対する規制により、かえって有害な代替物質が使用される可能性や、別の媒体を汚染する可能性があること等から、既存法令に見られる個別の物質や媒体に着目する手法、規制を厳格にしていく手法に加え、化学物質による環境保全上の支障を未然に防止するための新たな対策の仕組みを検討することが必要となっている。
 このような観点から、化学物質による環境保全上の支障を総合的、効率的に低減・管理するための方策は、世界の環境政策の大きな課題となっている。そして同時に、行政による規制のみならず、事業者による自主的な管理の促進、国民への情報伝達、交換を通じた化学物質の管理の推進といった考え方も、1992年(平成4年)の「地球サミット」以来、国際的に取り入れられてきている。
(2) PRTRについて
ア PRTRの概要
 化学物質対策の新たな手段として世界的に注目されているのが、化学物質の環境への排出量の把握等を行うPRTR(PollutantRelease and Transfer Register)である。
 PRTRとは、OECDのガイダンスマニュアルによれば、「様々な排出源から排出又は移動される潜在的に有害な汚染物質の目録若しくは登録簿」とされる。これは、事業者が、人体等への悪影響との因果関係の判明の程度にかかわらず、有害性がある化学物質について環境媒体(大気、水、土壌)別の排出量と廃棄物に含まれての移動量を自ら把握し、何らかの形で集計し、公表するものであり、事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止するために有効な手段である。
イ PRTRに関する国際的な動向
 PRTRは、1992年(平成4年)の地球サミットで採択されたアジェンダ21及びリオ宣言で言及され、その導入が推奨された。OECDは、1996年(平成8年)2月に加盟諸国に対してPRTRの導入に向けて取り組むよう勧告しており、現在既にアメリカ、カナダ、オランダ、イギリス、オーストラリア等で法律に基づいて実施されている(第2-2-7表)。
 平成10年9月には、OECD主催の「PRTRに関するOECD国際会議」が東京で3日間にわたって開催された。OECD加盟国だけではなく、非加盟国も含め合計38か国・地域・機関が参加し、環境保全手段としてのPRTRの価値、汚染物質の負荷を表す際のPRTRの有用性、市民の環境管理への参加を促す情報源としてのPRTRの有用性を確認した。また、今後の各国における取組の強化と国際協力の進展を求めた宣言が採択された。
ウ 我が国におけるPRTRの導入に向けた検討
 環境庁では、OECD勧告を受けて我が国のPRTRの導入について検討を行い、平成9年度よりパイロット事業を神奈川県や愛知県の一部地域において実施、平成10年5月にその結果を中間的に取りまとめた。このパイロット事業では、有害性と曝露可能性の両方の観点から選定した178物質について、製造業等約1,800の事業所を対象に、事業所からの1年間の環境への排出量と廃棄物に含まれての移動量の報告を求めるとともに、これらを集計して情報提供を行いつつPRTRの導入に向けての諸課題を検討した。また、平成10年度からは、これらに北九州市を加えた地域で、引き続きパイロット事業を実施している(第2-2-10図第2-2-11図)。
 産業界においても、通商産業省による支援のもと、(社)日本化学工業協会が、平成4年よりレスポンシブル・ケア活動(後述)の一環としてPRTRに関する取組を開始し、平成7年度分以降の調査結果を公表し、また、(社)経済団体連合会においても、平成9年度に174物質を対象に全国45業種の団体の協力を得て調査を行い、平成10年にその結果を公表している。


(3) MSDSについて
 MSDS(Material Safety Data Sheet:化学物質安全性データシート)とは、化学物質の性状及び取扱に係る情報を記載したもので、有害性のある化学物質を製造等する供給者が、これを譲渡等する相手方の取扱事業者に提供することにより、化学物質管理に必要な情報が事業者間に徹底され、事業者による管理の改善の促進に役立つものである。
 海外においては、1970年代に企業・業界の自主的活動として始まったが、その後、欧米を中心にその義務づけがなされるとともに、国際間の化学物質の取引が増大するに従って国際的にもその重要性が指摘され、1994年(平成6年)には国際標準機関(ISO)において国際規格が刊行された。我が国においても、1992年(平成4年)及び1993年(平成5年)に、労働省、厚生省及び通商産業省が告示を発出し、産業界にMSDSに関する自主的取組を促進してきたところである。
(4) 新たな法制度の検討
 これらの取組を踏まえ、環境庁及び通産産業省では、それぞれ審議会においてPRTR等の法制化に向けての検討を進めた。
 通商産業省においては、平成9年9月に化学品審議会安全対策部会・リスク管理部会合同部会において検討を開始し、平成10年9月に「化学品審議会安全対策部会・リスク管理部会中間報告―事業者による化学物質の管理の促進に向けて―」を取りまとめ、PRTR及びMSDSの法制化についての中間報告を行った。
 環境庁では、平成10年7月に、環境庁長官から中央環境審議会に対し、「今後の化学物質による環境リスク対策の在り方について」の諮問を行い、同審議会では、同年11月に、我が国におけるPRTRの法制化に当たっての基本的考え方について中間答申を行った。
 これらの審議会の答申等を受け、政府は、PRTR及びMSDSの制度化を主な内容とする「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律案」を平成11年3月16日に閣議決定し、第145回通常国会に提出した(第2-2-12図)。


(5) その他の取組事例
ア レスポンシブル・ケア
 レスポンシブル・ケア(以下、RCと略す。)は、1985年(昭和60年)にカナダの化学工業協会が始めた活動である。RC活動とは、化学物質を扱うそれぞれの企業が化学製品の開発から製造、使用、廃棄に至るすべての過程で、環境保全と安全を確保することを公約し、安全・健康・環境面の対策を継続的に改善していこうというものである。1990年(平成2年)以降、国際化学工業協議会(ICCA)によって、国際的な連携を持った取組が進められている。我が国においても、平成7年4月に(社)日本化学工業協会が日本レスポンシブル・ケア協議会を設立し、平成11年3月末現在会員数は106社まで増加した。
イ 地方公共団体の取組
 平成10年10月現在、13府県・政令指定都市において、環境保全に関する条例に、化学物質に関する内容が規定されており、その他にも検討を進めている自治体がある。これらの条例においては、有害性を有する化学物質による環境の汚染を防止するために、地方公共団体が化学物質に係る情報の収集、環境の状況の調査、排出抑制等の措置を講ずべきことが定められている。また、このような条例の規定を受け、又は独自に、地方公共団体による化学物質管理指針が13都道府県・政令指定都市において定められている。

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