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第3節 

3 地域の環境保全を支える「人、情報等」の活性化を促進する取組

(1) 人・情報の交流を促進する取組
 アメリカの2大ハイテク産業地域としてシリコンバレーとルート128が有名である。シリコンバレーにおいては、細かく張り巡らされた社会のヨコのネットワークとオープンな労働市場の存在が、現在までの発展成功を可能にした。ここでは企業は互いに競争しながらも、同時に、社外の供給会社や顧客等との非公式なコミュニケーションを通じて市場や技術の変化について情報交換することにより相乗的な成長を実現している。一方、ルート128においては、機密保持と企業への忠誠を重んじる自己完結型企業が集合しており、80年代(昭和55年)以降下降線を辿っている。この2つの地域の命運は、「人・情報」の交流システムの有無にかかっていたといっても過言ではなかろう。地域内資源活用型の地域づくりにおいては、地域の未利用資源の発掘、地域の環境保全のニーズへの対応などの観点から地域における人・情報の交流がより重要となってこよう。ここで、人・情報の交流を進める取組み事例を紹介したい。
 我が国において、地域に住む女性たちを中心として生産者と対等の立場で信頼関係を築きながら行なう共同購入事業や様々な社会事業を行っている組織の1つに生活クラブ生協があるが、その共同購入のシステムは、人との出会い、人間関係の広がりの場、助け合いの場たる地域コミュニティの形成に資している。この生活クラブの活動から発展し、「ワーカーズコレクティブ」と呼ばれる働く者自身が経営に参画する事業が展開されており、以下のような特徴を持っている。
? 人々の持つ個人資源(お金、知恵、労力、時間)を出し合う
? 地域社会の生活の豊かさを生むモノやサービスを提供する
? 女性・市民主体のコミュニティ事業で生活価値を追求する
? 事業の継続性・安定性をもって地域のヨコ社会を形成する
? 地域経済の振興に寄与する
 大量生産、大量消費、大量廃棄を支えた大量な雇用労働は税金資本、産業資本に結集した労働力であり、物質文明や経済効率性偏重型の経済社会を拠り所にしたものであったと言える。これに対し、貨幣価値では測れない家庭内労働や、環境保全・福祉活動等の地域社会に不可欠な労働を豊かな生活を実現するための労働として位置付け、ワーカーズコレクティブ事業に組んでいる。
 ワーカーズコレクティブは、生協が共同購入する加工食品や食材の製造、石鹸販売、保育事業、カルチャー教室等20業種以上にも及んでいる。最近は、生活者・市民の生活資材を拠出し合って、地域内でのリサイクルを進め、そこで得られた収益により発展途上国の活動と事業の自律的発展を支援することを目的としたリサイクルショップ事業を展開している。ワーカーズコレクティブ方式は、市民による自然エネルギーを進めるためのビジネスを行っている事業共同組合である「レクスタ」のように、経済的な評価だけでは測れない環境の価値を伝え、地域で維持・保全していく活動においても用いられている。また、労働者協同組合連合会のワーカーズコレクティブにおいてもごみ処理、リサイクル等の環境保全に係る取組がなされている。
 このように、ワーカーズコレクティブ等の民間団体による事業活動(市民事業)は、人と人との関係や情報交流を基礎として営まれるものであると言えよう。
 地域の活性化と環境保全を図った地域づくりを推進している里地ネットワークにおいては、地域の環境を住民自身が調査する「地元学」の手法によって、地域の風土と生活文化を掘り起こし、環境保全型・持続型の生活様式へと転換を図るとともに、風土に根ざした特産品やツーリズムの開発、環境保全型の地域づくりを行っている。地元学は、自然と人、人と人との関係を再生することを基本に水俣市で実践され、岩手県陸前高田市、愛知県美浜町、三重県内でも実践され始めている。水俣市では、水俣川の流域の住民自身による調査をきっかけに、上流部の農山村部や都市部の自然(環境)、生活(文化)・産業調和の再生を図るため、市街地の生ゴミ堆肥化による農林業と市街地の連携、エコツーリズムによる新たな産業振興を展開している。さらに同市内の16女性団体で構成される減量女性連絡会議は、大型小売店と話し合って65品目の食品のトレー廃止の協定を結び、エコショップの認定活動を行っている。また水俣市では、地域の伝統的な環境保全型技術を持った人を認定する「環境マイスター制度」を創設し地場産業の振興を行っている。このように、地元学は市民、行政、事業者や外部の人々との連携や情報交流を促進することにより、環境保全型の生活様式への転換を図りつつ地域経済を活性化させる取組として今後の発展が期待される。
囲み1-3-1 バイオリージョン(生命地域主義)
 アメリカのプラネット・ドラム財団の創始者が、相互に依存する動物、植物、人間生活の視点から地域システムを表す言葉として「バイオリージョン(生命地域主義)」というキーワードを提示した。これは、自分たちが住んでいる場所に根づき、地域と一体化することを基礎としている。そのためには、地域が持つ気候、地形、流域、土壌、微生物、動植物等地域の自然資源を最大限に有効活用することが求められる。同時に人間に関しても、地域の文化、風土、技術、人材といった社会資源の保全と利用が求められる。すなわち、気候、風土、生態系が一体化している地域を基本的な生活圏としてなるべく物資が地域で循環するシステムを作り、その地域の経済的・社会的自立を実現する、これをバイオリージョナルな社会と呼んでいる。これは、経済至上主義の中で失われてきた価値を先人の知恵によってよみがえらせ豊かな人間関係や地域の誇りを取り戻そうとする試みでもある。
(2) 地域における経済循環の活性化
 銀行は貨幣を地域での流通から引き上げ、同一地域の貸付に用いるか、別の地域の貸付に回している。経済活動の不活発な地域で預け入れられた貨幣は銀行ネットワークを通して、経済活動の活発な地域へ流通される等銀行に媒介された資金の流通範囲は、必ずしも地域における経済循環と重なるものとなっていない。そこで、地域内の資源循環と連動した経済循環を実現するために注目されるのが、限定された地域を営業範囲とする地域金融機関である。
 地域金融機関は、地域における資金需要にきめ細かく対応するために、営業範囲を限定した形で形成されたものである。しかし昨今の金融の自由化は、地域金融機関の商業銀行への転換、商業銀行による吸収・合併が進行中で、地域の金融機関は、全国のさらには世界の金融市場との結びつきを強めている状況にあり、資金循環は地域的な循環を縮小して、地球規模の大循環に統合されつつある。このような状況下地域経済の重要性に光を当て、資金の流れを地域に向かわせようという取組が始まっている。日本においても地域の福祉や環境問題など社会性の高い事業を行う事業に融資を行う地域金融機関が設立されるようになっている。
 また、地域における経済循環を活発化させ、地域内循環を実現するための手段として、LETSやエコマネーと呼ばれる地域内で財やサービスをやりとりするシステム等の導入が試みられるようになっている。これは地域で生産・消費・廃棄される財・サービスの交換を地域内で完結することにより、地域の問題解決を目指すものである。このような取組は、地域共同体に自然発生的に生まれた古来からの仕組みを新たな媒体を用いて復活させるものと言えるが、「地域内で取引可能な財、サービスは極力地域内で生産・消費・廃棄される」という地域内での物質循環を形成し地域の経済の活性化を図るものである。特にエコマネーは通常は貨幣評価しにくい環境、コミュニティ(福祉、文化活動等)に係る財・サービスについても価値付けを行う手法として有効であると考えられる。
囲み1-3-2 LETSとエコマネーの取組
 LETSは、1983年(昭和58年)バンクーバー島で開始された参加する人々が財やサービスを直接やり取りしあう「地域交換・交易システム(LocalExchange and Trading System)であり、現在、イギリス、カナダ、アメリカ、オーストラリアなど世界の各地で行われており、組織数は数千を超えると言われている。LETSではその媒体としてシステムの中だけで通用するグリーンドルを用いる。例えば、AがBに庭の掃除をやってもらい、グリーンドルを発行しBに渡す。さらにCの管理する里山の下草狩りを行いCからグリーンドルを受け取るという形で、財やサービスの交易がメンバーの間で行われていく。LETSの参加者は、LETS口座を開き、勘定ゼロから出発し、手元に資金があるか否かに関わらず必要な時に生産物やサービスの提供が受けられる。LETSでの取引は、数字だけでは置き換えられない共同体間の価値観そのものを交換するコミュニケーションとしての取引であると言えよう。すなわちLETSは、市場経済を円滑に運営する補助手段としてだけでなく、コミュニティを形成するという側面も兼ね備えたものなのである。さらに、グリーンドルは、LETSの勘定の中のみ存在し、現金化できないようになっており、通常の貨幣のような交換機能以上の信用創造は起こらず、インフレの懸念はほとんどない。
 日本においては「エコマネー」という名称でLETSを拡大した取組が千葉市、高知県下の市町村等で始まっている。また、平成11年5月にエコマネーの導入をすすめる地域等を支援することを目的として「エコマネー・ネットワーク」が設置された。エコマネーに対して多くの自治体から関心が寄せられているとのことであるが、地域において必要な物質や価値の循環を促進する取組として注目されよう。

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