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第2節 

4 「マネー」の流れを調整する産業における取組

(1) マネーの流れと環境問題
 産業界のうち製造業などは、取り扱う「モノ」を通じて環境問題に直結する影響を持っている。それでは「マネー」の流れと環境問題はどのように関わっているのだろうか。
 所得として家計に入った資金は預金として金融機関に流れ込み、投資として事業者に移動し、事業活動を支える。我が国の資金循環は戦後一貫して家計が資金余剰主体であり、法人事業者、国等がそこから不足をまかなうという構図をとってきた。さらに、その事業活動から提供されるモノやサービスは家計において消費、廃棄され、また再商品化されるが、この過程を円滑に動かすためにもマネーが用いられている。このように「マネー」の流れは基本的にはモノの動きと連動しているが、逆にマネーの流れが事業活動の展開、さらには人々のライフスタイルに大きな影響を与えている面もある。つまり、マネーの流れの在り方が、間接的に経済活動によって生じる環境負荷の形態や量に影響を及ぼしているのである。
 金融業界は事業者の活動に欠かせない資金の扱い等を通じて、つまりこのような「マネー」の流れを調整するものとして、事業者の活動そのものに様々な影響を与えている。ここでは、これらの金融機関の機能と環境問題の関わりについて具体的に考えてみたい。
 金融業のサービスは近年多様化の一途を辿るが、金融仲介業としての機能に着目して産業への影響を考えると、取引先への与信業務、資金の投資業務が挙げられる。
 事業活動や提供する製品そのものが、環境への大きな影響を与えうる製造業等とは異なり、金融業が直接排出する環境負荷は、内部的業務に伴う廃棄物、エネルギー利用に限られ、これまで事業活動そのものと環境問題との関係について問われることが少なかった。
 しかし、金融は事業者への資金の再配分を通じて間接的に環境への大きな影響を及ぼしうることを踏まえれば、金融事業の持続可能な経営活動を確保する観点からも環境問題との関係は無視できない。このような状況の下、1992年(平成4年)に約30の銀行とUNEPが、環境に対する配慮を銀行内部での業務と意思決定の中に組み込み、そのための商品開発を行うこと等をうたった「環境と持続可能な発展に関する銀行声明」を発表している。
(2) 損害保険と環境リスク
 金融業界における環境保全への対応としては、保険業の取組が早く、過去の環境汚染行為によって生じた損害に対する補償金を支払うという環境汚染対応型の保険等が開発されている。アメリカでは、廃棄物処理に関する法律である資源保護回復法において、有害廃棄物を処理、貯蔵、廃棄する施設に対する営業免許の条件として、環境損害が発生した場合の賠償の資力を証明することが要求されるようになった。この要求は保険で満たすことができるため、40もの会社が環境汚染賠償責任保険を販売するようになった。賠償額が余りにも多額になったため、ほとんどの保険業界が撤退してしまったが、I社の産業廃棄物の排出事業者向けの環境汚染賠償責任保険は永続している。その理由としては、環境専門のコンサルタントと提携し、保険引受け前と引受け後継続的に徹底した環境アセスメントを実施し適切な環境保全アドバイスを提供することにより、環境汚染を未然に防止し保険の収益性の向上につなげていることが挙げられる。
 また、損害保険会社は、環境リスクの高い事業者には、高額な保険料を設定、または保険の引受けを拒否することにより、自らの経営を守るだけでなく企業の環境リスクへの認識を高めることも可能である。
 このように、保険業は環境問題への対応として、事業者の環境リスクに対する認知の促進や事業者の環境経営に対するコンサルタントとしての役割を果たしうるのである。また、近年は気候変動等に伴う自然災害に対する補償債務の増大が懸念されるようになっており、保険業界の新たな役割が生じることも予想される。
(3) 融資における環境リスク
 金融機関の融資業務においては、取引先の事業活動に伴う環境リスクを融資業務の通常のリスク評価の対象とする必要性が増している。融資における環境リスクとしては、事業活動によって生じた環境汚染の回復のための損害賠償責任の発生や土壌等環境汚染された担保不動産の担保評価割れによる不良債権化等が挙げられる。
 つまり、環境問題から生じる経済的リスクを軽減するという観点から、貸し手として自らのリスクを増やすよりは、環境配慮を業務の中に組み込むことが、金融機関の発展のためにも必要なことなのである。
 アメリカでは、1980年(昭和55年)に制定された包括的環境対処・補償・責任法(CERCIA:通称スーパーファンド法)により、土壌汚染による浄化費用の負担義務が土地の所有者に課せられるようになってから、貸手責任(レンダーズ・ライアビリティ(LendersLiability))として金融機関の費用負担義務が問われるようになった。貸手責任とは、融資先の企業に損害が生じた場合等において貸出を実施した銀行の責任を問うもので、スーパーファンド法は、融資者の融資先に積極的に関与する義務・権利を基に金融機関の土壌汚染に関する浄化責任について言及している。つまり、融資に係る担保権を実行して施設を所有している、又は実行していなくても管理者と認定される場合は金融機関が責任当事者になると判断されている。
 また、インドネシアにおいても金融の貸手責任としての環境汚染の損害賠償責任が法律上定められているほか、一般の商業銀行に対する融資契約中に環境配慮条項の組入れの義務化が検討されている。
(4) 社会的責任投資(ソーシャル・インベストメント)の動き
 金融機関における投資業務においては、資金提供側の判断を運用先選定に積極的に反映させることができるため、積極的な環境配慮を組み込むことが可能な業務である。
 このような投資の特徴を踏まえ、近年では、資金を運用する際に投資対象の収益面だけではなくその資金が利用される事業の社会的側面まで配慮して行うソーシャル・インベストメントという考え方が広まりつつある。これは、投資判断の際に個人の倫理観や社会への影響力を考慮するものである。
 環境に係る社会的費用が市場経済の中に内部化されていない状況下では、環境経営に取り組んでいる事業者が収益面で必ずしもすぐれるとは限らない。しかし、収益面で多少見劣りがするとしても、環境への負荷の極力少ない事業に投資したいというニーズは存在する。一方、事業者における環境配慮の取組は持続可能な経営を確保するものであり、長期的な視点に立てば収益性の高い投資ともなり得る。ソーシャル・インベストメントはそうした需要に対応する有効な手法となるであろう。
 アメリカでは既に具体的な投資行動となって存在しており、イギリスを始め他の国にも広がっている。また、アメリカの投資信託等が日本の企業の株式にも投資を始めていることから、日本においても今後広がっていくことが予想される。
 ソーシャル・インベストメントにおいては、投資先企業の事業内容やその遂行方法を自己の倫理観や社会的インパクトといった観点から評価して、投資先を選別する「ソーシャル・スクリーン」が行われる。これには、望ましくないと考える領域に関わる企業を排除する「除外スクリーン」と特定の問題に関して企業を評価する「評価スクリーン」とがある。社会性の評価は、コミュニティ関係や差別問題、環境問題等の様々な評価の領域、項目、基準が設定されているが、1980年(昭和55年)以降は、環境問題を評価項目に入れる場合が多くなっている。環境関係の項目としては、環境規制の遵守、環境によい製品・サービスの提供、生産活動における環境負荷の低減、環境報告書の公表等があげられている。ソーシャル・スクリーンは、情報の収集や調査、企業側との対話を含めた総合的なプロセスを通じて、当該企業や社会への影響力を及ぼしうるものである。海外では、環境面でのソーシャル・スクリーンを導入した投資業務を行っている金融機関が出てきている。例えば、スイスでは、独自の環境指標を設けて企業を評価し、環境優良企業と判定された企業に対して投資を行う環境ファンドを売り出している金融機関がある。環境指標とファイナンシャルな指標に正の相関関係があり、金融商品としてのリターンも高いという。ノルウェーでは、世界中の企業のうち環境パフォーマンスの面で上位1位から3位(業種ごとに評価)までの企業にのみ投資する株式投資信託が存在している。このファンドの運用実績は、1996年(平成8年)から97年の2月までの間13%の利回りをあげているという。
 アメリカでは、企業の社会的側面の調査を専門とし、投資アドバイザーに情報を提供する機関も存在している。我が国においても、最近、企業の環境経営の状況を情報提供するコンサルティング事業の動きや金融関係者が参加する研究会において金融における企業の環境評価手法を開発しようとする動きが見られる。また、日本の金融機関においても、厳密にはソーシャル・インベストメントではないが、定期預金の利息を自動的に環境保護団体に寄付したり、ISO取得を目指す中小企業に対しての融資金利を優遇するなどの環境に配慮した金融商品が開発されている。さらに、連合の環境指針において労働組合の年金基金の運用に当たっては環境保全の視点を入れていくことが示された。
 また、郵便局の国際ボランティア貯金も年々加入者数が増加していることから、日本におけるソーシャルインベストメントの素地はあると言えよう。
(5) マネーの流れを調整する産業活動における環境保全の内在化に向けて
 以上、金融機関と環境保全の取組の方向性について論じたが、我が国の金融機関における取組状況は、第1-2-8図のとおりである。これによると、オフィスでの紙ゴミリサイクルなど内部業務における取組はかなり進んでいるが、融資、投資等における環境配慮はあまり進められていない。
 一方、先で紹介したような金融と環境を統合させる取組が始まっているように日本においても関係者の関心は高まってきており、金融におけるこのような環境戦略は21世紀の金融の存続を賭けた長期的、国際的視点から見た企業理念の1つになり得るのではないかと考えられる。
 そこで、このような取組を進めるためには、事業活動と環境との関係を明らかにしその情報を公表していくこと、企業会計の中で環境保全のための投資や環境維持のために必要な経費等を明らかにすること、事業者における環境配慮の評価の枠組みを作っていくこと等により、融資、投資の際に環境配慮を行うための必要な情報整備をしていくことがまず必要であろう。その上で、金融機関における融資の際の企業評価、金融アナリストやファンド・マネージャーが行う投資家向けの企業の業務分析や有望企業の選択の中に、レンダーズ・ライアビリティやソーシャル・インベストメントという視点が取り入れられていくことが必要であろう。さらに、近年の金融の規制緩和により投資信託の設置が容易になったが、このような環境融資、投資を進めやすい制度上の仕組みも必要であろう。

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