2 今日の国土構造
我が国においては、長い歴史の中で、国土の自然環境に手を加えながら、それぞれの時代の産業や交通、政策等を反映した国土構造が形成され、変遷を重ねてきた。特に、東京を頂点とする太平洋ベルト地帯に人口や諸機能が集中した現在の国土構造は、明治以降高々100年の間に、人口急増と工業化の進展を背景とする都市の成長により形成されたものである。国土構造上の諸問題には、環境とかかわりが深いものが多く、以下では、平成10年3月末に閣議決定された「21世紀の国土のグランドデザイン−地域の自立の促進と美しい国土の創造−」(新しい全国総合開発計画、以下「新しい全総計画」とする。)をもとに、現在の国土構造に至った経緯と現在の国土が抱える諸問題について概観してみよう。
【現在の国土構造に至った経緯】
・ 東京を頂点とする太平洋ベルト地帯に人口や諸機能が集中した現在の国土構造は、活気に乏しい地方での生活、ゆとりのない大都市での生活、劣化した自然、美しさの失われた景観等の諸問題をもたらしている。
・ このような一極一軸集中型の国土構造は、経済面を中心とする欧米への最短コースでのキャッチアップという20世紀の歴史的発展段階を色濃く反映している。今日の国土構造の形成過程は、戦前に重化学工業化が図られる中で、資源輸入に有利な臨海型の工業配置が太平洋岸に形成されたことに始まる。戦後、これらの地域に、欧米へのキャッチアップを目指した官民の集中的な投資が行われて産業が集積し、ここに就業機会を求めて人口が移動、他方、太平洋ベルト地帯から離れた地域から人口が流出し、一軸集中というべき国土構造が形成された。高度成長期末期には、重厚長大産業を中心に地方に分散する傾向を示したものの、2度にわたる石油危機によってとん挫した。安定成長期に入ると、素材型産業の構造的不振、加工組立産業の隆盛等を背景に太平洋ベルト地帯内の発展に不均等化が生じた。その後は、経済のサービス化、ソフト化から企業の中枢管理機能や金融の東京集中がさらに進み、東京一極集中へとつながった。
【現在の国土構造の諸問題】
・ 太平洋ベルト地帯から離れた地域の工業立地は、高次の管理機能や研究開発機能を持たない生産機能が中心であり、しかも、経済のグローバル化により地域が厳しい国際競争にさらされる中で、生産機能の海外移転に直面している。国際交流はもちろんのこと国内の交流でも大都市圏の国際交流機能、高次都市機能に依存することが多く、東京発の文化や情報に依存するなど、地域固有の文化や交流の歴史、豊かな自然は十分に活かされているとはいえない。また、県内またはブロック内での一極集中が懸念される地域もみられ、中枢、中核都市の利便性を享受しにくい地域、特に、国土の多くを占め、国民全体の生活に多様な役割を果たしてきた中山間地域等においては、地域社会の担い手である若者の流出等にともなって過疎化がさらに進行し、地域社会の諸機能の維持が困難になったところが多くなっている。このため、国土管理上重要な農地や森林等の管理が行き届かず、環境保全や防災、食料生産力の確保等国民生活の安全・安心を確保する上で様々な問題が生じている。
・ しかしながら、太平洋ベルト地帯から離れた地域は、今なお豊かな自然の中に点在する肥大化を免れた都市、薄れたとはいえ伝統文化の色濃く残る暮らし等という長所を有している。
・ 一方、太平洋ベルト地帯内部では、大都市を中心に、人口、諸機能の過度の集中により、居住環境の悪化、交通渋滞、大気や水質の汚染等環境への負荷の高まり、水需給の逼迫等様々な過密問題が発生している。都市の連たん化にともない、農地や森林が大幅に減少したことや、河川や沿岸では、水質の悪化、親水性への配慮を欠いた堤防や護岸により水面から隔てられたこと等により、人々が身近な自然に親しむ機会が大幅に減少してしまったところが多い。近代的ではあるが無機質で画一的な地域形成が進んだ結果、各地の文化と生活様式の多様性が失われた。過密問題が解決を見ない一方で、東京を始めとする大都市の都心部では人口空洞化から地域社会の崩壊が進んでおり、工業の集積地では産業構造や物流形態の変化から臨海部の工場跡地、鉄道跡地等の低未利用地が発生している。
・ こうした国土構造の状況が続くのでは、これからの経済社会の発展に明るい展望が開けないことは明らかである。
【国土構造の今後の展望】
・ こうした国土構造の形成が進んだのは高々この100年間のことであり、現在の国土構造を固定的なものととらえるべきではない。しかも、この変化を主導してきた人口急増と工業化の進展を背景とする都市の成長は、目前に迫った人口減少局面、産業構造の変化を背景に局面を替えてきており、国土構造形成の流れを転換することが十分可能な状況が醸成されつつある。
・ これからの国土構造を規定していく要素としては、20世紀の国土構造の形成を主導してきた人口と工業の集積の比重が下がり、文化と生活様式創造の基礎的条件である気候や風土等、そして、生態系のネットワーク、海域や水系を通じた自然環境の一体性、アジア・太平洋地域に占める地理的特性等が重要性を増していくこととなる。
(以上、新しい全総計画より抜粋・要約)
こうした今後の展望を踏まえ、上述の諸問題に適切に対応していくには、新しい全総計画でも述べられているとおり「気候や風土等、そして生態系のネットワーク、海域や水系を通じた自然環境の一体性」、すなわち元来国土に備わっていた自然のメカニズムを活かした形で人間活動を行い、国土づくりを進めていくことが強く求められる。そのためにも、産業、交通その他の人間活動や、それらに係る政策のありかたができるだけ環境への負荷の少ないものとなることが重要である。
国土及びその構成要素については、これまでも様々な議論がなされているが、明確な定義はされていない。ここでは試みとして自然的要素と人間的要素とに分けて論じることとしたい。次項ではまず、国土を構成する自然的要素のメカニズムとは本来どのようなものであったかを考え直してみるとともに、国土を構成する人間的な要素を概観する。