2 環境影響評価制度の見直し
(1) 環境影響評価の意義
環境は、一度損なわれると、その回復には多くの費用と年月を要し、完全な回復も期しがたい。環境問題の根本的解決のためには、このような環境悪化を未然に防止する必要がある。環境影響評価(環境アセスメント)は、開発事業の実施に当たり、事業者があらかじめその事業に係る環境への影響について、事前に十分な調査、予測及び評価を行い、その結果に基づいて環境保全について適正に配慮しようとするものであり、環境悪化を未然に防止し、持続可能な社会を構築していくための重要かつ有効な手段として、今日その重要性は一段と高まっている。
(2) 環境影響評価制度の経緯と現状
ア 国際的な動向
環境影響評価制度は、1969年、アメリカにおいて、「国家環境政策法(NEPA)の制定により世界で初めて制度化され、以後、各国で制度化が進められた。現在、OECD加盟国29か国のうち、日本を除く28か国のすべてが、環境影響評価の一般的な手続を規定する何らかの法制度を有しており、また、環境庁の調査では、全世界で50か国以上が関連法制を備えていることが確認されている。
イ 我が国における環境影響評価制度の経緯と現状
我が国における環境影響評価は、昭和47年の「各種公共事業に係る環境保全対策について」の閣議了解以来、個別法や国の行政指導、地方公共団体の条例、要綱等により制度化が進められてきた。
統一的な法制化については、「環境影響評価制度のあり方について」諮問された中央公害対策審議会が、昭和54年に、速やかな法制度化を答申し、これを受け、政府は、昭和56年に環境影響評価法案を閣議決定し、国会に提出した。しかしながら、同法案は昭和58年の衆議院解散に伴い、廃案となった。政府は、当面の事態に対応するため、昭和59年、同法案をベースに「環境影響評価の実施について」の閣議決定を行い、環境影響評価実施要綱を定めた。
現在、同要綱による環境影響評価手続のほか、公有水面埋立法や港湾法等個別法に基づく環境影響評価手続、「発電所の立地に関する環境影響評価及び環境審査の強化について」(通商産業省省議決定)や「整備五新幹線に関する環境影響評価の実施について」(運輸大臣通達)による環境影響評価手続も行われており、同要綱の制定以来10余年を経過し、環境影響評価の実績は着実に積み重ねられてきている。
一方、地方公共団体における環境影響評価の制度化も進み、平成9年1月末現在、都道府県・指定都市計59団体中、条例制定団体6、要綱等制定団体45、計51団体が独自の環境影響評価制度を有するに至っている。
また、平成5年に制定された環境基本法において、環境の保全に関する基本的な施策の一つとして「環境影響評価の推進」が位置付けられた。
(3) 環境影響評価制度の見直し
ア 見直しに向けた動き
環境基本法案に係る国会審議における内閣総理大臣の答弁及び平成6年に制定された環境基本計画において、環境影響評価制度の今後の在り方について、内外の制度の実施状況等に関し、関係省庁一体となって調査研究を進め、その結果等を踏まえ、法制化も含め所要の見直しを行う方針が示された。
この方針を受けて、環境庁において、平成6年7月に「環境影響評価制度総合研究会」が設置され、関係省庁が一体となった調査研究が行われ、平成8年6月、「環境影響評価制度の現状と課題について」と題する報告書がとりまとめられた。
これを受けて、平成8年6月28日、内閣総理大臣から中央環境審議会に「今後の環境影響評価制度の在り方について」の諮問がなされ、同審議会企画政策部会は、国民各界各層から意見を聴取し、部会13回、小委員会4回にわたる審議を行い、平成9年2月10日、環境影響評価の法制化を柱とする答申を取りまとめた。同答申は、環境影響評価制度の基本原則を明らかにしたものであり、法制化とともに、早い段階から環境配慮、環境基本法に対応した評価対象の見直しなどを提言している。これを受け、政府は、平成9年3月28日、環境影響評価法案を閣議決定し、国会に提出した。
また、環境影響評価法案の対象事業である発電所について、固有の手続を定めるため、同日、電気事業法の一部を改正する法律案を閣議決定し、国会に提出した。
イ 環境影響評価法案の内容
環境影響評価法案の主要な点は、以下のとおりである。
(ア) 目的
大規模で環境に著しい影響を及ぼすおそれがある事業について、環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続等を定め、それらの結果をその事業の許認可等に反映させる等により、事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保する。
(イ) 対象事業
道路の新設及び改築、発電所の設置、公有水面の埋立て及び干拓等の事業のうち、国が実施し、又は許認可等を行う事業であって、大規模で、環境に著しい影響を及ぼすおそれのあるものを「第一種事業」として対象事業とする。
また、必ず環境影響評価を行う事業規模に満たない事業であっても、一定規模以上の事業(「第二種事業」)については、許認可権者等が環境に著しい影響を及ぼすおそれがあると判定したものは対象事業とする。
(ウ) 手続
a 準備書作成前の手続
(a) 第二種事業に係る判定
第二種事業について、当該事業の許認可権者等が、都道府県知事の意見を聴取して、事業内容や地域の状況等によって環境影響評価を実施するか否かを個別に判断する(スクリーニング手続)。
(b) 環境影響評価の方法の選定及び評価の実施
事業者は、環境影響評価準備書を作成する前に、対象事業に係る環境影響評価の項目及び調査等の手法等を記載した環境影響評価方法書を作成し、これを公告・縦覧に供して環境の保全の見地からの意見を有する者から意見を聴取するほか、都道府県知事及び市町村長から意見を聴取し、環境影響評価の項目等を選定する(スコーピング手続)。
b 環境影響評価準備書・評価書の手続
事業者は、事業の実施前に、環境影響の調査、予測及び評価並びに環境保全対策の検討を行って環境影響評価準備書を作成し、これを公告・縦覧に供して、環境の保全の見地からの意見を有する者から意見を聴取するほか、都道府県知事及び市町村長の意見を聴取する。
準備書の記載事項には、講ずることとなった環境保全対策の検討経過、事業着手後の調査等を含むものとする。
事業者は、準備書に係る環境の保全の見地からの意見を有する者、都道府県知事等の意見を踏まえて環境影響評価書を作成し、許認可権者等の意見を踏まえて補正をする。この際、環境庁長官は評価書について必要に応じ許認可権者等に意見を提出することができる。
c 評価書作成後の手続
許認可権者等は、対象事業の許認可等の審査に当たり、環境影響評価書に基づき、対象事業が環境保全に適正に配慮されているかどうかの審査を行い、その結果を併せて判断して処分等を行う。
(エ) その他
都市計画に定められる事業等に関する特例を設けるとともに、港湾計画に係る環境影響評価の手続を定める。発電所については、この法律に定めるほか電気事業法に特例を設ける。
また、地方公共団体は、法律の規定に反しない限りにおいて、条例で環境影響評価に係る必要な規定を定めることができる。また、地方公共団体の環境影響評価に関する施策は、この法律の趣旨を尊重して行うものとする。
Box28 世界における戦略的環境アセスメントの制度化の潮流
近年、戦略的環境アセスメント(Strategic Environmental Assessment:SEA)の概念が国際的に注目を集めている。これは、個別の建設事業の段階での環境影響評価のみならず、それより上位の段階での政策立案、計画策定等の政府行為について環境影響を評価しようとするものである。
このSEAを実際に制度化する国も既に現れている。
デンマークでは、1993年、大統領府の行政命令により、環境に著しい影響を及ぼすことが予測される政府法案等について、環境影響評価書の添付が義務付けられた。SEAの実施責任は主務官庁にあり、環境省はスコーピングやスクリーニングのリスト、重要性の判断基準、SEA事例の収集などに当たることとされている。
オランダは、二段階でSEAを実施している。まず、環境管理法及び環境影響評価令の下、多くの政策・上位計画が個別事業の環境影響評価と同一の手続に服し、さらに、1995年からは「環境テスト」と呼ばれる手続が閣議決定され、環境に著しい影響を持つ閣議決定について、環境に関する情報を添付することが義務付けられた。作成責任は主務官庁にあり、必ず環境省に協議されることとなっている。
こうした状況の中で、1985年に個別事業段階の環境影響評価手続きの導入を加盟国に義務付ける指令を発した欧州委員会は、現在、SEAについての指令を検討している。
我が国においては、さきの中央環境審議会答申の中で、政府が、上位計画・政策における環境配慮について、できるところから取り組む努力をしつつ、国際的動向や我が国での現状を踏まえて、今後具体的な検討を進めるべき旨提言されている。