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第5節 自然生態系の現状

(1) 我が国の自然生態系の現状

ア 気候と地形
 日本列島は、ユーラシア大陸の東縁部に位置し、日本海をへだて大陸とほぼ平行に連なる弧状列島である。面積は約38万平方キロメートルであり、南北は北緯20度25分から北緯45度33分まで、緯度差25度8分(南北に約3,000?)に及び、ギリシャのアテネからノルウェーのオスロの緯度差にほぼ等しい。また、中緯度帯に存在するため南と北とでは気候の差が大きく、亜熱帯から亜寒帯までを含む。平均気温で見ると、北海道の網走で約6.0℃、沖縄の那覇で約22.4℃となっている。
 一方、日本はユーラシア大陸から日本海や東シナ海等によって隔たれているため、大陸の厳しい気候と比べると日本の気候は穏やかではあるものの、大陸で発生する夏の低気圧や冬の高気圧が日本の気候に大きな影響を与えている。日本の周辺を流れる海流には、暖流である黒潮、これから分離した対馬海流と、寒流である親潮、リマン海流があり、これらの海流も日本の気候に少なからず影響を与えている。また、前線の活動にともなう夏と秋の雨や冬の豪雪は、世界の平均を上回る降水量を日本にもたらし、日本の水資源を豊かなものにしている。
 また、列島を縦横に走る起伏に富んだ山脈は日本の気候に地域性を持たせ、特に冬の日本海側と太平洋側の天候の違いを際立たせている。本州の中央に位置する3,000m級の日本アルプスを始めとする日本の山々は、国土の約60%を占めている。一般的に標高が高くなればなるほど気温は低くなるため、急峻な地形は日本の気候を一層変化に富んだものとしている(第4-5-1図)
 日本列島を取り巻くこのような気候や地形は、その土地の自然環境を特徴づけ、生態系の多様性の高さを保持する条件となっている。しかし、これまでに見てきた二酸化炭素等の増加による地球温暖化、フロン等によるオゾン層の破壊に伴う紫外線照射量の増加、硫黄酸化物・窒素酸化物等の大気汚染物質による酸性雨などは、様々な形で世界各地の自然生態系に影響を与え、日本の自然生態系にも影響を与え始めている。
イ 植生と人工表土地
 平成6年に取りまとめられた第4回自然環境保全基礎調査「植生調査」の結果では、自然植生や代償植生のほか植林地や耕作地植生も含めたなんらかの植生(緑)で覆われている地域は全国土の92.5%で、そのうち森林は国土の67.0%を占め、森林の割合は世界的に見ても高い。
 自然林や自然草原などの自然植生は急峻な山岳地、半島部、離島といった人の入りにくい地域に分布しており、平地、丘陵、小起伏の山地などは二次林や二次草原などの代償植生や植林地、耕作地の占める割合が高くなっている。また、大都市の周辺では、市街地などで面的にまとまった緑を欠いた地域が広がり、国土全体では自然性の高い緑は限られた地域に残されているのが現状である。
 自然状態を保った自然植生、すなわち植生区分の?ハイマツや高山植物に代表される寒帯・高山帯植生、?エゾマツ・トドマツ・ダケカンバ・オオシラビソなどの卓越する亜寒帯・亜高山帯植生、?ブナ林やエゾイタヤーシナノキ群落などのブナクラス域自然植生、?シイ林・カシ林・タブ林などのヤブツバキクラス域自然植生と、?河辺・湿原・塩沼地・砂丘植生は、全体で全国の19.1%となっている。自然植生の分布を見ると、2分の1以上にあたる58.8%が北海道に分布しており、他に東北及び中部の山岳部や日本海側と沖縄に多い。一方、近畿・中国・四国では分布が非常に少なくなり、小面積のものが山地の上部、半島部、離島などに点在しているにすぎない(第4-5-2図)
 植生は一般に時間を経るに従って変化し、最終的に安定的な生態系である極相となる。日本の気候では、?南西諸島から東北南部に広がる、タブ・カシ類・シイ類といった常緑広葉樹(照葉樹)の森林、?九州南部から北海道南部までの、常緑広葉樹林よりは寒冷な地域に広がるブナ林などの落葉広葉樹の森林、?北海道に広がるエゾマツ、トドマツといった針葉樹とミズナラ等の落葉広葉樹の混成する針広混交林、?エゾマツ、トドマツ林に代表される亜寒帯針葉樹林などが代表的な気候的極性である。日本を代表する自然性の高い地域ではこうした極相の植生が見られるが、その地域は必ずしも多くはない。
 日本の代表的な自然植生と気温(温量指数:暖かさの指数と寒さの指数)との関係を見てみると、第4-5-3図のようになる。温量指数とは、月の平均気温が5℃を越える月を植物が生育できる期間とし、逆に5℃未満の月を非生育期間と仮定して算出される一種の積算温度である。暖かさの指数は月平均気温が5℃を越す月の平均気温から5℃を引いた値を加算して求められ、また、寒さの指数は月平均気温が5℃未満の月の平均気温から5℃を引いた値を合計した数値のことである。この結果、エゾマツ・トドマツ林・ブナ林および照葉樹林を代表するスダジイ林は基本的に暖かさの違う地域に分布していることがわかる。
 本章第1節で見た地球温暖化等による気温の変化は植生に大きな影響を与えることが懸念されている。IPCC報告書によると、予想されている平均気温の上昇は21世紀末前に約2℃となっているが、今と同じ状態で毎月の平均気温が2℃上昇すると仮定すると、例えば現在温量指数が69.4℃・月でエゾマツ・トドマツ林出現分布の南限あたりの気候条件に等しい札幌の温量指数は、21世紀末で81.2℃・月となる。このことは、札幌は21世紀末には、エゾマツ・トドマツ林が出現できる温量指数の範囲からはずれ、ブナ林の出現する温量指数の範囲となることにより、植生に大きな影響を与えることが予想される。気温の変化は地域や季節によって大きく異なることが予想されるため、単純な結論を出すことはできないが、地球温暖化が日本の植生にも大きな影響を与える可能性は否定できない。
 我が国の植生を人為の影響度合いに応じて分類した自然度区分によって見てみると、自然林・二次林・植林地を合わせた森林は国土のおよそ3分の2となっており、人為的に成立した植生である植林地は国土の25.0%を占め、全国の広範な地域に分布している。また、農耕地と市街地・造成地等を合わせると25.2%を占め、国土の4分の1に達している(第4-5-1表)
 国土に占める構成比の増減を見ると、森林全体では0.4%減少しており、自然林・二次林を合わせて0.6%減少、植林地は0.3%増加しており、自然林・二次林の減少が著しい。また、農耕地が0.1%増加し、市街地などが0.2%増加している(第4-5-2表)。全国の植生は森林では自然度の低い森林が増加し、森林以外まとまった緑の見られない市街地などが増加するなど、自然度の低下や緑の減少が進んでいるといえる。
 平地・丘陵地などの我々の活動領域に近い地域では、二次林や植林地・耕作地が多い。二次林はブナクラス域でのミズナラ林、ヤブツバキクラス域でのコナラ・クヌギ等の雑木林及びマツ林、シイやカシの萌芽林などによって構成され、その多くは薪炭材の採取や肥料用等としての落葉下草の採取などの人の生活を介して維持されてきた林である。これらは我々の生活の場にも近く身近な自然として広く親しまれてきた貴重な緑となっているが、化石燃料や化学肥料の普及、山村の過疎化等により人の手の介入が急減しているため、二次林はその姿を変えつつある。
 一方、前述の植生自然度区分によると、家屋・ビル・工場等の建築物や道路などの自然の乏しい人工表土地(市街地など)は、同じ期間の間に4.0%から4.2%へと増加している。人工表土地は自然の物質循環の中で見ると特異なものであり、例えば林地では歩道の約20倍程度の浸透能力があるなど、人工表土地は林地に比べて雨水が浸透しにくい。また、樹木は蒸発散作用により気化熱の消費から高温になることを防ぎ、また同時に空気中に水分を供給して乾燥化を防ぐほか、防音・汚染物質の吸着等種々の機能を発揮しているが、樹木の少ない表土地ではこうした機能は少なくなる。人工熱は様々な人間活動により排出されるため人工表土地では自然の気候よりも高温乾燥の傾向にあり、国土の自然環境にも影響を及ぼしているのではないかと懸念されている。
ウ 動物相
 日本列島は、屋久島・種子島と奄美大島との間に渡瀬線という動物の分布境界線が引かれており、動物地理区上大きく二分されている(第4-5-4図)。この渡瀬線より北は旧北区、南は東洋区と呼ばれているが、旧北区である本州以北に生息する大部分の日本の動物は、例えばトガリネズミ類、リス類、イタチ類などを見ると中国華中以北のユーラシア大陸に生息する動物との類縁性が高く、東洋区である奄美・琉球諸島の動物、例えばケナガネズミなどは、台湾や東南アジア諸国に近縁種が多く生息する。しかしながら、島国という地理的特徴から隔離効果により、ヒミズ、ヤマネ、アマミノクロウサギの様な固有種も存在する。そのほかの日本における動物の分布境界線としては、北海道と本州の間に位置するブラキストン線などがある。
 植生は、動物の餌場や隠れ場所等として動物の生息条件に大きな影響を与え、動物種と植生は深い関係を持っている。第4-5-5図は、哺乳類の生息情報の得られた植生の内訳を表しているが、例えば、ツキノワグマやカモシカは落葉広葉樹林の中でもブナ林等で多く、キツネは農耕地やクヌギ・コナラ林といった雑木林で多く生息が確認されている。
 また、気候も動物相に大きな影響を与える。前述の温量指数とチョウ類の分布を対比させて見ると、クモマベニヒカゲ、ギフチョウ、ミカドアゲハのそれぞれの生息域は植生に規定される要素もあるが温度にも深く関わっていることがわかる(第4-5-6図)。植生の場合と同じく温暖化による気候変動が動物種の生息に深刻な影響を与える可能性があることも予想される。
エ 自然景観
 自然の造作による滝・溪谷・山岳地等の景観として優れている地形や地質及び自然現象は、それぞれ特徴的な生態系を形作っているとともに、我が国では地域のシンボルとなっていたり、また、学習やレクリエーション及び観光・自然探勝などの場として、また自然景観の雄大さ、美しさ、荘厳さなどに感動し、人間性を回復する場として重要である。
 平成元年に取りまとめられた第3回自然環境保全基礎調査の自然景観資源調査によると、我が国の自然景観資源数15,468のうち、最も多いのは滝(2,488ヶ所)であり、以下峡谷・溪谷(996ヶ所)、非火山性孤峰(993ヶ所)、湖沼(872ヶ所)、海食崖(734ヶ所)、砂浜・れき浜(632ヶ所)の順で、これら7資源区分で全体の約半数を占めている。自然景観資源の保護の現状は、国立公園法、自然環境保全法等の保護制度下にある資源が半数近くあり、国立公園内には全体の約23%、国定公園には約15%が分布している(第4-5-7図)
オ 価値の高い自然生態系の保護の現状
 自然環境保全法に基づき、自然環境が人の活動によって影響を受けることなく原生の状態を維持している地域を「原生自然環境保全地域」として指定し、厳格な行為規制等により原生的な自然の保全を図っている。平成7年3月末現在、5地域5,631haが指定されている。また、同法に基づき、高山性植生や亜高山性植生が相当部分を占める森林や草原、すぐれた天然林が相当部分を占める森林等で、自然環境を保全することが特に必要な地域を、「自然環境保全地域」として指定し、行為規制、保全事業を計画的に行うことにより保全を図っている。7年3月末現在、10地域21,593haが指定されており、また、条例に基づく都道府県自然環境保全地域については、516地域73,405haが指定されている。
 一方、世界遺産条約に基づき、観賞上・学術上または保存上等の見地から顕著な普遍的価値を有する自然の地域は、人類共通の財産として世界遺産一覧表に記載し、良好な自然状態が十分保護されるような措置が採られている。我が国においては、平成5年12月に、縄文杉に代表されるヤクスギ巨木群をはじめとする特殊な植物相を誇る鹿児島県の屋久島地域と原生的なブナ天然林を有し希少な鳥類が生息する青森県と秋田県にまたがる白神山地地域が初めて世界遺産一覧表に記載された。世界遺産一覧表に記載されているものにはそのほか、アメリカのイエローストーン国立公園、オーストラリアのグレート・バリア・リーフ、エクアドルのガラパゴス諸島国立公園などがあり、1996年(平成8年)1月現在で記載されている自然遺産は102地域である。



(2) 地域毎の生態系の現状

ア 山岳地
 山岳地の大部分は森林に覆われ、野生生物の生息・生育地であるとともに様々な資源を我々に与えてくれる場である。森林被覆度と傾斜度との関係を第4-5-8図に示すと、平均斜度が大きくなるにつれて森林面積の占める割合が大きくなることや、傾斜度が30度を超えるところではほとんどが森林で覆われていることがわかる。こうした山岳地の森林は、土砂の流出等の被害を防ぐ重要な役割を果たしている。山岳地を覆う森林には人工林も少なくなく、傾斜が大きくなるとその割合も減少する傾向にあるが、傾斜度30度以上の急傾斜地においても人工林の割合が14%を超えており近年ではかなり奥の山まで人の手が入っていることがわかる。
 山岳地はまた、古くから信仰の対象・地域のシンボル等我々の精神生活に重要な役割を果たしており、これに加えてレクリエーション・観光の場としての役割も担っている。自然景観資源調査によると、滝、火山、峡谷・溪谷は自然景観としてよく見られるもののうちの上位の3種になっているが、これらはいずれも山岳地に見られる自然景観である。
 近年は山間地域の人口が減少し、多くの人手を要する人工林をはじめとして山岳地環境の利用や管理が衰退してきており、山岳地の自然環境とその利用との関係が急速に変化しようとしている。
イ 湖沼
 我が国には、山岳地帯にある湖沼をはじめ、海が後退してできた海跡湖のように平野部や海岸近くに存在するものなど様々な湖沼が数多く存在している。環境庁では、天然湖沼のうち原則的に1ha以上の480湖沼を調査対象として第4回自然環境保全基礎調査「湖沼調査」を平成3年度に実施した。この調査結果で湖岸改変状況を見ると、第3回(昭和60年度)の調査結果と比較して自然湖岸は減少して大部分の湖岸線が人工湖岸化しており、自然地が保全されている湖岸は57%、なんらかの人為的改変を受けている湖岸は43%となっている。
 昭和20年以降第4回調査時点までの46年間に、干拓・埋立が行われた湖沼は66湖沼、約347平方キロメートルであり、干拓・埋立面積の累計値は集計・解析対象湖沼の総面積の約15%に相当している。これら干拓・埋立総量の98.5%が昭和20年度から第2回調査の行われた昭和54年度の戦後34年間で行われており、このうち4湖沼は干拓により完全に消滅した。
 代表的な湖沼60湖沼を対象とした生息魚種数の調査によると、1湖沼当たりの平均はおおよそ25種である。主要外国産移入魚種では、ニジマス、ソウギョ、ブラックバスなどの生息が特定湖沼の約3分の1で確認されいる。こうした外国産移入種は、各地の湖沼で定着しつつあるため湖沼の魚類相を変化させる要素の一つとして今後もその推移に注目する必要がある。
ウ 河川
 環境庁では、全国の一級河川幹川等を対象として昭和60年に第3回自然環境保全基礎調査「河川調査」を実施した。調査した河川の水際線11,412.0?のうち、平水時の水際線が護岸等人工構造物(水際線がコンクリート護岸、石積護岸、矢抜等の工作物で構成されているもの)と接している水際線は全国で2,441.5?、全河川延長の21.4%である。第2回調査(昭和54年度)と比較すると人工化された水際線の延長は全国で249.3?、構成比で2.2%増加している(第4-5-9図)
 この調査では水際線の人工化と河川の生物相との関わりを把握することを大きな目的の一つとして水際線の改変状況を調査している。河原の土地利用状況を見ると、全河川区間の33.3%が自然地、7.6%が農業地、0.8%が未利用造成地、2.6%が施設的利用地である。土地利用別の河原の変化を全国的に見ると、自然地の減少、農業地及び施設的利用地の増加という傾向にある。
 ダムや堰などの河川横断工作物は、魚類の遡上を助ける適切な処置を講じない場合には魚類の生息域を分断することがあるため、環境庁では、魚類の生息条件を把握するためこの河川調査において河川横断工作物を調査した。調査河川113河川のうち、河川横断工作物がない、あるいは河川横断物工作物の魚道がよく機能して遡河性魚類(サケ・サクラマス・アユ等)が調査区間の上流端まで遡上可能な河川は、13河川となっている(第4-5-3表)。また第2回調査から第3回調査までの間に、上・中流域の河川横断工作物により遡河性魚類が遡上ができないと判断された河川は、四万十川(渡川)、白川の2河川である。
 我が国の河川は、急勾配という地形的条件と多雨のため、洪水が頻発するとともに、河床や流況が不安定である。また、近年では水需要が生活水準の向上に伴って増加しており、治水・利水等を目的とした多目的ダム等の河川横断工作物を河川上流部に建設しているほか、河川の中・下流部では堰等の建設を実施している。例えば、長良川河口堰では魚類の遡上等自然環境に及ぼす影響について様々な議論がなされているが、環境等の調査を実施し、環境保全等に万全を期すこととしている。今後とも河川横断工作物等の設置にあたっては魚類等の生態系に関する影響について十分な調査を実施することが必要である。
 河川別の魚数の生息状況について見ると、生息魚数の多い河川はほとんどが本州の河川であり(第4-5-4表)、また動物相に関するブラキストン線によって隔てられた北海道地方の河川及び流れの急な河川、短い河川は生息魚種が少ない。
 建設省では河川に生息する生物の生息状況調査等を行う「河川水辺の国勢調査」を平成2年度より実施しており、平成5年度調査では、魚介類調査については、43水系で240種、鳥類調査については、32水系で233種をそれぞれ確認している。
エ 湿地・干潟
 湿地と干潟は自然環境の中で特異な生態系を構成しており、水生生物や水鳥等の生息地として重要である。湿地は一般の表土に比べ水量が多く、こうした環境を好む動植物種が生息する特異な生態系を形成し、水生生物や水鳥などの絶好の生息地となっている。「特に水鳥等の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサール条約)」では、湿地を湖沼・河川・湿原・干潟等を含む広い概念でとらえており、日本の登録湿地は、北海道の釧路湿原、クッチャロ湖、ウトナイ湖、霧多布湿原、厚岸湖・別寒辺牛湿原、宮城県の伊豆沼・内沼、千葉県の谷津干潟、石川県の片野鴨池、滋賀県の琵琶湖の9ヶ所に、1996年(平成8年)3月の第六回締約国会議に際して、新潟県の佐潟が我が国で10番目のラムサール条約登録湿地となった(第4-5-10図)
 干潟は、海域環境の中でも特異な海洋生物や水鳥等の生物の生息環境として重要な生態系である。干潟の多くは一般に汚染が進行しやすく浄化の進みにくい内海にあるため、干潟の持つ水質浄化能力にも注目が集まっている。平成元年度から4年度にかけて環境庁が実施した第4回自然環境保全基礎調査「海域生物環境調査」によると、現存する干潟は51,462haあり、全国の干潟の40%が熊本県有明海に分布している(第4-5-5表)。また、埋立や陥没等の理由により4,076haの干潟が昭和53年以降消滅していることが明らかになった(第4-5-6表)
 干潟の保全については、「自然公園法」や「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」等による保全に加え、瀬戸内海環境保全基本計画に基づき干潟の保全等を進めることとされているほか、「瀬戸内海環境保全特別措置法」によって、富栄養化による被害発生の防止・自然海浜の保全・埋立に当たっての環境保全上の配慮等の総合的な施策が進められている。
オ サンゴ礁(珊瑚礁)
 我が国のサンゴ礁地形はトカラ列島以南に存在し、その多くは裾礁に分類される。八重山列島には我が国最大の面積のサンゴ礁があり、同海域の造礁サンゴ類の種の多様性は世界でも屈指のものである。しかし、琉球列島ではオニヒトデの食害や赤土流入による汚濁等により、造礁サンゴ類の大幅な衰退が進み、一部を除くと回復は進んでいない。サンゴ礁を形成するには至らないが愛媛県、和歌山県等にも造礁サンゴ類の高被度の群集が分布している。
 平成元年度から4年度にかけて行われた第4回自然環境保全基礎調査「海域生物環境調査」によると、南西諸島海域におけるリーフ(礁池)内の造礁サンゴ類の分布地域の面積(サンゴ群集面積)は約34,000haであるが良好な生息(被度50%以上)が見られたのはそのうち8.2%にどまっている。小笠原群島海域におけるサンゴ分布地域の面積は約456haである。また、本土海域のサンゴ分布地域(0.1ha以上で、被度5%以上)の合計面積は約1,400haである。
カ 藻場
 海草類や海藻類の群落である藻場は、多くの小動物のすみかとなるだけでなく、魚介類の産卵、生育の場となっているが、各地で磯焼け等による減少衰退が問題となっている。
 平成元年度から4年度にかけて行われた第4回自然環境保全基礎調査「海域生物環境調査」によると、現存する藻場は、201,154haあり、一続きで最大の藻場は、静岡県駿河湾から遠州灘の海域に含まれる相良から御前崎に位置する藻場で、7,891haであった。また、昭和53年度の調査結果と比べると全国で6,403haの藻場が消滅しており、天草灘や秋田海域で大面積の藻場消滅が確認されている。
キ 海岸
 自然状態を保持した海岸は生物の生産及び生息の場として重要であるばかりでなく、しばしば優れた風景を構成し、レクリエーションの場としても古くから利用され親しまれてきた。都市化や産業の発達に伴い高度成長期には海岸線の人工的改変が急速に進められた。
 平成5年度に実施された第4回自然環境保全基礎調査「海岸調査」によると、日本の海岸線は総延長で32,817?(昭和59年の前回の調査結果と比べ約345?増)あり、本土部分が19,134?(58.3%、同214?増)、島嶼部分が13,684?(41.7%、同131?増)となっている。全国の海岸の区分比を見ると、自然海岸は55.2%と約半分を占め、次いで人工海岸が30.4%となっているが、前回(昭和59年)の調査結果と比べ自然海岸は293?減少している。本土部分だけを見ると、自然海岸は44.7%で人工海岸が38.0%と3分の1以上を占めている(第4-5-11図)
ク 都市周辺
 我々の生活の周りにある緑地や水辺は、小規模で見過ごされがちではあるものの、国土の自然環境の一部として生物多様性を維持する重要な役割を果たすとともに、人間にとっても景観やレクリエーションの場として貴重な存在となっている。こうした都市周辺の自然環境は、ヒートアイランド現象の緩和など都市地域の気候条件や環境の改善に役立つほか、それ自体が都市の大気や水質及び土壌の状況を映し出す役割を持っている。
 自然環境保全基礎調査「植生調査」では植生をその人為の影響度合に応じて分類し調査を行っているが、これを自然植生・二次植生・植林地・農地等・市街地の5区分にまとめて首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)と愛知県と大阪府の自然状況を分析すると、こうした地域のいずれもが全国平均に比べ自然植生が極めて少ない(第4-5-12図)。また、都市近郊では、二次植生がいわゆる里山として身近な自然や野生生物の生息域を形づくっているが、こうした植生も全体的に少ない。
 都市化に伴い表土がコンクリート等の人工物に覆われ、また、冷房・暖房等が普及して排熱が増加することによりヒートアイランド化や乾燥化が生じ、その結果、局地的な気候の変化によって生態系に影響が出ている。例えば、本来暖かい地域で生育する植物であるシュロが東京で自生する例が見られる。乾燥化の影響としては、関東平野で社寺林・農家の屋敷林等のスギが衰退していく現象が見られる。
 一方で、山地に生息していたイワツバメやハクセキレイなど近年都市周辺環境に適応し生息地が拡大している例もあり、周辺地域から都市部への進出による生物相の変化も進みつつある状況にある。
ケ 農山村
 農業は、自然の生態系に人為を加えることによって作物を栽培し、我々にとって有用なものを採取しようとする活動であり、自然環境へ様々な影響を及ぼしている。農薬や化学肥料等は農業生産上必要なものではあるが、これに過剰に依存することにより、環境への負荷を増大させることになりかねない。
 一方、長期間営まれてきた農業は独自の生態系を農地及びその周辺地域に形造っている。日本の代表的な農業である水田農業は、過去の長い伝統によって用水路や用水池や畔からなる独自の生態系をつくり、カエル類・ドジョウ類・ホタル類・トンボ類といった身近な生物の生息地となってきた。
 農山村周辺の山には、薪炭林等として利用されてきたクヌギ・コナラ・アカマツ等で構成されるいわゆる里山林が分布している。こうした農山村の環境ではサギ類やアオバズク等の鳥類やギフチョウやウスバシロチョウ等のチョウ類の生息が多く確認され、我々の身近な生き物によって独自の生態系が構成されている場合も多いことがわかる(第4-5-13図)
 昨今、農山村人口の減少や省力化のための機械化等の進行は、農山村の自然環境を大きく変えようとしている。燃料としての薪炭材や柴が使われなくなったことにより里山の二次林には人の手が入らなくなり、下草が繁茂してきている。これは、より自然性の高い植生への遷移の一環と見ることもできるが、その一方、身近な生き物の一部は里山から姿を消しつつある。
 水田の中でも周辺の森林等とあいまって豊かな生態系を有する谷津田は、山間に多く存在するだけに採算の面から放棄されやすく、その姿を変えることが予想される。また、今後の農業の変化は農山村の自然環境にも大きな影響を及ぼすことも予想されている。農山村の自然環境保全については、自然公園や保安林等の地域指定のほか、環境への負荷の軽減に配慮した環境保全型農業の推進等が行われている。



(3) 途上国等における自然生態系の現状

ア 森林
 森林は、世界の陸地の約3分の1を占めており、1993年(平成5年)現在で41億7,980万haの森林が存在していると見積もられている。
 近年、熱帯地域の開発途上国における急激な森林の減少に対して関心が高まっている。熱帯林減少の原因は、非伝統的な焼畑耕作、過度の薪炭材採取、不適切な商業伐採、過放牧などと指摘されているが、こうした直接の原因の背景には開発途上国における貧困、人口増加、土地制度等の社会的経済的な要因があげられている。
 熱帯林は、二酸化炭素の吸収源や地球の放射及び水バランスの調整に重要な役割を果たし、生物多様性の保全のためにも重要な機能を有している。近年における熱帯林の急速な減少は森林資源の枯渇のみではなく、そこに生息する生物種の減少をまねき、回復不可能な段階にあると危惧されている。熱帯林に生息する生物は地球上に生存している生物の50〜80%になるといわれ、熱帯林の減少によってこのような動植物種が亡びたり、種の維持が困難なほどに生息域が狭められていることが懸念されている。
 国連食糧農業機関(FAO)によって1993年(平成5年)に公表された「1990森林資源評価プロジェクト」の報告書では、全熱帯林面積は1980年(昭和55年)末では19億1,000万haあったのに対し、1990年(平成2年)末で17億5,600万haとこの10年間に約8%減少している。熱帯林の減少を地域別に見ると、この10年間に中南米で約8%、アジア・太平洋地域で約12%、アフリカで約7%となっている(第4-5-7表)
 こうした熱帯林の減少による影響は、大面積の消失により多くの野生生物種が絶滅の危機に瀕するおそれがあることに加え、森林消失による大量の二酸化炭素の放出が地球温暖化を加速させることが懸念されている。森林は、木材・燃料・飼料等の多様な産物の供給源となっている森林バイオマス(地上有機物の現存量)が存在する陸上生物群系であり、木部繊維や樹冠の葉の中に炭素を固定する最大の能力を有している。また、森林バイオマスの約50%は炭素であるといわれ、多様な環境条件下における森林生態系の構造的・機能的な特性を比較・検証するにあたっても有用な情報である。
 上記国連食糧農業機関(FAO)の報告書によると、森林バイオマスの1ha当たりの量は、カリブ海・中央アフリカ・島部東南アジアなどで高い値を示しているのに対し、熱帯南部アフリカやアフリカンサヘルでは非常に低い数値となっている。また、高い人口圧力のために、南アジアでは人口一人当たりのバイオマスが著しく低い。
 森林の減少、特に熱帯林の減少に対しては、国際熱帯木材機関(ITTO)や国連食糧農業機関(FAO)といった国際機関による協力や二国間の協力が進められている。また、平成6年(1994年)1月、新しい国際熱帯木材協定(ITTA)が「熱帯木材及び熱帯木材製品の輸出を専ら持続可能であるように経営されている供給源からのものについて行うことを2000年までに達成するための戦略を実施するための加盟国の能力を高める」旨のいわゆる2000年目標を盛り込んだ内容で採択されている(第4-5-8表)
イ 土壌
 土壌は、農業や牧畜などの基盤であり、土壌の劣化や喪失はこれらの活動を不可能にするだけでなく、人間の生活自体にも影響を与える。土壌劣化の態様には、降雨による流失などの浸食、表土が吹き飛ばされるといった風による浸食、塩類集積やアルカリ化、湛水化などがある。土壌の劣化や喪失といったいわゆる砂漠化の問題には、地球規模での大気の循環の変動による乾燥地の移動という気候的要因と乾燥地及び半乾燥地の脆弱な生態系の中でその許容限度を超えた人間の活動による人為的要因の二つがある。たとえば、アフリカのサヘル地方などでは樹木や草の再生力を超えた薪の採取や牧畜、周期を短くした移動式耕作などがしばしば見られる。このため、土壌の劣化や喪失を招きやすく、ひとたび干ばつが起こると環境難民として他の土地あるいは他の都市へと流出することがある。
 1991年(平成3年)にUNEPが発表したレポート「砂漠化の現状及び砂漠化防止行動計画の実施状況について」によると、世界には61億ha以上の乾燥地が存在し、地球の陸地の40%近くを占めている。こうした乾燥地域では世界人口の約5分の1の人々が生活しており、そのうち約9億haがきわめて乾燥している地域、いわゆる砂漠で、残りの約52億haの一部で人間の活動による砂漠化が進行している。
 また、土壌の劣化にさらされている地域は、約36億haで、きわめて乾燥している地域を含めた乾燥地全体の約59%を占める。大陸別に見ると被害面積が最も広いのはアジアであり、ついでアフリカ、ヨーロッパと続くが、乾燥地面積に占める土壌劣化の割合を見ると、アフリカが約73%と特に多い。
 こうした砂漠化問題に国際的に対処するため、1993年(平成5年)5月より砂漠化を防止する国際条約を策定するための政府間交渉が開始され、1994年(6年)6月に砂漠化防止条約が採択された。また、同年10月の条約署名式典において、我が国を含む86ヶ国(EUを含む)が署名を行い、平成8年1月現在で25ヵ国が批准している。我が国では、これまで条約の採択に向けて積極的に取り組んできたほか、砂漠化のメカニズムの解明や植林、乾燥地農業支援といった観点からも取組が行われてきた。今後も上記のような国際的動向に適切に対応するため砂漠化問題への取組を強化するとともに、砂漠化の防止における多国間及び二国間の協力が求められている。

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