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第3節 

2 経済的手法

 現在、なお一層の取組が必要な都市・生活型公害や廃棄物の排出量の増大、地球環境問題等は、通常の事業活動や日常生活を含む広範な社会経済活動に起因している。これらの活動による環境への負荷に伴い社会に生じる費用は、明確に認識されず、対策が十分に行われてこなかったことから、市場メカニズムの中に適切に織り込まれてこなかった。例えば、自然のもつ価値を知るための手法として、仮想的市場評価法がある。これは環境を保全することによって得られる価値を金額で把握しようとするものであるが、高知県が専門家に委託して行った調査では、四万十川流域の自然保全にとって最も重要であると思われる、河川の水質改善にどの程度の費用を負担する意思があるかを東京都三鷹市及び京都市左京区の一般家庭を対象に調査している。その結果、1世帯当たりの平均「支払ってもよい額」は、14,611円となった。こうした手法は、国際的に広く認められており、米国では公共政策に利用されるなど確立した地位を得ているが、我が国ではこうした研究は必ずしも十分でなく、今後の進展が期待される。
 通常の事業活動や日常生活を含む広範な社会経済活動に起因する問題については、社会の構成員それぞれが負担を適切に分担し環境の保全に適合した行動をとるよう促すことが必要である。経済的手法は、こうした多数の日常的な行為から生ずる環境への負荷を低減させ、資源の効率的配分にも資すると考えられる点で有効性が期待される政策手法である。こうした経済的手法は、欧米諸国において様々な活用事例が見られる。OECDにおける検討状況を1996年(平成8年)2月のOECD環境大臣会合で示された経済的手法に関する認識やOECDの環境政策委員会及び財政委員会による共同調査報告から見てみよう。特に北欧諸国においては、現在多くの経済的手法が実施中であり、これらをより有効なものとするための改正も行われているなど、経済的手法の活用が盛んである。諸外国と我が国は、経済社会条件や税・課徴金等の仕組みが異なることから、各国の制度や改正がそのまま我が国に当てはめられるものではないが、我が国において経済的手法の活用を検討する際に、こうした経験に学ぶところも少なくないものと思われる。環境に係る税制をめぐって最近大きな動きの見られたオランダとデンマーク、そして地方レベルでの経済的手法の活用例として米国の州における取組等を概観し、次いで、我が国における経済的手法に対する認識等を見てみよう。なお、以下では、環境に直接・間接に悪影響を与える製品等の生産・消費や環境汚染物質の排出等の行為を削減・抑制することを目的とした多様な税・課徴金を環境税と呼ぶ。

(1) OECD等における調査検討の状況

 OECDでは、1996年(平成8年)2月に第5回環境大臣会合が開催された。同会合での「環境管理の25年:何が成し遂げられたか?」をめぐる議論の背景文書として経済と環境政策の統合グループにより作成されたENVIRONMENT-ECONOMYPOLICY INTEGRATION:A PROGRESS REPORT BACKGROUND REPORT FOR THE OECD EPOCMEETING AT MINISTERIAL LEVEL(ENV/EPOC/MIN/(95)5)を見てみよう。この報告書は、経済と環境の統合をより進めるための戦略、地球規模化、財政制度、雇用、貿易、環境・経済の情報、制度改正、今後の方向について記述された報告書である。このうち、経済的手法に関連する記述を見ると、まず、「統合をより進めるための戦略」では、環境の観点を経済政策決定に盛り込む方法が必要であり、従来、規制的手法を多用してきたが、費用効果の観点からも経済的手法の活用が増加していること、排出権売買やデポジット・リファンド制度も有効であるが、税制の活用が経済的手法の活用方策として人気を博し続けると考えられること、環境上の効果がより高い経済的手法と、より費用効果的な環境規制の設計に努力が払われており、交渉された協定ともあいまって、より効果的な政策の組合せが行われることが望ましい等としている。「財政制度」では、財政赤字と公的債務が重要な関心事項となっているが、環境政策は、環境に優しい税制改正や環境に負荷を及ぼす補助金の削減を通じて、この問題の解決に貢献し得ること、税収の使途特定や特定の環境目的の使用者課徴金は、経済システムに大きな歪(ゆが)みをもたらす可能性があるものの、環境上ないし財政上の理由からそれが有効となることがあり得ること、補助金は、環境及び経済に良い影響も悪い影響も与え得るため、単に補助金を削減しただけでは、環境改善効果があるかどうかは不明であり、補助金がどのように導入され、どのように削減されるかによって、その効果が左右されること、環境に対する補助金による経済効果に比べると、補助金による環境への影響については多くが知られていないこと等が示された。また、「今後の方向」として、包括的な税制改正及び個別の環境税の導入など、税制のシステムを環境目的のために、より創造的に活用することが、もう一つの政策統合の契機となること、産業部門ごとの補助金による環境への影響は、ほとんど理解されておらず、今後の作業は、?既存の補助金による活動の広がりとその定義付け、?既存の補助金政策が環境のパラメータ1[に与える影響のモデル化、?どのような条件下での環境サービスへの対価としての支払(公共財の供給)が、経済的に効率的であると考えられるのかを特に農業と輸送の部門で明らかにすることが重要であるとした。
 OECD環境大臣会合で採択されたコミュニュケの中で、経済的手法との関係では、特に推進することを求める取組として、?様々な経済分野における補助金及びディスインセンティブ税による環境への影響について、1995年(平成7年)5月のG7環境大臣会合での提案に基づき、分析を進め、2年以内にOECD理事会に報告すること、及び?環境(グリーン)税制改正についての調査研究を開始し、1997年(平成9年)春までにOECD理事会へ勧告を含む報告を提出すること等を示した。
 また、OECDでは、先に環境政策委員会と税制委員会の合同委員会において「IMPLEMENTATION STRATEGIES FOR ENVIRONMENTAL TAXES」を取りまとめ、1996年(平成8年)1月に公表したところである。これは、OECD加盟国において経済的手法のより一層の活用を図るために実施に向けた戦略をまとめたものである。このため、調査・検討事項も、経済的手法の導入に際してより実践的な課題に関するものとなっている。同報告書は、まず、OECD諸国における環境税の活用状況、及び二つの大きな動向を見ている。第一に、税制を根本的(radically)に再構築しようとするグループとして、後に見るオランダやデンマーク、そしてフィンランド、ノールウェー、スウェーデンがあり、こうしたグループでは、エネルギー税制の再構築など、課税を所得に対するものから環境税を含む消費に対するものへとシフトしつつあるとしている。第二に、より小規模で環境税を活用するグループがあり、オーストリア、ドイツ、ベルギー、フランスそしてスイスを挙げている。これらの国では、包括的な税制改正に比べると小さな枠組みの中で環境税の活用を増加させており、また、環境税のインセンティブ効果を強調する傾向にあるとしている。こうした環境税をめぐる近年の動向等を見た後、「環境税の設計と実施(designingand implementing environmental taxes)」、「環境税の国際的な意味(internationalimplications of environmental taxes)」、「環境税の分配上の効果と補償措置(distributiveeffects of environmental taxes and compensation measures)」、「環境税の税収の使用(theuse of ecotax revenues)」について分析を行っている。これらについて概観すると、「環境税の設計と実施」では、適切な課税ベースと税率をどのように決定するのかといった税の設計に関する多くの問題を取り上げ、行政上及び実施上の数々の問題について検討している。例えば、どのような税も議論を呼ぶものであるが、税と環境問題のリンクが明確であれば、税の受容性は増す等とした。課税ベースについては、汚染が生産に起因するのか、消費に起因するのかによって異なり、排出税か製品税かは、モニタリングの可能性と費用によるとした。また、課税点については、汚染者や汚染源の数によるとした。税率の選択については、セカンドベストの方法として、あらかじめ定められた環境上の目標と価格シグナルの変化に対する反応の予想に応じて設定することが示された。当局は、適切な税率や課税対象について決定するためのすべての必要な情報を有していないので、経験に照らして改正を加えていく必要があること、事前に知らしめ、段階的に実施していくことで、適切な税率の評価と、投資計画の混乱による不必要な経済的コストの発生が回避できようとした。「環境税の国際的な意味」では、環境税による貿易への影響について包括的な概観を行っている。例えば、ある国で炭素税を導入しても他の国での生産と消費が増えることで、多かれ少なかれ課税の効果が減じるため、国際的な協力が必要となる。相殺、補償措置については、これまで、免除、還元、生産部門への補償等各種の提案が行われてきたが、こうした措置は、明らかに環境税の環境上の効果を低減し得るものであり、貿易に関する国際的な合意の下で、経済的な効率や環境上の効果をできるだけ引き下げないように設計されるべきとした。国境税調整に関しては、消費に起因する汚染に関して製品に課される税の国境税調整を行う場合は、環境税の効率を高めるのに資するとしたが、生産工程や方法に起因する汚染の場合は、こうした国境税調整によって国内の消費が減少しても、生産者は、国際的な競争力を有した状態で商売を EC(現EU)は、1990年(平成2年)10月のエネルギー環境相合同理事会においてCO2の排出量を2000年(平成12年)までに1990年レベルで安定化させることを決定した。その後、EC委員会は、新税に関する内部的な検討を行い、1992年(平成4年)6月に炭素/エネルギー税に関する理事会指令案を閣僚理事会に提出した。これを踏まえ、幾度かの閣僚理事会や欧州議会で審議されてきたが、ドイツ、デンマーク、オランダが積極的に支持を行う一方、英国がEUの権限を逸脱するものであるとして反対する等によりコンセンサスが得られず、欧州委員会では、1995年(平成7年)5月、修正案を提出した。同修正案の概要は、共通炭素/エネルギー税の導入という最終的目標は維持しつつ、2000年までを移行期間とし、その間は同税の導入内容については加盟国の大幅な裁量にゆだねるものとなっている。すなわち、税率も製品ごとに個別に加盟国ごとの判断で設定できるとしている。本件に関しては、共通する項目について、現在もEU経済蔵相理事会等を中心に検討がなされているところである。

(2) オランダ、デンマーク、米国(州)の取組

ア オランダにおける活用事例
 次にオランダにおける経済的手法の活用の動向を見てみよう。オランダでは、これまで環境政策に積極的に経済的手法を活用してきた。時期的に三つに分けると第3-3-2図。のようになる。以下、オランダ政府の公表資料等を下に概観しよう。
(ア) 個別課徴金から一般的な課徴金へ
 1988年(昭和63年)に、これまでの大気汚染、交通騒音、産業からの騒音、化学廃棄物に対する個別の課徴金に代わるものとして燃料に対する一般的な環境課徴金として燃料課徴金が導入された。個別の課徴金制度は複雑で不透明なものだったため、それらの多くは、効率的で信頼に足る財政制度とはみなされていなかったとされる。また、課徴金による歳入は少なく、環境政策全体に占める割合はわずかであったことから、歳入の増加に対して、行政管理費用が極めて高いものとなることが懸念された。こうした中、環境政策に必要な経費を賄うより統合的な制度の必要性が認識され、汚染者負担の原則と比較的関わりの深いと思われる「燃料」が、その課徴対象として選ばれた。既存の個別課徴金が必ずしも効率的ではないというコンセンサスがあったこと、1988年の総歳入額は、3億1,500万ギルダー(約205億円)であったが、これはおおむねこれまでの個別課徴金と同程度の額であるため、実際の負担が増加しないことなどから導入はスムーズで大きな反対はなかったとされる。規制ではなく、環境対策のための財源調達が目的であったことから、歳入も少なく、また、既存のエネルギー政策に影響を与えないよう経過措置がとられたため、国民経済、産業活動及び国際貿易に対する影響はとても小さい(verysmall)と思われるとしている。また、1990年(平成2年)にはCO2排出抑制のため、燃料課徴金の一部としてCO2税が実施された。
(イ) 税制への改組
 燃料課徴金による歳入は、1988年(昭和63年)の3億1,500万ギルダー(約205億円)から1991年(平成3年)の9億2,500万ギルダー(約600億円)へと大幅に増加し、もはや環境政策の費用を賄う一政策手法としてみなすことができなくなったことから、これを廃止し、1992年(平成4年)7月から環境税として、CO2排出量及びエネルギー含有量に応じて税率水準を決定する燃料税に改組された。このほかにも環境税として、1995年(平成7年)1月より廃棄物処理税、地下水抽出税が施行されており、これらの税の歳入は一般会計に入り、環境政策の費用は一般会計から支出されることとなっている。1995年に税収総額に占めるこれらの税の割合は、1.3%となった。このような経過を経て、オランダの税制に、環境の観点を持つ税が広く取り入れられた。これは、環境への負荷をもたらす物質や自然資源の消費等に対する課税を高めることにより、消費課税のウエイトを高めようとするもので、OECDによる検討状況にも見られるようにこうした考えは国際的にも関心が高まってきている。
(ウ) 新たな税と今後の展開
 1993年(平成5年)のNEPP2(NATIONAL ENVIRONMENTAL POLICYPLAN 2)では、2000年(平成12年)に1990年比で、3〜5%のCO2排出削減目標を達成するために、税制の活用が必要という結論を出している。1994年(平成6年)夏になされた超党派による採択書「未来への選択」では、オランダは、ECの炭素・エネルギー税の共通導入に積極的に取り組むこととしている一方で、1996年(平成8年)1月1日までにそれが不可能な場合、同日付けをもって、でき得れば他国と共に、「小規模エネルギー消費税」を導入することとした。現在、この「小規模エネルギー消費税」が実施されており、その税収は課税を労働や資本に基づく所得から環境の使用へと移行するという政府の考えに沿って、雇用の創出と購買力の維持のため、経済に還元されることとされている。以下では、この新税について概観したい。
 この税の目的は、小規模エネルギー消費者においても、さらなるエネルギー消費の抑制、保全を進めることである。また、この税による環境改善効果については、2000年(平成12年)に総合的に見るとオランダ全体のCO2排出量の1.5%に当たる170万から270万トンのCO2の削減を期待している。税の対象となるグループでは、おおよそ5%の削減を見込んでおり、需要サイドへの価格効果によって、エネルギー保全がさらに進むことを期待している。また、環境への負荷の少ない供給側の選択を促すため、?地域暖房を経由する熱に対する課税免除、?電力発電に使用される天然ガスの課税免除、?再生可能なエネルギー(水力、風力、太陽、バイオマス)に対する特別な規定を設けている。課税対象は、一定使用量の天然ガス、同じく低アンペアの電気、及び家計や小規模商業施設においてガスの代わりに使用される軽油等の鉱物油製品である。税率は、EUの二酸化炭素・エネルギー税の指令案を踏まえ、段階的な引上げにより最終的には、1バレル当たり10ドル相当とすることとしている。CO21トン当たり27ギルダー(炭素1トン当たり6,440円)、1ギガジュール当たり1.506ギルダーとなる。なお、温室園芸分野は、数多くの小規模企業からなり、国際市場で営業し、輸出割合が極めて高いため、温室内で使用される天然ガスについては、特別税率0が適用されている。電力については特に優遇措置はない。新税は、家計のすべてと企業の95%を対象としている。また、非運送、非原燃料としてのエネルギー利用の40%が課税の対象となる。税制改正が終了する1998年(平成10年)で、税収は付加価値税を含み21億ギルダーに上ると見込まれており、これは家計及び産業によって支払われた他の税の減税に当てられる。家計による支払分は家計に、産業による支払分は産業と政府部門に使用される。この税は、環境目的の税による収入を2倍にし、これにより全税収に占める割合は、2.5%となる。税を産業へ還流した場合の試算結果が第3-3-1表である。ホテル・レストラン、食料・嗜好品等エネルギーを大量に消費する産業で、ネットでマイナスが多くなるが、総じるとプラスの効果が示されている。
 これまでの協定や許可制度では捕捉(そく)しきれない小規模な無数の消費者によるエネルギー保全を進めるため、政策の組合せが行われてきた。今回の小規模エネルギー消費税は、この様々な手法による小規模消費者におけるエネルギー保全の促進にとって、かぎとなる施策であり、既に講じられている他の施策の効果を高め、補うものとされている。なお、この他、表層水、表層鉱物、重金属、農業投入物、鉱物と原料物質などが、課税対象の候補として検討されているが、現段階では新税としての提案は行われていない。
イ デンマークにおける活用事例
 デンマーク政府による公表資料等をもとにデンマークにおける活用事例を見てみよう。第3-3-2表はデンマークにおける1993年(平成5年)以前の経済的手法の活用事例である。特徴としては、容器に対する税について、100-600ミリリットルと1,060ミリリットル超で4倍以上の差があること、廃棄物については、埋立て処理より燃却処理の方が1t当たり35DKK(デンマーククローネ、1DKK≒19円(1996.1))安いこと等が挙げられる。このほか、電力に対する税については、部屋(室内)とその他で差別化されており、鉱物油製品については、有鉛と無鉛で1リットル当たり0.65DKK(約12円程度)異なること、また、CO21トン当たり100DKKの炭素税が導入されていることなどである。
 デンマークでは、1993年(平成5年)に環境関連の税制改正を行った(第3-3-3表)。例えば、石炭税については、石炭(Coal)のうちピッチ(Pitcoal)と未精製石油コークス(Crude oil coke)の差別化を行ったほか、鉱物油製品関連でいくつかの税が引き上げられた。また、廃棄物処理税の引上げ、自動車の登録税の引上げ、さらに、水道水に対する1立方メートル当たり100円弱の課税、ショッピングバッグに対する課税を行った。ガソリンでは有鉛ガソリンと無鉛ガソリンに係る税の引上げを行ったが、後者の引上げを30%としたのに対し、前者の引上げを24%としており、有鉛・無鉛間の差別度は小さくなった。
 引き続き1995年(平成7年)にも税制改正を行っている(第3-3-4表)。ガソリン税の引上げ(0.11DKK(約2円)/リットル)を行ったほか、ニッカド電池税を創設した。ニッカド電池の回収に関する協定が環境省と電池製造業者、小売業者の間で成立し、新たに電池に課される課徴金により回収費用を賄い75%の電池を回収するというコミットがなされていたものの実際には35%しか回収されなかったため、本税の導入となった。なお、電池回収1?につき120DKKの報奨金(プレミア)が付く。税収は4500万DKK(約8.6億円)であった。このほか、有機溶剤税、殺虫剤税があり、それぞれ歳入は、500万DKK(約9500万円)、2億DKK(約38億円)であった。
 1993年(平成5年)以後の改正では、産業のエネルギー使用に対する税の減免措置が据え置かれたことから家計と産業の間の税負担の差が広がった。このため、政府は1993年9月に関係省庁により構成される委員会を設置し、雇用と産業の競争力に影響を与えずに、産業に対して「環境に優しい税」を段階的に導入していく方策の検討を開始した。同年11月に同委員会は、環境保護団体、産業界、消費者団体を交えて議論を始め、1994年(平成6年)4月に中間報告を行った。中間報告では、新たなイニシアティブが環境上の理由から必要とされていること、税収を戻した場合のマクロ経済への影響の分析、国際的な税の比較等が行われた。この後、1995年(平成7年)1月に最終報告がなされ、これをもとに政府と産業界における調整が行われた。1995年春に結論を得て、国会等で7月に確定した。デンマークでは、1994〜98年の一般的な税制改正において、?すべての所得階層における限界(マージナル)税率の引下げ、?税の抜け道を埋めること、?所得から資源の枯渇、環境への負荷に対する課税への段階的なシフト、が主要な目標とされた。
 国際的な二酸化炭素及び硫黄酸化物の排出抑制努力を支持し、環境目標の達成に向けて、産業界によるエネルギー消費の課税を引き上げたことの背景には、EUやOECDレベルで共通炭素税に合意ができなかったことがある。デンマークでは、税とその補完制度でCO2の排出を5%削減することとしており、1996年(平成8年)より施行し、2000年(平成12年)まで税率を引き上げることとしている。また、政策の組合せとして投資助成が行われる。
 産業に対する新たなエネルギー税は、まず、課税標準から見ると三つの要素で区別される。「エネルギー」については、個別のエネルギーごとにエネルギー含有量に応じて、「CO2」については、CO2排出量に応じて個別の燃料ごとに、「SO2」については、SO2排出量に応じて個別のエネルギーごとに課される。また、同税は、暖房(スペースヒーティング)、照明、オフィス機器等の集約的でないエネルギー使用(ライトプロセス)、集約的なエネルギー使用(ヘビープロセス)の三つの用途で区別される。家計に比べて相対的に負担が軽減されている暖房に対するCO2・エネルギー税は、1996年〜98年の3年間をかけて、家計の暖房における負担と同程度となるよう引き上げられる。これは、現在産業に対して行われているエネルギー税の100%の還元とCO2税の50%の還元の廃止を通じて実施され、最終的には、平均して約600DKK/t・CO2の課税となる。他方、集約的なエネルギー使用の場合では、2000年にCO21トン当たり25DKKとなるが、行政当局と企業の間で一定の省エネ投資を行うとの協定が結ばれていれば、3DKKに軽減される。一方、集約的でないエネルギー使用の場合では2000年にCO21トン当たりで90DKKとなるが、協定があれば68DKKと軽減される。しかし、省エネ投資を行うコミットメント等協定の条件は厳しいとされる。同税はインセンティブを目的としており、歳入増が目的ではないので、すべての税収を還流するという基本原則の下で、以下のように還元される。?省エネ投資のインセンティブとしての活用、?雇用者の社会保障への貢献分の引下げに使用、そして、?中小の企業者に対する還元の基金としての活用である。デンマークでは、このエネルギー税による産業界へのマクロ経済への影響について試算している。基本的に、新たな税は5年間かけて段階的に導入されること及び歳入は完全に還流されること、から影響は小さいとしている。また、還流を行わない場合、年間の賃金コストで0.1%増程度と見込んでいるが、為替、金利、賃金上昇に比べると問題のない数値としている。「社会保障への貢献分の引下げ」と「中小企業者へのファンド」という税収の還元を行う場合には、コストを2000年で0.5%程度引き下げる、という結果になった。個別の産業への影響については、同じ業種でもエネルギー集約的な企業でマイナスの影響が大きい。例えば、石材・粘土・ガラスでは付加価値の1.2%のマイナスとなっているが、どの産業でも、平均的なエネルギ1[集約度の企業であれば、±0.3%の範囲に納まると見ている(第3-3-5表)
ウ 米国における州レベルでの活用事例
 次に、地方レベルでの経済的手法の活用例として、米国における取組を見てみよう。メリーランド大学Centerfor Global Changeの調べによれば、現在、州政府の環境関連税法として、250を超える緑の税制措置(greentax measures)が法律化されているとしている。これらの中には、有害廃棄物に対する課税や汚染防止装置の設置に対する税の優遇といった従来からも広く用いられているものに加え、農用地からの負荷を減らすために農薬や肥料に対する税といった試みもある。この調査によって、州は、経済を活性化するのみならず、具体的な環境目標を一層進めるために緑の税制措置を用いていることが示された。最も広く実施されている環境税の例としては、汚染事業者に課し、その税収を浄化その他の環境資金(fund)に使用するものである。これは、環境を損なった者がその復元費用を払うという汚染者負担の原則を実行する手法といえる。23州で実施され、14例が漏えい地下貯蔵タンク、7例が様々な有害物質の浄化・対処、7例が原自然地域の保全・保存等に関するものである。
 自然資源の回復・保全のために税制が活用された例としてコネチカット州のオイスター税を見てみよう。かつて有名な牡蠣(かき)漁場だった同州の沿岸域は、乱獲と汚染のために営業上の活力を失い、今世紀初頭の年間約200万ブッシェルから1970年代には年間約4万ブッシェルの水揚げへと減少した。そのため、州政府は1980年代末までに厳しい水質基準を設けることにより事態の改善を図り、さらに1987年(昭和62年)に牡蠣という自然資源の回復等を促進するため、牡蠣の売上げに課税してその税収を種牡蠣の生産と牡蠣床の回復に役立てることにした。これにより、牡蠣の水揚げは3倍、年間約70万ブッシェルにまでなり、同州は国内第2位の牡蠣生産州となった。
 次に多数の州で活用されているクリーン(低負荷型)技術の開発へのインセンティブを与えることを目的とした税の活用についてみよう。こうした政策は、特にエネルギー分野で重要であろう。大きく成功したとされる例は、カルフォルニア州の風力発電に関するものであろう。同州では、発電又は作業用の風力施設に係る投資に対して、1977年(昭和52年)から1986年(昭和61年)まで所得課税において、税額控除を認める特別措置を講じた。1980年代初頭には、商業的なスケールでの風力は世界中どこにもなかったが、1992年(平成4年)までに同州では、1,655百万キロワットの風力発電施設を建設した。これは、世界第2位の風力発電能力を持つデンマークの3倍になる。この間の開発努力は、実験室ではなされなかった風力の実績と費用効果の向上をもたらし、過去10年の間に、1キロワット当たりのコストが4分の1以下になったとされる。同州では、こうした再生可能エネルギーの発電量が過去10年で4倍になったとされるが、これと同程度の発電を石炭で行った場合に比べ、2,700万トンの二酸化炭素の排出が避けられたことになるとしている。次にオレゴン州の省エネルギーヘの軽減税を見てみよう。これは企業が認定された省エネルギー設備を設置すれば、そのコストの35%が軽減されるというものである。1994年(平成6年)だけで、同州は700万ドルの税を軽減した。この軽減税により1980年(昭和55年)から設置された施設の累積では200万バレルの石油節約に相当する。州政府の調査では、免税を受けた企業の半数はこれによって省エネ投資の規模と範囲を拡大し、3分の1はこれなくしては、全く投資を行わなかったであろうことが示された。Centerfor Global Changeによれば、エネルギー分野のみならず、リサイクル技術の多くも税によってインセンティブが働くとされる。インセンティブを与える手法としては、リサイクルされた原材料を含まない製品への課税、ガラス瓶やタイヤのようなリサイクル又は再使用可能な材料へのデポジット類似の払戻しされる課税、リサイクル施設への税軽減などがある。15州において、リサイクルに対するインセンティブを与えるための税制等の活用が見られる。
 次に州の税法と環境の基準を統合しようとする動きを見てみよう。ミネソタ州の汚染不動産税は、企業の環境対策の実績と税法上の責任を結び付けることによって、環境を破壊する産業界に対処しようとするものである。同州の汚染不動産税(ContaminatedProperty Tax)は、不動産税の持つ環境ディスインセンティブへの一つの答えといえよう。一般に、土地、建物その他不動産については、その公正な市場価格に応じて課税される。もし不動産が有害廃棄物で汚染されていれば、その価値が下がり、しばしばゼロ以下になる。こうなると、汚染企業は不動産税の支払を軽減し又は全く逃れて、道路や警察や地域にとってのニーズを賄う負担を、不動産を所有する住民とよりクリーン又はグリーンな企業の肩に転嫁してしまうという誤った効果を持ちうる。同州内の企業が、汚染の存在を理由に税の減免を主張したのに対し、州は新たな汚染不動産税をもって答えた。この税は1995年(平成7年)から実施され、不動産の「汚染価値」−contaminationvalue−すなわち汚染の前と後の価値の差を基準に課税される。不動産所有者で汚染に責任があり、承認された浄化プランを持たない者は、汚染価値を基に不動産税率と同率の税を払う。もし承認された浄化プランを届け出れば、税は半額になる。汚染を知らずに不動産を買った場合でも、所有者に対して、不動産税率の25%で汚染価値に課税され、浄化プランが出されればこれが12.5%となる。この税収は、1996年度で50万ドル以上の見込みである。承認されたプランのある不動産からの税収に見合う部分は、市町村の浄化事業に補助するための州の基金に組み入れる。この税が創設されるまでは汚染不動産を放置するインセンティブがあったが、創設後は不動産所有者に汚染不動産を浄化する強いはずみがついた。
 その他、自動車の使用を減らすことを目的とした税の軽減措置がある。例えば、マサチューセッツ州のバンプール控除は、企業が乗合通勤用のシャトルバンを購入又はリースする費用の30%相当額の税を軽減するというもので、これにより、通勤用シャトルバンの購入促進を図り、個々人の通勤のための自動車の使用等を抑制しようというものである。
 Center for Global Changeによれば、これまで州が行ってきたことは、将来の緑の税制に向けた一層総合的なアプローチの必要性を示しているとされる。しかしながら、他の米国における最近の調査によれば、現行の州と連邦の税法には、持続可能でない汚染や自然資源の消費を促進するような数々の補助措置が存在するとしている。



(3) 我が国における経済的手法に対する認識

 このように国際的には経済的手法に関する認識が深く、既に数多くの活用事例が見られるが、我が国における認識はどのようなものであろうか。平成5年11月に制定された環境基本法では、その第22条に必要かつ適正な経済的助成措置を環境の保全上の支障を防止するための経済的措置の一つとして位置付けるとともに、新たに、経済的負担措置について規定している。経済的負担措置については、まず、このような施策が、有効性を期待され、国際的にも推奨されているという認識を明らかにしている。次に、税、課徴金、デポジットなどの個別の措置が国民に負担を与えるものであることから、その措置の効果、経済に与える影響等を適切に調査し及び研究する必要があるとしている。そして、そうした調査・研究を踏まえ、個別の措置の必要がある時には、経済的な負担を課す施策を活用して環境の保全上の支障を防止することについて、国民の理解と協力を得るように努めるとしている。さらに、その措置が地球環境保全のためのものであるときは、その効果が適切に確保されるようにするため、国際的な連携に配慮して行うとしている。現在、我が国においては、経済的手法の活用としては国レベルでは、航空機騒音に係る賦課金制度などが、また、地方レベルでの取組として廃棄物収集の有料化などの事例がある。環境庁では、環境問題への対策としてその有効性が期待される経済的手法に焦点をあて、それが国民一般にどのように認識されているか、また環境に対する態度にはどのような特徴があるのか等を明らかにすることを目的としてアンケート調査を実施した(平成7年2月実施。全国の20歳以上の男女2,000名対象、有効回答数1,445)。もとより、このアンケート調査のみをもって我が国における経済的手法に関する一般的な認識を代表させることは困難であるが、一例としてその単純集計結果から明らかになった主要な点を概観しよう。
ア 環境に関わる価値観
 経済と環境に関し、あえて選ぶとすればどちらの意見を支持するかという質問を行ったところ、概して、環境保全を支持する意見が7割の支持を得て多数派であった。しかし生活水準と環境保全という対立軸では後者の支持割合は3割にとどまるなど、環境問題は「総論賛成・各論反対」の傾向が示された。また、環境保全に対して、企業の自主性に任せるより、政府が何らかの規制をすることに対して過半数が支持した(第3-3-6表)
イ 経済的手法の導入と消費行動の変化
 環境保全のために経済的手法が導入された場合、消費者は電気等の使用量をどのように変化させるか、現在よりも価格が10%上昇したケースを想定し、電気、ガス等について尋ねた。その結果、いずれの項目においても、「価格の上昇程度減らす」は1割強、「ある程度は減らす」が5〜6割、「全く減らさない」が2〜3割という分布であった(第3-3-7表)。経済的手法が導入された場合、国民一般は電気等についてある程度は使用量を減らすであろうとの意識を持っていることが示された。
ウ 環境に係る税・課徴金などの経済的負担を求める措置(調査では、「環境税」と例示)の導入の是非
 環境に係る税・課徴金などの経済的負担を求める措置の導入の賛否を尋ねた結果、「賛成派」45.4%、「反対派」37.3%、「わからない」が17.4%となり、賛成派が反対派を約8%ポイント上回った(第3-3-8表)。なお、調査で用いた「環境税」の内容は被調査者によって様々な受け止め方がなされていると考えられることに留意する必要がある。
 環境庁においては、現在、学識経験者による研究会を設け、内外の研究成果や政策の実際等を参考に、環境保全上の効果、国民経済に与える影響等の論点を中心に検討を深めているところである。今後はそうした検討の成果等も踏まえ、環境政策における経済的手法の活用につき、国民的な議論が深まることが望ましいものと考えられる。

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