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第1節 

2 地球規模の大気環境の現状

 大気環境問題には、地域的な問題にとどまらず、被害・影響が国境を越え、ひいては地球規模にまで広がる地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨などの問題がある。
 地球温暖化問題は、二酸化炭素の温室効果と人類の化石燃料消費量の増加に伴う大気中の二酸化炭素濃度の上昇が指摘されたことから数々の調査研究がなされ、対策の必要性が認められるようになった。我が国においては、1990年10月に地球温暖化防止行動計画を策定し、国際的には、1995年2月までに120か国以上の国々が気候変動に関する国際連合枠組条約を批准するなど、国の内外において地球温暖化対策に向けた取組がなされている。
 オゾン層破壊の問題は、1974年米国の学者によってクロロフルオロカーボン(CFC、いわゆるフロンの一種)によるオゾン層破壊に関する理論的論文が発表されて以来世界の注目を集め、また、その破壊過程が現実大気において起こっている可能性が大きいことを示す観測事実が指摘されたこともあり、1985年に「オゾン層の保護のためのウィーン条約」、1987年に「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択されてオゾン層保護に対する国際的な取組が始まった。我が国においても「特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律」の制定等、種々の対策が講じられている。
 酸性雨(Acid Rain:用語としてはイギリスの学者によって19世紀後半に初めて使用された)については、北米やヨーロッパにおいて対策が進んでおり、特に、ヨーロッパにおいては1979年の11月に「長距離越境大気汚染条約」が締結され、酸性雨防止対策への取組が行われている。我が国では、実態や影響の把握のために昭和58年度から酸性雨対策調査を行うとともに、影響予測モデルの開発や周辺国とのモニタリングネットワークの構築に向けた取組を行っている。
(7) 二酸化炭素その他の温室効果ガス
 二酸化炭素(CO2)を始めとするメタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、CFC、オゾン(O3)、水蒸気(H2O)などの温室効果ガスは、太陽放射により暖まった地表から放射される赤外線を吸収し、再び地上に向けて放射することにより熱が宇宙へ逃げていくのを防ぎ、大気や地表の温度を生物の生存に適した状態に保っている。地球温暖化問題とは、こうした温室効果ガスの濃度が人間の様々な活動や火山の噴火などによって増加し、地球上の平均気温が上昇して海面水位の上昇や降水パターンの変化及び生態系の変化などの影響を生じさせる問題のことである。
 メタン、亜酸化窒素、CFC等の一定量当たりの温室効果は二酸化炭素に比べはるかに高いものの、二酸化炭素の排出量が膨大であるため、二酸化炭素の地球温暖化への寄与度はたいへん高く、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書によれば1980年代には約55%となっていた(第5-1-8図)。このため地球温暖化問題への対策としては、二酸化炭素の排出量削減が重要なポイントとなっており、世界各地で二酸化炭素等の温室効果ガス濃度の監視が行われている。国内においては、岩手県三陸町綾里、東京都南鳥島、沖繩県竹富町波照間島などで二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素等の濃度の観測を行っている。
 大気中の二酸化炭素濃度は産業革命以前には280ppm程度であったが、世界の人口が増加して産業や農業が発展するに従って二酸化炭素の排出量も増え、現在では350ppmを超えており、さらに年0.5%の割合で増加していると推測されている(第5-1-9図)。なお、岩手県三陸町綾里での観測によると、平成6年の年平均濃度は361.6ppmであった。
 メタンには、湿原や湖沼などの自然発生源と天然ガスの漏出や家畜・水田・廃棄物埋立地等の人為的発生源があり、その温室効果は二酸化炭素の約24.5倍あると考えられている。大気中のメタンの濃度は、過去3000年間の古大気の分析では250年前まではほぼ一定であり、この200年の間に2倍以上に増加したと推測されている。また、シベリア上空でメタンが高濃度で観測されており、地球レベルでシベリアの湿地がメタンの大規模な発生源となっていることが確認されている。なお、岩手県三陸町綾里での観測によると、平成6年の平均値は1.85ppmであった。
 亜酸化窒素には、海洋や土壤などの自然発生源と化石燃料や薪等のバイオマスの燃焼・施肥農地などの人為的発生源があり、その温室効果は二酸化炭素の約320倍あると考えられている。亜酸化窒素は大気中での寿命が150年程度と長いことが分かっているものの、地球規模での動態などについて不明な点が多い。なお、岩手県三陸町綾里での観測によると平成6年の平均値は304ppb(ppmの千分の一)であった。
 このような温室効果ガスの増加により、何も対策をとらなかった場合の地球全体の平均気温は2025年(平成37年)には現在に比べて約1度、21世紀以前には約3度上昇し、海面水位は2030年(42年)には現在に比べて約20cm、21世紀末までには約65cm(最大1m)上昇するであろうとの報告がなされている。
 我が国の二酸化炭素の排出量の推移を見ると、1990年度から1992年度にかけては排出総量及び一人当たりの排出量ともに増加している(第5-1-1表)。(排出量の部門別内訳については、第3章第3節1参照)。
 こうした地球温暖化問題に対して、国内では「地球温暖化防止行動計画」に基づいた取組がなされており、太陽光発電の普及方策調査等を行った。太陽光発電は、特に住宅用システムの普及に向けて、行政機関による率先導入とモデル事業の推進により初期需要を創出し、システムのコストダウンを図りつつ、大量普及計画の策定や各種インセンティブの付与等により、大量普及へ移行させることの必要性が提示された。


(8) 成層圏オゾンとCFC等
 オゾン層破壊の問題とは、成層圏下層(高度15km〜30km)にあるオゾン層がCFC等によって破壊され、オゾン層に吸収されていた有害な紫外線の地上への到達量が増加することによって、人や生態系に悪影響を及ぼす問題のことである。
 主に洗浄剤、冷媒、発泡剤、噴射剤等として人工的に作られたCFCは、無臭・不燃の非常に安定な化合物であるため対流圏では分解されないが、成層圏にまで達すると、紫外線によって分解され塩素原子を放出し、この塩素原子が次々と連鎖反応的に成層圏オゾンを破壊していく。CFCのほかにも、ハロン、四塩化炭素、1,1,1-トリクロロエタン、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、臭化メチル等が、成層圏オゾンを破壊することが知られている。
 南極においては、1970年代末から毎年春(北半球では秋にあたる)にオゾンが著しく少なくなる「オゾンホール」と呼ばれる現象が起きている(第5-1-10図)。1979年から1994年までの各年の最盛期のオゾンホールの面積、最低オゾン全量及びオゾン破壊量を比べると、1994年の3要素はそれぞれこれまでの極値を更新しており、1989年(平成元年)から1994年(平成6年)にかけて6年連続で最大規模のオゾンホールが出現したものと判断される(第5-1-11図)。
 1994年(平成6年)のオゾン層の南極を除く全球的な状況については、前年に続き、年間を通じて平年よりオゾン全量が少なかった。日本上空のオゾン層の状況については、オゾンの量及び高度分布を札幌、つくば、鹿児島、那覇及び南鳥島においてオゾン分光光度計やオゾンゾンデによって観測を行っている。これらの観測結果によると、つくば及び那覇ではオゾン全量は年間を通じてほぼ平年並みであった。札幌では年の前半はほぼ平年並みであったが7〜12月の6ヶ月にわたって平年より少なく経過した。鹿児島では12月を除いて概ね平年より多かった(第5-1-12図)。
 また、オゾンの高度分布等について、つくばにおいてオゾンレーザーレーダーによる観測を行っている。
 こうしたオゾン層の破壊は、地上への有害紫外線(UV-B)到達量の増大をもたらすことが知られており、有害紫外線によって引き起こされる皮膚がん、白内障、免疫抑制などの人の健康への影響や陸上植物及び水界生態系等への影響が心配されている。このため我が国では、1990年(平成2年)から有害紫外線の変化を監視するUV-B観測を行っており、1994年(6年)の観測ではUV-Bの観測値には推定平均値に対して著しく大きい値は見られない。しかし、1990年のつくばにおけるオゾンとUV-Bの観測結果に基づく解析によれば、オゾン以外の条件が変わらなければオゾンの減少に伴い、UV-Bの地上到達量が増加することが確認されており、今後も引続き監視を続けていく必要がある。
 一方、オゾン層の破壊の原因となっているCFC等についても我が国では北半球中緯度地域(北海道、岩手県、川崎市)及び南極地域(南極昭和基地)等において観測を行い、大気中の濃度を監視している。
 最近におけるオゾン層破壊の深刻な状況を受けて、1992年(平成4年)のモントリオール議定書第4回締約国会合において、議定書の改正等が行われ、我が国でもそれに対応して、平成6年6月の「特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律」の改正等により、生産等の規制強化を図った。また、同締約国会合では使用済みCFC等の回収・再利用・破壊の促進についての決議がなされた。我が国では、平成6年4月に関係省庁による「オゾン層保護対策推進会議」を設置し、CFC等の回収等の促進方策の検討を進めている。


(9) 酸性雨
 酸性雨は、主として化石燃料の燃焼により生ずる硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質が大気中で硫酸や硝酸に変化し、これを取り込んで生じると考えられるpHの低い雨のことであるが、広義には、雨のほか霧や雪なども含めた湿性沈着(wetdeposition)及びガスやエアロゾルの形態で沈着する乾性沈着(dry deposition)の両者をあわせたものである。SOx、NOx等の大気汚染物質が大気中から水や土壤などへ移行・除去される際に生じるのが酸性雨問題である。
 酸性雨により、湖沼や河川等陸水が酸性化し魚類等へ影響を与えること、土壤が酸性化し森林等へ影響を与えること、また酸性雨が、直接、樹木や文化財等に沈着することにより、これらの衰退や崩壊を助長すること、などの広範な影響が懸念されている。酸性雨が、早くから問題になっている欧米においては、酸性雨によると考えられる湖沼の酸性化や森林の衰退等が報告されている。
 酸性雨は、SOx、NOx等の発生源から数千キロも離れた地域にも沈着する性質があり、国を越えた広域的な現象であることに一つの特徴がある。欧米諸国では酸性雨による影響を防止するため、1979年に「長距離越境大気汚染条約」を締結し、関係国がSOx、NOx等の酸性雨原因物質の削減を進めるとともに、共同で酸性雨のモニタリングや影響の解明などに努めている。
 酸性雨は、従来、先進国の問題とされてきたが、近年、開発途上国における工業化の進展により、大気汚染物質の排出量は増加しており、地域の大気汚染に加え広域的な酸性雨も大きな問題となりつつある。
 地球サミットで採択された「アジェンダ21」では、先進国のみならず、開発途上国も含め、今後、酸性雨等広域的な環境問題への取組を強化すべきであるとしている。
 我が国の酸性雨への対応は、欧米と異なり、昭和50年代に人体への影響(眼や皮膚への刺激)に端を発した「湿性大気汚染」の実態調査が最初である。この調査では生態系への影響に着目していなかったことや、欧米諸国では酸性雨による生態系への影響が大きな問題になっていたことに鑑み、昭和58年度より酸性雨の実態把握と影響の未然防止の観点から順次酸性雨対策調査(以下、調査という)を実施している。
 昭和63年度から平成4年度まで実施した第2次調査結果によれば、我が国では欧米並の酸性雨が広く観測されているが(第5-1-13図)、酸性雨による陸水、土壤・植生等の生態系への影響については、明確な兆候は見られていない。しかしながら、現状程度の酸性雨が継続した場合、将来的に生態系への影響が顕在化するおそれを否定できないことは欧米の事例から推測される。
 このため、今後とも酸性雨の監視を強化し、陸水、土壤・森林生態系等への影響について調査研究を更に充実させるとともに、必要に応じ適切な対策を講じるなど未然防止を図っていくことが必要である。
 また、酸性雨は国を越えた広域的な環境問題でもあるため、効果的な取組の実施には、国際的に協同した取組が必要である。
 東アジア地域の経済発展に伴う大気汚染物質の排出量の増大を考慮した場合、将来、この地域における酸性雨が深刻な環境問題となるおそれが大きく、この問題に対する取組の重要性が増してくると考えられる。このため、地域協力に向けての第一歩として、東京において、平成7年(1995年)3月「第2回東アジア酸性雨モニタリングネットワークに関する専門家会合」を開催し、東アジア地域に適したモニタリングガイドラインの策定及び東アジア酸性雨モニタリングネットワーク構想の概念について合意を得るとともに、今後、この問題についてより一層の国際協力を推進していくことが合意された。

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