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第3節 

2 地球温暖化が我が国に及ぼす環境影響

 これまで見てきたように、我々の地球には地球温暖化をもたらすおそれのある大きな負荷が加えられており、その負荷は徐々に高まっている。IPCCによれば、現在のまま温室効果ガスの排出が続き、大気中の温室効果ガス濃度が増加していった場合、地球全体の平均気温は2025年までに現在より約1℃、21世紀末前には3℃上昇することがあり得るとされ、この影響により海面水位は2030年までに平均約20cm、21世紀末までには65cm(最大1m)の上昇が予想されている。
 また、実際の観測によって過去100年間に地上気温の0.3〜0.6℃の上昇が確認されており、最近の衛星観測によれば、高さ5km付近の大気気温についても同じような温暖化の傾向が示されている。さらに、海面水位についてもこの100年間に10〜20cm上昇したとされ、同じく衛星からの観測によれば近年も年間3ミリ程度の割合で上昇し続けているとの報告がある。これらの観測結果については直ちに地球温暖化に起因するものと考えるわけにはいかないが、理論上予測される値と一致するものである。
 それでは、地球温暖化が起こった場合、次世代に引き継いでいくべき我が国の環境はどのような影響を受けるのだろうか。以下では、これまでの研究結果を中心にとりまとめた環境庁の「地球温暖化の我が国への影響報告書」を基に、仮に何ら有効な対策が講じられず、地球温暖化が起こった場合に、我が国に生じうる環境影響について見ていくこととしよう。
(1) 水文・水資源への影響
 地球温暖化によって、我が国全体では10%程度の降水量の増加が予測される一方、気温上昇に伴う蒸発散量の増加、渇水の頻度の増加のおそれも考えられる。積雪地域においては、これに加え、気温上昇により、本来降雪となるべきものが降雨となったり、雪解け時期が早まったりする結果、河川流量の季節パターンに変化が生じることが予想される。第3-3-6図は利根川流域について、例えば、気温が3.5℃、降水量が10%増加した場合について予測した結果であるが、2〜3月にかけての雪解け流出が増大するとともに、雪解け時期後期にあたる5〜6月にかけての流出量が減少している。渇水の発生等、大都市における水資源供給の脆弱性にかんがみれば、このような変化によって、場合によっては既存の水資源施設の運用の見直し、新規施設計画の見直しなどが迫られることも考えられる。また、地球温暖化に伴い水温が上昇した場合には、アオコや異臭味の原因である植物プランクトンの増殖のほか、溶存酸素量の低下をもたらし、貯水池や湖沼等の閉鎖性水域の水質を著しく悪化させることも懸念される。さらに、沿岸部に近いところでは、海面上昇に伴い、地下水への塩類の進入が増加し、取水に障害が起こることが予想され、塩水化した地下水の揚水排除、遮水壁の構築等の対策を講じることが必要となる。


(2) 農業への影響
 農業生産は気候変化の影響を受けやすく、気候変化に対して特に脆弱であると考えられる。農業は、大気中二酸化炭素濃度の上昇それ自体の直接的影響と、その結果としての気温上昇や降水量変化といった間接的影響という複合的な影響を受ける。
 二酸化炭素濃度の上昇は、一般に光合成の増進と蒸散量の減少に伴う水消費量の抑制をもたらし、植物の成長にプラスに働くと考えられる。このため、高二酸化炭素濃度の下では農作物も成長が促進されるが、これが収量の増加に結びつくとは必ずしもいえない。トウモロコシを対象とした実験では、二酸化炭素濃度の倍増時(700ppm)には10〜30%の追加的成長がみられたが、収量は逆に減少した。
 気温の上昇等の間接的影響は地域により異なった影響を与えるものと考えられる。我が国の農業の根幹である水稲については、例えば、OSUモデル(気温上昇としては4.0〜4.5℃を想定)という気象変化シナリオを用いて、現行の品種・作期の下で温暖化が水稲単収へ与える影響を評価した場合、山形県を除く東北各県でプラスの影響を受ける他は、すべての県でマイナスの影響を受けるものと予想される(第3-3-7図)。しかし、品種改良や作期の変更等、温暖化適応技術を考えに入れた場合には、北海道の収量は現在より高まり、その他のいくつかの府県でもマイナスの影響をプラスに転じることができると考えられる。一方、西南日本においては、現在より4.0〜4.5℃も高い気温に適応できる日本型水稲品種が見あたらないことから、大幅な収量低下は避けられないと予想され、一部では対暑性品種への転換が必要となる可能性もある。その他の作物についても、一般的に、西南日本では農作物の生育に不利となる一方、一部の寒冷地向きの作物を除けば、東北、北海道では有利な条件となる場合が多いと考えられる。
 気温の上昇は、さらに、雑草や病害虫の活動の活発化を通じて、農業に悪影響を与えるものと懸念される。温度によって分布が制限されている害虫類の地理的分布域が、気温の上昇に伴い高緯度へ、そして高標高地帯へ拡大すると考えられ、我が国に熱帯産、亜熱帯産の害虫が新たに定着することも考えられる。このため、雑草や病害虫に対処するため、追加的な農薬等の使用が必要となることも考えられる。


(3) 生態系への影響
 温暖化に伴い樹種の分布が垂直・水平方向に移動することとなるが、樹木の移動速度が温暖化の速度に対応できずに、消滅する樹種が生じるものと考えられる。例えば、第3-3-8図は一般的な気候変化シナリオに基づくブナ/シイ、カシ種の現在と将来の地理的分布ポテンシャルを示したものであるが、比較的寒冷な地域に分布し、気候変化に対する感応性が高いブナ林については、現在と将来の分布域のギャップにあたる部分で消滅することが予測される。また、分布範囲の限定された植生は、気候変動下でも移動することができずに消滅してしまう可能性が高く、このような植生には特に希少な種が多いことから、種自体の絶滅の観点からも問題となろう。野生生物についても、餌となる植物種の死滅や減少により食物連鎖に不調和が生じることが考えられる。とりわけ、現在の日本では、都市化等により生態系が地域的に分断されているため、これら分布域の狭い植生や野生生物については絶滅の恐れがより高いものとなっている。
 水温の上昇に伴う沿岸域の生態系への影響については、コンブ等冷水性の海藻が減少するのに対し、アラメ等の暖水性海藻の分布が拡大すると考えられるが、これらの海藻を摂取するアワビ、サザエ、ウニ等の磯根資源の生産性の方向は全体的としては定かではない。また、沖合域の生態系への影響については、マイワシ、サバ等の暖水性魚類の分布域が拡大する可能性がある一方、サケ等寒流域の魚類については分布域が北方に移動する可能性がある。


(4) 沿岸域への影響
 我が国の沿岸域は、現在でも約861km
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が満潮水位以下にあり、その中には200万人が住み、54兆円の資産が集積されている。これに対して温暖化によって仮に0.5m海面水位が上昇すれば、この範囲が1.6倍以上の1,412km
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に広がり、影響をうける人口、資産もそれぞれ286万人、77兆円に拡大するものと予想される。さらに、現状で6,268km
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ある高潮または津波による氾濫危険地域は、0.5mの海面上昇によって約2割増の7,583km
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に拡大し、氾濫地域内の人口は約180万人増加して1,358万人以上に、資産は約45兆円増加して333兆円に及ぶ可能性がある。また、仮に1m海面が上昇したとすると、影響を受ける面積、人口、資産等は更に拡大することが考えられる(第3-3-3表)。
 また、地球温暖化による海面上昇は沿岸域の自然環境にも重大な影響を及ぼす。その中でも最も直接的な影響の一つが砂浜の浸食であり、全国集計で見ると30cmの海面上昇で、現存する砂浜の56.6%にあたる1万810haの浸食が生じると推測される。我が国では明治以降昭和53年までの約70年間で1万2,500ha程度の砂浜が浸食で失われたとされているが、これに匹敵する規模の浸食が生じることになる。さらに、65cm、1mの海面上昇が生じた場合には、それぞれ81.7%、90.3%の砂浜が消失すると推測される。海面上昇は、豊かな生態系を育む干潟や藻場、マングローブ林等の消失にもつながる。一般的に干潟等は、海面上昇による海岸線の移動に伴い陸側に移動しようとするが、我が国のように海岸線の多くが護岸などの人工構造物で覆われている場合には、干潟等は後退することができず、縮小し、ついには消滅してしまうことが考えられる。


(5) エネルギー及び都市環境への影響
 エネルギー消費量は温暖化に伴い、冬季の暖房用エネルギーが減少し、夏季の冷房用エネルギーが増加すると予測される。一般に、我が国においては暖房需要の減少分が冷房需要の増加分を上回ることから、全体的なエネルギー消費量は減少すると考えられる。これにより、現在のエネルギー源別の用途に変化がなければ、都市ガスや灯油は温暖化により需要が減少するのに対し、電力は夏季のピーク時需要の増加に対応した供給力の増強を迫られよう。
 温暖化に伴う夏季の冷房需要の増加は、冷房機器からの廃熱を増加させることにより、都市のヒートアイランド現象を一層促進する。ヒートアイランド現象の深刻化は更なる冷房需要の増加を招き、都市気温上昇の悪循環をもたらす。また、都市気温上昇に伴う水需要の増加は需要面からの渇水リスクを増大させるものと考えられる。さらに、地球温暖化によって我が国の降水パターンが熱帯及び亜熱帯国のような豪雨型の傾向となることが予想されるが、これにより、下水道における雨水排除に支障をきたすことも考えられる。
(6) 健康への影響
 動物媒介性感染症については、温暖化により気温と降雨量が変化すると、媒介動物の生息地域が変わり、流行する感染症の変化が予想される。例えば、沖繩においては温暖化の進行によりマラリア感染のリスクに影響する恐れがある。また、地球の温暖化は大気の光化学反応を加速し、対流圏におけるオキシダント濃度、特に都市部でのオキシダント濃度を増加させると考えられている。この他にも、温暖化による花粉飛散量の変化も考えられる。なお、気温の上昇により、特に人口の高齢化が見込まれている我が国においては、高齢者の健康に影響を与えることが予想される。

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