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第7節 自然とのふれあいの現状

(1) ニーズの高まり
 近年、余暇時間の増大や都市における身近な自然の減少及び国民の環境に対する意識の向上等に伴い、人と環境との絆を強める自然とのふれあいへのニーズが高まっている。自然とのふれあいは、人が自然環境のもたらす恵沢を享受する基本的かつ具体的な行動であり、例えば自然公園等に出かけて自然の美しさや荘厳さに感動したり、自然観察会等の行事に参加して自然への理解を深めたり、街中の街路樹の緑や水辺地の風景が目に入ってやすらぎを覚えたりするなど様々な態様のものが考えられるが、人々が自然を大切にする心を育み、人間性を回復するための必須条件であるといえる。
 自然公園は、優れた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図り、国民の保健や休養等に資することを目的とするものである。近年自然に親しむことに対する国民の欲求の高まりに対応して、自然公園を訪れる人が増加している(第4-7-1図)。自然公園全体の利用者数を見ると、昭和50年から58年は概ね横ばいの状況であったが、59年から徐々に増加の傾向を示し、平成4年では10億1,934万人となっている。年間利用者数を公園の種類別にみると、国立公園の利用者数が4億1,302万人(対前年比0.7%減)、国定公園の利用者数が3億2,028万人(対前年比2.4%増)、都道府県立自然公園の利用者数が2億8,604万人(対前年比0.1%増)となっている。
 平成3年6月に実施された自然の保護と利用に関する世論調査によると、自然の多い所へ出かけた目的としては、「出かけたことがある(79.8%)」と答えた人のうち「美しい自然の風景を楽しむため」が全体の35.5%、「登山・ハイキングなどを楽しむため」が同30.9%、「温泉に入ってくつろぐため」が同28.0%となっている。また、「自然とふれあう機会を増やしたいと思うか」の問いに対しては63.1%の人が「増やしたいと思う」(「大いに増やしたいと思う」は29.5%)としており、今後も自然とのふれあいに対する国民の要請が高まっていくことが予想される。


(2) ふれあいの場
ア 場の確保
 都市の人工的環境で生まれ育った人間が過半数を超えた現在、原野や原生林等の自然性の高い地域において、人間の意志で制御することのできない世界にふれ、あるがままの自然についての原体験を得ることは人間性回復の必須条件である。また、居住地から地理的にも精神的にも遠く離れた旅先でふれあう高原や海岸などの自然や風景も、日常生活では得られない保健休養等の効用をもたらしている。国民がこうした豊かな自然とふれあえる場として、自然公園や温泉地等が挙げられる。
 自然公園については、昭和6年に「国立公園法」が制定された後、32年に「自然公園法」が制定され、国立公園・国定公園・都道府県立自然公園から成る体系的な制度として確立されている。平成5年度末の自然公園の数と面積は、国立公園28ヶ所2,051,312ha、国定公園55ヶ所1,332,882ha、都道府県立自然公園301ヶ所1,941,628ha、合計面積は5,325,822haとなっており、国土面積の14.1%を占めている。面積の推移を見ると、自然公園法制定後、40年代後半までに国立・国定公園の面積はおよそ2倍と増加し、その後は現在まで横ばいで推移している(第4-7-2図)。
 第4章第5節でみた植生自然度の自然公園での構成を第4-7-3図に示すと、自然公園は植生自然度10・9の構成比が高く、一方、植生自然度2・1は低い。自然公園別の森林植生(植生自然度9・8・7・6)の割合を見ると、国立公園82.2%、国定公園78.7%、都道府県別自然公園80.8%で、いづれも80%前後となっており、全国平均(67.5%)を上回っている。
 都市化の進展等に伴い生活に身近な場所における自然が急速に失われつつあるため、環境庁では、こうした身近な地域における小動物の生息地や里山の緑あるいは水辺環境等の自然を守り、自然とふれあい、体験を通して自然の仕組みを理解できるような場を確保するために、「環境と文化のむら」「ふるさといきものふれあいの里」等の整備を進めている。また、自然とのふれあいの最も基本的な形態である「歩くことの復権」のため、優れた風景地である自然公園や地域の歴史・文化資源等を結ぶ長距離自然歩道の整備も進められている。
 温泉は、古くから国民の保健休養の場として親しまれ、自然とのふれあいの面でも大きな役割を果たしている。平成4年度における全国の温泉地宿泊利用者数は約1億4,325万人に達しており、対前年度比で約40万人の増加となっている。年度別の推移を見ると、昭和48年度をピークに減少した後横ばい傾向にあったが、61年度には48年度を上回って近年増加傾向にある。
 また、環境庁では温泉の公共的利用の増進を図るため、自然環境や温泉の効能等が優れ保養休養に適した温泉地を国民保養温泉地として指定し、その振興を図っている。
 このほか、環境庁では昭和60年に日本全国の清澄な水、特に湧水と表流水について優れたものの再発見に努め、北は利尻島から南は沖繩までの100ヶ所を国民一般に紹介をしている。この名水百選は水質・水量・周辺環境・親水性並びに地域住民等による保全活動などによって選定されており、良質な水資源と水環境の保全や豊かな水と人とのふれあいの場への関心が一層高まることが期待されている。
イ 施設の整備
 自然とのふれあいは単に自然があるというだけで成り立つものではなく、快適かつ安全な利用の推進のためにはそれらの活動の拠点となるべき施設の整備が不可欠となっている。特に、自然歩道、キャンプ場などの公共的施設の整備に対する国民の期待が高まっている。
 環境庁では、優れた自然環境を有する国立・国定公園から身近な自然地域にまで及ぶ広い範囲において施設の整備を推進するとともに、都道府県等の実施する整備事業に対し助成を行っている。第4-7-4図に見られるように、自然公園等施設整備予算は近年大幅に伸びている。
 国立・国定公園においては、自然観察路、園地、野営場、ビジターセンター、公衆トイレなどの整備が行われている。なかでも、家族が自然とふれあいながら長期滞在でき、環境にやさしい施設を基本としたキャンプ場としてエコロジーキャンプ場の整備を平成5年度より開始している。こうした公共施設の重要性は今後ますます増大するものと考えられることから、一層の積極的な整備を進める必要がある。
 また、温泉に対する国民のニーズの高まりに対応するため、環境庁では、国民保養温泉地のうち温泉の保健的利用に適した温泉地を「国民保健温泉地」として、温泉地の自然資源の活用による自然教育や心身のリフレッシュに適した温泉地を「ふれあい・やすらぎ温泉地」として選定し、各種公共利用施設の整備に対し補助を行っている。


(3) ふれあい活動
ア 活動の推進
 自然とのふれあいは、様々な場や機会をとらえて推進される必要がある。自然公園のビジターセンターや自然観察の森、ふるさといきものふれあいの里等においては、展示や職員による観察会等を通じて訪れる人々を対象としたインタープリテーション(自然解説)が行われている。
 また、自然とふれあう行事として、毎年4月29日のみどりの日には「自然に親しむみどりの日の集い」を、夏休み期間中の7月21日から8月20日にかけては「自然に親しむ運動」を実施し、全国の自然公園等において自然観察会やハイキング・キャンプ大会などを展開している。また、10月を「全国・自然歩道を歩こう月間」とし、昭和57年度より全国の自然歩道で「自然歩道を歩こう大会」を開催している。大会のコース数及び参加者の推移は第4-7-5図のとおりで、大会規模の推移は増加傾向を示しており、自然とのふれあいを求め自然の中を歩く人々が着実に増えていることが分かる。
 一方、全国の自治体においても独自の自然環境保全に関する施策が行われている。環境庁が実施した市町村の条例・要綱等に関する調査により、昭和45〜49年にできた371件と60年以降の190件の制定目的を比較してみると、緑化の推進、自然保護・自然環境保全など総論的な幅広い目的をもつ施策は40年代後半が圧倒的に多く、緑の基金、景観保全・動植物保護・樹木保存・身近な環境保全などの目的や手法を特化した施策は60年代以降の方が増加している。近年、自然環境保全の対象分野や手法の多様化が進むとともに、自然とのふれあいや文化的側面を求める傾向が強くなっていることがうかがえる。
 自然とのふれあい活動の状況においては、第1章第2節で見たように、近年民間の活動団体数が急増しており、こうした団体によるふれあい活動が活発化している。平成4〜5年度に環境庁が首都圏1都6県を対象に実施した自然特性に着目した開発保全計画手法調査によると、民間団体が実施している自然とのふれあい活動で最も多いのはバードウォッチング・自然観察会などの「観察会型」であり、ごみ拾いや緑化活動などの「野外ボランティア活動」を行う団体がそれに次いでいる。活動場所としては、「季節の変化がみてとれる」「美しい景色・風景」「周辺の広がり」などの環境を持つ地域が多く選ばれており、変化に富んだ自然景観や多様な動植物が見られるなどその場所の持つ環境特性が重視されている。
 環境庁では、昭和63年度より毎年夏期と冬期に「全国星空継続観察(スターウォッチング・ネットワーク)」を実施している。星空は古くから人類の精神生活に影響を与えてきた自然景観の重要な構成要素であるが、近年都市部を中心に清澄な大気環境が失われてきており、夜空を観察するという簡単な方法により大気環境保全意識の高揚を図るために、平成5年度夏期には全国で44都道府県の245団体、5,732人の参加を得て実施されている。参加団体からの報告によれば、星空観察に加えて環境教育等の様々な取組が行われている。
 環境庁では昭和63年度に全国の巨樹・巨木林の現況調査を実施している。巨木の本数は約12万本以上と推測されているが、巨樹・巨木林は我が国の森林・樹木の象徴的存在であり、良好な景観の形成や野生生物の生息・生育環境、そして地域のシンボルとして人々の心のよりどころとなるなど、生活と自然を豊かにする上でかけがえのない価値を有している。この調査を契機に、昭和63年より巨木を語ろう全国フォーラムが開催されており、また、全国巨樹・巨木林の会が設立されるなど国民の関心も高まってきている。さらに、自治体や各種民間団体の活動を通じて、残り少ない貴重な自然の核としての巨樹や巨木林が地域の自然教育や潤いのあるまちづくりなどに活用されることが期待されている。
イ 人材の確保
 これまでに見たように、近年、自然とのふれあいへのニーズが高まり自然公園等を訪れる人々が増加しているが、日常生活における人と自然との関係が希薄であることから、自然とのふれあいの場や機会が提供されても自然とのつき合い方が分からず、自然を理解し、楽しむことができないという現象が生じている。このため、人と自然との仲立ちをし、自然とのふれあい方や自然への理解を深める活動を担う人材の確保・育成が重要になってきている。
 国立公園管理官(レンジャー)は国立公園の現地管理業務に当たる環境庁職員で、公園利用者に対する自然解説活動の企画・実施などを行っており、全国28の国立公園に140人が配置されている。
 そのほか、国立・国定公園では大勢のボランティアが活躍している。自然公園指導員は国立・国定公園の保護と適正な利用のため利用者指導や情報提供等を行っており、現在約2,700人が環境庁自然保護局長から委嘱されている。また、パークボランティアは国立公園の自然解説や美化清掃等の業務の補助を行う人達で、公園の管理事務所が募集・研修を実施し、現在約1,300人が登録されている。
 また、地方公共団体においても同様に自然観察会や学校の野外学習等において自然解説を行う人材の募集・確保に取り組んでいるところがある。

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