4 公害対策基本法及び自然環境保全法の制定
3で述べた個別の条例や法律が、十分な対策とはなりえなかった一方で、公害や自然破壊が大きな社会問題となり、環境保全のための総合的な取組の枠組みが強く求められるようになった。ここでは、環境保全のための基本的な法制として「公害対策基本法」や「自然環境保全法」が制定された経過を振り返ってみたい。
(1) 公害対策基本法の制定
公害問題の進行に対して、上述のように国や地方公共団体による制度的取組が開始されたが、これらは発生した問題を後から追う形でなされたこともあり、十分な対策とは成りえなかった。このため、予防措置を中心とした計画的、総合的な行政によって公害問題の解決を図ることが要請されるようになり、公害の範囲、国、地方公共団体及び事業者の責務の明確化等総合的統一的な公害対策推進のための枠組みを定める基本法の制定に対する要望が高まっていった。
このようにして、42年の第55回国会において「公害対策基本法」が制定された。さらに、同法は、その後の公害対策のより一層の充実を求める動きに対応し、45年12月のいわゆる公害国会において一部改正がなされた。
45年の改正後の「公害対策基本法」は、その目的を「国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全する」としている。従来のばい煙規制法や水質保全法、また当初の「公害対策基本法」の目的において、生活環境に関して「産業の健全な発展との調和」や「産業の相互協和」がうたわれ、ともすれば公害の防止に関する基本的な姿勢について、産業優先ではないかと種々の議論を呼ぶこととなったが、改正後の「公害対策基本法」により、公害対策の位置づけが明確化されることとなった。
次に、「公害対策基本法」は、事業者、国、地方公共団体及び住民の責務を定めている。特に事業者の貴務を第一に掲げ、事業者の活動が全く自由に行われるものではなく、その事業活動に伴って生じる公害を防止するために必要な措置を講じる責務を有することが定められた。
また、公害の防止に関する基本的施策として、第一に、各種対策を講じる上で、行政上の目標となる環境基準を定めることとしている。これにより、それまでの、個別の発生源への規制による対応という限定された枠組みから、より積極的に、人の健康や生活環境を守るため環境の状態自体を目標として、総合的に保全対策を進めるという考え方が確立された。そして、対策の手法として、排出規制、土地利用及び施設設置規制といった規制手法を始めとする各種手法を取ることが定められた。また、公害が著しく、又は著しくなるおそれがある地域について、公害防止を目的にした公共事業を含め、各種の事業や施策を計画的、総合的に講じるための公害防止計画の制度も導入された。
この「公害対策基本法」の制定、改正により、公害防止の目的や、社会の各主体の責務、取るべき対策手法が位置付けられたことにより、初めて、整合的な対策制度を築くことが可能になったのである。
(2) 自然環境保全法の制定
自然環境保全に関しても、明治維新以降、自然破壊の問題が発生するとともに、これに対応して保全のための制度の整備が進められてきた。ここでは、「自然環境保全法」制定までの経過と、同時期までの鳥獣保護制度の進展について見てみたい。
まず、第二次世界大戦以前の状況についてみると、明治以降の近代化は、自然環境にも急激な改変をもたらし、産業開発に伴う人口の都市集中のため、旧来の神社仏閣に残されていた樹林や名所旧跡、各地の森林や自然海浜が失われていった。
これに対し、各地からなされた森林保護の要請を受け、明治30年の「森林法」により保安林制度が設けられ、また、大正4年には原生的な天然林の保存等を目的として国有林において保護林制度が設けられた。その後、珍しい湿原や希少となったライチョウ等の一部の野生鳥獣の保護を目的とした「史蹟名勝天然記念物保存法」が大正8年になって制定された。また、昭和6年には、傑出した自然の大風景地の保護を行うとともに、併せて適正な利用の促進を図ることを狙いとして「国立公園法」が制定された。一方、野生鳥獣の保護については、明治6年の大政官布告による「鳥獣保護規則」及び明治28年の「狩猟法」にさかのぼることができるが、これらは狩猟についての保安上の要請という側面が極めて強いものであった。その後、大正7年の法改正により、保護鳥獣を指定する制度を廃止し、逆に指定された狩猟鳥獣以外の鳥獣を全て保護鳥獣にするなど鳥獣保護面での充実が図られた。
戦後になり、「国立公園法」は、急速に活発化した国立公園指定運動を受け、昭和32年に国定公園や都道府県立自然公園の規定を盛り込んだ「自然公園法」に改正された。「自然公園法」は、当初、内外の観光客誘致による地域振興、外貨獲得等が強く意識された面もあった。しかし、その後、高度成長期に入り、同法は、国土開発の進行を背景とした自然環境の保護に対する社会の要請を受けて次第に自然環境の保護のための法律としての性格を強めていった。
一方、鳥獣保護についても、昭和38年に「狩猟法」の改正が行われ、「鳥獣保護及狩猟二関スル法律」に改めるとともに、目的として鳥獣保護を明記し、鳥獣保護区や休猟区の制度を設ける規定が置かれ、鳥獣保護の性格が導入された。
以上述べた自然保護関係の制度は、「自然公園法」の場合の傑出した自然の風景地の保護のように、概して多様な自然を限られた側面からとらえ、それぞれの観点から必要な措置を講じようとするものであり、本来自然が有している多様な側面や役割をあるがままにとらえ、その総合的な保全を図ろうとする視点が十分でなく、更に、これら法制度の運用を総合的に調整するための基本埋念や制度的保障を欠いていた。また、この時期、昭和45年の北海道における自然保護条例の制定を皮切りに、地方公共団体において次々に自然保護条例が制定された。その内容は、自然保護に関する基本的な事項を定めたもの、沿道の修景、美化を内容とするもの、さらに、自然保護に関する基本的事項を定めるとともに、保護すべき地域を定め一定の行為につき許可制や届出制を採用するものなどがみられた。この中で、特に地域を定めて規制を行う条例については、その根拠となる法制度の整備が要請された。
このような背景から、昭和47年に「自然環境保全法」が制定された。同法には、自然環境保全の基本理念、国等の責務、白然環境保全基本方針等に関する規定を置いた基本法的部分と、原生自然環境保全地域及び自然環境保全地域の指定と保全等に関する規定を置いた実施法的な部分が含まれている。
基本法的部分においては、まず基本理念として「自然環境の保全は、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであることにかんがみ、広く国民がその恵沢を享受するとともに、将来の国民に自然環境を継承することができるよう適正に行なわれなければならない」と定められている。次に、国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を示しており、国においては、自然環境を適正に保全するための基本的かつ総合的な施策を策定、推進すること、事業者においては、その事業活動の実施に当たって自然環境が適正に保全されるよう必要な措置を講じること、国民についても自然環境が適正に保全されるよう自ら努めること等が定められた。また、国は自然環境の保全を図るための基本方針を定めることとされており、昭和48年に自然環境保全基本方針が閣議決定された。この中では、原生的な自然環境から、良好な自然地域、農林業が営まれる地域、都市地域に至る国土全般にわたる自然環境保全施策の基本的方向が示された。
「自然環境保全法」は、これらの部分などが自然環境保全に関する基本法的位置づけに当たる。この基本理念の下、関係法令があいまって、自然環境の保全のための特定地域の行為規制を中心に自然の健全な利用の増進をもが図られることとなった。