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第2節 

2 野生生物の現状

 生態系は、大気、土壌等の非生物的な要素と動物、植物等の生物的な要素の相互関係によって成り立っている。この節では、生態系の構成要素である種に注目して自然の状況を分析する。
 種の状況を見るとき、まずその多様性に着目することが重要である。様々な種が存在していることは、単純な種構成からなる生態系よりも環境の変化への対応力が大きいといわれる。種は、人類の生存の基盤である生態系の重要な構成要素といえる。また、人類は、古来、野生生物種の中から有用な種を選び出し、食科や医薬品などを作り出してきている。地球上に種が多く残されていることは、こうした利用の可能性が現在及び将来に確保されていることを意味する。この観点からも種の多様性の重要性が認識されるに至り、1992年(平成4年)に「生物の多様性に関する条約」が作成され、同年開催された地球サミットにおいて署名のために開放された。
 我が国及び世界の生物種の状況を以下に見ていこう。
(1) 野生生物種の現状
ア 我が国の絶滅のおそれのある野生生物種の生息・生育の現状
 我が国の自然環境は、多様な気候や地形、地理的位置を反映し、豊かなものとなっている。野生生物もその生息・生育条件のこうした多様性を反映し、多種多様である。
 野生生物種は、種の存在自体、進化の歴史を伝えるものとして貴重な情報源であり、生態系の構成要素として物質循環やエネルギーの流れを担うとともに、その多様性によって生態系のバランスを維持している。また人類は、野生生物種を、生活の糧として、様々な道具の素材として、科学、教育、レクリエーション、芸術の対象として、利用し、共存してきた。こうした活動が、ある場合には乱獲につながったり、また、人間の経済、社会活動の拡大に伴う生息地の破壊などにより、野生生物種は、生息数の減少、絶滅への圧力を受け続けている。しかし、種はいったん失われると人間の手で再び作り出すことはできない。野生生物種の絶滅を防ぐことは、生態系の保全から見ても、野生生物の持つ様々な価値を守る上からも、緊急の課題となっている。
(ア) 動物種
 環境庁では、絶滅のおそれのある日本産の動植物の種を選定するために「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を実施し、この調査結果に基づき、動物については平成3年(1991年)に「日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-」を発行した。
 これによると、我が国に存在が確認されている種(亜種を含む)は、哺乳類188種、鳥類665種、爬虫類87種、両生類59種、淡水魚類200種、昆虫類28,720種、クモなどの十脚類192種、陸・淡水産貝類824種、その他無脊権動物4,040種である。こうした種のうち、種の存続の危機の状況に応じて、絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧種」、現在の状況が続けば近い将来絶滅の危機に瀕する「危急種」、生息条件の変化によって容易に「危急種」又は「絶滅危惧種」に移行する可能性を有する「希少種」を選定している。「絶滅危惧種」は110種あり、哺乳類ではニホンカワウソ、イリオモテヤマネコ等、鳥類ではアホウドリ、タンチョウ、ノグチゲラ、シマフクロウ等、両生類、爬虫類では、ホクリクサンショウウオ、キクザトサワヘビ等、淡水魚類ではリュウキュウアユ、ミヤコタナゴ、ムサシトミヨ等が選定されている。「危急種」は114種あり、ここにはトウキョウトガリネズミ、ハヤブサ、オオセッカ、セマルハコガメ、イシカワガエル、イトウ等が選定されている。「希少種」は415種あり、エラブオオコウモリ、ヤマネ、ラッコ、アオウミガメ、ユウフツヤツノなどが合まれる。既に絶滅してしまった種も動物で22種確認されており、ニホンオオカミ、ニホンアシカ、ハシブトゴイ、ミナミトミヨ等が含まれる(第1-2-12表)。
 これらの「絶滅種」、「絶滅危惧種」、「危急種」、「希少種」を合わせた種数を分類群ごとにみると哺乳類55種、鳥類132種、爬虫類16種、両生類14種、淡水魚類41種、昆虫類206種、陸・淡水産貝類127種などであり、それらの分類ごとの種の数全体に占める絶滅危惧種、危急種、希少種の割合は、種の数の圧倒的に多い昆虫類を除き全て15%以上を占める。
 こうした野生動物の種が絶滅し、または絶滅の危機にさらされている原因としては、乱獲や、森林や植生の変化、水質の悪化等人間活動による生息環境の悪化・消滅などが指摘されており、我が国の野生動物の生息環境が厳しいものとなっていることが分かる。
 絶滅のおそれのある種について、捕獲・取引の規制等のほか、保護増殖事業が行なわれている。例えば、釧路湿原のタンチョウは昭和27年には僅か33羽しか生息が確認されなかったが、保護増殖事業を行った結果、45年には179羽、平成4年には611羽と生息確認数が増加している。また、一時は絶滅したと考えられていたアホウドリは、昭和26年(1951年)に鳥島で生息が確認され、現在では約600羽が生息していると推定される。鳥島のアホウドリについては、現在の繁殖地が土砂の流入等によって危険になっており、安全な場所に新たに繁殖地を形成させるため、環境庁では平成4年から、デコイを用いた誘導事業を開始した。
(イ) 植物種
 日本に生育している植物種の総数は、環境庁の「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」によると、維管束植物8,118種、藻類1,850種、蘚類1,516種、苔類535種、地衣類2,295種、菌類約1万種(亜種、変種、品種、亜品種を含む。)が確認されている。そのうち絶滅のおそれのある植物種は、日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会によって作成された報告書「我が国における保護上重要な植物種の現状」によると、絶滅寸前の種として147種、絶滅の危険のある種として677種、危険性はあるが実状が不明の種が36種あるとされている。まだ、すでに絶滅してしまった種は、36種とされている。こうした絶滅のおそれのある種は、日本産野生植物種約5,300種(変種等を含まないため上述の環境庁の「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」の数とは一致しない。)の16.8%を占めている(第1-2-13表)。
 このように多くの種が絶滅の危険にさらされている要因としては、開発に伴う生育環境の悪化、生育地の消滅、愛好家及び山章販売業者による乱獲などが指摘されている。特に生育環境の破壊では、物理的破壊にとどまらず、生育地を取り巻く環境、すなわち生態系に十分配慮が払われていないことも問題となっている。
イ 我が国の一般に見られる野生生物の生息・生育の状況
 既に述べたように日本には動物では哺乳類188種(亜種を含む。以下同じ)、鳥類665種、爬虫類87種、両生類59種、淡水魚類200種、昆虫類28,720種、クモなどの十脚類192種、陸・淡水産貝類824種、その他無脊椎動物4,040種、植物では、維管束植物8,118種(亜種、変種、品種、亜品種を含む。)、藻類1,850種、蘚類1,516種、苔類535種、地衣類2,295種、菌類約1万種の存在が確認されている。この数は、後述する野生生物種の数の多いメガ・ダイバーシティ国に比べると少ないものの、先進国、特にヨーロッパ各国と比べると生物種が豊かであることが分かる。これは、日本の気候的、地形的要件によって、亜熱帯から亜寒帯にまで広がる多種多様な生態系が存在していること、ヨーロッパ諸国では国土の農地化が進み、生態系の豊かな森林が少ないことなどによると考えられる。
 野生生物種が多く生息している環境を明らかにするため、哺乳類、鳥類、チョウ類の広域的に分布する種等(哺乳類9種、鳥類55種、チョウ類258種)について、生息種数を見てみると第1-2-14表及び第1-2-4表に示すように、哺乳類、チョウ類では山地に、鳥類については山地と共に平野部で数多くの種が見られることが分かる。哺乳類は面積が広く、多様な自然条件を持つ山地に多くの種が生息していること、鳥類については水域から森林までの二次的な環境を含む多様な環境を有する平野、丘陵に多くの種が生息する傾向にあること、チョウ類については特定の環境に特化した生活史を持つため、植生や森林構造が多様である山地に数多くの種が生息していることといった大まかな傾向を知ることができよう。
 我が国に生息している種は我が国の中でのみ生息しているのではなく、国境を越えて移動するものもある。自然環境には国境の壁はない。我が国はシベリア等からの渡り鳥の飛来地として重要な位置を占めており、我が国で見られる鳥類のうち60%以上が渡り鳥である(国内の移動も含む。)。平成5年1月に実施したガンカモ科鳥類生息調査によれば、ガンカモ科の観察総数は180万9千羽であった。そのうち95.6%はカモ類が占め、以下、ハクチョウ類2.9%、ガン類1.6%となっている。ハクチョウ類は30道府県434か所で4種52,037羽が観察され、東北地方の各県及び新潟県、北海道でそのほとんどが観察されている。ガン類は、15道県61か所で4種28,722羽が観察され、宮城県と新潟県で多くみられた。カモ類は、最も頻繁にまた全都道府県で見られ、合計では30種、1,728,526羽が観察されている。地域的に見ると新潟県、山形県、愛知県、茨城県、島根県で多く見られている。
 また、渡り鳥の移動経路を明らかにすることによって渡来地の保全、渡り鳥保護のための国際協力に資するため、標識調査及び人工衛星を利用した渡り経路の追跡調査を実施している。その結果、オーストラリアからのオオジシギ、東南アジアからのツバメなど多くの渡来経路が明らかになり、マナヅル、ナベヅルの朝鮮・中国経路、コハクチョウのシベリア経路が追跡されて、二国間渡り鳥等保護条約(協定〉による調査、研究に寄与している。
 渡り鳥は、国境を越えて行き来するため、飛来地を有する全ての国が協力して適切な保護措置をとらないと、いくつかの国だけが保護措置をとっても渡り鳥の数は減少してしまう。このため、渡り鳥の保護は、国際的な責務であり、我が国はアメリカ、中国、才一ストラリア及びロシアと条約等を結んで取組を進めている。
ウ 海外における生物種の生息・生育の現状
 野生生物種の数については、維管束植物や脊椎動物については比較的良く知られているが、特に昆虫類やその他の無脊椎動物について知見の蓄積が少なく、その数は推定によるほかないが、地球上の種の総数の推計は、少なくとも500万種、多ければ5,000万種ともいわれている。現在確認されている種の数は、約140万種である。
 熱帯林には、数多くの生物種が生息・生育している。熱帯林は世界の陸地面積の7%を占めるに過ぎないが、種全体の半数以上が生息・生育するともいわれている。既に知られている種で見ると、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、アゲハチョウ科のチョウ、被子植物について生物種の多い国は第1-2-15表のとおりであり、南アメリカ諸国、インドネシア、マレーシア、ザイールといった熱帯林を擁する国が多い。
 生物種の数か多かったり、固有の種が多い国を「メガ・ダイバーシティ国家」と呼ぶことがある。例えば、ブラジル、コロンビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ザイール、マダガスカル、オーストラリア、中国、インド、インドネシア、マレーシアの12か国をメガ・ダイバーシティ国家とすると、世界の生物種の60%から70%をこの12か国で見ることができるといわれている。ブラジル、コロンビア、インドネシア、メキシコは種の数が豊富であり、オーストラリア、マダガスカルは種の数自体は多くないが、固有種が多い。国土面積が広く種の数も多いブラジルや中国のような国もあれば、エクアドル、マダガスカル、マレーシアのように地形的な要因などにより、面積は小さいながらも種の多様性が極めて高い国もある。こうした諸国については、その極めて豊かな生物の多様性を保護するために、当該国だけでなく、国際社会が協力していくことが必要であるといえよう。
 こうした豊かな生物相も、その生息・生育地の破壊によって急速に失われようとしている。「1990IUCN Red List of Threatened Animals」によると、全世界で絶滅のおそれのある種の状況は、無脊椎動物で2,250種、脊椎動物で2,751種などであり、数多くの種の生息・生育が危うくなっている。これらの他にも、多くの未知の種が人知れず絶滅しつつあることを忘れてはならない。
 こうした絶滅のおそれのある野生生物の保護のために、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」等によって国際的な取組が進められており、また、生物の多様性を包括的に保全すること等を目的として「生物の多様牲に関する条約」が作成されている。


(2) 野生生物資源の現状
 人間は、古来から野生生物を捕獲し、食料や原材料などとして利用してきた。人間は、生態系の中で、捕食者としての位置を占めている。現在でも、漁業や狩猟といった自然の恵みを直接に採取する活動が営まれている。人類は、汚染などによって生態系の基礎を脅かしているだけでなく、捕食者の一員としても生態系に影響を与えうる立場に立っている。こうした観点から、野生生物の捕獲の状況を見てみよう。
ア 水産資源
 我が国の国民は、伝統的に水産物を重要なタンパク源として活用してきた。戦後ほぼ一貫して水産物の生産量は増加し、昭和56年に養殖業を除く海面漁業の生産量が1,000万トンを超え、同59年には1,150万トンに達した。しかし、平成元年以降生産量が減少し、3年の生産量は851万トンにまで低下した。主要魚種別生産量の推移を見ると、イワシ類、スケトウダラ、サバ類の生産量が減少している(第1-2-16表)。我が国周辺水域では、漁船性能の向上等による漁獲強度の増大等もあって、底魚類を中心に総じて資源状態が低水準にあり、また、マイワシ資源についても今後の資源の減少が懸念されている。
 FAO(世界食糧農業機関)は1984年(昭和59年)に世界各海域ごとに、年間の持続可能な漁獲量を推定、発表している。これを実際の年間漁獲量と対比してみると、日本近海を含む太平洋北西部及び南東部、地中海及び黒海、インド洋東部で、持続可能な漁獲量を超え、太平洋中西部、大西洋北東部、中東部、太平洋中西部、北東部、中東部で持続可能な漁獲量に到達している(第1-2-17表)。このFAOの推定値については、全世界的な規模で持続可能な漁獲可能量を科学的に推定することには困難があること等から大まかな推計値にとどまるものであることや、推定が行なわれた時点以後の漁場開発等により現在では推定値が増加している可能性があることなどを考慮する必要がある。例えば、太平洋北西部ではFAOの推定する年間持続可能漁獲量の上方値(1,650万トン)を超える漁獲が1974年(昭和49年)以降連続して記録されている。一方、太平洋南東部では推定値にかなりの幅があるにもかかわらず、1985年(昭和60年)以降その上方値(1,030万トン)を超える漁獲が続いている。いづれにしても、世界の漁業生産量は、1978年(昭和53年)の7,569万トンから1990年(平成2年)の1億158万トンヘと、34%増加しているといった現状にあり、水産資源の持続的利用のための配慮がますます重要となっている。
 漁業と野生生物保護の関わり方の問題については、種々の国際会議等で議論されている。第8回ワシントン条約締約国会議(平成4年京都で開催)では、大西洋西部のクロマグロを附属書Iに、大西洋東部のクロマグロを附属書?に載せ、国際的な商取引を制限しようとする動きが見られた。欧米等では鯨を環境保護運動の象徴として位置付け、捕鯨に反対する動きが活発であるが、地球サミットでは鯨を含む海洋生物資源の合理的利用の原則が確認されており、国際捕鯨委員会において、ミンククジラの捕獲、沿岸捕鯨業の再開、南氷洋鯨類サンクチュアリの設定を巡って議論が行なわれている。さらに、海生哺乳類、海鳥、ウミガメ等が混獲される問題に世界的に注目が集まっており、1991年(平成3年)には大規模公海流し網漁業の停止(モラトリアム)が国連総全で決議され、我が国は4年末までに大規模公海流し網漁業の操業を停止した。
 水産資源は、世界各国で栄養供給源として、また、飼肥科等の原料として、今後とも不可欠であり、その持続的な利用が極めて重要である。漁業は再生産可能な天然資源を利用して成立するものである。科学的データに基づき適正に管理された漁業を実践していくことが重要である。
イ 狩猟
 狩猟は、業、レクリエーション等として行われているが、その結果、野生鳥獣を自然の収容力に見合った適切な生息数に管理する手段としての役割も果たしている。
 我が国では、狩猟の対象として、マガモ、キジ等鳥類30種類、イノシシ、オスジカなど獣類17種類が指定されている。平成2年度に捕獲された狩猟鳥類は、約330万羽、そのうちキジバトが30.9%、スズメが24.9%を占める。狩猟獣類は、総計約37万頭であり、そのうち59.1%がノウサギ、15.6%がイノシシ、9.0%がタヌキである。
 また、都道府県知事、環境庁長官は有害鳥獣駆除などを目的として、野生生物の捕獲を許可することができるが、平成2年に知事の許可を受けて捕獲された鳥獣は鳥類約136万羽、獣類約10万頭であり、鳥類で多いのは、スズメ(36.3%)、カラス類(25.1%)、ドバト(13.1%)、獣類ではノウサギ(62.7%)、イノシシ(12.5%)が多い。狩猟による捕獲数と合わせると総計鳥類480万羽、獣類48万頭が捕獲されている。
 昭和51年までは、狩猟免許件数、狩猟による捕獲数は増加し続けたが、鳥獣捕獲数は、昭和55年の約840万羽(頭)を最高にその後急減し、平成2年度には前述の約367万羽(頭)にまで減っている。狩猟者人口の動向についてみると、昭和51年の狩猟者数53万人が同じく平成2年には約29万人に減少しており、しかも高齢化が急速に進んでいる傾向にある。
ウ 貿易される野生生物
 先進国では、海外の動植物、特に熱帯産の動植物を鑑賞用などの目的で輸入している。輸入国側では珍しい動植物への嗜好があり、輸送技術の向上が手伝って、特に熱帯地域から先進国への貿易量が多くなっており、野生生物種の生息・生育状況に与える影響が懸念される。
 貿易活動が野生動植物の種の絶滅に寄与しないようにワシントン条約が締結され、絶滅のおそれのある種の国際取引については、国際取引の禁止を含む貿易管理が行われている。第1-2-19表は、ワシントン条約で規制されている種の国際取引の状況を示したものであるが、先進国が途上国、特に熱帯地域諸国から輸入を行っていることが分かる。なお、1990年(平成2年)には、ワシントン条約事務局が、タイの野生ランを始めとする野生動植物の取引管理が不適切であるとし、タイ国政府に管埋の適切化を求めるとともに、加盟国にタイとのワシントン条約規制対象種の取引を自粛するよう求めたことがある。

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