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第2節 

1 自然生態系の現状

(1) 我が国の自然生態系の現況
ア 気候、地形
 日本は、ユーラシア大陸の東側に、北緯24度近くから46度近くに広がる細長い島国である。この緯度差は、北は五大湖から南はマイアミまで広大な領土を有するアメリカ合衆国の緯度差にほぼ等しい。我が国は、また、四方を海に取り囲まれた海洋国である。日本の東には太平洋が広がり、その他の方角は、日本海、東シナ海、オホーツク海に囲まれている。日木周辺の海洋には、大平洋側では、南から黒潮、北から親潮が流れ込み、日本の沖でぶつかりあっている。日本海側では、東シナ海から対馬海流が北陸沿岸を北上する。さらに、日本は山国でもあり、日本アルプスを始めとする3,000m級の山々を有し、国土の約60%が山地である。
 こうした地理的特徴もあり、日本は亜熱帯から亜寒帯に広く位置し、温和な気候となっている。しかし、日本の多様な地理的条件によって、日本の気候は、その国土面積に比べ、多様なものとなっている(第1-2-1図)。また、100m標高が上がるごとに約0.7℃気温が低下するため、急峻な日本の地形では、高度差による気候の変動が大きく、それが複雑な気候にさらに重層的な変化をもたらしている。
 気候は、自然環境を規定する大きな要因となっている。また、地球の温暖化やこれに伴う降雨の変化、オゾン層の破壊による紫外線照射量の増加、都市化によるヒートアイランド現象、都市の乾燥化といった人為による環境条件の変化は当然のことながら自然環境にも影響を及ぼすことになりかねない。
イ 植生と人工表土地
 昭和63年に取りまとめた自然環境保全基礎調査の結果によれば、日本の国土のうち、自然植生や耕作地植生など何らかの緑で覆われている地域は、92.7%を占め、森林植生は国土の67.5%を占めている(第1-2-1表)。
 一般に植生は時間を経るに従って変化し、最終的に安定的な生態系を形造る。これを極相というが、日本の気候では、南西諸島から東北南部に広がる、タブ、カシ、シイといった常緑広葉樹(照葉樹)の森林、九州南部から北海道南部までの、常緑広葉樹林よりは寒冷な地域に広がるブナ林などの落葉広葉樹の森林、北海道に広がる、エゾマツ、トドマツといった針葉樹とミズナラ等の落葉広葉樹の混成する針広混交林、エゾマツ、トドマツ林に代表される亜寒帯針葉樹林などが代表的な気候的極相の植生である。また、この他、地形、地質などによって他の様々な極相が見られる。日本を代表する自然性の高い地域では、こうした極相の植生が見られているが、その地域は必ずしも多くはない。
 降水量が十分にある我が国では、植生は気温に大きく規定される。第1-2-2図は、日本の代表的な自然植生と暖かさの指数(温量指数:月平均気温が5℃を超える月の平均気温から5℃を引いた値を合計して求められる。従って各月の平均気温が5℃から高ければ高いほど、また平均気温が5℃を超える月が多ければ多いほど指数が大きくなる。)の関係を示しているが、エゾマツ・トドマツ林、ブナ林、及び照葉樹林を代表するスダジイ林は、基本的に暖かさの違う地域に分布していることが分かる。
 地球温暖化等による気温の変化は植生に大きな影響を与えることが懸念されている。IPCC報告書によると、2025年までに約1℃、21世紀末前に約3℃平均気温が上昇すると予想されているが、仮に単純に毎月の平均気温がそれぞれ1℃、3℃上昇すると仮定すると、例えば現在暖かさの指数69.4℃・月でエゾマツ・トドマツ林出現分布の南限あたりの気候条件に等しい札幌の暖かさの指数は、2025年で76.7℃・月、21世紀末で92.7℃・月となる。これは、札幌は2025年の段階でエゾマツ・トドマツ林が出現できる気候からはずれ、21世紀末にはブナ林の出現すら不適当なまでに暖かい気候になってしまうことを意味する。もちろん気温変化は地域、季節によっても大きく異なることが予想され、単純な結論を出すことはできないが、気候温暖化が日本の植生にも大きな影響を与える可能性は否定できない。ちなみに、20世紀初頭からの我が国の平均気温を見ると1980年代から高温傾向にあり、また降水量は1970年代から少雨傾向にある(第1-2-3図)。
 日本の植生の内訳を見ると、自然性の高い緑は、ハイマツ、高山植物などに代表される寒帯・高山帯植生、エゾマツ、トドマツ、シラビソ、オオシラビソ、ダケカンバなどの亜寒帯・亜高山帯植生、ブナ林に代表されるブナクラス域自然植生、シイ・カシなどの照葉樹林に代表されるヤブツバキクラス域自然植生、そして河辺・湿原・塩沼地・砂丘植生などの植生に分けられるが、その合計は全国土の19.3%となっている。こうした自然性の高い緑は、その6割近くが北海道に分布しており、また、急峻な山岳地や半島、離島といった限られた地域に集中している。森林は、緑のダムと呼ばれるほど水源かん養能力を有し、特に自然性の高い森林は、数多くの野生生物の生息・生育地として、今日では貴重なものとなっている。
 平地、丘陵地など我々の活動領域に近い地域では、薪炭材の採取など人間活動の影響を受けた二次林や、人為的に作られた植生である植林地、耕作地が多い。二次林は、ブナクラス域ではミズナラ林、ヤブツバキクラス域ではコナラ、クヌギ等の雑木林、マツ林、シイ・カシ萌芽林などによって構成されるが、これらの総計は全国土の約4分の1、24.6%になる。こうした二次林の多くは、薪炭材の採取、肥料用等としての落葉下草の採取など人の生活を介して、こうした形に維持されてきた林である。我々の生活の場にも近く、身近な自然として広く親しまれてきた貴重な緑となっているが、二次林の利用度の減少、山村の過疎化等により、こうした二次林を維持してきた人の手の介入が急減しており、二次林はその姿を変えつつある。
 一方、人為的に作られた植生である植林地や耕作地は国土の半分近く、47.4%を占める。植林地の多くは戦後急速に植林されたスギ、ヒノキ等の林である。
 第1回自然環境保全基礎調査の行われた昭和48年から、54年の第2回調査、58年から61年の第3回調査の間の植生の推移を見ると、森林面積全体はほとんど変化していないが、自然林・二次林が3.9パーセントポイント減少し、植林地が4.1パーセントポイント増加している(第1-2-2表)。
 他方、家屋、ビル、工場等の建築物、道路などの自然の乏しい人工表土地は、同じ期間の間に4.3%から5.8%ヘと1.5パーセントポイント増加している。人工表土地は、自然の物質循環の中で見ると特異なものであり、例えば、林地では258.2?/hrと歩道の約20倍程度の浸透能力があるなど、人工表土地は林地に比べ雨水が浸透しにくい。また、樹木の蒸発散作用は、気化に伴う熱の消費により高温になることを防ぎ、また同時に空気中に水分を供給し、乾燥化を防ぎ、その他にも森林は防音、汚染物質の吸着等種々の機能を発揮しているが、樹木の少ない表土地ではこうした機能が期待できなくなる。また様々な人間活動により、人工熱が排出される。こうしたことから人工表土地は自然の気候よりも高温乾燥の傾向にあり、国土の自然環境にも影響を及ぼしているのではないかと懸念されている。
ウ 動物相
 我が国の生態系の一部を構成する動物の分布は、島国という地理的特徴、気候や植生といった諸条件により特徴付けられており、例えば、北海道と本州を分けるブラキストン線や、屋久島と奄美諸島を分ける渡瀬線などいくつかの分布境界線が知られている(第1-2-4図)。
 植生は、餌場、隠れ場所等として動物の生息条件に大きな影響を与える。例えばツキノワグマ、カモシカは、落葉広葉樹林、その中でもブナ林等で多く生息が確認されている一方で、キツネは農耕地やクヌギ・コナラ林といった雑木林で多く確認されており(第1-2-5図)、それぞれの動物種と植生が深く結び付いている。
 気候も動物相に大きな影響を与える。先程紹介した暖かさの指数と動物の中でも人々になじみの深いチョウ類の分布を対照させてみると、クモマベニヒカゲ、エルタテハ、ウスバシロチョウ、ミカドアゲハのそれぞれの生息域は植生に規定される要素もあろうが、温度にも深く関わっていることが分かる(第1-2-3表)。植生の場合と同じく、温暖化による気候変動が動物種の生息に深刻な影響を与える可能性があることが予想される。
エ 自然景観
 我が国において、自然の造作によって形作られてきた滝や溪谷、山岳地などの景観として優れている地形、地質、自然現象は、それぞれに特徴的な生態系を形作っているとともに、地域のシンボル、観光資源、学習、さらには感動を得、人間性を回復する場として貴重な存在である。昭和63年に取りまとめた自然環境保全基礎調査結果によれば、こうした自然景観資源は全国で15,468件あり、最も多いのは滝(2,488か所)、ついで火山(1,158か所)、峡谷・溪谷(996か所)、非火山性孤峰(993か所)、湖沼(872か所)、海食崖(734か所)、砂浜・磯浜(632か所)となっており、これら7つの自然景観資源で全体のほぼ半数を占める。
 こうした自然景観資源のうち、自然公園、自然環境保全地域、天然記念物等何らかの保護の下にあるものは57.8%であり、それ以外のものについても、風致保安林や国有林における保護林等で、また地方公共団体の条例等によって保護されているものもある。しかし、自然景観資源の約3分の2は既に開発行為等何らかの人為による影響を受けており、影響の種類として最も多いのは、人の立入りであり、ついで農林業開発、観光開発の順である。


(2) 地域ごとの生態系の現状
ア 山岳地
 日本は山国である。国土の約6割は山地であり、森林で覆われ、野生生物の生息・生育地であり、様々な資源を我々に与えてくれる場であるとともに、信仰、観光等の対象として、日本人の精神生活に多大な影響を与えてきた。
 山岳地の大部分は森林に覆われている。第1-2-6図は、傾斜度と森林被覆度の関係を示したものであるが、平均斜度がきつくなるにつれて森林面積が占める割合が大きくなっていくこと、30°を超えるとほとんど森林で被われていることが分かる。こうした山岳地の森林は、土壤流失等の環境被害を防ぐ重要な役割を果たしている。山岳地を覆う森林には人工林も少なくなく、傾斜がきつくなるとその割合も減少する傾向にあるが、30°以上の急傾斜地においても人工林の割合が13%を超えており、近年ではかなりの奥山まで人の手が入っていることが分かる。
 山岳地には、日本に残された自然のままの生態系が多く存在している。第3回自然環境保全基礎調査の解析によると、ブナ林のうち自然度の高いものの分布の多い地域は山岳地がほとんどを占め、照葉樹林の分布の多い地域は、島嶼部と共に、紀伊山地、九州山地等の山岳地に偏っている。また山岳地は多様な生態系を有していることも多く、例えばチョウ類の種数の多い地域を見ると秩父山地を始めとする山岳地で数多くの種が生息していることが分かる(第1-2-4表)。また、高山では、寒冷な厳しい環境の中で、高山植物や高山蝶などによって構成される特異な生態系が残されている。
 また、山岳地は古くから、信仰の対象、地域のシンボル等我々の精神生活に重要な役割を果たしてきた。近年では、これに加えてレクリエーション、観光の場としての役割も重要になっている。自然環境保全基礎調査の自然景観資源調査(前述)で、自然景観としてよく見られるもののうち上位の3種(滝、火山、峡谷・溪谷)はいずれも山岳地においてみられる自然景観である。
 近年は、山間地域の人口が減少し、多くの人手を要する人工林の管理を始めとして、山岳地環境の利用、管理が衰退してきており、山岳地の自然環境とその利用の関係が急速に変化しようとしている。
イ 湖沼
 我が国には、山岳地帯にある湖沼から、海が後退してできた海跡湖のように平野部、海岸近くに存在するもの等様々な湖沼が数多く存在している。環境庁は全国の湖沼(1ha以上の天然湖沼)を対象に調査を行っているが、調査対象湖沼の面積は、2,380.08km
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、国土面積の0.63%にあたる。
 湖沼は、湖岸の土地利用状況を反映して、様々な改変を受けている。環境庁の調査では、人工湖岸率が50%以上であり、かつ市街地・工業用地に利用されている湖岸の割合が30%を超える湖沼を「改変が進んだ湖沼」と分類しているが、昭和54年から60年の間に「改変の進んだ湖沼」に分類された湖沼は、19湖沼から27湖沼に増加した。これらはいずれも平野部にある海跡湖である。また、昭和20年以降なんらかの千拓・埋立ての行われた湖沼は57湖沼、面積は約344km
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であり、20年以降、湖沼総面積の約13%が干拓・埋立てによって縮小したことになる。湖沼は農地、工業用地、市街地など様々な土地利用によって置き換えられていった。
 湖沼は、生物の生息地としても重要である。生息魚種の多い湖沼は第1-2-5表のとおりであり、汽水魚、沿岸魚の侵入する海跡湖の魚類相が豊かであることが分かる。
 一方、ブラックバス等外国産の移入魚も各地の湖沼で定着しつつあり、湖沼の魚類相を変化させる要素の一つとして今後もその推移を注目する必要がある。
ウ 河川
 河川の自然環境については、環境庁が、昭和54年と60年に、一級河川の幹川等113河川に関して調査を実施している。
 調査した河川の水際線、11,412.0kmのうち、人工化された水際線(平水時に護岸等人工構造物と接している水際線)の延長は、60年度では2,441.5kmであり、総水際線の21.4%を占める。54年から比べると、249.3kmが人工化され、構成比で見ると2.2%の増加である(第1-2-7図)。
 河原の土地利用の状況は、自然地が約3分の1を占め、農業地、施設的利用地の順に利用が行われている。ここでも自然地が減少し、農業地や施設的利用地の割合が増加している。
 ダムや堰などの河川横断工作物は、魚類の遡上を助ける適切な処置を講じない場合には、魚類の生息域を分断させることがある。調査河川113河川のうち、河川横断工作物がない河川または、魚道がうまく作動するなど、魚類の溯上を妨げる要素のない河川は、網走川、釧路川、浦内川、常呂川、留萌川、後志利別川、雄物川、天神川、高瀬川、名取川、十勝川、久慈川及び土器川の13河川である(第1-2-6表)。また、河口からの溯上可能区間の割合が流路延長の90%を超える河川が、上記の13河川に加え、揖保川、日野川、岩木川、長良川、円山川、四万十川、最上川、米代川及び那珂川の9河川あり、合計22河川になる。これは調査河川数全体の19%を占める。一方、河口からの溯上可能区間割合が10%に満たない河川は芦田川等6河川ある。溯上可能区間の調査河川延長に占める割合の平均は、全体では58.9%となっている。
 河川も魚類ほか多様な生物の生息地である。生息魚種の多い河川は第1-2-7表に示すとおりであり、本州の河川が多い。
 なお、河川の環境保全の観点からは、様々な事業・調査が行なわれている(各論参照)。
エ 湿地、干潟
 湿地、干潟は、自然環境の中で特異な生態系を構成しており、水生生物、水鳥等の生息地として重要である。
 湿地は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサール条約)」では、湖沼、河川、湿原、千潟等を含む広い概念でとらえられている。湿地では水量が一般の表土に比べ多く、こうした環境を好む動物種、植物種しか生息できないため、特異な生態系を形成しており、水生生物、水鳥などの絶好の生息地となっている。特に近年は水鳥の生息に重要な湿地に注目が集まっており、平成5年にはラムサール条約の締約国会議が釧路市で開催される。日本ではラムサール条約の登録湿地として釧路湿原など4湿地が登録されている(平成5年3月末現在)。
 干潟は、海域環境の中でも、特異な海洋生物、水鳥等の生物の生息環境として重要な生態系である。また、千潟の多くは、一般に汚染が進行しやすく、浄化の進みにくい内海にあるため、千潟の持つ水質浄化能力にも注目が集まっている。例えば自然干潟は、人工のものに比べてより多くの浄化能力を有しているとの研究もある。
 平成元年度から3年度にかけて環境庁が実施した調査によると、現在51,462haの干潟が存在しており、最大の干潟は熊本県有明海に位置する荒尾・長洲の前浜であり1,656haに及ぶ。有明海には多くの干潟が残されており、合計20,788haの千潟が現存し、これは全国の現存千潟面積の40.4%を占める(第1-2-8表)。
 しかしながら千潟の多く存在する内海に面する地域には、社会・経済活動の活発な地域もあり、必要に応じ埋立てによる開発が進められてきた。昭和53年以降消減した千潟は、全国で4,076haに及び、その原因としては埋立てが最も多く、46.4%に上っている(第1-2-9表)。
 干潟の保全については、瀬戸内海環境保全基本計画に基づいて干潟の保全等を進めることとされているほか、瀬戸内海環境保全特別措置法による埋立ての制限などの措置がとられている。
オ 海岸
 我が国の総海岸線は、昭和59年に実施した調査によれば32,472kmであり、本土部域海岸がその58.3%を占め、島嶼域海岸が41.7%を占める。なお、海岸線総延長は埋立ての結果前回53年調査に比べ、若干増加している。海岸の区分比は、全国で見ると、自然海岸が56.7%を占め、人工海岸が28.6%、半自然海岸が13.9%と続いている。島喚部を除く本土部のみで比較すると、自然海岸の占める割合が46.0%、人工海岸の割合が36.5%である(第1-2-8図)。昭和53年から59年までの変化を見ると、自然海岸が565km減少し、人工海岸が696km、半自然海岸が171km増加している。この増減の内訳を見ると、砂浜、岩石海岸が減少し、埋立て海岸が増加している(第1-2-9図)。
 海岸の自然環境保全については、自然公園法、瀬戸内海環境保全特別措置法などによって取り組まれている。
カ 都市周辺
 我々の生活の周りにある緑や馴染みの深い動植物の存在は、見過ごされがちであるものの、国土の自然環境の一部を構成しているとともに、自然と親しみつつ日常生活を営む上で不可欠な要素となっている。また、こうした都市周辺の自然環境は、ヒートアイランド現象の緩和など都市地域の気候条件や環境の改善に役立つほか、それ自体が、都市の大気、水質、土壌の環境の状況を映し出す役割も持っている(第4章第1節6参照)。
 自然環境保全基礎調査は、植生をその人為の影響の度合に応じて10に分類し、調査を行っているが、これを自然植生、二次植生、植林地、農地等、市街地の5区分にまとめて、首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)、愛知県、大阪府の自然状況を分析すると、こうした地域のいずれもが全国平均に比べ自然植生が極めて少ない一方で、緑の少ない市街地の割合が多いことが分かる(第1-2-10図)。また、都市近郊では、二次植生がいわゆる里山として身近な自然、野生生物の生息地を形作っているが、こうした植生も全体的に少ない。第1-2-11図は、古くから開けた関西圏の植生を表したものだが、市街地がほとんどを占め、緑被地が生駒山地や六甲山地等に残されているに過ぎないことがわかる。人工化は東京圏よりも著しく、この地域が政治経済の中心地として人為の圧力が古来から強かったことがその一因と考えられる。
 都市地域やその周辺の自然環境の保全については、自然公園、保安林、緑地保全地区等の指定を行ない、そこでの環境改変を規制することや公園等を造成する公共事業等が行なわれている(第4章第1節6参照)。
 都市化は、表土がコンクリート等の人工物で覆われること、冷房、暖房等が普及し、排熱が増加していることにより、ヒートアイランド化、乾燥化をもたらすとされる。その結果、局地的な気候の変化が起き、生態系に影響を及ぼす。例えば、東京では本来暖かい地域の植物であるシュロが自生する例が見られる。また、逃亡ペットである熱帯地域産のワカケホンセイインコが繁殖している。乾燥化の影響としては、関東平野で社寺林、農家の屋敷林等のスギが衰退していく現象が見られるが、これは乾燥化により、水分の吸収力に劣るスギが弱ってきたのではないかとの指摘もある。
キ 農山村地域
 農業は、自然の生態系に人為を加えることによって我々にとって有用な作物を栽培し、これを採取しようとする活動であり、自然環境へ様々な影響を及ぼしている。例えば、資材等は、農業生産上必要なものではあるが、これに過剰に依存することにより、環境への負荷を増大させることが懸念される。一方で長期間営まれてきた農業は、独自の生態系を、農地及びその周辺地域に形造っている。日本の代表的な農業である水田耕作は、過去の長い伝統によって用水路、用水池、畔からなる独自の生態系を形造り、カエル、ドジョウ、ホタル、トンボといった身近な生物の生息地となってきた(第1-2-12図)。また農山村近郊の山は、薪炭材の採取、燃科材としての柴刈、肥料用の落葉採取が繰り返されることによってクヌギ、コナラ、アカマツ等で構成されるいわゆる里山林に覆われている。こうした農山村の環境ではヨシゴイ、アオバズク等の鳥類やギフチョウ、ウスバシロチョウ等のチョウ類の生息が多く確認されおり(第1-2-13図)、独自の生態系を構成し、しかもそれは我々の身近な生き物によって構成されている場合が多い。第1-2-14図は日本の代表的な稲作地帯である新潟平野の植生と身近ないきものの確認状況を示したものだが、耕作地(水田)が広がっている背後に二次林、自然林が控えており、身近な生きものが生息していることがわかる。
 昨今の、農山村人口の減少、省力化の為の機械化等の進行は、農山村の自然環境を大きく変えようとしている。燃料として薪炭や柴を使わなくなったことにより、里山の二次林は人の手が入らなくなり、下草が繋茂してきている。これはより自然性の高い植生への遷移の一環と見ることもできるが、里山の二次林を以前のままの姿で保全するためには、適切な下草刈等を行う必要がある。水田の中でも周辺の森林等とあいまって豊かな生態系を有する谷津田は、山間に多く存在するだけに採算の面から放棄されやすく、その姿を変えることが予想されよう。今後の農業の変化は農山村の自然環境にも大きな影響を及ぼすことが予想される。
 農山村の自然環境保全については、自然公園や保安林等の地域指定などのほか、環境への負荷軽減に配慮した環境保全型農業の推進等の中でも取り組まれている。


(3) 途上国における自然生態系の現状
 開発途上国の国民の多く(アジア・アフリカの平均で人口のおよそ3分の2)は、農業、林業、漁業といった第一次産業に従事し、自然環境資源に依存した生計を営んでいる。森林、野生生物、土壌といった自然環境は、住民に燃料、食糧、水、建築資材、家畜の餌等をもたらすとともに、洪水の防止、気象の調節などに役立ち、まだ経済活動の対象にもなり、人々の生活や環境を守る働きを持っている。さらに、途上国には豊かな自然環境資源を持つ国が多く、こうした自然の資源は地球的価値を有する貴重な遺産となっている。しかし、途上国においても産業の発展、工業化に伴い自然環境資源を失ってきた先進国と同じ過程をたどって、また、途上国の貧困や人口増加を背景とした自然環境資源の過剰利用等の過程によっても、自然環境資源のストックが失われつつある。以下、森林、土壌に分けて、アジアを中心に、途上国の自然環境資源の状況を見ていこう。
ア 森林
 1990年(平成2年)現在で世界には森林が40億2756.9万ha存在していると見積もられている。このうち開発途上地域に存在する森林はアジア5億5589.4万ha、中南米8億9280.6万ha、アフリカ6億3509.3万ha、その他4393.7万haとなっており、これらを合計した面積は21億2773.0万haであり、世界の森林の52.83%を占めている(第1-2-10表)。
 途上国の森林の多くは熱帯林であり、その減少が世界的な関心事となっている。1993年(平成5年)3月にFAO(国連食糧農業機関)によって公表された「1990年森林資源評価プロジェクト」の結果報告では、熱帯地域に位置する90か国について、その森林面積と1980年(昭和55年)から1990年(平成2年)にかけての森林減少率とを評価している(第1-2-11表)。これによると、調査対象90か国で、年平均1540万haの森林が減少し、森林面積の0.8%が毎年失われている。1981年(昭和56年)にFAO及びUNEP(国連環境計画)が公表した1980年森林資源評価では、1980年(昭和55年)から1985年(昭和60年)までの熱帯林減少率を推測しているが、この1980年時点の評価と最新の1990年時点の評価でともに調査対象となっている76か国について1980年から1985年までの森林減少率を比較することができる。1980年評価では年0.6%の減少率であったが、今回の中間報告段階では、減少率は0.8%に増加している。また、面積は減少しないものの、樹木の密度が低下するなど森林の質が低下する森林劣化についても、既述のFAOのプロジェクトで研究されているが、森林劣化による熱帯林の生物量の減少は、森林面積の減少よりもかなり早いスピードで生じていると推測されている。
 森林の減少、特に熱帯林の減少に対しては、ITTO(国際熱帯木材機関)やFAOといった国際機関による協力や二国間の協カが進められている。
イ 土壌
 土壌は、農業、牧畜といった経済活動の基盤であり、その状況が悪化したり、土壌が失われると、これらの経済活動が不可能になるだけではなく、人間の生活自体にも大きな影響を与える。サヘル地方を始めとするアフリカ各地などでは、貧困等により、他に燃科確保策、収量増加策が無いため、樹木や草の再生力を超えて、薪の採取や牧畜が行なわれたり、移動式耕作の周期を短くすることがしばしば見られる。このため、土壌の劣化、喪失を招きやすくなる。こうした地域の人々は、干ばつに備えるだけの資力もないため、ひとたび干ばつが起こると、環境難民として他の土地ヘ、あるいは都市へとさまようことになる。いわゆる砂漠化の問題は貧困問題と密接に関係している問題といえよう。
 UNEPは1991年(平成3年)、「砂漠化の現状及び砂漠化防止行動計画の実施状況について」のレポートを発表した。以下このレポートに基づき、乾燥地における土地劣化問題を見てみよう。
 世界には61億ha以上の乾燥地が存在し、地球の陸地の40%近くを占める。そのうち9億haが極めて乾燥している地域で、いわゆる砂漠である。残りの52億haの一部が人間活動の結果、砂漠化が進行している。こうした乾燥地域で世界入口の約5分の1の人々が居住し、生活を営んでいる。1991年(平成3年)にUNEPが行なった評価によると、乾燥地域における農地の約70%、約35億6000万haが砂漠化により影響を受けている。地域別に見ると、劣化している割合が大きいのは、北アメリカ、アフリカ、南アメリカの順であるが、面積で見るとアジアが最も多く、アフリカがそれに次ぐ(第1-2-15図)。
 土壌の劣化にさらされている地域は11億3830万ha、極めて乾燥している地域を含めた乾燥地全体の18.3%を占める。土壌劣化の態様は、降雨による土壌の流失など水による浸食が最も多く、次に表土が吹き飛ばされるといった風による侵蝕が多く、塩害やアルカリ化といった化学的な劣化、湛水化など物理的な劣化と続いている。大陸別で見ると、被害を受けている面積が最も広いのは、アジアであり、アフリカ、ヨーロッパと続くが、乾燥地面積に占める土壌劣化の割合を見ると、アフリカが81.1%とずば抜けて多く、アフリカの乾燥地の8割以上の土壌が劣化しつつある。
 事例として、隣国の中国の状況を見てみよう。中国北部には砂漠及び砂漠化しつつある地域が、149.6万km
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広がっており、そのうち12%が砂漠化しつつある土地であり、10.5%が軽度の砂漠化しつつある地域である(第1-2-16図)。その原因は、過放牧、開墾といった不合理な土地利用や過度の森林伐採などにあるとされており、中国にとって大きな環境問題となっている。また、土壌流失も大きな問題となっており、特に東部での雨水による土壌浸食は深刻で、43万km2で年平均8,000t/km2の土壌が流失していると見積もられている。これは森林伐採等による裸地化の結果と見られている。
 砂漠化問題については、地球サミットにおいて砂漠化の防止のための条約作りが合意され、作業が進められている。また、二国間協力として砂漠化防止のための対策について協力が行なわれている。

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