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第2節 

3 国際関係と途上国の環境

 現在、政治、経済、社会のあらゆる点で国際的な相互依存関係が深まっている。これまで述べてきたような途上国の環境の状況は、国際経済の動きと切っても切り離せないものとなっている。国際的な経済の枠組みやその動向と途上国の係わりを見るとともに、環境に与える影響を見てみよう。
(1) 先進国、途上国問の資金の流れと途上国の資本収支
 途上国に限らず、環境問題の解決には資金が必要である。それが、公害防止施設の整備であれ、森林の改善、貧しい農村の改善であれ資金が必要となる。しかしながら、こうした資金を途上国が得るのは容易ではない。
 この状況は、一次産品価格の低迷、累積債務問題によってさらに強められる。途上国のうち、特にサヘル諸国などの低所得国は一次産品の輸出によるほかは資金を調達することが難しい。しかし、一次産品、特に農産物価格は低迷気味で、こうした貧しい諸国にとって状況は厳しいものとなっている。FAOの見積もりによれぱ、輸出品でどれだけの物が買えるかを示す交易条件、特に工業品、原油に対する交易条件が非産油途上国において悪化しており、アフリカ諸国で見ると、1989年(平成元年)では、1979〜1980年(昭和54〜55年)に比べ、交易条件が28%悪化し、これは、1989年(平成元年)の輸出収入では、1979〜80年(昭和54〜55年)時点の72%の工業製品、原油しか買えないことを示している(第3-2-9図)。FAOはまた、農産品価格が下落しなかったら輸出収入がどれだけであったかを試算しているが、これを見ると、国によって程度は異なるものの実際の輸出額の10〜60%が失われた計算になる(第3-2-10図第3-2-17表)。こうして低迷する一時産品価格に対応するために、国連貿易開発会議(UNCTAD)を中心として国際コーヒー協定他8つの商品協定が締結されているが、価格の安定化という面での成果はあまり上がっていない。
 また、途上国の中には累積債務に悩む国々もみられる。こうした国は今後の発展のための資本を借り入れられず、緊縮財政ほかの消極的な経済政策を取らざるを得ない。このため、短期的にみれば、非生産的な投資先である環境分野では、資金が十分確保されないといった傾向がある(第3-2-11図)。
 こうした好ましくない状況下で、状況をさらに好ましくないものにするのが、資本逃避である。国のマクロ経済政策が失敗し経済が不調に陥り、政治が不安定化した時に、資産家は自らの資産を守るため、国外に資本を移動させることがある。特に経済が不安定化した1980年代(昭和50年代後半)のラテンアメリカでは、国全体の貯蓄額の半分にも当たる資本が海外に逃避した国があると言う。資本逃避は経済の不調時に起こることが多いため、その影響は甚大である。こうして、国内の経済成長に充てるべき資金がますます国外に流出し、国内の経済はさらに苦境に陥り、資金はますます不足する。
 こうした途上国、特に最も貧しい諸国にとっての状況は厳しいものとなっている。第3-2-12図は、長期貸付についての途上国全体への資金純移転の推移を示しているが、1984年(昭和59年)以降、純移転額はマイナス、つまり、資金が先進国側に流出していることが分かる。これは、途上国の債務返済能力の低下により、民間銀行からの貸付けが低迷していることと、先進国側での資本需要の高まり、例えば、米国での財政赤字とその裏腹で生じる資本収支の黒字(資本の流入)との二つが背景となっている。こうした状況は、途上国の環境問題への取組を損ない、また、地球環境問題を始めとしてあらゆる場で資金問題が活発な議論の焦点となる背景をなしている。
 我が国からのODAで見ても、またDAC全援助国からのODA合計から見ても、アジア最大の被援助国であるインドネシアを例に各種開発プロジェクトがどのような資金によって賄われているかを同国の5か年計画に基づいて見てみよう。
 インドネシアはレプリタと呼ぱれる5か年計画をもとに経済開発を進めている。第4次計画は1984/85年から88/89年の期間にわたり、その後に第5次計画が続いている。第4次計画の開発投資総額は約145兆ルピアとされ、その54%を政府の支出、16%を海外の資金、残りの30%を国内貯蓄からの資金、つまり国内非政府支出部門からの調達でそれぞれ賄うことを見込んでいた。第4次計画の実績を見ると、総額は約112兆ルピアで、国家予算はそのうちの42%を賄い、海外資金への依存は23%、26兆ルピアに上った。第5次計画では、海外資金への依存度は26%と見込まれている(第3-2-18表)。また、海外資金への依存度をプロジェクト目的別に見ると、環境関係のプロジェクトのように収益性がないか、きわめて乏しいものには国内資金が充当されず、海外資金への期待が高いことが分かる(第3-2-19表)。
 アジア各国のうちでは一人当たり国民所得が低いバングラデシュでは、1990/91年から95/96年の間、第4次五か年計画に基づいて経済開発が進められているが、必要資金672.3億タカのうち、約52%の347.6億タカを国外資金に依存する計画である。インドネシアと比べ、国外資金に依存する度合が大きいのは、国内に開発計画を支える資金が不足していることを示している。
 このように順調な経済発展を進めようとしているインドネシアでも、まさに貧困からの脱出が緊急課題のバングラデシュでも、まずその経清発展のために海外からの資金や乏しい国内の資金が充当され、環境保全に資金が十分に行き渡らない背景となっている。


第3-2-17表 農産物輸出価格の変化による輸出収入の潜在的損失−金額(百万ドル)及び対農産物輸出比率
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(2) 貿易
 次に、貿易、直接投資、開発援助といった国際的な経済活動が途上国の環境に与える影響を見ていこう。
 貿易は国際的な経済活動に大きな位置を占める。1989年における世界の貿易量は、輸出額で見ると29兆227億ドルであり、そのうち先進国(世界銀行の分類で高所得国)は82%を占め、低所得国は5%、中所得国は13%に過ぎず、先進国の占める割合が圧倒的に高い(第3-2-20表)。一方、その内容を見ると、低所得国や中所得国では先進国に比べ、1次産品の輸出量が多い。
 貿易の対価として途上国が得る資金は必ずしも多額ではなく、なけなしの貿易収入を求めて、あの手この手の輸出戦略が考えられる。その一つの手段が、比較優位を持つ商品に特化し、戦略的にこれを育成する方策である。しかし、途上国でのこのような農産品の輸出への特化が、環境破壊や国内自給作物の衰退の一因ともなっている。なお、途上国には、IMF等からの融資と引き換えに、財政赤宇の削減や貿易収支の改善といった条件が課され、こうした戦略を選ばされているとの主張もある。
 熱帯途上国の主要輸出品である熱帯丸太材の輸出量と国別シェアを見ると、1960年代初頭最も大きなシェアを有していたフィリピンはその輸出量を減少させている。インドネシアは1970年代に入って急速にそのシェアを伸ばしたが、80年代に入って輸出量を減少させている(第3-2-13図)。こうした急激な丸太原材の輸出量の減少の背景には、一つには熱帯林資源が減少したことがあり、まだ、政府が、丸太材よりも、加工材や木材加工品といったより付加価値の高い製品の輸出を目指して、丸太材の輸出を制限する政策をとったことも原因となっている。
 フィリピンにおけるこの間の状況を見てみよう。FAOの統計によれば1950年(昭和25年)から1974年(49年)までのフィリピンの木材総生産量は1億8680万
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であり、そのうち全体の64%にあたる1億1954万
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(丸太)が輸出されている。フィリピン産のラワンは、合板加工に適しており、その高い品質で国際的に知られていたため、伐採が進み、輸出量が60年代を通じて急増し続けた。内外からラワン材伐採の行き過ぎを懸念する声が上がり、ついにフィリピン政府も、資源保護と木材加工業の振興を目的として1976年(51年)丸太輸出禁止措置を導入し、1986年(61年)丸太輸出が完全に禁止された(第3-2-14図)。この間、1950年(25年)には国土の50%を超えていた森林面積は、1988年(63年)には22%にまで減少し、ラワンの原生林(フタパガキ林)は3%を残すだけとなるなど、フィリピンの森林の減少、劣化は著しく進行した(第3-2-15図)。この森林の減少・劣化の原因は、森林火災や不連切な商業伐採、違法な焼畑、農地の拡大などが、相互に関連しあって生じたものと指摘されている。
 フィリピンの木材輸出の変化は、これらの原因により、自然環境資源ストックが減少・劣化し、その結果として貿易量が減少したり、貿易の形を変化させたことを示している。


(3) 直接投資
 途上国の民間部門への資金移転の大きな部分は、先進国民間部門からの直接投資によって占められている。我が国の例を見ると、昭和60年頃から対アジア地域直接投資が急増している。その内訳は、平成元年では、製造業が最も大きく、その後に不動産業、金融保険、商業と続いている(第3-2-16図)。
 こうして進出した製造業については、海外での企業活動に係る環境配慮の問題が生してくる。上述のように、途上国、特に急速な発展を遂げているNIEs諸国、ASEAN諸囲では、工業化による公害問題が急速に悪化している。せっかく環境規制を定めても、これを守らない工場が跡を絶たず、環境規制の実効がなかなか上がっていない。進出した工場が同様にして環境規制に従わない場合には、国際的にも問題となる。
 こうした状況の中で、厳しい環境現制を有している国から途上国に投資を行った企業が環境保全についてどのように行動するのかが現在問われている。1984年(昭和59年)インドのボパールで起きた農薬工場の爆発事故は、周辺住民1,500人以上の命を奪い、数千人の失明者を出し、15万人以上の人々に影響を与えた。この事故は、先進国企業の子会社が途上国で引き起こした事件として世界中の注目を集め、工場の進出が公害輸出であるとの一方的なイメージを作ってしまったことは否めず、工場進出に伴う環境問題についてざらに厳しい目が注がれている。
 平成3年に環境庁の実施した調査によると、海外に進出している日本企業のうち、進出先で環境規制基準を遵守している企業は91.1%であり、そのうち75.6%が進出先国の基準を遵守している。日本の基準の方が厳しい場合にこれを適用している企業も6.8%あった。(第3-2-17図)。海外への企業進出に当たっては、進出先の地域住民との関係がきわめて重要だが、環境対策についての情報を地域に提供している企業は進出企業中45.9%となっている(第3-2-18図)。
 操業を行う場所がどこであれ、環境保全をないがしろにした経営を行うことは許されない。さらに、先進国から進出した企業は、環境保全のための技術を有し、公害防止のための工場管理について豊かな経験を持っている。投資先国の環境規制を守ることは当然であるが、より適切な公害防止策を自らに課することが重要である。また、こうした行動は公害防止技術の途上国への移転にも役立つのである。
 我が国でも、地球環境保全に関する関係閣僚会議において、企業の海外活動に際しての環境配慮について申し合わせるとともに、経済団体連合会等が、海外進出に際しての環境配慮ガイドラインを策定しているが、こうした指針を一つひとつ実現し、公害対策先進国の企業として海外での評価を高めていくことが求められている。


(4) 開発援助と環境
 次に開発援助と環境との係わりについて見てみよう。
 開発援助と環境との関係を見ると、一つには環境を保全するための活動や人材・組織づくりを開発援助によって支援することができる点があげられる。開発を優先させやすい途上国にとって、環境保全は見過ごしがちな分野であり、先にインドネシアの例で見たとおり資金も十分に確保されることが少ない。しかし、援助は、受け入れ国の要請に基づき実施されるのが原則であり、受け入れ国自身が環境分野での援助を期待していない場合には、その重要性にもかかわらず、拡大は難しい。ちなみに、アジアで最も援助受入額の大きいインドネシアにおいて、第4次5か年計画における天然資源、生活環境部門の予算額は1兆9588億ルピアで、総額の2.5%であり、第5次5か年計画においても2.6%と徴増にとどまっている。こうしたことから、環境関連開発援助の拡大に当たっては、受け入れ国の政策立案の過程での援助国との間の政策対話や援助国による積極的なプロジェクト・ファインディングの努力、さらには、受け入れ国における環境対策の実施能力の強化などの取組がまず必要になっている。
 開発援助と環境との関係を考える上でのもう一つの大事な点は、プロジェクトの実施の際に生じる環境影響の問題である。
 開発援助、特に経済インフラ整備は、大規模なものとなり、その環境に与える影響は大きなものとなることがある。世界最大の援助機関である世界銀行は、1990年(平成2年)から環境に関する報告書を毎年発表しているが、この中で、遇去、世界銀行が実施したプロジェクトの環境への影響と、その対策について評価を行っている。この報告書では、ダム建設に伴う住民移転問題、鉱工業開発に伴う公害、森林減少・劣化といった問題がプロジェクトの実施の際に生じ得るため、改善対策を実施した事例が紹介されている(第3-2-21表)。
 世界銀行は、1969年(昭和44年)に環境担当アドバイナーを設置し、その後すぐに環境問題室を設置した。その後、世界的な環境問題の顕在化、関心の高まりに対応できるよう、世界銀行の活動の中で、環境への配慮をより網羅的に進めることを目的として、1989年(平成元年)に、環境アセスメント作業指令を作成するとともに、環境アセスメントの実施や環境改善プロジェクトの実施のため、各国ごとの環境戦略を作成している。
 世界銀行の環境アセスメント手続きによると、世界銀行のプロジェクトはすべてA、B、Cの3種にまず分類される。環境に悪影響を与える可能性のあるプロジェクトはその程度に応じてA、Bに分類され、Aについてはアセスメントの実施が必要とされ、Bについては限定的なアセスメントが必要とされる。Cに分類されるプロジェクトについては、通常アセスメントは実施されない。1991年度(3年度)では、299プロジェクトヘの融資が承認されたが、そのうち11プロジェクトがA、102プロジェクトがBに分類されている。AまたはBに分類されたプロジェクトは総プロジェクト数の37.8%を占めた。
 こうしたアセスメントの結果、プロジェクトに修正が加えられたものは第3-2-22表のとおりである。環境上重要な土地を避けたり、貯水湖の出現で影響を受ける人々の数を低減させるためにダムの高さを低くするといった改善が加えられている。世界銀行においては、ブロジェクト実施前に環境への悪影響を低減することができる制度が整備されつつある。
 世界銀行の融資にせよ、二国間援助にせよ、プロジェクト自体は、被援助国政府が実施するものである。例えば、我が国が世界銀行から融資を得て実施したプロジェクトは第3-2-23表に見るように、日本の国家的プロジェクトとして政府が実施したものであり、世界銀行が実施したものではない。つまり、こうしたプロジェクトを実施した結果、環境が悪化するといったことがないようにする責任はまず被援助国政府にあり、被援助国政府自身が適切なアセスメントを実施することが必要である。援助機関・国は、プロジェクトが、潜在的な環境影響を持つことを率直に認識し、プロジェクトの実施に際する環境アセスメントの実施を支援することが、まず必要である。また、援助側は、援助専門家として蓄積した経験を活かし、自らプロジェクトを環境面から評価し、環境への影響を低減するよう被援助側と調整を行う必要がある。開発援助に伴ってこれまで発生した環境問題は、今後への貴重な教訓とされなくてはならない。
 我が国も、世界有数の開発援助国になっており、ODAの環境配慮についても適切な対応が求められている。地球環境保全に関する関係閣僚会議では、政府開発援助の実施に際しての環境配慮を強化することとしている。これを受けて、年間、世界銀行の約3分の1の規模の融資を行っている海外経済協力基金(OECF)では、平成元年、円借款プロジェクトにおける環境配慮をより一層充実させるため、「環境配慮のためのOECFガイドライン」を策定・公表し、同ガイドラインに基づいて、プロジェクトの審査、監理等の諸段階を通じ、所要の環境配慮がなされているかどうかを確認することとしている。また借入国における環境法規制等の調査や、世界銀行、アジア開発銀行等との情報交換を通じ、各国の環境関連情報の整備にも努め、ガイドラインの運用等への活用を図っている。国際協力事業団(JICA)では、ダム、道路等の事業分野別ガイドラインを作成中(ダム建設に係るガイドラインは作成済みであり、農業、運輸、工業の各分野については平成4年度に向け作成中。)である。
 また、多国間技術協力の中心機関である国連開発計画(UNDP)は、国連環境開発会議に提出するナショナルレポートの作成について途上国を支援するなど国際的な環境保全プロジェクトを実施し、また各途上国で数多くの環境関連技術協力を行っているが、それと同時にUNDPのプロジェクトが、環境保全上適切なものとなるような対応を進めている。1991年(平成3年)に、UNDP本部の環境専門スタッフを大幅に増員し、環境天然資源課を独立させ、環境面からの審査、助言能力の強化を図っている。また、ブロジェクトのできるだけ早い段階における環境への配慮や、実施段階における環境保全への適切な配慮などプロジェクトのあらゆる段階で環境保全に適切な配慮を行うことが必要となっている。この重要性から、UNDPではプロジェクトの発掘、計画作成、実施を実際に担当する被援助国政府職員、事業実施に当たる国際機関担当者、UNDP地域事務所職員に対し、環境保全に関する研修や環境管理ガイドラインの作成を行い、プロジェクトヘの環境配慮の組み込みを担う人造りも進めている。

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