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第2節 

2 経済発展の中で進む環境破壊

(1) 輸出向け農林水産業の発展と環境問題
 農林水産業は、後発の途上国にとってはもちろん、経済発展に成功しつつある発展途上国でも重要な産業である。GDPに占める農業部門の割合が10%を切る国は開発途上国の中には数えるほどしかない。ちなみに先進工業国の多くでは、農業部門はGDPの数%を占めるにすぎない(第3-2-8図)。こうした農業の重要性は総輸出に占める農産品輸出の割合でも知ることができる。総輸出に占める農産品の割合は特に経済発展に成功している諸国では急速に減少しているが、それでも10%から数十%を占め、重要な輸出品となっている。農林水産製品を製造、販売し、あるいは輸出することは、開発途上国の経済発展の中で大きな役割を果たしているのである。
 こうした農林水産物生産の拡大が適切に行われない場合、環境に与える影響が大きくなる場合がある。例えば、サトウキビなどの栽培による土壌流失が挙げられるが、その実例をフィジーに見てみよう。
 フィジーでは、砂糖が主要輸出品であり、サトウキビ栽培は重要な外貨獲得産業となっている。一方でESCAPの環境状況報告書には、フィジーにおけるサトウキビ畑からの土壌流失が報告されている。ある畑では、5年間で表土が15から20cm失われた。これは1haあたり年間34トンの流失に値する。また、草地を切り開いて作られた新しいサトウキビ畑の例では、最初の収穫までに8から14cmの土壌が流失し、これは1haあたり年間90トンの土壌が失われたことに等しい。この結果、有機分や窒素分を含む肥沃な表土層が失われ、アルミニウム分が植物の生育に有害なレベルにまで高まっている。熱帯地域での土壌流失許容量は1haあたり年間13.5トンと一般に言われており、フィジーにおけるサトウキピ耕作の例はこれを超えている。輸出用作物の不適切な耕作が土壌流失につながっており、このような環境悪化を起こさない耕作活動や土地利用の在り方が、持続可能な農業活動に必要となる。
 同様の事例を、養殖業の急速な発展にみることができる。アジア太平洋地域では、エビの養殖が盛んである。エビは、汽水性の沿岸域での養殖に適しているため、沿岸部への開発圧力が大きい。例えぱ、タイでは、現在マングローブ林が18万500ha存在しているが、1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)にかけてのわずか15年間に、現在あるマングローブ林の面積に匹敵する13.2万haのマングローブ林を喪失した。こうして失われたマングローブ林の半分は養殖池になっている。フィリピンでは、21万haの汽水養殖池が作られている。マングローブ林は生物の宝庫であり、例えば、タイのマングローブ林には、世界で知られている79のマングローブ樹種のうち、74種が存在し、35種の哺乳類、106種の鳥類、25種の爬虫類が生息している。世界最大のマングローブ林は、バングラデシュのスンダルバン(Sundarbans)である。ここでは、25のマングローブ樹種、32種の哺乳類、186種の鳥類、35種の爬虫類、8種の両生類、120種以上の魚類が、57万1,508haの広大なマングローブ林に生息している。マングローブ林の喪失はこうした豊かな生態系を破壊し、マングローブ林の生態系によって保たれてきた周辺海域の豊かな漁業生産を低下させることになる。また、それまでマングローブによって守られてきた海岸地域が高潮などの危険にさらされることになる。
 過度に集約したエビの養殖による環境影響はマングローブ林の破壊以外にも生じた。エビの養殖は海水と淡水の調合の調節、エサの人工飼科化によって集約的な形で行われるようになる(第3-2-10表)。集約的な養殖は、海水の塩分緩和のために、地下水の汲み上げを必要とし、人工飼科の与え過ぎ、糞、代謝物による養殖池排水の悪化をもたらす。こうして養殖池の近隣に、地下水の扱み上げ過剰による地盤沈下、地下水の塩水化、養殖池排水による水質の悪化を引き起こす。タイではエビ養殖のための地下水の汲み上げを禁止した地域も出ている。こうした余りにも集約的になり過ぎたエビ養殖は、エビの生産量自体を減少させることになる。例えば、台湾では沿岸地域での養殖エビの生産量は、1977年(昭和52年)には1,400トンに過ぎなかったが、1987年(62年)には80,000トンにまで急増した。しかし、翌1988年(63年)エビの大量死事件が発生し、生産量が30,000トンに急減、1989年(平成元年)の生産量も25,000トンにとどまった。この原因は、一つには、台湾沿岸域の重金属、有機物による水質汚濁によると言われているが、もう一つの要因としては、極度に集約的な養殖のため、養殖池の水質、底質が悪化し、病気が蔓延したためとされている。十分な環境配慮を行わずに高い付加価値を持つエビを集約的に養殖する場合には、周辺環境の悪化のみならず、養殖業自らの持続可能な発展を損なう結果を招くことになる。
 養殖業だけでなく、海面漁業も豊かさを手にいれるための容易な手段である。例えぱ、タイは、世界有数のマグロ缶詰の輸出国である。これは、タイ国の船団が捕獲または輸入したマグロを加工し、日本などに輸出することで外貨を稼いでいる。しかし近年タイランド湾やクラ地峡沖合といったタイ近辺の水産資源が枯渇し、タイ国政府はミャンマー沖合での漁業権確保のための外交交渉を余儀なくされている。ここでもストックの枯渇、悪化が見られる。


(2) 途上国の工業開発と環境問題
 発展途上国が開発を進めようとする場合、その一つの柱は工業開発である。経済成長に最も成功しているといわれる新興工業地域(NIEs)、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国のGDPの伸びとその経済活動別の構成比率を見ると、一般に農林水産業の地位が相対的に低下し、鉱工業、特に製造業が発展している。しかし一方では、こうした工業開発が環境保全に適切に配慮されずに行われだ結果として引き起こされる問題もいくつか指摘されている。
 まず水の問題を見てみよう。工業化により、発生源の急速な増加が見られる。例えば、タイにおける水質汚濁の原因となっている工場の数は、1969年(昭44年)の159から1979年(54年)には5,393、そして1989年(平成元年)には20,221と、1969年(昭和44年)から1989年(平成元年)の20年の間に127倍以上に増加している(第3-2-11表)。こうして増加した工場から、1991年(3年)には52万5,235トンのBODが排出されている。このうち排水処理されるのは、排出量の約7割にとどまる。
 中国の状況も同様で、1989年(平成元年)355億トンの排水が全国で排出されているが、そのうち255億トン(71.8%)が工業排水であり、その80%(204憶トン)が、未処理のまま川、湖沼、海に排出されている。このため、有害化学品や重金属による汚染が進み、1988年(昭和63年)の調査では、532河川のうち436河川に汚染が見られる。中国政府は水質汚濁対策を重要課題として取り上げ、工業排水処理を進めており、処理量、排水基準達成率ともに向上しているが、工業排水処理量は1990年(平成2年)でも32%にとどまり、なお多くの排水が未処理で排水されている(第3-2-12表)。
 大気汚染でも同様である。水の場合と同様にタイのデータを見ると、大気汚染工場として登録されている工場の数は、1969年(昭和44年)の68から1989年(平成元年)には26,235に増加している。こうした工場から20万8500トンの二酸化硫黄、7万トンの窒素酸化物、35万1,000トンの浮遊粒子状物質が排出されている。こうした汚染物質の排出源としては非鉄金属工業が最も大きい。(第3-2-13表)。
 さらにこうした工業化のもう一つの帰結は、産業廃棄物の増大である。産業廃棄物や有害廃棄物等の内容組成や行政上の定義は国によって異なるが、香港では、1987年(昭和62年)1日あたり1,200トン(年約43万8000トン)の産業廃棄物が発生し、このうち270トン(年約10万トン)が化学廃棄物であった。化学廃棄物の排出量は年2〜3%の割合で増加していくと見積もられている。香港と同様に都市型経済が発達しているシンガポールでも、1985年(昭和60年)に28,180tの有害廃棄物が2,188の工場から排出された。マレイシアでは同じ1985年(60年)、22万
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の有害廃棄物が半島部にある工場から排出されている。タイでは、有害廃棄物を排出する工場の数が1969年(昭和44年)から1989年(平成元年)にかけて248から17,056に増加している。有害廃棄物の量は、1986年(昭和61年)の115万1,729トンからわずか5年後の平成3年(1991年)には199万3,602トンにほぼ倍増している。こうした産業廃棄物の処理のために、産業廃棄物処理工場が整備されている場合もあるが、PCBのように処理の困難なものは国内での処理能力がなく、国外での処理が必要となったり、町工場のような小規模な工場から出る産業廃棄物の処理は適切に行われないといった問題が生じている。
 こうした環境汚染の激しい形の一事例を韓国に見ることができる。韓国の環境白書によれば、韓国の東岸に位置する蔚山・温山工場団地は、それぞれ1962年(昭和37年)、1974年(49年)から非鉄金属及び石油化学工業の工場団地として造成されたが、公害が激しくなって、農業、漁業への被害が激しくなり、公害紛争が頻発した。農漁民への補償によっても騒ぎは収まらず、工業団地周辺住民の大規模な移転作業という対策が行われた。なお、被害の原因、因果関係自体は伝えられていない。移転作業は、1986年(61年)から5か年をかけて実施され、7,153世帯、34,533名を対象に、3,337億ウオン(日本円にして約575億6300万円)が費やされた(第3-2-14表)。この規模は、我が国の四日市、川崎、北九州などで行われた公害住宅移転の規模をはるかに超えるものである。工業化による問公害問題が極端な形で現れた例と言うことができよう。
 工業化により、企業や人々の所得も増え、政府の歳入も増える。貧困ゆえに環境資源を切り売りするような場合と異なって、所得の増えた企業や政府はその資源を環境保全に投資することもできるが、わが国の経験に基づけば、成長の早い段階から環境対策を行っていくことが有益であり、環境対策の一層の強化が望まれている。


(3) 都市活動の発展と環境問題
 都市に集中する商業、サービス産業などの経済活動は、都市に豊かさをもたらすとともに、様々な環境問題を引き起こすことになる。
 途上国の都市では、第1章で見たように一様に大気汚染に悩まされている。これは、性能が良くない自動車が、大量に走行していることを一つの原因としている。例えば、中国では、1984年(昭和59年)に約180万台だった車の数が1987年(62年)にはその2倍以上の412万台に急増している。韓国でも1984年から1987年までの間に94.8万台から161.1万台へと増大している(第3-2-15表)。こうした自動車は、整備の不適切な中古車両の走行や、緩い規制のため、都市大気汚染の大きな原因となっている。例えば、香港で黒煙を発する自動車として検査を受けた自動車の数は、1989年(平成元年)で約1万7000台であり、その結果約500台が登録を取り消されている(第3-2-16表)。香港の自動車保有台数は30万台弱であるため、香港すべての自動車の7〜8%がある程度の黒煙を発しながら町を走り回っていることになる。ほとんどの国では、このような検査自体が行われていない。
 工場以外に家庭も大気汚染の大きな原因となっている。例えば中国では、家庭用燃科に硫黄分の高い石炭が用いられるが、煙突の高さも低いため、暖房期には硫黄酸化物濃度が特に高くなる。
 都市は大量のごみを排出する。例えぱシンガポールで回収されたごみの量は、1984年(昭和59年)の1498.50トンから1989年(平成元年)には1979.40トンに増加している。1985年(昭和60年)で比較すると一人当たりのごみ排出量は日本が344トンて、あるのに対し、シンガポールは585トンとかなり多く、韓国は396トンと日本なみである。シンガポールは、ごみの回収と処理を適正に行っているが、他の諸国ではこうしたごみ回収サービスが必ずしも整っておらず、都市河川、海洋への不法投棄が行われている。こうした不法投棄は、水質汚濁、環境悪化を引き起こし、貧しい人々の住む地域を直撃する。これも豊かな都市の背後に存在する問題と言えよう。


(4) 途上国の発展戦略と環境行政
 農産品の生産、工業の発達はいわゆる換金商品の製造によって経済的に豊かになろうとする人々の活動によって進められている。東南アジア諸国はこうした方向、特に輸出志向の経済発展を進め、成功を収めつつあるといえよう。しかし上記に見たように、環境への目配りを欠き、結局産業の基盤を掘り崩している例も見られる。工業生産における環境対策の不足、自然資源の過剰で略奪的な利用、都市の急速な拡大に伴う公害問題は、各経済主体が目先の利益のみを求め、環境を考慮に入れた行動を取りにくいためである。また、環境保全の重要性、環境を悪化させたときの損害についての知識が必ずしも政府、企業家の中に十分広まっていないことも見受けられる。
 UNEPが1988年(昭和63年)にアフリカ、アジア、ラテンアメリカ、ヨーロッパの14カ国で実施した環境に関する国際意識調査によると、各地域とも環境保護について前向きな意識でいることが分かるが、「今日、この国で生活していくことはとても難しいことで、環境に何が起きているかなど最大の関心事ではない。」という質問に対しては、これに同意する人がアフリカ地域で一般人の58%、リーダー層の49%にのぼり、世界平均でも約4割の人が環境保全がかならずしも第一の関心事ではないとしている。
 こうした意識を背景に、環境への配慮を欠き、結果として環境を悪化させるような政策も見受けられる。例えば、原野の開拓に人々を参加させようとして税制上のインセンティブを与えたり、開拓地の所有権を無償で与えたりするケースがある。このようなインセンティプ策が適切に働かない場合、熱帯林の受容可能性を超える開拓者が押し寄せ、森林を切り開き、土壌を過剰に利用し、最終的には土壌劣化により、開拓もうまくいかない事態に陥ることにもなる。また、こうした森林の伐採、開拓は、森林に居住してきた先住民に配慮を欠いて、急激に進むことも懸念される。政策判断において、その政策が環境に如何なる意味を持つのかを十分吟味することが、求められていると言えよう。

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