2 野生生物種の状況
(1) 野生生物種の状況
ア 我が国の野生生物種の賦存状況
我が国の自然環境は、多様な気候、地形、物理的位置を反映し、豊かなものとなっている。野生生物種もこうしたその生息条件の多様性を反映し、多種多様である
野生生物種は家畜や作物として飼育栽培される種以外のものをいう。この野生生物種は、種の存在自体、進化の歴史の伝え手として貴重な情報源であり、生態系の構成要素として物質循環や食物連鎖を支え、外的な環境変化に柔軟に対応する多様性を維持している。また人類は、野生生物種を、生活の糧として、様々な道具の素材として、科学、教育、レクリエーション、芸術の対象として、利用し、共存してきた。そして何より、野生生物は我々人類と同様、かけがえのない生態系の構成要素である。
しかし、種はいったん失われると人間の手で再び作り出すことはできない。人類は様々な形で野生生物を捕獲、利用し、ある場合には有害性があるということで駆除を行ってきた。こうした活動が乱獲につながったり、また、人間の経済、社会活動の拡大に伴う生息地の破壊により、野生生物種は、生息数の減少、絶滅への圧力を受け続けている。野生生物の絶滅を防ぐことは、生態系の保全からみても、野生生物の持つ様々な価値を守る上からも、緊急の課題となっている。
環境庁では、日本産の絶滅のおそれのある動植物の種を選定するために「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を実施し、この調査結果に基づき動物について平成3年(1991年)に「日本の絶滅のおそれのある野生生物レッドデータブック」を発行した。これによると、我が国に存在が確認されている種(亜種を含む)は、哺乳類188種、鳥類665種、爬虫類87種、両生類59種、淡水魚類200種、昆虫類約2万9千種、クモなどの十脚類192種、陸・淡水産貝類824種、その他無脊椎動物4,040種である。
こうした種のうち、種の存続の危機の状況に応じて、絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧種」、現在の状況が続けば近い将来絶滅の危機に瀕する「危急種」、生息条件の変化によって容易に、「危急種」、「絶滅危惧種」に移行する要素を有する「希少種」に分類している。「絶滅危惧種」は110種あり、哺乳類ではニホンカワウソ、イリオモテヤマネコ等、鳥類ではアホウドリ、タンチョウ、ノグチゲラ、シマフクロウ等、両生類、爬虫類では、ホクリクサンショウウオ、キクザトサワヘビ等、淡水魚類ではリュウキュウアユ、ミヤコタナゴ、ムサシトミヨ等が記載されている。「危急種」は114種あり、ここにはトウキョウトガリネズミ、ハヤブサ、オオセッカ、セマルハコガメ、イシカワガエル、イトウ等が記載されている。「希少種」には415種が指定されており、エラブオオコウモリ、ヤマネ、ラッコ、アオウミガメ、ユウフツヤツメなどが含まれる。既に絶滅してしまった種も動物で22種確認されており、ニホンオオカミ、ニホンアシカ、ハシブトゴイ、ミナミトミヨ等が含まれる。これらの「絶滅種」、「絶滅危惧種」、「危急種」、「希少種」を合わせた種類を分類群ごとにみると哺乳類55種、鳥類132種、爬虫類16種、両生類14種、淡水魚類41種、昆虫類206種、陸淡水産貝類127種などであり、それらの分類ごとの種の数全体に占める絶滅危惧種、危急種、希少種の占める割合は、種の数の圧倒的に多い昆虫類を除き全て15%以上を占めている(第1-2-9表)。
江戸時代に作られた諸国ごとの産物帳等の資料をもとに、1730年代の主要な動物の分布状況を知ることができる。例えば、オオカミ、カワウソ、ニホンアシカ、コウノトリは、1730年代に全国で広く見られていたが、現在では絶滅ないし、絶滅の危機に頻している。また、ニホンザル、ツキノワグマ、ニホンジカなどについては、地域的に絶滅した個体群があると考えられる。水辺環境の変化等によって、渡来地が変化しているものもガン・カモ類やシギ・チドリ類などいくつか見られる。
こうした野生動物の種が絶滅し、または絶滅の危機にさらされている原因としては、乱獲、人間の生活域や産業活動の拡大に伴う森林や植生の変化、水辺環境の変化、水質の悪化によって個体数が減少し、あるいは生息環境が悪化、消滅していることがあげられており、我が国の野生動物の生息環境が厳しいものとなっていることが分かる。
また、植物については、「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」によって、維管束植物について8,118種、藻類について1,850種、蘚類は1,516種、苔類535種、地衣類2,295種、菌類約1万種(亜種、変種、品種、亜品種を含む)が日本に生息していることが明らかになった。一方、日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会よって作成された報告書「我が国における保護上重要な植物種の現状」によると、絶滅寸前の種として147種、絶滅の危険のある種として677種、危険性はあるが実情が不明の種が36種リツトアップされている。なお希少種については乱獲を避ける意味もあって公表されていない。またすでに絶滅してしまった種は、36種とされている。これらの「絶滅種」、「絶滅寸前種」、「危険種」を合わせると、859種が報告されており、日本産野生植物種5,300種の16.8%を占めている(第1-2-10表)。このように多くの植物種が絶滅の危険にさらされている原因としては、開発に伴う生育環境の悪化、生息地の消滅、愛好家及び山草販売業者による乱獲などが挙げられている。特に生育環境の破壊は、物理的破壊にとどまらず、地下水脈をはじめとする水系の破壊など生育地を取り巻く環境、すなわち生態系に十分配慮が払われていないことも問題となっている。
我が国はシベリア等からの渡り鳥の飛来地として重要な位置を占めている。渡り鳥は、国境を越えて行き来するため、飛来地を有する国全てが適切な保護措置をとらないと、いくらそれ以外の国が保護措置をとっても渡り鳥の数は減少してしまう。このため、渡り鳥の保護は、国際的な責務であり、我が国はアメリカ、中国、オーストラリア等と条約を結んで取組を進めている。
我が国で見られる鳥類のうち75%が渡り鳥である。平成4年1月に実施したガンカモ科鳥類の生息調査によれば、ガンカモ科の観察総数は196万9千羽であり、過去最も多い観察総数である(第1-2-9図)。そのうち96.30%はカモ類が占め、以下、ハクチョウ類2.56%、ガン類1.14%となっている。ハクチョウ類は27道府県397か所で4種50,357羽が観察され、東北地方、新潟県、北海道でそのほとんどが観察されている。ガン類は、21道県67か所で6種22,783羽が観察され、過去最高の羽数となった。宮城県と新潟県で多く見られた。カモ類は、最も頻繁に見られ、全都道府県で32種、1,896、119羽が観察されている。地域的に見ると新潟県、愛知県、千葉県、東京都、茨城県で多く見られている。
また、渡り鳥の移動径路を明らかにすることによって渡来地の保全、渡り鳥保護のための国際協力に資するため、標識調査及び人工衛星を利用した渡り経路の追跡調査を実施している。その結果、オーストラリアからのオオジシギ、東南アジアからのツバメなど多くの渡来地が明らかになり、マナヅル、ナベヅルの朝鮮・中国経路、コハクチョウのシベリア経路が追跡されて、二国間渡り鳥保護条約(協定)の調査、研究に寄与している。
イ 世界的な種の分布状況
野生生物種の数については、植物や脊椎動物については比較的良く知られているが、特に昆虫類について知見の蓄積が少なく、その数は推定によるほかないため、地球上の種の総数の推計は、少なくとも500万種、多ければ5,000万種ともいわれている。現在知られている種の数は、約140万種である。
こうした種はやはり熱帯林に数多く生息している。熱帯林は世界の陸地面積の7%を占めるに過ぎないが、種全体の半数以上が生息するともいわれている。既知種で見ると、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、アゲハチョウ科のチョウ、被子植物について生物種の多い国は第1-2-11表のとおりであり、南アメリカ諸国、インドネシア、マレーシア、ザイールといった熱帯林を擁する国が多い。生息種の数が多かったり、国有の種が多い国を「メガダイバーシティ国家」と呼ぶことがある。例えば、ブラジル、コロンビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ザイール、マダガスカル、オーストラリアの各国と中国、インド、インドネシア、マレーシアの12か国をメガダイバーシティ国家とすると、世界の生物種の60から70%がこの12か国に生息することになるといわれている。ブラジル、コロンビア、インドネシア、メキシコは種の数が豊富であり、オーストラリア、マダガスカルは種の数自体は多くないが、固有種が多い。面積が広く種の数も多いブラジルや中国のような国や、エクアドル、マダガスカル、マレーシアのように地形的な要因などにより、面積は小さいながらも種の多様性が極めて高い国もある。こうした諸国については、その極めて豊かな種を保全するために、当該国だけでなく、国際社会が協力していくことが必要であるといえよう。
こうした豊かな種も、その生息地の破壊によって急速に失われようとしている。全世界での絶滅のおそれのある種の状況は、「1988IUCN RED LIST OF THREATENED ANIMALS」によれば、絶滅種から希少種までいれると植物で19,078種、無脊椎動物で2,125種、脊椎動物で2,464種などであり、数多くの種の生息が危うくなっている。これらの他にも、多くの未知の種が人知れず絶滅しつつあることを忘れてはならない。
(2) 野生生物資源の状況
人間は、古代から野生生物を捕獲し、食料や原材料などとして利用してきた。人間は、生態系の中で、捕食者としての位置を占めている。現在でも、漁業や狩猟といった自然の恵みを直接に採取する活動が営まれている。人類は、汚染などによって生態系の基礎を脅かしているだけでなく、捕食者としても生態系に影響を与える立場に立っている。こうした観点から、野生生物の捕獲の状況を見てみよう。
ア 水産資源
我が国の国民は、伝統的に水産物を重要なタンパク源として活用してきた。戦後ほぼ一貫して水産物の生産量は増加し、57年に養殖業を除く海面漁業の生産量が1,000万トンを超え、59年には1,150万トンに達し、1,100万トンの水準は、63年まで続いた。しかし、それ以降平成元年、2年と生産量が減少し、2年の生産量は957万トンに低下した。主要魚種別に生産量を見ると、漁獲高の上位を占めていた魚種の生産量が減少している。スケトウダラ、サバ類、マグロ、カジキ類の生産量が減少し、イワシ類、カツオ類もこの2年生産量が減少している(第1-2-12表)。我が国周辺水域では、漁船性能の向上等による漁獲強度の増大等から底魚類を中心に総じて資源状態が悪化傾向にあり、また、マイワシ資源についても今後の資源の減少が懸念されている。
FAO(国連食料農業機構)は1984年(昭和59年)に世界各海域ごとに、年間の持続可能な漁獲可能量を推定、発表しているが、これを実際の年間漁獲量と対比してみると、日本近海を含む太平洋北西部及び南東部、地中海及び黒海インド洋東部で、推定された持続可能な漁獲可能量を超え、太平洋中西部、大西洋北東部、中東部、太平洋中西部、北東部、中東部で推定された持続可能な漁獲可能量に達している(第1-2-13表)。このFAOの推定値については、全世界的な規模で持続可能な漁獲可能量を科学的に推定することには困難がつきまとうこと等から大まかな推計値にとどまるものであることや、推定が行われた時点以後の漁場開発等により現在では推定値が増加している可能性があることなどを考慮する必要があり、また、このデータによっても持続可能な漁獲可能量に達していない漁場も多くみられるが、世界の漁業生産量は、過去10年間で7,569万トンから1億388万トンへと、37.2%増加している現状にあり、水産資源の資源量の維持のための配慮がますます重要となっている。
漁業と野生生物保護の関わり方の問題については、種々の国際会議等で議論されている。平成4年3月に京都で開催された第8回ワシントン条約締約国会議では、北大西洋産のクロマグロを「絶滅の危機に瀕した野生生物種」に指定し、国際的な商取引を制限しようとする動きが見られたこと、欧米等で鯨を環境保護運動の象徴として位置づけ、捕鯨に反対する動きが活発であること等はその一例である。
水産資源は、世界各国で栄養供給源として、また、飼肥料等の原料として、今後とも重要視されると考えられ、その持続的な利用が極めて重要である。漁業は再生産可能な天然資源を利用して成立するものである。科学的データに基づき適正に管理された漁業を実践していくことが重要である。
イ 狩猟
狩猟は、野生鳥獣を自然の収容力に見合った適切な生息数に管理する手段としての役割を果たしている。
我が国では、狩猟の対象として、マガモ、キジ等鳥類30種、イノシシ、シカなど獣類17種が指定されている。平成元年に捕獲された狩猟鳥類は、約362万羽、そのうちキジバトが33.5%、スズメが24.1%、を占める。狩猟獣類は、総計約40万頭であり、そのうち58.7%がノウサギ、14.9%がイノシシ、10.6%がタヌキである(第1-2-14表)。
また、都道府県知事、環境庁長官は有害鳥獣駆除などを目的として、野生生物の捕獲を許可することができるが、元年に知事の許可を受けて捕獲された鳥獣は鳥類約163万羽、獣類約9万頭であり、鳥類で多いのは、スズメ(40.6%)、カラス(21.8%)、ドバト(12.0%)、獣類ではノウサギ(61.3%)、イノシシ(11.8%)、が多い。このほかに環境庁長官の許可により行われた有害鳥獣駆除などがあり、狩猟による捕獲数と合わせると総計鳥類525万羽、獣類49.5万頭が捕獲されている。
狩猟の規模は近年縮小している。昭和51年までは、所得水準の向上に伴い、狩猟免許件数、捕獲数は増加し続けた。しかし、鳥獣捕獲数は、55年の約840万羽(頭)を最高にその後急減し、元年には前述の約402万羽(頭)にまで減っている。これは、狩猟人口自体の減少によるものであり、51年の狩猟者数53万人が元年には約29万人に減少している。