前のページ 次のページ

第1節 

9 東欧、旧ソ連地域の公害問題

 東欧、旧ソ連地域は、1989年(平成元年)以降各国が民主化を進め、市場経済への移行に着手するまで、中央計画経済の下にあった。計画経済の下で、環境汚染は深刻な状況にまで進んでいた。東欧、旧ソ連一般に見られる問題は、発電所や熱供給施設からの硫黄酸化物の排出、農薬、肥料の過剰使用による河川や地下水の汚染である。その原因として、生産を至上命令とする経済の中で、環境保全への貢献は生産工場の成績としては評価されず、環境影響評価を含む防水対策が軽視され、非効率かつ公害多発形の生産活動が進められがちであったこと、石油や灌漑用水の価格が政策的にきわめて低く設定されており、そのため、こうした資源を浪費し、公害、環境破壊を招きやすい状況にあったことが指摘されている。さらに、民主化が遅れていたため、被害者の運動が表面化せず、公害をたとえ事後的にも改善する政策がとられにくかった。東欧諸国の民主化が、こうして抑圧された公害や自然破壊への反対運動を契機として発生したことは、環境保全の持つ大きな社会的意義を例証する一つの事例となっている。以下、旧ソ連と東欧諸国の中でも工業国としての伝統を持つチェコスロバキア及びポーランドの諸国について、各国の発表している環境報告書をもとに、これらの地域の環境の状況を概観しよう。
(1) 旧ソ連
 旧ソ連は日本海を隔てた隣国であり、我が国へも数多くの渡り鳥が飛来するなど関連が深い。その旧ソ連の環境の状況は、ペレストロイカのもと、1988年当時のソ連自然保護国家委員会が発表した環境状況報告によって知ることができる。
 旧ソ連の大気汚染では、発電所、熱供給施設からの硫黄酸化物、窒素酸化物によるものが著しい。1988年(昭和63)年の各汚染物質の排出量は二酸化硫黄1,760万トン、一酸化炭素1,490万トン、粒子状物質1,470万トン、炭化水素850万トン、窒素酸化物450万トンであり、そのほかの汚染物質を含め、計9,800万トンが大気中に排出されている。(第1-1-32図)。そのうち、固定発生源から6,200万トン、移動発生源から3,600万トンが放出された。我が国では、1986年(昭和61年)には、硫黄酸化物が83.5万トン、窒素酸化物が117.6万トン排出されたと見積もられており、二酸化硫黄については10倍以上の量を排出していることになる。こうした汚染物質の発生の結果、特に工業地域にあったり、移動発生源からの汚染物質排出量の多い都市の大気汚染が深刻化している。1988年(昭和63年)において深刻な大気汚染にさらされている都市は旧ソ連全土で計68都市であるとされ、工業地帯や各共和国の首都、人口100万人以上の都市に集中している(第1-1-33図)。
 水質汚濁についてみると、1988年(昭和63年)、塩化物、硫化物、有機物といった汚染物質が約3,000万トン以上排出されている。汚染源は、農薬・肥料の過剰使用、工場排水などである。黒海、アゾフ海、カスピ海、バルハシ湖といった内海、湖沼で汚染が進んでおり、汚染魚を食べることが禁止される例(バルハシ湖)も見られている(第1-1-34図)。
 灌漑などのための過剰な水利用による環境被害も極めて深刻である。農地への灌漑などを目的として大河川に建設されるダムにより、こうした河川からの海、湖沼への流入量が激減する。アラル海では、流入する2つの河川、アムダリヤ川、シルダリヤ川からの流入量が綿花農場への灌漑のため激減し、その結果、アラル海の水量が減少している。水面は12m低下し、1960年(昭和35年)から1988年(昭和63年)までの30年弱の間にアラル海の面積は3分の1に縮小し、水量は、60%減少した。漁業の壊滅、農業生産の低下、健康問題、干上がった湖底面からの塩分を含む砂塵の飛散といった問題が起きている。こうした河川流入量の低下による問題はアゾフ海でも生じており、河川の河口周辺にあった産卵地の破壊により漁獲高が激減している。
 また、ソ連の工業地帯は、コラ半島、ノリリスク等北極に面した地域にも広がっており、こうした地域でも大気汚染などが深刻である。近年、北極でPCB、鉛等の汚染物質が検出されており、影響が心配されている。


(2) チェコスロバキア
 チェコスロバキアは第一次世界大戦以前からの伝統を持つ東欧一の工業国である。チェコスロバキアの環境問題としては、硫黄酸化物、窒素酸化物による大気汚染とその影響による森林の減少が大きい。
 チェコスロバキアの硫黄酸化物の排出量は戦後の1950年(昭和25年)に90万トンであったのが、その後急増し、1985年(昭和60年)には315万トンに達した。その後は、暖冬、経済の停滞により排出量は減少している(第1-1-15表)。排出量の79%が発電所、熱供給施設での石炭、褐炭、石油の燃焼から生じている。窒素酸化物の排出もエネルギー関連施設からの排出が多く(71%)、運輸がそれに次ぐ(22%)。こうした排出の結果、プラハ地域、工業地帯である北ボヘミア地域での汚染濃度が極めて高く、プラハでは、1982年(昭和57年)1月から1987年(昭和62年)2月までの間に二酸化硫黄の24時間値で3,000μg/m3(約1.2ppm)を超える日が観測され(最高値3,193μg/m3(約1.27ppm))、北ボヘミア地域のチョムトフでは、チェコの基準値である150μg/m3を超える日が年平均117日になった。北ボヘミア地域での最高値は1982年(昭和57年)1月のオセック2,440μg/m3(約0.98ppm)、リヒビノフ2,977μg/m3(約1.19ppm)である。
 窒素酸化物による汚染も著しく、チェコスロバキアの基準値である100μg/m
3
(約0.05ppm)を超える地域は7,985ha、500μg/m
3
(約0.27ppm)を超える地域も424.3ha上る。ちなみに日本の環境基準を重量換算すると二酸化硫黄で日平均値約100μg/m
3
(0.04ppm)、二酸化窒素約75-110μg/m
3
(0.04-0.06ppm)であり、1990年(平成2年)の日本の汚染状況は二酸化硫黄で約25μg/m
3
、二酸化窒素で52.5μg/m
3
程度であり、二酸化硫黄についてみると、我が国でも最も著しかった汚染状況をさらに上回っている(第1-1-35図)。
 こうした激しい大気汚染は、住民の健康に影響を与えるとともに、チェコスロバキアの森林を破壊している。1988年(昭和63年)の国連欧州経済委員会の見積もりによると、チェコスロバキアの森林の70.5%が被害を受けているとされる。森林土壌がpH2.2まで酸性化している地域もあり、また、クルコノゼ(Krkonose)山国立公園では、標高750-800m以上の山地で森林が枯れ、代償的な植生が広がりつつある。森林が枯れる標高限界は次第に下がっているという。
 水質汚濁もかなり進行している。チェコスロバキアでは、水質の状況を4つに区分しているが、エルベ川の総延長のうち、比較的に水の清浄な第2区分が占める割合は、戦前の1940年(昭和15年)では87%を占めていたのが、1980年(昭和55年)にはわずか3%に減少している。こうした水質汚濁は、工業排水、肥料や農薬の流出、不完全な下水処理によるものとされる。
 このような環境汚染による被害は、毎年の国民所得の5-7%に達すると見積もられている。


(3) ポーランド
 ポーランドも東欧の工業国の一つであり、特に南部のシレジア地域での環境汚染が著しい。
 ポーランドの二酸化硫黄排出量は420万トン、ニ酸化窒素換算の窒素酸化物排出量は153万トンに上る。主要汚染源は、発電所及び熱供給施設であり、二酸化硫黄排出量の90%、窒素酸化物排出量の60-70%を占める。これに次ぐのは自動車であり、窒素酸化物排出量の25%を占める。シレジア地域の大都市では同国の定める環境基準値を超えている。また、ドイツやチェコスロバキアから越境してくる大気汚染物質も汚染原因である。ポーランドの硫黄酸化物の越境移動の収支は第1-1-16表のとおりであり、ポーランドは汚染物質の「輸入量」より「輸出量」が多く、その中でも旧ソ連地域への「輸出量」が大きい。また、 ポーランドのシレジアの山地はチェコスロバキア、ドイツからの汚染物質によって被害を受けている。
 ポーランドは、バルト海に面しており、近年のバルト海の汚染にも大きく寄与している。バルト海については沿岸諸国で協力体制がとられているが、その中でもポーランドの汚染寄与度は、第1-1-17表のとおりであり、負荷の最も大きい国の一つである。
 水質汚濁、森林の被害を含め、ポーランドの環境の状況は厳しい状況にある。こうした環境汚染による経済的損失は国民所得の10%に達すると見積もられている。これらの損失は南部シレジア地域に集中し、同地域に位置するカトビッツェ県は国土の2.1%の面積を有するにすぎないが、その損失は全体の31%を占めている(第1-1-36図)。

前のページ 次のページ