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第1節 

10 湾岸危機に伴う環境汚染問題

 1990年(平成2年)8月のイラク軍のクウェイト侵攻により勃発した湾岸危機に際しては、翌年1月の多国籍軍による対イラク武力行使開始から2月末のクウェイト解放に至るまでの間、かつてないほどの環境汚染がペルシャ湾周辺のみならず地球的規模で引き起こされた。この戦闘の間に、大量の原油がペルシャ湾に流出し、海洋環境、海鳥などに深刻な影響を及ぼした。原油はクウェイト沖の原油ターミナルや破壊されたタンカー等から流れだした。流出量については、推定に困難があるため様々な数字が挙げられたが、百万バレルのオーダーで流出したと考えられている。こうして流出した油は海流や季節風に乗ってペルシャ湾西岸伝いに流れだし、海鳥や海亀、ジュゴンといった野生生物や、マングローブ林への影響が大きかったと言われている。1991年(平成3年)5月までの段階で2万羽の海鳥が死亡したと推計されており、同年11月、ジュベール付近で捕獲した海鳥のうち16%が依然油に汚染されていたとの報告がある。
 また、イラク軍のいわゆる焼土作戦の一環として引き起こされた油井火災による大気汚染も大きな問題である。クウェイトにある700余の油井が、敗走するイラク軍により破壊・放火され、原油の炎上により大気汚染が引き起こされた。火災そのものは、各国の専門企業が参加し、当初懸念されていたより早く鎮火したが、油井火災中の1991年(平成3年)4月末から5月にかけての我が国の調査によれば、炎上中の油井に近い地域で、すすを主体とする粉じんが、日平均値で1?/m
3
を超えた日もあった。(我が国の環境基準は、粒径10μm以下の粉じんについて、日平均0.1?/m
3
としている)。また、火災によりばい煙が大気中に飛散したことにより、ばいじんを含んだ黒い雨が遠くはヒマラヤ山地でも観測され、ペルシャ湾東岸のイランでは黒い雨による農業被害が報告されている。また、我が国での観測によっても直射日射量の減少が見られた。こうした汚染については短期的な影響のみならず、長期的な影響が心配される。原油流出で汚染されたペルシャ湾は入り口の狭い閉鎖性の海洋であり、汚染された海水や海底に沈んだ原油によって引き起こされる生態系への影響が懸念される。また、火災消火後も、油井から流れ出した原油が残されたままであると報告されており、陸上生態系、牧畜業が被害を受け続けることも予想される。

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