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第3節 

2 地球生態系の保全

(1) 地球生態系への脅威
 地球生態系は、陸上や海中に住む目に見える生き物から、地中や空中に漂う微生物に至るまで、多くの生き物の関連によって成立しており、大気、水、土壌などがその生存の条件を形づくっている。
 今、この地球生態系が、我々人類の経済社会活動によって脅威にさらされている。陸においては、生き物の生息環境が、砂漠化、森林の減少、土壌の劣化や都市化の進展によって急速に失われている。油の流出などの海洋汚染は、海の生物の生息環境に影響を及ぼしている。また、酸性雨、地球温暖化やオゾン層の破壊も生物の生息条件を大きく変化させ、生態系へ多大な影響を及ぼす。
 このように、人類を成り立たせている地球の生態系への脅威が大きくなってきている。既に、様々な対策が講じられようとしているが、まず、生物の生息環境そのものである自然環境という母胎の保全が緊急の課題である。
(2) 国際協力の強化による森林生態系の保全
ア 森林生態系と開発
 現在、森林の減少が著しい。特に、熱帯林は、FAOが現在実施中の「1990年森林資源評価」の中間報告によると、毎年、日本の約半分の面積に相当する1,700万ha(1981年の報告では1,130万ha)が減少しており、大きな問題になっている。熱帯林は、二酸化炭素の重要な吸収源であるばかりでなく、地球上の多くの生物の生息地となっているなど多様な価値をもっている。熱帯林の減少の原因についてみると、主なものとしては、過度の焼畑移動耕作、過放牧、薪炭材の過伐、農地への転用等が挙げられるが、これらのほかに、失火等の人為的な森林火災、不適切な商業伐採等も森林の劣化を招いており結果的に減少の原因となっている場合もあるなど、いずれも人間の経済社会活動によって引き起こされているものである。
 人間の手による森林地域の開発と森林生態系の保全との関係については、概ね次のように考えることができる。
? 保護:原則として、人手を加えることなく、遺伝子資源を含め生態系をありのままの姿で残す。
? 持続的開発:人為による改変はあるが、生態系は維持される。人為による改変の程度により生態系の改変が許容変動量の範囲内であって、生態系そのものの大幅な改変には至らないものと、元の生態系は改変されるが、植林等によって新たな生態系が維持されるものとがある。
? 非持続的改変:自然生態系が破壊され、元に戻らない。
(ア) 生態系の保護の推進
 生態系の保護については、1985年現在、熱帯林地域について1億1,300万haが国立公園や野生動物保護区等の保護地域に指定されてはいるが、開発途上国では十分にその目的を達していない例も見られる。その理由として次のようなことが挙げられている。
a 保護地域の管理のための技術、人材及び資金が不足していること。
b 指定された地域に以前生活していて、指定と同時に区域外に追われた貧しい人々が、地域内の自然資源に頼って生活しており、その生存のために盗伐、林産物の採取、密猟等を行っていること。
c 保護地域の存在は、観光開発の目玉となり、当該国政府及びホテル、ロッジ、サファリ観光を経営する経営者にとっては、外貨獲得、事業収入となっている場合もあるが、地域経済の枠外で生活している貧しい農民にとっては、必ずしもその生活向上に役立たないこと。
 現在、FAO、UNEP、国際熱帯木材機関(ITTO)、国際自然保護連合、国際鳥類保護会議などの国連、国際機関等により開発途上国の行政強化のため多くのプロジェクトが実施されているが、我が国としても、これらの機関に資金を拠出したり、自然保護技術者を派遣するなどの協力を行っており、また、この分野で二国間協力の推進も検討されている。
 我が国は、独自に開発途上国の技術者を招き、技術移転のための研修を数多く行っている。昨年は初めて9か国より12名の参加者を得て自然保護管理コースの集団研修を実施した。
(イ)持続的開発の推進
 持続的開発の推進のため、熱帯林保全の分野ではFAOが全世界的に展開し、国連開発計画(UNDP)や世界銀行をはじめ多くの先進国が資金的技術的支援をしている「熱帯林行動計画」(TFAP)が活用されている。
 また、ITTOでは、2000年までに熱帯木材の貿易は持続的生産が可能な状態で営まれている森林から生産される木材に限るべきであるとの目標とともに、「天然林の持続的経営に関するガイドライン」を採択し、その実施に向けて生産国、消費国の協力を推進している。さらに1989〜90年にかけてITTO調査団によるマレイシアのサラワク州実情調査が行われ、報告を受けた理事会では、報告書にある伐採削減等の報告をマレイシア側が受け入れたことを高く評価し、さらに加盟各国等の支援を呼びかけた。
 また、国際協力事業団が林野庁の支援を得て、フィリピン、タイ、インドネシア、マレイシア(サラワク州)、ケニア等の多くの国で森林の保全・造成のための技術移転を行うプロジェクトを推進しており、成果を挙げている。
(ウ) 非持続的改変の防止
 非持続的改変をもたらすことは、極力避けなければならない。このため、先進国や世界銀行においては、支援プロジェクトの実施決定に先立って環境アセスメントを行うことが一般的になってきている。
イ 自然保護債務スワップ等の手法による生態系の保全
 開発途上国において、生態系の保護を進めていくには、当該国及び住民の理解を得るとともに、保護地域の存在が住民にとって生活を脅かすものではなく、場合によっては直接的な経済的効果をもたらすものである必要がある。
 このため、生態系をそのまま保存するコア(核)地域の周辺にバッファ(緩衝)地帯を設け、その周囲に地域住民の狩猟・採取、持続的生産等に利用する森林を配置するなどの計画的な土地利用を行い、また、バッファ地帯における「エコツーリズム」や調査研究などの利用を進めるため、森林の魅力を引き出し、それを楽しむ方法の開発、ルートや観察場所の整備、宿泊施設等の整備や交通アクセスの充実について支援を行うことが考えられる。
 さらに、このようなコア地域やバッファ地帯などの自然保護地域を拡大するための一手段として、自然保護債務スワップの推進が考えられる。自然保護債務スワップとは、国際的自然保護団体等が、民間銀行から開発途上国に対する債権を取得し、これを開発途上国の現地通貨建て債権に交換し、それを財源として、当該政府ないしは現地の自然保護団体が、自然保護基金を設置したり、また保護区域等の拡大や保護活動の強化等を行うものである。対外累積債務の減少と自然保護財源の捻出の効果があり、これまで米国の自然保護団体によって、ボリビア、フィリピン、コスタリカ、エクアドル等で実施されている。開発途上国の中には、これを国家主権への侵害として拒否する姿勢を見せているところがあるなど、その実施にはNGO、民間銀行、債務国政府、資金供給者等の密接な連携が不可欠であり、環境庁において、自然保護債務スワップの実態と実施上の課題等について検討を進めている。
ウ 森林保全のための国際的取組と我が国の貢献
(ア) 国際的取組
 熱帯林を含む森林の保全は、近年、二酸化炭素の吸収源の確保という観点からもその重要性についての認識が高まっている。このため、森林資源の保全は世界規模で考えねばならないことがサミットの経済宣言等でも明らかにされ、ノールトヴェイク宣言では、世界全体の森林面積の純増を図るため、熱帯及び温帯の両方で適切な管理が奨励されると同時に活発な林業計画が展開されるべきであることがうたわれた。
 熱帯林保全の国際的取組として、熱帯林行動計画(TFAP)がある。これは、熱帯林の保全・開発のための関係国及び援助国の活動の枠組みを与えるため、FAO、UNDP、世界銀行、世界資源研究所(WRI)が中心となり、1985年に策定されたものである。1990年11月現在、32か国が国別熱帯林行動計画の策定を終了しており、41か国が策定中である。熱帯林行動計画が発足してから5年経過したが、熱帯林行動計画の策定、実施への住民やNGOの参加の不足、林業以外の分野との協力の必要性等様々な問題が挙げられている。7月にはヒューストン・サミット経済宣言において、熱帯林行動計画は森林保全と生物学的多様性の保護を一層重視する形で改革、強化されねばならないと指摘された。現在、こうした動きを背景として、FAO、UNDP、世界銀行、世界資源研究所により熱帯林行動計画の再編強化の作業が進められている。
 また、熱帯の森林経営及び木材利用に関する研究・開発の推進、市場市場情報の改善、造林・経営活動の支援、熱帯林及びその遺伝子資源の持続的利用と保全等の問題について生産国、消費国間の国際協力を進めることを目的とするITTOでは、熱帯林の管理の問題に有効に対処するため、評価基準や優先順位を明記した具体的な行動計画(アクション・プラン)を策定するとともに、熱帯自然林の持続可能な管理を最適化するためのガイドラインを策定した。さらに2000年までに、持続可能な森林経営により生産された熱帯木材だけを貿易の対象にすることを目標に、1991年5月にエクアドルで開催されるITTO第10回理事会での専門家等によるウランドテーブルの準備を進めている等具体的な方策の検討が開始されている。
(イ) 我が国の貢献
 こうした国際的な取組を踏まえて、我が国も「地球温暖化防止行動計画」において、国内の森林の体系的な保全と森林の管理水準の向上を図ること、多様な森林の整備を推進すること、森林の保全に係る民間活動を支援すること、都市等における緑の保全創出のために公共公益施設や工場、事業所等の緑化を推進すること、あるいは、木材資源利用の適正化のために熱帯木材貿易の適正化を図ったり、木材資源の有効利用を進めることなどが決定された。
 また、森林保全のための国際協力については、?熱帯行動計画やITTOにおける活動の推進に積極的に貢献していくこと、?熱帯林保有国の立場を尊重しつつ持続可能な森林経営、造林、生態系保全の取組を支援すること、?熱帯林モニタリングや情報ネットワークつくりを支援すること、?既存農地の生産性向上のための支援を行うなどとともに、?温帯林の保全、酸性雨防止のための公害防止技術の移転等の国際協力を推進することとしている。
 また、我が国は従来から海外林業協力を展開してきており、森林造成、人材育成等を中心とする二国間協力を東南アジア等において実施している。また、多国間協力としてFAOに対して熱帯林行動計画の推進のための信託基金の拠出、専門家の派遣などを実施し、ITTOについても各種事業を実行するための財源である任意拠出金の最大の拠出国として、各種プロジェクトの提案を含め事業活動の推進に積極的に寄与している。
 さらに、熱帯林の保全と持続可能な森林経営を目指した国際的コンセンサスと行動指針の形成のため、1991年7月に林野庁とITTOの共催により、各国の森林技術者等の専門家が参加する「シニアフォレスター会議」を横浜市で開催すべく準備を進めている。
(3) 国際協力の強化による野生生物の保護
 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約)は、この条約の締約国が絶滅のおそれのある特定の種について原則として2年に1回開催される締約国会議の決定等で、附属書に記載された種の輸出入を附属書の規定の度合に応じて規制するものであり、実際に取引に当たっては関係国政府の管理当局が正式に取引を許可したもののみを取引の対象とすることによって、密猟、密貿易等の防止に役立ち、その結果、希少な野生動物の絶滅を防ぐことができることに着目したものである。
 我が国は、ワシントン条約での留保種を多く残しており、保留問題の解決のために一層の努力が求められている。それとともに国民一人一人が、野生生物の消費がその種の絶滅をもたらすことのないよう暮らしのなかでの野生生物の利用と地球規模での野生生物の保護との関係について認識を深めていく必要がある。
 一方で、野生生物の中には取引の適切な管理を通じて、再生可能な範囲での持続的な利用が可能なものもある。
 開発途上国では、これらの野生生物は経済的に貴重な資源であり、これらの活用を通じて得られた資金を、さらに野生生物の保護対策に還流することも可能である。野生生物の消費国として我が国は、このような観点から国際協力についても積極的に取り組んでいくべきである。
 また、開発途上国の自然環境保全に必要な技術を移転するための協力や自然環境保全、野生生物保護の分野の活動を強化するための支援を行うこと等も重要である。
 平成4年3月には、京都市において、ワシントン条約第8回締約国会議が開催されることになっており、我が国の対応が国際的に注目されている。
 また、水鳥等の生息地として重要な湿地を保護するためのラムサール条約の締約国会議も平成5年度に釧路市で開催されることになっている。

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