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第1節 

6 紛争と環境

 紛争は、環境に大きな影響をもたらす。イラクのクウェイト侵略に端を発した湾岸危機では、1991年1月、イラクがクウェイト領内の油田施設および石油貯蔵タンクを破壊して、原油をペルシャ湾に放出した。
 今回の、ペルシャ湾での原油流出量は、正確に把握することは困難であるが、サウディ・アラビア気象環境保護庁のよると300万〜400万バレルであり、3月中旬現在も数百バレル/日の流出が続いている。
 ちなみに、1974年に発生した我が国の瀬戸内海水島コンビナート重油流出事故では、4.7万〜6万バレルの原油が流出し、その処理には延べにして船舶約4万3,000隻、航空機300機、人員約25万人を動員して約50日を要した。1989年にアラスカ沖で発生したエクソンバルディーズ号の坐礁事故では、約26万バレルの原油が流出し、野鳥約3万3,000羽、ラッコ約1,000頭が犠牲になったほか、ニシン漁が全面禁止になるなど野生生物に多大な被害をもたらした。今回の原油流出は、流出量だけをとってみても、過去の事例に比してはるかに大きな史上最大の原油による海洋汚染であり、その処理には多大な労力と費用が必要とされるとともに、ウミガメ、ジュゴン、マングローブや魚介類などペルシャ湾の生態系にはかりしれない被害をもたらす可能性がある。
 1991年1月にパリで開催されたOECD環境委員会閣僚レベル会合では、このペルシャ湾での原油流出について、?イラクの意図的な原油流出を国際法に違反する環境に対する犯罪行為として強く非難すること、?各国が汚染の除去・防止のためにあらゆる努力を行うことを確認すること、?かかる環境災害に今後対応する能力を国際的に強化することなどを内容とする特別声明をとりまとめた。
 また、サウディ・アラビアのキング・ファハド石油鉱物資源大学研究所によれば、クウェイト領内で600以上の油井が炎上し、これによる大量のばい煙や硫黄酸化物などの有害物質の発生により、局地的には健康被害が発生し、また、広範な地域において酸性雨や気温低下などの影響が生じることが懸念されている。
 これら湾岸の環境破壊に対して、我が国は、オイルフェンス等の資機材を供与するとともに、1991年3月「ペルシャ湾流出原油防除・環境汚染対策調査団」をサウディ・アラビア、カタル及びアラブ首長国連邦に派遣し、また、1991年3月、ジュネーブでのUNEP主催の関係国際機関協議で了承された緊急行動提案に協力するべく具体的な検討を開始するなど、積極的な取組を行っている。
 湾岸危機における環境破壊が国際的な重要問題として取り上げられたことは、地球環境問題への関心の高まりによるものである。紛争は様々な形で環境に影響をもたらし、生物化学兵器や枯れ葉剤などの薬剤も生態系に長く多大な影響を及ぼす。これらの行為のいくつかは国際条約で禁止されているが、これらの兵器が実際に使用された時には、地球環境を守るための努力を一瞬のうちに台無しにする。紛争中にできる環境汚染防止措置は極めて限られており、環境破壊行為を戦闘の手段として用いるべきでないと国際的合意の形成と、紛争に至らないようたゆまぬ平和への国際的対応が必要である。
 紛争の環境に及ぼす影響は、直接的な環境破壊だけではない。国連の「環境と開発に関する世界委員会」報告では、「軍拡競争による最大の損失は、もしそれがなければ、乏しい資本、労働技術、資源から作られていたかもしれなものを失った点にある」と述べ、特に、開発途上国においては、乏しい外貨が武器の輸入に使われており、これらの国の発展、貧困からの脱出を阻害していると指摘している。
 紛争を発生させないための国際的な協力が、環境問題解決のためにも不可欠であり、これまで以上に国連の役割が重要になっている。

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