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第3節 

3 森林の適切な管理に向けた取組の状況

(1) 熱帯林の保全に向けた世界的な取組
 FAO等の調査により熱帯林が急激なスピードで減少していることが明らかになるとともに、熱帯林の減少は、熱帯地方の住民の生活を脅かすだけでなく、野生生物の種の減少や炭素循環の変化等を通して地球全体の生態系へ悪影響をもたらすことが懸念されるようになり、熱帯林を中心とする森林資源の保全問題は全世界における関心事項となっている。
 また、「Our Common Future」のなかでも特に熱帯林の減少に伴い、かつてない速度で生物種が絶滅している問題が章を割いて取り上げられた。
 また、1986年のオタワにおける「持続可能な開発に関する国際会議」、同じく1986年、ヨーロッパと北アフリカの乾燥地帯の環境問題に焦点を当てたパリ会議、1987年の「熱帯林に関するべラジオ会議」など、熱帯林の保全問題を主要な議題とするハイレベルの会議が開催されてきた。さらに、1989年9月に開催された「地球環境保全に関する東京会議」においても、熱帯林の保全問題は、主要テーマの一つとなった。
 先進国や国連機関等が協調して熱帯林の保全と適正な開発の推進を図るための枠組みとしては、「熱帯林行動計画」(TFAP)が策定され1985年6月のFAO第7回熱帯林委員会において採択されている。この計画は、農山村住民の生活向上のための活動を促進すること、焼畑移動耕作の方法を改善すること、燃料の供給を増加しかつ利用の効率化を図ること等を狙いとし、優先分野ごとに活動戦略を示している。その後、多国間の共同作業の下に、この計画の具体化のための国別の熱帯林行動計画の策定作業が進められており、22(アジアではネパール、フィジー、パプア・ニューギニアの3か国、アフリカ地域9か国、ラテンアメリカ地域10か国)の開発途上国において策定され、32か国において策定中の状況にある(平成元年7月末現在)。
 また、熱帯の森林及び木材に関する?調査・研究の促進、?市場情報の改善、?生産国における加工の増進、?造林・森林経営等について生産国、消費国間の国際的な協力を進めることを目的とする国際機関として、1985年、国際熱帯木材機関(ITTO)が設立された。ITTOには現在までに生産国19か国、消費国25か国(ECを含む)の計44か国が加盟し、生産国における森林の保育、未利用樹種の利用、木材加工の促進等に関する研究開発等のプロジェクトを中心とした活動を推進している。
 こうした国際会議や国際機関を通じての協力活動が展開されることによって、熱帯林の持続的利用に向けての国際的な合意が形成されてきており、今やこうした合意をいかにして具体的活動へと結び付けていくかが課題となっている。現在における国際的合意内容を、熱帯林行動計画を中心にまとめると以下のようになる。
? 開発途上国における土地利用を改善すること。
 開発途上国の人口増加、貧困、食糧生産のための農用地不足が森林減少への圧力となっている。これを緩和するためには、農業生産力を高めるための生産方式の改善や、農業と林業、畜産等を組み合わせたアグロフォレストリー(農林複合経営)の導入、土壌の保全、洪水の防止、飼料燃料用の木材需要の確保等の多くの目的をもたせた樹木の植栽を進めるなどの土地利用施策を進めることにより、環境の安定を図りつつ生産力を向上させる方策を探ることが必要である。
? 開発途上国の林産業を開発すること。
 森林を開発途上国の持続可能な発展の基盤として有効に利用していくためには、紙パルプ工業やシュロ・とうを用いた家具生産等の林産業を育成・振興し、住民に安定した雇用と所得の機会を確保することが必要である。
? 開発途上国のエネルギー需要を充足させること。
 開発途上国における薪炭材の不足は、産業活動の停滞や子供の栄養不良等の問題を引き起こし、樹木を過度に伐採せざるを得ない状況に追い込んでいる。このため、アグロフォレストリーや伐採跡地での生産性の高い造林によって燃料材の生産を進めるとともに、効率のよい窯や調理ストーブの普及、簡易で低廉なストーブの普及等を図り、薪炭材利用の効率を飛躍的に向上させることにより森林への圧力を減じていくことが必要である。
? 貴重な生態系としての森林を無計画な入植や開発から保護すること。
 このため、必要に応じて国立公園や森林保護区の設定を行っていくとともに、保護の核心部の周辺に学術研究的利用のための区域や一般利用者のための生態系観察利用区域を設けて、地域の雇用及び生活基盤の向上にも資するものとする。
? 持続可能な森林の利用計画の策定・実施、農業と林業についての総合的な調査研究、研修、普及啓発を図るため、制度や組織を整備すること。
 そして、こうした取組の前提として
? 熱帯林の適正な保全と利用は、森林を有する地域の人々の基本的な欲求をみたすよう、地域の人々が主体となって担っていかなければならないと同時に、国際的な相互依存の立場から先進国の協力が必要とされること。
? 熱帯林資源の状況、その適正な価値評価、減少に伴う影響等について、調査研究を進め、正確な情報が開発途上国及び先進国の人々に提供されねばならないこと。
 が認められている。
 こうした総合的な取組を進めていくためには、人材と時間と莫大な資金が必要とされる。FAOによれば、熱帯林の減少を効果的に抑止するためには、1987年から1991年5年間に総額約80億ドルが必要であるとされている。
(2) 開発途上国における取組
 全世界にとって、そして何より開発途上国の人々にとって貴重な資源である森林を将来にわたって保全していくため、開発途上国の政府自らが多様な政策展開を図っている。その代表的なものとしてアグロフォレストリー(農林複合経営)の普及促進がある。例えば、タイにおいては、政府(王室森林局)が主体となり、最大100家族によって集落を構成させ、1家族当たり1.6haの林地にチークを植え付けさせる一方で、植樹の列の間に農民の欲する陸稲やとうもろこしなどの作物をつくり自家用に供することを認めるとともにチークの生育状況に応じてボーナスが支給されるといった「森林村方式」と呼ばれるアグロフォレストリーが実施されている。森林村では、村の運営のために丘陵部族指導者、地域行政官、仏教の修道僧からなる会合が開かれるとともに、水や電気の供給、無料の初等教育、医師の巡回健康診断などが受けられるようになっている。アグロフォレストリーは多くの開発途上国において実施されており、地域の特性に応じて実施主体、植林樹種、栽培作物種等により様々な形態がある。
 また、熱帯林の保全のため焼畑跡地等への植林、森林保護区の設定等の施策が講じられており、熱帯地域に設定された保護区域は、世界全体で約860箇所、1億ha以上におよんでおり、今後は保護区域の拡大に加え、耕作等を目的とする不法侵入や密猟の防止等の保護区域管理の充実が必要となっている。
 さらに、開発途上国において森林資源を将来の持続可能な発展の基礎として有意義に活用するためには、林産業を育成し、価値の高い製品に加工して輸出することが必要である。このため、国内における木材加工業や紙パルプ工業の育成、振興を図るとともに丸太や加工度の低い製品の輸出を規制する動きがみられている。
 我が国との関わりの深い東南アジア諸国についてみると、タイが1977年から丸太輸出禁止措置をとっており、インドネシアは1986年1月から、フィリピンは同年8月から、それぞれ丸太の輸出禁止措置がとられている。また、パプアニューギニアにおいてもローズウッド等の輸出を禁止しているところである。さらに、製材についても、インドネシアは1989年より一定樹種の製材品のうち加工度の低いものの輸出を禁止し、フィリピンは1989年7月から建築用木工品等の最終製品を除く製材品の輸出を禁止した。また、我が国が熱帯広葉樹丸太の90%を輸入しているマレーシアのサバ、サラワク両州も、資源の枯渇化、州内加工産業の育成の観点から丸太の輸出規制を強めている。
 この結果、いくつかの開発途上国においては、木材の貿易構造に顕著な変化が生じている(第3-3-16図)。


(3) 我が国の取組
 我が国は、グローバルな森林資源の保全のため、従来より二国間レベルあるいは国際機関等を通じて多様な貢献をしてきている。
 特に生物の種・遺伝子の多様性に富んだ熱帯林生態系の保全のため、マレーシア、インドネシアにおける熱帯多雨林生態系の構造研究、タイにおけるマングローブ林の保全と利用に関する調査、マレーシア等において野生生物の資源の保全のための調査協力等が実施されているところであり、今後はこれまでの調査研究の成果を集約して、開発途上国自らが熱帯林等の自然保護のために計画を樹立・推進する際に役立つよう自然保護マニュアルの作成等の支援をしていくこととしている。
 また、熱帯林の保全・造成等に資するため、従来よりプロジェクト方式の技術協力、無償資金協力、有償資金協力等を主体とした海外林業協力を展開している。このうちプロジェクト方式の技術協力のについては、協力要請のあった開発途上国に対し、専門家の派遣、研修員の受け入れ、機材供与等を有機的に組み合わせて行うものであり、森林造成のための技術開発・移転、社会林業推進等のための人材訓練等の幅広い分野にわたり、東南アジアを中心にアフリカ、アジア、南米の11カ国で14プロジェクトが実施されているところである。また、FAOやITTOなど森林、林業関係分野の活動を行っている国際機関を通じた協力も積極的に推進しており、FAOに対しては、TFAPの推進のため信託基金の拠出、専門家の派遣等を実施している。さらに、ITTOについては本部(横浜)のホスト国でもあり、運営に必要である分担金、各種事業を実行するための財源である任意拠出金の最大の拠出国として、各種プロジェクトの提案を含め事業活動の推進に積極的に寄与している。
 また、国内の森林保全のためには、自然環境保全法に基づき、ほとんど人の手が加わっていない原生の状態が保たれている地域を原生自然環境保全地域に指定し、優れた天然林が相当部分を占める森林等を自然環境保全地域に指定している。また、自然公園法は、優れた自然の風景地等の保護及び利用の増進を図る制度であるが、同法により自然林の27.9%が国立・国定公園として指定され、適正な保全が図られている。
 また、森林法に基づいて、水源のかん養、土砂流出防備等の公益的機能を維持・増進する目的で森林の約3分の1が保安林に指定されているのをはじめとして、林地開発許可制度等が森林保全に大きな役割を果たしている。このほか、国有林において、近年の原生的な天然林等の保存に対する国民の要請の高まりにこたえるため、保護林制度の再編・拡充を図ることとし、森林生態系保護地域の設定作業等を進めている。
 さらに、政府の策定する諸計画においても、かつては天然林を生産性の高い人工林に転換する拡大造林に重点がおかれていたのに対し、国土の保全や国民の保健休養、自然保護といった森林の公益的機能についての認識の高まりに応じて、森林資材が有する多面的な機能を総合的かつ高度に発揮させることが目標とされるようになった。例えば、昭和62年に策定された「第四次全国総合開発計画」では、国民的資産としての森林の重要性を強調し、高度化、多様化する国民的要請に応えるために森林を奥山天然林、人工林、里山林及び都市近郊林の4タイプに区別した上で、森林の形態に応じた利用と保全の適切な調整の基本的方向を明らかにしている。同じく昭和62年に改訂された「森林資源に関する基本計画」では、森林の有する諸機能が高度に発揮されることを目標として掲げ、複層林施業の推進、伐期齢の長期化、天然林施行の充実等により、これに応えることとされ、近年、厳しい状況にある林業生産活動の活発化を図るとともに、長期的視点に立って国民の多様な要請に的確に対応できる森林資源の整備を進めることとしている。

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