2 生態系循環型都市システムの形成
(1) 環境保全型システムの整備
生態系循環型の都市システムを具体的に担う施設や技術システムとして、下水・排水処理の高度化と処理水の利用を進めるとともに、中水道、雨水の貯留・利用システムや地域冷暖房、コージェネレーション、廃棄物の回収・再生利用システム等を整備していくほか、太陽熱・光、風力等の自然エネルギーの利用、廃棄物焼却場、下水処理水等の余熱利用を需要者等との連携のもとに推進する。また、都市の水循環を回復するため、雨水の地下浸透を促す設備、システムの普及を促進する。
さらに、これらの新しい都市設備やシステムに関する一層の技術開発を促進するとともに、普及に当たって障害となっている制度上の問題点を検討し、適切な法律、財政、税制上の措置を講じることによって、公共、民間を問わず市街地開発、再開発事業等におけるこれらのシステムの採用を奨励していく必要がある。
なお、大都市又は人口のちゅう密な地域を後背地としてかかえる湖沼、内湾、内海等の閉鎖性水域や都市河川においては、工場・事業場等の主要な発生源の排水規制と並んで、下水道の重点的、優先的整備等につき特段の努力が行われてきたにもかかわらず水質の改善がはかばかしくなく、生活環境の保全に関する環境基準の達成には程遠い状況にある。近年では、家庭等から出るし尿と雑排水を併せて処理する小型の合併処理浄化槽が開発され、その設置の促進のため国、地方公共団体による補助制度や公害防止事業団による融資、住宅金融公庫による割り増し融資の制度も設けられており、有効な生活排水の処理施設の一つとして普及が望まれる。
このような状況にあって、今後より一層の排水規制の徹底、下水道整備の促進等に努めるべきことはもちろんであるが、下水処理場における下水処理の高度化、下水道未整備地域における合併処理浄化槽に対する補助・融資制度の一層の拡充等の措置と併せて、住宅街区、団地単位での生活雑排水の集合処理、都市排水路や都市内中小河川等における直接浄化、底泥のしゅんせつ、浄化用水の導入等のあらゆる効果的な対策を総合的に講じていく必要がある。
(2) 交通システムの改善
都市交通についても、人・物資の輸送の効率を高めることが基本であり、自動車から鉄道、地下鉄、バス等の公共輸送機関へ、同じ自動車による貨物輸送でも自家用から営業用貨物自動車へ転換することが重要である。他方、工場、倉庫、卸売市場等の物流需要発生施設の都市外又は都市周辺部への移転、共同輸配送施設の整備促進等による物流の合理化により自動車交通量の抑制を図るとともに、環境保全に配慮したバイパス、環状道路の整備や交通管制システムの整備等による交通流の分散・円滑化を図る必要がある。
また、自動車交通による大気汚染、騒音等の被害の発生を防止又は軽減するような構造の形成という点では、幹線道路沿道の土地利用の適正化、緩衝緑地の設置、道路構造の改善等の措置を講じていく必要がある。自動車単体対策としても、排出ガス・騒音対策の強化、特にディーゼル車や使用過程車に対する排出規制の強化、規制適合車への代替促進、低公害車の開発普及等に努めることが重要である。
基本的には、上述のような総合的な構造面の改善策を講じるとともに、過度に自動車の利用に依存しない社会を造り上げていく必要があるが、それには長期を要するうえ、現実には、将来ともライフスタイル、物流ニーズの変化等に伴って、自動車交通量は増大する一方と見込まれる。前述の「窒素酸化物対策の新たな中期展望」によると、総量規制3地域についての平成5年度までの窒素酸化物の排出量の予測結果等から、濃度についてはある程度の改善が期待できるものの、これまでの対策だけでは、特に、自動車排出ガス測定局においては、一部の測定局を除き、環境基準の達成は全体的には困難であると推計されている。
したがって、これら大都市地域では、自動車について排出ガスの総量を抑制していく方策の可能性の検討、都心部への自動車乗り入れ抑制に係る各種対策について、その効果、実施上の問題点等の検討、さらに、ディーゼル車の利用を抑制する方向に誘導するための経済的政策手段の導入の検討等を新たに行う段階に達していると考えられる。
(3) 廃棄物の資源化、適正処理と跡地管理
廃棄物の問題点については、民間企業においても処理技術の開発に努めるべきことはもちろん、製品が使用され廃棄される段階で環境汚染や廃棄物処理上の問題を引き起こさないよう努力する必要があり、例えば、環境あるいは廃棄物処分場への負荷の小さい製品、回収・再生利用ルールに乗りやすい製品の開発や包装材料の採用に努めなければならない。新しい製品の開発及び製造に当たって、製造業者自らの手による厳しい製品評価(プロダクト・アセスメント)と徹底した製造工程の自己管理が必要とされる所以である。こうした観点から、昭和62年12月には、「事業者による製品等の廃棄物処理困難性自己評価のためのガイドライン」が策定された。
また、廃棄物となった製品の回収や資源化についても、製造業者及び販売業者は社会的責任の一端を担っている。食品・飲料・酒類等の容器についても、できるだけ再生利用しやすいガラスビンや紙製品を用いることとし、容器の形及び材質の統一化・規格化へ向けてさらに努力していく必要がある。特に、自動販売機による販売量の多い清涼飲料等については、空き缶の散乱防止の観点からも、回収ルートの確率に向けて自動販売機の構造や設置場所の改善、空き缶の集積・保管場所の確保、消費者への周知徹底の方法、さらにはデポジット制の採用についても積極的な検討を行う必要がある。
医療系廃棄物のように、有害な物質を含む廃棄物が、実際には一般のごみに混じって捨てられている場合がある。また、都市において発生する産業廃棄物の量も増大しているが、それらの中には、有用資源として回収できるものを多く含みながら、それが適切に分類・管理されていないために、あたらその他の廃棄物とともに処分され、捨てられているものがある。こうした事態を防ぐため、廃棄物の発生者自らによる分別・再生利用と自己管理を徹底する必要がある。
さらに、建築、土木工事に伴い廃材等の産業廃棄物や建設残土が発生する。廃材等については、一般環境や廃棄物最終処分場への負担を軽減する見地から、発生量の抑制、中間処理による減量化、最終処分場の確保に努めるとともに、再生利用を一層推進する必要がある。また、産業廃棄物には含まれないが、建設残土についても発生量の削減、資源としての有効利用の促進等のための施策の確立を図る必要がある。
一方、土壌が汚染されている工場等の用地や廃棄物処分場としての埋立地が、産業構造の変化に伴い、オフィスビル、宅地、学校、公園等の用地として利用されるケースも増大すると予想される。こうした際には、慎重な土壌及び地下水の汚染状況調査が行われる必要がある。一般廃棄物であれ産業廃棄物であれ最終処分場については、日ごろから投入される廃棄物の性状、量、処分方法等について綿密に記録し、土地の移転・譲渡に際してはその記録も共に移転するような体制を今のうちから整備しておくことが重要である。
(4) 自然の保全と創出
まず、都市及びその周辺域において、社寺林、斜面林や河川敷などにわずかに残された植生を保全するとともに、雑木林等の保全を図ることが重要である。
これらは、市街化区域面積の30%以上を緑地として確保するという「緑のマスタープラン」の目標を達成するうえで重要な核となる存在である。その保全には、森林法、都市計画法、都市緑地保全法、都市公園法等の法制度に基づく各種の措置のほか、地域の実情に応じて自然環境保全条例、景観保全条例等の制定、都市緑化推進計画等の都市緑地保全のための計画・要綱の策定、保存緑地・樹林の指定等により、あらゆる保全・創出措置を動員していく必要がある。
市街化区域内農地についても、将来にわたって営農の意志の認められるものや行政当局との長期の契約により市民農園としては一般にも開放されているものなど、一定の条件に該当するものについては、生産緑地法に基づく「生産緑地地区」の指定やいわゆる「逆線引き」などの措置も活用する必要があろう。
さらに、工場等の周辺や幹線道路の沿道については、緩衝緑地帯が設けられているところがあるが、新たに公害防止事業団では、従来からの工場周辺地域等における緩衝緑地の建設に加えて、大気汚染の著しい又は著しくなるおそれのある地域において「大気汚染対策緑地」の建設譲渡事業を推進している。
その他都市公園等の整備事業、都市緑化のための植樹等五カ年計画、都市緑化基金の活用等による緑化事業の着実な推進が望まれる。
一方、都市及びその周辺の樹林地、草地などは、湧水、小川、水田などの水辺とあいまって、豊かで多様な生きものの生息地を形成している。また、都市内に小動物の生息環境を保全・創出していくという視点も重要である。
また、面的な緑地の保全、整備を進めていくだけでなく、緑視率を高める等緑のボリューム感を増し、人々の目に映る緑の状態をより良くしていくことも重要である。
そのためには、街路樹の整備と併せて、建物を道路から後退させるセットバック方式により生まれる民有地空間の植栽、街角の小公園(ポケット・パーク)や小さな野鳥園(バード・サンクチュアリー)の設置、ビルの壁面や屋上の植栽、緑化協定の締結、ブロック塀の生け垣への改築等の奨励により、民有地の緑化をより一層推進する必要がある。
さらに、河川、湖沼などの水域も都市における自然の重要な要素であり、水質の改善を進めるとともに、自然の河岸、湖岸、川の瀬と淵、湧水など多様な自然の保全や創出を図ることにより、魚など多くの小動物が生息できる生き生きとした水辺環境を創出していくことが必要である。
民間企業による都心部の再開発等に際しては、各種規制の緩和、容積率の積み増し等のボーナスと引き替えに良好な都市空間を生み出していく特定街区や総合設計の制度があるが、開発・再開発事業者としてもこうした制度を活用して、水と緑の豊かで良好な都市の環境の形成に積極的な役割を果たすべきである。新たな住宅地等の開発に当たっても、地域の自然植生や生きものの育成環境をふんだんに取り入れた、質の高い住環境の形成に努める必要がある。またそうすることが、今後一層「生活の質」や快適な環境を重視する都市市民のニーズにも応えることになって、付加価値の高い商品を生み出していくことになろう。
これらの措置を講じることによって、新たに自然性豊かな都市の環境を創出していくわけであるが、その際には、緑地や水辺の量的拡大とともに、多様な小動物の生息を可能とするような質の確保が必要である。そしてさらに、それらの緑地や水辺が互いに有機的に結び合わされ、都市全体が豊かな水と緑のネットワークで覆われるようになることが望ましい。そのような水と緑のネットワークは、当然のことながら、環境にうるおいとやすらぎをもたらすとともに、都市の水循環の再生や都市気候の緩和に当たって大きな役割を果たすであろう。