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第3節 

2 地球的規模の環境問題の動向

(1) 大気環境
ア オゾン層の破壊
 成層圏を中心として分布するオゾン層は、太陽からの有害な紫外線を吸収し、人間をはじめとする地球上の生物を保護するうえで重要な役割を果している。このオゾン層が、精密部品等の洗浄剤、クーラーや冷蔵庫の冷却剤、ウレタンフォーム等の発泡剤、エアゾール製品等の噴射剤等として幅広く利用されているクロロフルオロカーボン(以下「フロン」という。)等の大気中への放出により破壊されることが懸念されている。
 フロンは1930年代に開発された人工的な化学物質であり、その需要の増加に伴って大気中の濃度は年々増加している(第1-3-1図)。一方、オゾン層の状況については、南極において、毎年春季にオゾン濃度が一時的に大きく減少する現象(オゾンホールと呼ばれる。)が近年観測されており、また、南極以外の地域においても、最近、従来の観測データを解析した結果、既にある程度のオゾン減少がみられるとする発表がなされた(第1-3-2図)。さらに、我が国上空においては、気象庁の観測結果によれば、フロンによる破壊が現れ始めるとされる高度40km前後のオゾン量に減少がみられている。
 オゾン層の破壊による被害の発生を未然に防止するため、オゾン層の保護のためのウィーン条約(以下「ウィーン条約」という。)が1985年3月に、モントリオール議定書が1987年9月にそれぞれ採択された。地球環境問題に関して、未然防止の観点からこのような国際合意が成立したのは極めて画期的なことであり、今後の地球環境問題への対応に与える影響は大きい。
 ウィーン条約は、各国がオゾン層保護のために適切な措置をとること及び研究協力や情報交換を行うこと等を定めたものであり、モントリオール議定書は、特定のフロン及びハロンの生産量及び消費量の規制等を定めたものであるが、それぞれ、1988年9月及び1989年1月に発効した。
 ウィーン条約及びモントリオール議定書への加盟国は、1988年12月27日現在、我が国を含め、それぞれ35か国及び欧州経済共同体(EEC)、24か国及びEECである。オゾン層の破壊により予想される被害は世界の多数の人々の健康や地球上の生態系に及ぶ広範かつ重大なものであり、また、一度破壊されたオゾン層の回復には多くの年月を要することから、今後は、ウィーン条約及びモントリオール議定書に対する各国の理解を深め、オゾン層保護のための様々な取組を世界的に促進することが重要である。また、最近、先に述べたようなオゾン層の観測結果等最新の知見を受けて、モントリオール議定書に定める規制ではオゾン層の保護には不十分であるとの意見が出されており、規制内容の再検討に向けて、科学的知見の取りまとめが進められている。
 さらに、1989年3月にロンドンで開催されたオゾン層保護に関する閣僚級の国際会議では、オゾン層を破壊する物質を究極的に全廃することについて意見の一致をみた。
イ 地球温暖化
 地球を取り巻く大気中の二酸化炭素、メタン、フロン、オゾン、亜酸化窒素等の微量気体は、太陽放射をほとんど透過する一方、地表面からの赤外線の宇宙への放射を吸収する性質を持ち、地表の気温を生物の生存に適当な程度に保っている(「温室効果」という。)これらのいわゆる「温室効果気体」の大気中の濃度が、近年、着実に増加していることが広く観測されているが、このような増加は地球の温暖化をもたらし、気候の変化、海面水位の上昇及び土壌水分量変化等を生じさせることにより、農業生産の地域特性が変化したり、低地が水没したり、地球各地の自然生態系が変化するなど環境及び社会経済に大きな影響を及ぼすことになると懸念されている(第1-3-3図)。
 各種の温室効果気体のうち、現在のところ温暖化に最も大きく寄与しているのは二酸化炭素と考えられており、石油、石炭等の化石燃料の消費が現在の増加の主因と考えられているほか、森林の減少等も温暖化の原因に考えられている。一方、二酸化炭素以外の温室効果気体の温暖化への寄与も徐々に増加してきており、1980年代10年間における温室効果気体の増加分による気温上昇量の推計値からみると、その寄与度は二酸化炭素と同程度となってきている。また、現在のすう勢のまま推移すれば、2030年代には温暖化に関して二酸化炭素と同程度の寄与度となり、また、二酸化炭素と合わせた温室効果気体全体では温暖化に関して産業革命以前の二酸化炭素濃度の2倍相当のものとなるものと予測されている。これらの温室効果気体の増加の気温上昇への寄与の程度は第1-3-4図のとおりであり、いずれも人間活動とかかわりが深い。
 地球の気温については、測定場所が陸地に偏っているため、必ずしも全地球的な平均の気温変化を見いだすことは容易ではないが、過去1世紀間におよそ0.3〜0.7℃の上昇がみられたとされている。また、気温上昇に伴って生じるものと懸念されている海面水位の上昇については、その全球的な平均の変化傾向を求めることは容易ではないものの、過去100年間におよそ10〜20cmの上昇がみられたとされている。
 なお、将来の予測については、例えば、気象庁の気候問題懇談会温室効果検討部会の報告(「温室効果気体の増加に伴う気候変化」)によれば、温室効果気体の濃度が現在の増加率で推移すれば2030年代には地球全体の平均気温が1.5〜3.5℃、海面水位が20〜110cm上昇するとされている。
 地球温暖化問題は、1970年代末から、各国政府や国際機関においてしばしば取り上げられるようになった。近年では、UNEP、WMOなどが中心となり、種々の国際会議が頻繁に開催されるようになっており、積極的な検討が進められている。特に、1988年11月にスイスのジュネーブで第1回会合が開催された「気候変動に関する政府間パネル」(IntergovernmentalPanel on Climate Change : IPCC)は、政府間で対策も含めた総合的な検討を行う場として初めて設けられたものであり、今後の本問題の検討に中心的な役割を担うものである。同パネルにおいては、3つの作業部会を設け、地球温暖化現象に関する科学的知見(第1作業部会)、地球温暖化がもたらす環境的、社会・経済的影響(第2作業部会)、地球温暖化への対策(第3作業部会)のそれぞれについて検討を深めることとなった。同パネルにおいては、当面、1990年の秋ごろを目標に検討成果を取りまとめることとしている。
 また、1989年3月にオランダのハーグで開催された首脳級の環境国際会議では、地球温暖化対策の実行のために有効な決定を行い得るような制度的権限の整備を検討すること等を内容とする「ハーグ宣言」が採択された。


(2) 陸上生態系
ア 熱帯林の減少
 熱帯林は、熱帯地方の人々にとって食糧、燃料等の供給源となる生活の基盤である。世界的にみても食物の原産地の多くが熱帯林にあり、その産物は医薬品等の工業原料や建材等としても幅広く利用されており、国際的な取引も行われている(第1-3-5図)。また、熱帯林には世界の生物種のうち少なくとも半分が生息すると推測されており、「生物種の宝庫」と呼ばれ、近年は遺伝子資源の貯蔵庫としても注目を集めている。さらに、熱帯林は土壌保全、治山・治水、地球規模での気候の緩和など様々な環境調節機能を有している。
 「熱帯林資源評価調査」(FAO/UNEP)によると、全世界の熱帯林は1980年末で19.4億haであり、その分布状況は熱帯アメリカ9億ha、熱帯アフリカ7億ha、熱帯アジア3.4億haとなっている。
 熱帯林の減少面積は、1981年から5年間において年平均で1,130万ha(本州の約半分に相当する。)に及ぶと推測されている。
 熱帯林の減少の要因は、地域によって違いがある。
 世界の熱帯林の減少の要因をみると、熱帯アメリカでは焼畑移動耕作が35%を占め、過放牧がそれに次ぐ。熱帯アフリカにおいては原因の70%以上が焼畑移動耕作であり、そのほかに定住農業等によるものもある。熱帯アジアは全体として焼畑移動耕作が49%を占めており、そのほかに自然発生的な移住、入植等がある。一方、熱帯アジアにおける熱帯林の減少、荒廃の要因を南アジア(バングラデシュ、ブータン、インド、ネパール、パキスタン、スリランカ)、東南アジア大陸部(ビルマ、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム)及び東南アジア島しょ部(マレーシア、インドネシア、フィリピン、パプアニューギニア)の三つの地域に分けてみると、南アジアでは、薪炭材の採取と過放牧が、東南アジア大陸部では焼畑移動耕作がそれぞれ主要因であり、東南アジア島しょ部では商業用伐採が熱帯林の荒廃の、また間接的に減少の主要因であるとされている。
 このような状況の中、我が国としては熱帯木材経済におけるその生産国と消費国との間の国際的な協力を目的として設立された国際熱帯木材機関(ITTO)の活動に対して積極的な支援を行うなど、熱帯林の適切な保全・管理に向け努力しているところである。
イ 砂漠化、土壌侵食等の土壌悪化
 UNEPによれば、砂漠化とは乾燥地・半乾燥地(南極を除いた全世界の陸地面積の3分の1を占める。)における土地生産力の低下をいう。砂漠化によって年間600万ha(九州と四国の合計に相当する。)もの土地がほとんど回復不能なまでに荒廃し、また、既に砂漠化している土地は、程度の軽いものを入れると約35億haに及んでいる。一方、深刻な砂漠化の影響を受けている人々は1984年において2.3億人と推定されている。これは、1977年の8,000万人と比較して大幅に増大しており、砂漠化の進行がより深刻なものとなっていることを示している。
 砂漠化の主な人為的要因は、一般的には過放牧、過耕作、薪炭材用等の樹木の伐採であり、かんがい農地においては、不適切な水管理による塩害等である。
 アフリカのサヘル地域は、世界で最も砂漠化が進行している地域であり、近年、大規模な干ばつによる飢餓が繰り返し問題となってきたが、1988年には異常降雨があり、各地で洪水被害すらもたらした。また、これにより地中に産みつけられていた仮眠状態のバッタの卵が大量にふ化し、バッタが大発生した。過去60年間で最大といわれるバッタの大発生は、この地域の深刻な食糧不足に追い打ちをかけることとなった。
 砂漠化と密接な関係にあるものに土壌侵食がある。土壌侵食とは土地から雨や風によって表土が失われてしまう現象であり、乾燥地においては砂漠化を進行させ乾燥地以外でも農業生産等に被害を与える。土壌侵食の原因としては、傾斜地での耕作、不適切な樹木の伐採、不適切な農業方法等が挙げられる。全世界の耕地における土壌流失量は1984年において約254億tと推定されており、そのうち半分は世界の主要な穀物生産地である米国、ソ連、インド、中国が占めている。


(3) 海洋生態系
 海洋には、河川を経由したり、沿岸から直接流入するもののほか、船舶の航行やこれに伴う事故、海底油田開発等により各種の汚染物質が排出されている。油による汚染は、現在そのほとんとがメキシコ湾内、欧州、日本のタンカー航路及び米国と欧州間のタンカー航路に沿って見受けられる。油による海岸汚染は鳥類、海洋哺乳動物等の野生生物、観光産業、漁業等に大きな被害を与えることがある。また、地球全体でみた場合の影響についても、海面に広がった油膜により地球の水循環、大気循環に影響を及ぼす可能性があるといわれている。さらに、化学物質による汚染についても、汚染源から遠く離れた外洋においてDDT等が検出されるなど地球的規模での広がりが指摘されている。
 海洋汚染の防止については、主として陸上で発生した廃棄物の海洋投棄を規制する「廃棄物その他の物も投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(ロンドン・ダンピング条約)と船舶からの油や有害液体物質などの排出を規制する「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書」(MARPOL73/78条約)が作成されている。このうち、ロンドン・ダンピング条約については1988年10月に締約国協議会議が開催され、主に有害廃棄物の洋上焼却の見通し、投棄についての評価手続について議論が行われ、これらについて今後引き続き検討を行うこととなった。また、MARPOL73/78条約については、1988年12月、船舶からの廃物による汚染の防止のための規則を定めた附属書?が発効した。
 また、湿地やサンゴ礁等の沿岸・河口生態系の破壊も大きな問題である。これらは、いずれも極めて豊かな生態系を形成しており、多くの生物の産卵地、生息地等ともなっている。特に、マングローブ林は熱帯の住民にとって生活と生産の基盤であり、不適切な伐採や養殖池等への転換等による減少は直接に彼等の生活を脅かしている。
(4) 野生生物の種の減少
 野生生物の種は、人間の活動に伴う熱帯林等の生息地の破壊、商業取引等のための乱獲、外来種の侵入等によって急激に減少しており、国際自然保護連合(IUCN)等によると、2000年までに概ね50万〜100万種が絶滅すると予測され、その速度(概ね2万5,000種〜5万種/年)は今後、飛躍的に加速するとみられている。
 地球上の生物はすべて生態系の微妙なバランスのもとに生存しており、急激な種の減少による生態系の変化が与える影響は計り知れないものがある。

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